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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
7章.エルセリア王国編3-英雄達の帰還-
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#8.かつて見たあの港に


 戦争とは、常に様々なモノが犠牲になり、失われてゆく。

多くの国家が競い、領土争いや自らの領地を守らんが為の護国の戦いを繰り返し、魔王無き時代の人類は、勝手に自分たちで疲弊していったのだ。


 自由を謳歌していたはずの人類はしかし、ある時間違った考えに至ってしまう。

それは「魔王がいない今なら、我こそが覇権を取れるのではないか」という、ある王の歪んだ欲望から始まり、世界中に伝染し、あらゆる国家・人種・カーストの者へと降り注いでいった。

戦争は人々の暮らしを悪しくさせるだけでなく、確かに豊かにさせ、技術の進歩を促し、新たな発見を生み出す礎ともなり。

それが故、人は気づいてしまったのだ。

――それまで手を繋いでいた隣人を襲う事のメリットを。


 奪い合い、奪う為に殺し、護る為に殺し、助ける為に殺し、助けられる為に殺す。

世界中に死が溢れ、女神すら呆れ果てたその先に、いくつもの悲劇が降り注ぐ。



 港町ニーニャは、小国エルセリアにとっては最も重要な海洋拠点である。

周辺国の中で最も整った湾港設備。いくつもの造船工場。

腕利きの職人も多く暮らしており、古より船着き場として栄えた地域だった。

戦に溢れかえる今の時代において、エルセリア王国の粋を集めた海軍が駐留する一大拠点。

険悪な関係が続く隣国ラナニアに睨みを利かせる意味合いもあって、港には海軍所属の軍船がいくつも停泊していたのだ。


「――グラチヌスが動いたか」

「はい。フィール島の灯台よりの情報です。間違いはないかと」

「ううむ……」


 停泊する船の中、最も巨大な軍船の中では、黒の軍服を纏った海軍将校らが軍議を行っていた。

元々はラナニアに睨みを利かせる為に集結していた艦隊だったが、全くの想定外が起きた事によって、急遽対策を話し合っていたのだ。


 この時代、海での情報のやり取りは、領海内ならば合間の島々からの灯台による(ともしび)符号によって行われるのが常であった。

この度領海の東側から送られた情報はただ一つ。


《グラチヌス帝国海軍、東方より進軍せり》


 グラチヌス帝国は、ラナニアより遥か遠方にある海洋国家である。

欲深き帝王の侵略主義によって方々に戦争を吹っかけては略奪を繰り返すなど実に危険な国家だったが、本来ならばこの辺りに来る事などなく、明らかに進出の仕方がおかしかった為、海軍の面々も「何が起きたのか」と困惑を隠せない。


「そもそも、グラチヌスはどのようにしてこのような遠方まで……潮に乗って、風が都合よく吹いたとしても、相当量の物資を積み込まなければ艦隊をここまで運ぶのは不可能なはずですが……」


 会議のテーブルに着く中でも、最も歳若い士官が、手を挙げながらに発言した。

同じように頷く者も多く、これによって疑問に思う者も多いらしいのは、この場にいる誰もが認識する事が出来た。


「魔法の類か、あるいは海獣を利用したのかもしれん。どのような手法かは知らんが今回の通信を最後にフィール島は沈黙している。攻撃を受けたと考えて間違いないな」

「私もそう思うけれど、提督? いかがなさるおつもりですか? このままこのニーニャで防衛戦を行うのか、あるいは、打って出るのか」


 最も大きな椅子に腰かける、黒い三角帽を被った男に、すぐ隣の女性士官が疑問を呈した。

この場にいる全員が抱く、最も大きな関心事である。

ここで戦力を整えるのか、これ以上領海を荒らされる前に迎撃に出るのか。

それによって、立てられる戦術も、戦場となる海域の策定も大きく変わってくるのだ。


 提督殿は、しばし無言のまま目を閉じ、大きく息を吸う。

ただそれだけの事で、その場にいた誰もが沈黙し、ごくり、息を飲む音ばかりが議場に響く。

そうして再び目を開くと、彼は立ち上がり、その場にいた皆を見渡し、こう告げた。


「――打って出る。敵の戦力、いかほどかも解らぬ。だが、放置して我が領土領民に被害あらば、国王陛下も悲しまれるに違いない。『我が海軍のなんと情けない事か』と民に失望されるのは、私には辛い」


