前進
おはこんにちばんは、雨ノ宮皐月です。
今までの話は短いと言っていたものの自分で見返して短すぎたと感じたので今回から少し長めにしてみようかと思います。
「あ…れ?また戻ってしまわれたのですか?」
さっきまで着ていた高価な服の上に乗っかる猫を見てアクアマリンはそう言った。
その服の上にいた猫は、産まれたばかりの銀色の毛をした猫。つまり一樹はまた元の猫の姿に戻ったのだ。
(はぁー、これでまた振り出しか…)
スムーズとまではいかないものの、人間の姿なら一樹とアクアマリンは会話をすることができた。
しかし、猫の姿に戻ってしまった今、もう会話をすることは叶わないのだ。
今、一樹が分かっていることと言えば、猫と人間の姿が入れ替わるときは強い光に覆われることくらいのものだろう。
とどのつまり一樹本人ですら自分に何が起こっているかを理解できていないのだ。
そう言う点では、会話ができなくなったということは非常に痛いことだ。
なぜなら、この場所の情報をアクアマリンから聞くことで何か一樹に起こっていることのヒントを得ることが出来るかもしれなかった。しかしそれも、光とともに消え去ったというわけだ。
しかし、アクアマリンは天然ではあるがバカではなかった。むしろ秀才と呼べる部類の人間だ。
「……もしかして、一樹様は猫に人間、自由に姿を変えられるわけではないのですか?」
姿が変わる直前まで一樹は自分に話そうとしていたこと、光が現れて驚いていたのは自分だけではなく、一樹も同様だということ。
これらのことからアクアマリンは一樹が自由に姿を変えられるわけではないという可能性を導きだし、会話ができなくても、例えば首を振るだけで答えられるような簡単な質問をしたのだ。
そして、一樹はその質問に対して首を縦に振った。
(振り出しに戻ったと思ったけど、俺が人間だと知ってもらえた分一歩、いや、二歩くらい前進したぞ)
もしアクアマリンが一樹のことをただの子猫だと思っていたままだとすると、質問をすることすらなかっただろうし、いくら首を振ろうが猫が遊んでいるとしか思わなかっただろう。
(俺から質問はできねぇけど、俺のことを知ってもらえるのはでかい!)
そしてやはり一樹が首を振ったことに対して、それが自分がした質問の答えだとアクアマリンも認識したようだ。
「そうですか……あの、もし一樹様がよかったらなんですけど、色々質問とかさせてもらってもよろしいでしょうか?」
(よしよし!これでアクアマリンと俺の意識共有ができる!)
一樹は食いぎみでブンブンと首を縦に振った。
「それではまず…」
「つまりまとめると……一樹様は遠い異国の地に住んでいたが悪い魔法使いに呪いをかけられて猫の姿になってしまってここに飛ばされた……ということですね?」
(あー、うん。何か違う。まぁいちいち否定するのも面倒だし取り敢えず首縦に振っとくか)
一樹がアクアマリンから質問責めされること約三十分。
やはりはいかいいえの二択で答える質問しかできないことや、世界間での常識の違いから多少の相違が出ることはしかたがないことだった。
と言うよりも、一樹が猫になってこの世界に飛ばされた原因は一樹自身すら分かっていない。だからアクアマリンが言っていることもなきにしもあらず、ということになる。
「アクアマリン、入るぞ?」
突然部屋にノックの音が響き、男性の声が聞こえた。
そして部屋に入ってきたのは、アクアマリン同様豪華な服をで着飾った男性だ。
年は四十代といったところだろうか。普通ならおじさん臭さというものを感じる年齢のはずなのに、そういったものは微塵もなかった。
身長は一樹と同じくらい、痩せていも太ってもいない体型。
立派に蓄えた髭、堀の深い顔、豪華な服。それら全てがその男性の風格を引き立てていたが、それらはあくまでも引き立て役。その男性からは年相応の、いや、何百年も生きているのではないかと思わせるほどの威圧にも似た、威厳のようなものが感じ取れた。
「あっ、お父様!どうされたのですか?」
(やっぱりアクアマリンの父親、つまり国王か。そんな気はしてたわ)
美形なアクアマリンに対して、その男性は決してイケメンなわけではない。が、その男性には人を惹き付ける魅力があった。
「兵士たちからアクアマリンの猫が連れ去られたと聞いてね。様子を見に来たんだが……ちゃんと帰って来たようだな」
「はい!セレスタイトはとっても優秀な猫ですから!」
一樹と話していたときよりも数段高いテンションでアクアマリンが答える。
「ふむ……それでその猫に変わりはないのか?」
アクアマリンは秀才だ。それは幼い頃から英才教育を受けてきた、ということも要因に挙げられる。
が、一番大きな要因として挙げられるのはやはり遺伝子だろう。
一国を統べる王ともあろう者がバカなんてのは論外だ。おそらくそんな国はどれだけ優秀な部下がいようと長くはもたないだろう。
しかしそれでも直接政治を行うのは王ではなく宰相という国も少なくはない。実際にそれで国が回るのなら問題ではないはずだ。というより、そんか国がほとんどだろう。
しかし、このアクアマリンの父は非常に珍しいと言える部類かもしれない。
なぜならば、このアクアマリンの父はこの国の政治を全てが指揮しているからだ。
なぜ、そんな王に負担をかけさせているかというと、
それが一番この国の政治が上手くいくからだ。
アクアマリンの父は小さい頃から類い稀なる才能を発揮し、大臣、そして全国民すら信頼に値する王となったのだ。
「変わりと言いますと?」
「そうだな……例えばその猫が猫ではなかった……とか」
(俺が人間だってばれてる!?まずいここでアクアマリンが肯定すれば俺死刑になりかねんぞ!)
アクアマリンは少し考え込み、そしてこちらに短い笑顔を見せてこう言った。
「いえ、セレスタイトはセレスタイトです、お父様。私の自慢の猫ですよ」
「そうか、ならいいんだ。…それでは、私は仕事に戻らせてもらうぞ」
「はい、頑張って下さい」
アクアマリンがそう言うと王は静かに部屋を出ていった。
「一樹様、あれが私の父、オブシディアン王です」
もちろん一樹はそれに対して答えることはできない。
少しの静寂のあとアクアマリンは少し微笑み一樹を抱いて椅子に腰かけた。
「ふふ、何で俺のことを言わなかったんだ、って顔してますね」
(どんな顔だよ!)
そう思いつつも一樹は縦に首を振った。
「私は一人でいることが多かったんです。それは王族という家系に生まれてしまった以上仕方のないことというのは理解してます。それでも一樹様が、アクアマリンが産まれたとき始めて家族ができたような気がしたんです」
王族に生まれた運命、そう割りきってはいるもののアクアマリンは常に孤独の中にいた。
先の通り父は政治を仕切っており、母母その忙しい父に付きっきりでサポートしている。
他の子供が親に甘えている時期でもアクアマリンはそれができずにずっと英才教育だけを施されてきた。
真面目で優しいアクアマリンは弱音やわがままは吐かなかったが、それでも一人の人間として孤独を感じているのだ。
そんなときに現れたのがセレスタイトだ。
アクアマリンのセレスタイトに対する感情はただのペットに向けるそれではない。
本当の家族、、見方を変えればそれ以上の存在なのだ。
そんな存在であるセレスタイトが、仮に人間だったとしても、その気持ちは揺るがない。
「だから……だからこれからもよろしくお願いしますね」
アクアマリンはもう一度、この世の頂点とも言えるような笑顔を見せてそう言った。
そして一樹は静かに頷いた。
これでも短いですね