#5.英雄志望者は人助けをしたい
「おうカオル。今日も精が出るな! 後でこっち寄ってくれよ。また頼みたい事があるんだ」
「ああ、後で来るぜ」
「カオルさん、こんにちは。後で頼みたい事があるからきてくれない?」
「解った。合間を見ていくよ」
「カオル君。またその……ヘータイさんに……」
「オーケ、速攻で届けるよ」
カオルの日常は、少しずつ慌ただしくなっていった。
それというのも『人助けをしたいから』という願望の元、色んな人の話を聞き、困っている人には手を差し伸べたり、という日々を送っていったからなのだが。
兵隊さんや村長の娘さん、そのほかカオルに手を貸してもらった人たちが噂として流したらしく、気が付けば「手が足りない事があったらカオルに頼め」という謎の合言葉が、村に定着しつつあった。
そうしてカオルは、頼まれればできる限り精いっぱい頑張る青年であった。
草刈りを頼まれれば不慣れな鎌仕事をし、草で手を傷だらけにしながらも汗だくになってこなそうとした。
ニコニコ鶏の餌あげを手伝ってほしいと頼まれれば、顔を突かれながらも鶏や卵を傷つけないように慎重にこなそうとした。
苦手だったお年寄りとのお喋りも、乞われれば夕方までだって付き合った。
村の荒々しい男どもに野菜の収穫を手伝ってくれと頼まれれば、手先が擦り切れるまで、足腰が立たなくなるまで必死に男どものペースに合わせようとした。
みんなみんな、カオルにとって経験のないことだらけだった。
今まで全く知らなかった、知ろうすらしなかったことばかり。
それらはどれもきっと、向こうの世界にもあったはずのもので。
だけれどずっと目を背けていた、知らなくても生きていけた出来事だった。
それが、カオルには楽しくて仕方なかった。
汗だくで、くたくたになりながら、村の他の男たちと一緒に川で冷たい水を浴びるのが、まるで子供の頃の水遊びのように楽しかった。
向こうで女の子と話そうとしなかったのがもったいなかったと思うくらい、村の女の子達とのおしゃべりは楽しかった。
村のお年寄りたちはカオルが思っていたよりもずっと優しく、そして物知りで、いろんなことをカオルに語って聞かせてくれた。
そうして、ぐったりしながら「ああ、今日も一日が終わった」と、夕日を眺めてその日の平穏に満足しながら家に帰るのが、どこか大人びていて、彼には嬉しかったのだ。
これだけでも、こちらにきた甲斐があったのではないか。
カオルは最近、そう感じるようになっていた。
相変わらず貧乏で、お手伝いの報酬としてもらえるお駄賃やら食べ物やらで食いつなぐ日々ではあるが。
それでも、最低限の暮らしは保証されていて、村の人たちはとても優しかった。
村長の娘さん以外にもかわいい子は結構いるし、もしかしたらこのまま定着すれば立派な『村の男』とやらになれるんじゃないかと、カオルはそんな事も考えてしまった。
いいや、考えてしまってから、それを頭から追い出そうと、否定した。
「……はあ」
家に着いてからのカオルは、考えることが多かった。
元々あまり多くを考えず、考える事そのものも極力放棄して生きていた少年は、この世界では、様々な事を考える青年になっていた。
英雄とはどういう者を指すのかは、なんとなくの方針として掴めた気になっていたのだが。
どうにも、最近のこの、貧乏ながらも充実した日々という奴が、その『英雄になる為の日々』とは違うような気がしたのだ。
それでも、楽しい毎日である。捨てがたい。多分、こういうのが幸せなんだと、カオルは薄々感じ始めていた。
それをかなぐり捨ててまでどうにかする必要なんてない気もするのだが。だが。
(英雄になるには……なんか、これじゃダメな気がするな)
誰かの為に、何かの役に立ちたい。
それは、本来は英雄となる為に必要な、その一つの要素に過ぎないはずだったが。
村で暮らすうちに、カオルにとっての、人生を楽しく生きる為の一つの手段へとすり替わっていた。
そういった『忘れてはいけない大切な事』とは別に、厳しい現実、人の中で生きるために必要な世渡りのようなものも、カオルには次第に解ってきたような気がした。
最初こそ「英雄志望だから」とお駄賃をもらうのを断ろうとしていたカオルだったが、今では考えを改めている。
