大書庫へ大冒険
明けましておめでとう御座います!
新年ともよろしくお願い致します!
「大書庫に行きましょう!」
時刻は四時を回った頃だろうか。
アクアマリンの父、この国タック王国の王であるオブシディアン国王が部屋を去ってからまたアクアマリンが執務を再開ししばらくして、アクアマリンが急に思い付いたようにそう言い放った。
俺がいまいち理解できてないような雰囲気を漂わせていると、アクアマリンは猫の気持ちを読み取るのが上達したのか、それに気付いて説明を始めた。
「お父様が国王になるまでは普通の他の国の城と同じような書庫だったのですが、お父様が国王になってそうではなくなりました」
一樹の頭の中に日本の図書館が想像される。
家にずっといて息が詰まった時に本を持っていって読んだり、テスト勉強をしたりするときにしか行かなかったが、一樹はあの場所が嫌いではなかった。
どちらかと言えばインドア派の一樹の趣味は読者だ。
純文学からライトノベルまで幅広く手を伸ばしており、一見何のこだわりもなく読者に没頭しているように見えるが、一樹には一つだけ譲れないこだわりがあった。
それは読む本は必ず買って、そのシリーズは全巻揃えることだ。
確かに一樹にとって読者は趣味であった。しかし、一樹は本をコレクトして揃っている本を眺めて自分の収集欲を満たすという趣味と言うよりも性癖のようなものがあった。
他に金を使うものがなかったのも相まって、一樹の部屋には五百冊に届きそうなほどの本が、綺麗に順番通り、文庫別・作者別に並べられていた。
一樹はそれが誰にも言わない密かな自慢だった。
だから一樹は大書庫と聞いたときに少しテンションが上がっていた。
「お父様が国王になる前はフロアの十分の一程度の大きさだった書庫は今では城の三階部分を丸々使ってるんですよ!」
この城は某夢の国の城よりも何十倍も大きい。アクアマリンの言い方だと以前の書庫が小さかったかのような言い方だがそうではない。
フロアの十分の一の大きさとはいえ、日本図書館よりは余裕で大きい。
それがワンフロアまるまるとなると何万冊、何十万冊、何百万冊。どの程度の本があるかなんて皆目見当がつかない。
「あれだけの本があればきっと、一樹様が元に戻る方法が書かれているものもありますよ!」
(確かにそうかもしれないな……よし!行くか!)
一樹は首を縦に振った。
「それじゃあ行きましょう!……よいしょっと」
行きましょう!と言うとアクアマリンは一樹を一気に抱き抱えた。
一樹が本当は男だと知っていてもこんなことをするのはアクアマリンくらいのものだろう。
というより、そもそも猫の姿をしているからといって本当は男の一樹の正体を知ってもなお自分の部屋に置いておくアクアマリンには危機感というものが足りないかもしれない。
しかし、それは今まで外にほとんど出たことがなく、知っている男は父親と大臣そして兵士くらいのものなので仕方がないと言える。
どの男もアクアマリンを危険な目に追いやったりなんてするはずもなく、自分が絶世の美女だという自覚もないため男に対する危機感が低いのだ。
「おや?姫どちららに行かれるのですか?」
一樹を抱き抱えたアクアマリンが部屋を出ると、すぐ側で待機していた先程の兵士の片割れが尋ねた。
「今から大書庫にいって参ります」
「分かりました。……おや、猫は戻ってきたのですね!それは良かった!」
「あぁ、はいそうです。良かったです…」
おそらくアクアマリンは嘘をついたのはあれが初めてだろう。
幸い一樹を助けるためだったので背徳感は少ないが、やはり後ろめたさというものはあるようだ。
だがここで本当のことを言ってしまえば一樹は危ない立場となってしまうため、グッと我慢しているのが伝わってくる。
そして兵士二人に微笑を向けると部屋を出て廊下を歩き始めた。
今アクアマリンと一樹がいるのは城の地上八階部分だ。
この城は全十階建てなので、アクアマリンの部屋は兵士も言っていたように上層部にあるということになる。
そして今向かっている大書庫というのは城の三階部分にある。
もちろんこの西洋感漂う城にエレベーターなどあるはずもなく、階段を使って五階層分降りなければならない。
アクアマリンに抱き抱えてもらっている分一樹はまだいい。と言うより、歩く振動がちょうどゆりかごのようで気持ちよく、さらに女性特有のいい匂いに包まれており、そこは天国とも言い表せる場所だった。
それだけではない。
一樹を包んでいるのはアクアマリンの腕だけではなく、しっかりとした重厚感がありながらも味わったことのないような柔らかさのあるものがしっかりと一樹を固定していた。
(俺はもう戻らなくていい!このままでいい、いや、このままがいい!猫最高!)
