#16.救いを求めて
「――つまり、あの船の人達は、町の皆に迎えて欲しいっていう気持ちがあるって事か? 少なくとも、攻撃するつもりはないって」
「少なくとも今の段階では、ニーニャに対しての攻撃の意思はないようでした。あくまであの幽霊が船の中で一番偉く、船内の意思決定のようなモノがまだできていれば、という前提ですが……」
ベラドンナが無事帰還した事もあり、カオル達は一度宿屋に集まり、対策を話し合った。
少なくとも船自体は普通の材質、そして攻撃の要の大砲は前方のみ、という点から、攻撃を加える事自体は不可能ではなさそうだと判断できた。
最悪の場合はカオルが突入して、力技で解決。まずはこれが最低限の前提だった。
彼らがこのニーニャに来たのは、あくまでニーニャを救う為。トーマスが世話になったアリサ婦人を助ける為である。
どうにもならなくなった場合に備えて、とりあえず力づくででも撃退が可能かもしれないという状況が整っているのは、決して無駄なことではない。
その上でトーマスらの希望も踏まえて、『できれば乗組員たちも救ってやりたい』という方向で話は進んでいた。
「苦労して戦って帰って来たのに誰も出迎えてくれなかったら、そりゃ虚しいだろうしな……その人達の気持ちまでは解んないけど、想像はできるぜ」
「そうなると、なんとかして町の人達に出迎えてもらえるように説得する、とかが今後の方針になるんでしょうかね?」
「そうなりそうだなあ」
とりあえずの方向性は決まったものの、同時にいくつかの難点が存在していた。
それに関しては、町に残っていたカオル達が直に見て知っている。
「町の人達がビビっちまってるのが問題だよなあ。説得に耳を傾けてくれりゃいいけど」
「町を出ようとしていた人もいましたしね……逃げたがってる人に『大丈夫だから逃げないで出迎えてあげて』って言っても聞いてくれるとはとても……」
最大の懸念は、町の住民の多くが、船幽霊の事を恐怖の存在としか見ていない事にある。
これに関しては、まず一番最初の遭遇時点で漁師が砲撃された事がそもそもの原因なのだが、これを解消しない事には住民の信を得るのも難しい。
「カオル様は王家のご友人になられたのですから、それを前面に出してみてはいかがでしょうか?」
「確かに、カオル殿の立場を利用すれば町長くらいなら話を聞いてくれるかもしれんが、まずは砲撃が来ない事を証明して見せねば。撃たれるかもしれないと思いながら笑顔で港に立てる者など、そうはいまい……」
「ああ、そうでしたか……そうですね。何も知らない方から見れば、いつ攻撃してきてもおかしくないように見えますものね……」
「訓練を積んだ軍人ならばまだ従えようがな……民間人にそれを期待するのは酷というものじゃて……」
ベラドンナの提案は一見して最も効果的かと思えたので、カオルも「その手があったか」と乗りそうになっていたが、トーマスの指摘を聞き、ぐ、と堪えた。
ただ立場を利用すればそれでどうにかなる問題ではないのだ。
強権によって従わせることのできる人間は、存外少ない。
自分の命が関わっているとなれば尚の事身の安全の保障は重視されるはずで、それが適わない命令など、誰が聞くというのか、というのがトーマスの考えであった。
そう、人を従わせるには、それだけでは足りないのだ。
「それと、ベラドンナが見てきてくれたからその分は信用できるとしても……問題は、船長らしい人の意思が、そのまま船幽霊の行動に直結してるのか、っていうところだよなあ」
「あくまで今の段階では、ベラドンナさんが見たっていう幽霊の人に意思があるらしいのと、その人の言葉を聞いたっていうだけですしね」
「そうそう。代表らしい人が何を考えているのかが解ったのは大きいけど、それとは無関係に砲撃してくるとかだったらやっぱり危ないしな……」
二つ目の懸念は、船幽霊が何の指示を以て動いているのか。
これが判明しない事には、船長らしき男の言葉を鵜呑みにするのは危険かもしれない、という点だった。
仮にその男の言う事が真実だったとしても、船幽霊がそれとは別に、何らかの悪意によって動いていたのだとしたら、ニーニャは砲撃に晒されるかもしれないのだ。
「そうなると、大砲そのものの無力化か、あるいは決して砲撃されない、という保証が得られなくてはいけませんな。ベラドンナ殿、その船長らしき男は、意思疎通は可能と思われるか?」
「んん……どうでしょうね。私は鳥の姿でしたし……ですが、私を見て鳥と認識して話しかける程度には、理性らしきものがあるようには思えましたが」
「それなら、会話とかできれば具体的な部分も解るかな」
「少なくともその人が何を考えているのかは解りそうですね」
流石に一度見ただけではすぐ解決、とはいかないようだった。