『貰えるモノは貰っておけ』『自分が努力したことに対しての他人からの良い評価を否定するな・裏切るな』。
この二つが、カオルがこの世界に来てから得た、この世界で生きる為の基本である。
金がなければ何もできない。食事すらまともに取れない。
人が最低限の暮らしというのを維持する為には金が必要なのだと、彼はここにきて初めて気づかされた。
当たり前のように親に養われていた向こうでの生活と異なり、こちらでは当然のように何かにつけて金銭、あるいは物品が必要となるのだ。
無料なのは村を流れる川の水とその辺に生えている草、それから兵隊さんからもらえる堅いパンくらいである。
暖を取る為の薪ですら、市場で買おうとしたなら銀貨が必要なのだ。
そうして、金とは、報酬とは、任せられたことに対しての対価であるという事。
対価があるからこそ、人は仕事に真剣になれる。
対価が待っているからこそ、人は仕事に責任を感じることができるようになるのだ。
無責任な事を考えずに無報酬で仕事を続けるのは、とても難しい事なのだと、カオルは気付いた。
責任ある仕事をするために対価をもらうのは、何ら恥ずかしい事ではないのだとも。
人から得た良い評価というのは、それだけで価値があるという事。
人が下した「こいつは良い奴だ」「こいつは信頼できる」「こいつは役に立つ」といった評価は、それによって新たな頼みごとを増やしてくれる一因となっていた。
村でのカオルの噂が広まり、それにつられて頼みごとをする人が増えているのは、カオルがそれだけ頑張っているから。
そうして村の人達がカオルに頼みごとをしてくれる限り、カオルはそれをこなすことによって何らかの報酬を得て、日々を暮らしてゆくことができる。
この『良い評価』を、決して絶やしてはならない。裏切ってはならないと、カオルは常々そう思っていた。
評価されない事の辛さ、がっかりされる事の哀しさは、向こうで嫌というほど味わっているから。
こういった理由から、カオルはしゃにむに人助けを続けるのだが。
なんとなく、こうやって心がけたことを破らずに継続することが、人様の信頼を得る一番の方法なんじゃないかと、そう考えたのだ。
何せ、カオルは内面上、まだ高校生である。
異世界に来て自称英雄になったとはいえ、モノ知らず、世間知らずの青二才なのだ。
そんな彼が、この世界に来てようやく確かに感じ始めた『コツ』のようなものなのだが、果たしてこれを繰り返せばいいのか、と。
つまりは、先ほどの疑問に至る訳である。
「……眠いなあ。寝よ」
部屋に戻るや、カオルは食事を取るでもなく、そのままベッドに倒れ込んだ。
お手伝いの報酬が増えているおかげで、来たばかりの頃と違って肉やら果物やらもたまには食べられるようにはなっていたが。
とにかく今は、眠気の方が強かったのだ。
それだけ、日中村中を走り回ってあくせく働いたという事。
(……そういや、この村って、武器屋とかなかったな……)
まどろみの中、なんとなしにそんな事を思い出す。
村の中心には小さいながら市場があり、周囲の村の民や外部からの商人などが訪れ、ここで買い物や商売なんかをしている。
この村が辺りで一番賑やかなのもそのおかげで、『村っていうと宿屋と道具屋くらいしかない』というRPG的なカオルの想像を見事に裏切ってくれていたのだ。
だが、そんな商業も活発なこの村でも、武器屋は存在していなかった。
露店なんかを眺めればナイフくらいは売られているが、それはどちらかというと獣の皮を剥ぐ為だとか、肉を切る為だとかに使われるサバイバル的な用途のもので、武器用とは言い難いような代物であった。
(それっぽい装備すれば、俺も英雄っぽくなるかな……)
形から入るというのも悪くないと、そんな事を考えたのだ。
もしかしたら、ちゃんとした鎧や剣なんかを持てば、少しは英雄らしい自覚も生まれるかもしれないと。
悪いモンスターなんかをやっつけて、困った人を助けるんだ、と。
(へへ……明日、兵隊さんに、聞ぃて……よぅ、かな……)
なんとなく楽しい光景が想像できて、それはまるで子供の頃の未来予想のようで。
瞼が自然と降りてくるのを感じながら、カオルは最後、そんな『夢』を思い描いた。