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篠木の伝承 忘却の時代  作者: ながとみコケオ
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異国の少年

 誰にも見つからないように、狭い路地の一番奥に座り込んでいた。

 別段、自分が悪いことをしたわけではないのに、手を上げたからという理由で父親に頬を引っ叩かれてしまい、勢いだけで家を飛び出したのだ。

 両膝を立て、抱き込むように腕を回し、回した腕に額を載せている。叩かれた痛さと、怒られた悔しさに涙が止まらず、しゃくりあげていた。路地の奥に来て、もう一刻は経っている。

「どうしたの?」

 声をかけられ見上げると、自分より二つか三つ上だろう男の子が心配そうに見下ろしていた。

「何処か痛いの?」

 座り込んで視線を合わせると、やはり心配そうに聞く。

「怒られたの。喧嘩してた子を止めようとして叩いたらね、お父さんに叩いちゃ駄目だって、怒られて頬っぺた叩かれたの」

 怒られた事を思い出してしまうと、涙が余計に流れてしまう。男の子の左手が動いたかと思うと、頭に手を載せられ撫でられた。

「あのね、泣きたい時はいっぱい泣いて良いんだって。いっぱい泣いたら、今度は好きな人が笑ってくれるようにすれば良いんだよって、教えて貰ったの。だから、いっぱい泣いて良いよ」

 理解は出来なかったが、頷いて見せた。男の子の顔から笑みが毀れると、背に腕を回して引き寄せ、頭を自分の肩に預けさせる。しがみ付くように男の子の服を握ると、ほっとして涙が溢れ、声を上げていた。

 暫くして涙が止まる頃になると、男の子は顔を覗き込んでいた。

「泣き止んだ?」

 頷いて笑うと、にっこりとした笑顔で返され、服の袖で涙を拭いてくれた。服が柳のものと違うと気付いて、もう一度男の子を見る。

「お兄ちゃんは、どうしてここに居るの?」

 路地に、町に住んでいない者が入る事は滅多にない。聞くと苦笑いを浮かべた。

「町を見たくて、宿を抜け出したの。見たからもう帰ろうって思って、帰ってたのけど途中で道に迷っちゃった」

「じゃあ、あたしが送ったげる」

 男の子が大きく頷くのを見ると、一緒に立ち上がる。男の子が手を差し出しすと、迷いもせずに手を取り、歩き出した。

「お兄ちゃんは、何処から来たの?」

 男の子を見上げて、好奇心で聞く。自分の知らない国の話が聞けると思うと、嬉しくてたまらない。

「檜だよ。檜樹っていう町に住んでいるの」

 地図で見たことがある。母親に少しだけ聞いたのは、遠い国だということと、檜の王妃は柳の皇女だったことくらいだ。どれくらい離れているのか、どんな処なのか全く分からないが行ってみたいと思っている。

「どんなとこ?」

「えっとね。外にあまり出ないから、僕もよく分かんないの」

 気まずそうに言った男の子が、再び苦笑いを浮かべる。来ている服が自分の着ている服より高そうに見えているのは、男の子が檜の裕福な家の子供だからだと言葉で何となく理解した。男の子が首に提げている紐の先端が、服の中で揺れた。

「お外に出ないから、ここでも迷っちゃったのね」

「あ、でも凄く大きくて、綺麗な桜の木があって、かあ様達と見に行ってたの。かあ様は、その桜の木が大好きだったんだよ」

 にっこりとして言っているが、男の子の言葉には何処か寂しさを感じた。

「ねえ、お兄ちゃんは誰とここに来たの?」

 聞いてはいけない気もしたのだが、聞きたいという自分の気持ちが勝っている。一瞬だけ、男の子が曇った表情を見せた。

「一人だよ。後は、護衛の兵だけ」

「お父さんとお母さんは、一緒じゃないの?」

「かあ様は、死んじゃったの。とう様は檜にいるから、一人なんだよ」

 聞くんじゃなかった。今更後悔しても遅いのだが悪いことをしたと思い、俯いてしまった。

「でも、平気。だって、かあ様に笑っていてほしいから笑うの。だから、気にしないでね」

 ゆっくりと顔を上げると、男の子の満面の笑みが見えた。笑みを見せると、楽しくなり、くすくすと笑い出す。男の子もつられるように笑い声を上げた。

 中通りに出るまで、特に面白いこともなかったのだが、二人でいるせいか楽しくて仕方なかった。中通りには宿屋が数件ある。一つずつ宿屋を訪ねれば、男の子が泊まっている宿も分かる筈だ。

「お兄ちゃん、泊まってるとこは何処なの?」

 聞くと、えっとねと建物を探し出す。見覚えのある建物を見つけると、あれと指差した。

「お兄ちゃん、あれは役場よ。宿屋じゃないわ」

「でも、あそこに泊まってるんだよ」

 困ったような表情を浮かべて、男の子は答えている。役場の奥には、確かに宿泊出来る施設がある。但し、宿泊施設を使用できるのは、国に仕える者や王族だけだ。

「そっかあ。じゃあ、お兄ちゃんのお父さんは、檜の国にお仕えしているのね」

 笑顔で言って男の子を見ると、何か考えるように視線を上へ向けている。こんな処にと声が聞こえ、言葉を出そうとしていた男の子の口が止まった。すぐに声の聞こえた方を見る。

「やっと見つけましたよ。急にお姿が見えなくなってしまわれたから、皆大慌てで探してらっしゃいますよ」

 男の子の護衛の兵なのだろう、柳の兵装とはまた違う服を身に着けている。

「済みません。どうしても見たくて」

 男の子の表情が変わった。大人びたような、落ち着いた表情で答える。

「ご覧になられたいのでしたら、一言申し付けて下さい。黙って出られると何かあったのではないかと心配いたしますよ」

 安堵したような表情で兵は、視線をこちらへ向ける。

「で、この娘は?」

「はい。道に迷っていた処に偶然お会いしまして、ここまで案内してくださいました」

 まだ、手はつないだままだったが、離したほうが良いのではと思えるような気分になってしまう。

「そうでしたか。娘、ご苦労だったな。もう帰っても良いぞ」

 早く立ち去れと言わんばかりの言葉に、俯いて頷いてみせる。つないだ手を離した途端に、男の子が顔を覗き込んだ。

「名前、まだ聞いてないよ」

「育也」

 名前だけを告げる。見ている兵の視線が怖く感じて、早くここから逃げ出したいのだが、男の子はお構いなく首に提げていた紐を手に持ち、そのまま外すと躊躇いもなくこちらの首に掛けた。紐が桜の花をあしらった銀細工の髪飾りに通されている。

「育也。これ、かあ様の形見なの。持っててね」

 兵の視線の事も忘れ、手に髪飾りを載せてみる。日が反射してきらきらして綺麗だ。顔を上げると、大きく頷いて見せた。

「またね、育也」

「またね」

 にっこりとお互いに笑顔で交わすと、男の子は兵と共に役場へ足を向けた。役場へと消えていくまで見送った後、髪飾りを握り締めて家に戻ったのである。


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