「にゃにゃん!(最高!)」
思わず口に出してしまった一樹。だが、当然その内容がアクアマリンに伝わることはなかった。
「はぁはぁ、どうか…しましたか?急に…大きな声を…出して。はぁはぁ…」
この城は広い。
ワンフロア回るだけでも相当な運動量になるだろう。
ただ、広いというのはフロアの面積が大きいというだけではない。
この城は一階一階が大きい。それは面積としてではなく体積としても、だ。
当然八階にいるアクアマリンと一樹は三階にある大書庫に行くため五階層分下りなければならない。
先にも言った通りこの城にエレベーターなんてものない。
つまり今アクアマリンはただでさえ広い、いや大きい階層を階段で猫を抱えながら下りなければならないのだ。
アクアマリンはここにずっと住んでいるわけだが、外出する機会が少ないアクアマリンにとって下の階に下りることはあまりない。
つまりアクアマリンは生粋のインドア派なのだ。
そんなアクアマリンにとってこの階段を下りるのは部屋で執務をすることよりも何倍もしんどいのだろう。
息は切れ、足取りは重く、大粒の汗がこぼれる。
そんな光景を見て一樹は深く後悔していた。
(何が最高だ!バカか俺は!)
「にゃにゃにゃん(すまなかった)」
そう言うと一樹は軽快にアクアマリンの腕から飛び降りた。
一樹が抱えられている間にいつの間にかもう四階へと続く階段にまで差し掛かっており、意外にある高さと階段の床に少し怖かったものの一樹は音もなく着地した。
「ふふ、はぁはぁ、別に降りなくても良かったですのに」
猫の状態の一樹とアクアマリンは確かに会話はできない。
しかし、しかしそれでも今この瞬間は一樹とアクアマリンの心は通じた。少なくとも一樹はそう感じた。
「それでは先に進みましょ…」
「おや、姫様ではありませんか」
目の前から近付いて来たのは身なりのいいおじさんだ。
年は四十代といったところだろうか。
その服装、小太りのフォルム、蓄えた髭。言わずと知れた某RPGでは大臣の役職に就いている見た目だ。
「おや、ネエミー大臣ではないですか」
やはり見た目通り大臣だったようだ。
「大書庫に行かれるのですか?珍しいですね」
「えぇ、少し調べものがありまして」
実を言うとアクアマリンはこのネエミー大臣のことが少し苦手だった。
それは男への危機感が皆無であるアクアマリンでも感じ取れる全身をなめ回すような視線が原因だ。
(エネミー大臣は会うたびに変な視線を向けてくるんですよね。それに、たまに私を見てニヤついてますし。少し苦手です)
アクアマリンだからいいものの、現代日本ならセクハラものだ。
「おやおや、今日はかわいいお連れ様が一緒なようで」
そして大臣の視線はアクアマリンから一気に俺に向けられた。
(なるほど、アクアマリンが露骨に嫌がるのも分かる気持ち悪さだ)
さすがに猫に対して下心は持っていないだろうが、それでも一樹に不快感を覚えさせるには十分な熱い視線だった。
「ふむ……それでは自分はこれで失礼差せてもらいますぞ。あまり無理はなさらぬように」
「えぇ、ありがとう。ネエミー大臣こそ無理はしないで下さいね」
建前上の挨拶を済ませると二人は広い廊下をすれ違った。
「あのネエミー大臣は仕事は優秀らしいのですが……どうも好きになれません」
少し歩くとアクアマリンがそっと一樹にそう言った。
(それは同感だな、俺もあいつのことは好きになれなさそうだ)
人間と人間が初めて会うとき、初対面の印象というものはその人との付き合いを築く上でとても重要なものだ。
初対面の印象をよくするために人は身なりを整え、いつもは適当な礼儀作法をきちんとする。
ネエミー大臣がそれができていないかと言われればそれは違う。むしろ身なりも礼儀作法も完璧に近いものだった。教養があることは誰がみても分かる。
しかし、言葉には言い表せない何かがネエミー大臣にはあった。
その何かが一樹とアクアマリンにこう訴えかけてくるのだ。
こいつとは関わるな、と。
「さぁ、着きましたよ!」
そうこうしているうちにもいつの間にか二人は三階へ下りるのは階段を下りきっていた。
「にゃんにゃにゃ!(なんだこりゃ!)」
「ふふ、驚いていらっしゃるようですね」
一樹が叫んでしまうのも無理はない。
一般人が予想をしたところで到底思い付かない大きさ、本が放つ圧力、圧倒的なまでの数の知識の塊。
人の一生をかけようがここの本を全て読むことは不可能だろう。
床から天井まである本棚に隙間なく詰められた本。その本棚もまるで本であるかのようにこの階層に隙間なく配置されている。
人が二人すれ違えるかどうか分からないくらいの通路以外は全て本だ。
「ふふ、それじゃ私は他に調べたいこともあるのでしばらく別行動にしましょうか。本は……頑張って取って頑張って読んで下さい」
そう笑顔で言い放つアクアマリン。
(頑張って読めって……散らかしてもしらないからな!)