せめてベラドンナが乗り込むことができる事が救いではあったが、次の登場は来週の同じ時間である。
なし崩しに、もう一週間滞在する事が決定してしまった。
「ですが、鳥の姿の時は話せませんし……かと言ってこの姿を人前に出すのも……」
「まあ、私は事情を知っていたからそうは驚かなかったが、一般に軍人は悪魔かそれらしい格好をした者をみれば敵意を見せるでしょうからなあ」
「思い切り悪魔ですもんねえ」
もう一つの懸念としては、ベラドンナの容姿に問題があった。
正気を取り戻し、神の子として、またカオルの使い魔として新たな道を歩むようになり、その顔立ちは大分人間らしい生気を取り戻し、人相応に喜怒哀楽が見られるようにはなってはいたが。
その背に生える巨大な蝙蝠の翼や頭部の歪な角は、どう見ても悪魔を示す記号であり、隠しようのない不吉の象徴であった。
このような姿のベラドンナがどのように優しい言葉で話しかけようとも、相手が正気ならば「悪魔の誘惑だ」と断じられるのは目に見えていた。
「それなら、ベラドンナさんには見えない場所に隠れてもらって、声だけで演出してもらうとか――」
「声だけで、ですか?」
「そうですよ。何も姿を見せる必要はない訳ですし……適当に『海の王の遣いですけど』とか言えば聞いてくれるんじゃないですか?」
「そ、そうでしょうか……?」
サララの提案に、ベラドンナは「本当かしら」と半信半疑であったが、これに関してはトーマスは特に反対する様子もない。
状況を見て、カオルは素直に乗る事にした。
「まずはやってみないと始まらないしな。ベラドンナ自身はどうなんだ? できそう?」
「やってできない事はないと思いますが……相手方が信じてくれるかどうかが問題ですわね」
「なら、まずはやってみてくれ。ダメだったら別の作戦考えよう」
「ふむ……ではそういった方向でよろしいですかな。となると、次に船幽霊が出るまでの一週間が勝負、といったところか」
ちら、と窓の外を見るトーマス。
海は、凪いでいた。
船幽霊が現れた直後は、いつも海が静かになるのだとアリサ婦人から聞いていたトーマスは、「あの頃の海のようだ」と、若干懐かしさに目を細める。
「カオル殿。船幽霊を待つまでの間の過ごし方についてだが……提案がござる」
「提案? ああ、言ってみてくれ」
「うむ。知っての通り、船幽霊は今のところ、規則正しく一週間のうち同じ日、同じ時刻に現れる。次も恐らくそうだと思われるが……ならば、その間に少しでも我らの地盤を固めるべきではないだろうか?」
「地盤を、固める……?」
「見知らぬ者に手を貸してくれる者は少ないが、人は存外、見知った者を簡単には見捨てられぬ。関わりを持った者を無視するのは容易ではない。この事、カオル殿はよぉくお分かりと思うが……」
「……ああ、そういう事か!」
トーマスの提案。
それはカオルにとってもよく覚えのある、そして最も得意な分野でもあった。
そう、人助けをし、人付き合いをし、人との間に繋がりを作るのだ。
カオルがこの世界に来てから欠かさず続けていた、最大にして最高の『異世界で生きる為のコツのようなもの』だった。
「解った。それじゃ、俺はこの町にいる間、できるだけ人助けとか、そういうのをやるよ。任せてくれ。これだけは得意なんだ」
「ふふっ、オルレアン村に居た頃を思い出しますね」
「村に戻ったらまたやるけどな。でも、他の町に来ても同じようにできるなんて思いもしなかったぜ」
俄然やる気を出したカオルを見て、サララは嬉しそうに頬を緩める。
二人にとっての第二の故郷。村での日々を思い出しながら、そしてその日々を活かせる事に気づいて喜ぶ大切な人の姿に、サララもまた、胸が温かくなっていくのだ。
「じゃあ、私はまたカオル様の為に聞き込みでもしてましょうか……トーマスさんはどうするんです?」
「私は、旧海軍について何か解る事が無いか、一度王城に戻って調べてみたいと思う。すまないがカオル殿、ポチをお借りしても……?」
「ああ、いいぜ。それじゃ、ポチにも話しておかなくちゃな」
「それでは、私も何かあった時の為にトーマス殿についていきましょうか。いざとなったらこの宿の机を介して、私だけでも戻れるようにしますので……」
「うむ、ベラドンナ殿、助かる。では早速向かうとしよう。カオル殿、よろしく頼む」
「あいよー。ちょっと行ってくるぜ」
「いってらっしゃい。私は宿の人に宿泊延長伝えておきますね」
話がまとまったところで、各々が動き出す。
やる事は解っていた。後は一週間後のその時の為、少しでもやれることをやるのみ。
冬のニーニャは、まだ風も強く相変わらず雪が降っていたが。
それでも四人が四人とも、寒さに負けぬ強い意志を、瞳に宿していた。