#10.船幽霊対策会議
ひとしきりリシュアを交えての雑談を楽しんでいたカオル達であったが、ある程度のところで区切りをつけ、部屋へと戻った。
トーマスやベラドンナもそう掛からず戻ってきたため、自然、船幽霊と遭遇した際の作戦会議になる。
「とりあえずの対策として、砲撃をどうにかする必要があるんだよな。近づいたら撃たれちゃうんじゃ、どうしようもないし……」
「向こうがこちらに攻撃できるのなら、こちらも向こうに攻撃できるかもしれんが……」
「いや、無理じゃねぇかなあ。俺が投げて届く距離まで近づければダメージ狙えるかもしれないけど、多分その前に砲撃喰らうだろ?」
「うむ……投擲では少々苦しいだろうな」
目下問題となるのが、船幽霊の砲撃に関してである。
これがあるから町に近づかれることが脅威になるのもあるし、これの所為で接近が困難という問題が存在するのだ。
どれだけカオルが不死身でも、流石に射程距離まで近づく前に砲撃で沈められては何もできない。
「――トーマスさん、鳥などは砲撃の対象になるのですか?」
それまで考えるようにして顎に手をやっていたベラドンナが、翼をぴこぴこと動かしながら、トーマスに問う。
トーマスは「うん?」と首を傾げながら、その時の事を思い出そうとした。
「いや……狙われたのはあくまで、船幽霊の進路上にあって妨害となるような他の船や残骸、それと悪戯に近づいた漁船のみだな。射程に難があるのか、まだ沖合からではニーニャには撃ち込めないようだが……」
「今のところ町はまだ無事だもんな。それだけでもよかったけど、これ以上近づかれると解らない訳か」
「具体的な射程がはっきりせんのが難儀だが、アレの威力だけは折り紙付きよ。火薬に関しては門外漢故詳しくは解らんが、火力のみならば……港や町を吹き飛ばすのにそう時間はかかるまい」
「時間との勝負ってのは変わらない訳か」
「そういう事になるな。確かに鳥や魚なら攻撃はされまいが……」
閉塞感がその場を支配していたかに見えた。
トーマスもカオルも、具体案が何も浮かばないままに、ただただ事態の不味さだけが確認されるという状況。
こういう場面では面白い提案をすることがあるサララも今回はだんまりで、テーブルの上の海図ばかりを眺めている。
だが、ここで一人、トーマスの話を聞いて確信したのか、ベラドンナは自信ありげににっこりと微笑んでいた。
「カオル様。それでしたら私に妙案がございますわ」
「妙案?」
「ええ。私が鳥になって近づけば、砲撃される事なく幽霊船にとりつくことができるかもしれません」
「ほほう、鳥に、なあ」
全力で悪魔である事を活かすベラドンナの提案に、トーマスも顎を撫でながらに「中々面白い事を考えよる」としきりに感心していた。
だが、トーマスとは裏腹に、カオルは少し心配になってしまう。
「大丈夫かよそれ。バレて攻撃されたら大変じゃないか?」
「ご安心くださいカオル様。私はこれでも速さをウリにしていたのですから。いざとなったら尻尾を巻いて逃げ出しますわ」
「そっか……まあ、確かに速かったもんな」
対峙した時のベラドンナの速さと言ったら。
カオルではまともに捕捉もできず、ただ一方的に嬲られるばかりだったのだから、その言葉には説得力があった。
苦々しい記憶ながら、病んでいた頃のベラドンナはべらぼうに強かったのだ。
今もその速度を出せるというなら、確かに砲撃される前に逃げ帰れるかもしれない。
そう考えれば、ただ無鉄砲なだけではないのだとカオルにも理解できた。
「それじゃ、船幽霊が出た時にはまずベラドンナに中の様子を調べてもらうとして……とりあえず、出るまでの間は町で聞き込みかなあ。あんまり役に立つ情報聞けそうにないけど」
「宿屋のお姉さんのお話を聞く限り、町の方はあんまり噂話にされたくないようですしね」
船幽霊の出る正確な曜日と時間は女主人に聞けばいいとしても、待っている間にできる事が限られているというのはなんとも歯がゆい。
どうしたもんか、と、腕を組み考えるカオルに、トーマスが「よろしいか」と一言、話を持ち込む。
「実は、私を助けてくれたご婦人と会ってきたのだが……」
「ああ、そういえばそうだったよな。まだ大丈夫そうだった?」
「うむ。おかげさまでなんとか間に合ったらしい。ご婦人も、私の顔を見て嬉しそうにしてくれていたのだが……雑談の中で、少し気がかりな事を話していたので、な」
「へえ、気がかりな事って?」
ただ町の住民の話を聞くだけよりは、こうして横からの情報が何かしらの接点になっている可能性もある。
カルナスでの一件から、カオルはそういう情報の重要さを身に染みて理解していた。
「『海の王』の加護の話だ。この町では昔から、漁師が東の灯台の地下にある祠へと出向き、漁の無事を祈るらしいのだが……」
「私も聞いたことありますよ。航海の無事を祈る為、色んな国の港町や灯台に、そういった祠があるらしいですね」
ようやく話に混ざってきたサララ。
考え事は消えたのか、さっぱりとした顔であった。
トーマスも「そうなのだ」と頷き、海図に指を這わせながら話を進める。
「ご婦人が仰るには、かつてここの港から出港した艦隊の将校らも、やはり出港前には同じように長旅の無事を願い、祠へと出向いたのだという話でな」
「へえ……海の王の加護、かあ」
「もしかしたら、船幽霊がこの町に現れる何がしかの理由を調べる上で役に立つのではないかと思ったのだが……」
まだ確証はないが、と、顎を弄りながらに、トーマスが海図を眺める。
それ自体は最近のもので、あくまで船幽霊の出現箇所を示すだけの道具でしかなかったが。
その海図が、全く別の意味を示す事もできるかもしれないのだ。
「よし。じゃあ、明日ちょっとその祠に行ってみよう。何か解るかも知れないし」
「うむ。私もそれがいいと思う。灯台の場所はご婦人から聞いてある」
「流石トーマスさん、頼りになりますね」
「それでは、とりあえずの方針は決まったところで……そろそろお開きになさいますか?」
「ああ、そだな」
トーマスのおかげで一定の進展、それから方向性の確保ができた為、今日のところはもう解散する事になった。
闇も随分と深まり、ただただ静かな波の音が、部屋の外から聞こえてくるばかり。
休むには決して早くない頃合だった。全員が頷き、静かに立ち上がる。
「では、サララ達はお部屋に戻りますね。ベラドンナさん、一応お外から入ってくださいね。窓は開けますので」
「承知いたしましたわ」
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
「ああ、お休み」
「ゆっくりと休まれよ」
別部屋の女性陣が部屋から出ていくと、余計に静かになってしまう。
トーマスと二人、特にする事もなく見つめ合っていたが、やがておかしくなって笑いだす。
「二人して見つめ合っていても何も始まらぬな。では、これにて失礼する」
「まあ、そりゃな……俺も寝るよ」
ベッドは既に用意されているのだ。
男二人、背を向け合いながら眠る事になる。
カオルとしては、この老人と共に眠るのはそれはそれでプレッシャーだったが、軍馬を駆っての馬車旅は相応に身に堪えたのか、横になっているうちに気にならなくなっていた。
眠いのだ。泥のように溶けてしまいそうなほど眠く、気など回らなくなる。
「――ぐが」
一度目を閉じれば、後はもう夢の世界であった。