 こうして、彼らの進む道は決まった。




 遥か東、フィール島直線状にあるアルバ島へ向けて艦隊が出港していったのは、二日後の事であった。

前日の内に艦隊の構成員達には自由に過ごす時間を与え、十分に英気を養わせての出撃。

物資も十分。兵も国防の為とあらば士気が高く、意気軒高であった。


「見ろ我が艦隊員よ。民が、私達を見送ってくれている」


 出港の時からずっと手を振り声援を送ってくれるニーニャの民の姿。

これを皆目に焼き付け「いつかはあの港に、また帰るのだ」と、心に決めていた。


「パパ―っ、頑張ってーっ!!」

「あなたーっ、いつまでも、待ってますからーっ!!」


 岸辺にて手を振る母娘。

提督の傍に控えていた操舵役の水兵が、その声を聞いて船の向こうを気にし始める。


「構わん。行ってやれ」


 古くからの付き合いだった部下に、提督は気を遣い、声をかけてやる。


「いえ、しかし……」

「次に会う時に、娘がお前の顔を忘れていたらショックだぞ? 少しでも覚えておいてもらえるように、ちゃんと顔を見せてやれ」

「……ありがとうございます、提督――おぉぉぉぃっ!」


 迷いを見せていた水兵だったが、提督の言葉に晴れがましい顔になり、手を振り続ける妻子に、あらん限りの声を向けながら(ふな)べりへと駆け出してゆく。

すぐに傍に控えていた他の者が変わってやり、船は変わらずに操舵されてゆくが。


「……そうだとも。無事、また会った時の為に、今の別れを大切にするのだ」


 妻子に向け、いつまでも手を振り続ける部下を見ながら、提督は噛みしめるように、港から聞こえてくる声援、そして海鳥の鳴き声を、耳に焼き付けていた。




 出港から三週間。

遥かな海の先から来た敵は、あまりにも強大だった。

フィール島から数日の場所にあるアルバ島前面にて横陣で構える自軍艦隊15隻に対し、グラチヌス側は50隻以上にもわたる大艦隊。

それも後方に大量の補給船や娼船、新天地を求めた市民が乗る移民船まで備え、明らかに侵略してそのまま占領し尽くそうという野心がありありと見て取れるものである。


 ニーニャからは遥かに離れた海域ではあったが、これが湾港施設のある町まで届けば、町は瞬く間に敵の拠点とされ、それを足掛かりに今度は陸地が侵略されてしまう。

ニーニャから王城は遠いとはいえ、陸の要衝であるカルナスはニーニャの直近にあり、国としては相当な痛手となる事は間違いなかった。

提督は敵の数に驚かされはしたものの、「せめてニーニャに近づかれる前に接敵できてよかった」と、胸をなでおろしていた。

そうして風が、吹き始める。



 海戦は、帝国海軍の砲撃により始まった。

遠方まで届く強力な新型火砲。

50もの艦船が三列に並び、そこから放たれる雷火(らいか)の如き砲弾の嵐は、まず王国艦隊の1隻を撃沈させ、2隻を航行不能に陥らせた。

王国艦隊からの砲撃は射程外の為届かず、これが故圧倒的な不利となる。

開幕では、帝国艦隊は数の通り、圧倒的優位を誇っていたのだ。


「――フラグを開け! 我が『クイーン・パメラ』はこれより、敵の正面に立つ」


 提督殿は、まず真っ先に旗艦である自船に「目立て」と命じた。

これによりフラグシップと見られれば、敵艦隊からの砲撃の嵐が降り注ぐのは必然。

だが、被害を受ける船の数は減るはずだというのが、彼の考えであった。


斜形陣(しゃけいじん)に変えろ! 敵の砲撃は我に来る、全船、近接して先頭の3隻に集中砲火!!」


 指揮棒を振りながらの指示に、通信要員が必死になって灯通信を繰り返す。

他船がその指揮通りに動くべく隊列が変わり、クイーン・パメラを中心に、横陣形からの斜形(しゃけい)陣へとその在り方を変えてゆく。


「敵の砲撃来るぞ! 操舵! 一気に敵陣へと突っ込め!!」

「て、敵陣にですか!? 提督、それでは!?」

「構うものか、べリアン、いいからやれ!! 私を信じろ!」

「ヤ、ヤー!!」


 砲弾の嵐が至近距離に着弾。

その爆発力こそかなりのものであったが、幸いにしてまだ至近弾である。

次こそは直撃が来ると考え、提督は自船を一気に前へと進めた。

敵の先頭に立つ船が「バカが」とばかりに狙いを定める。

最早ここまでか、と、操舵が目を瞑り次の世を祈ろうとした、その矢先である。


《――ドゴォンッ!!》


 敵方の先頭に対し、自軍からの砲撃が開始され、敵砲台の射線が至近弾の爆水により妨害される。

更に船が揺れて狙いが付けられなくなった火砲は虚しく、あらぬ方向へと砲撃されていた。

すぐ後に射角を修正され撃ち込まれた砲弾が、見事敵船の中心部に着弾し、爆発。

撃沈こそしなかったが、甲板上では数多くの死者が出て、航行不能に陥っているのが目に見える。

時間が経てばまだ動き出すかもしれない。だが、戦闘の最中それ(・・)は、致命的な時間の損失となる。



 当初強大に見えた帝国海軍は、いくつかの問題を抱えていた。


 一つ目は、大艦隊を組織する為に、水兵一人一人の質はそこそこに抑えられている事。

火砲の威力・性能共に最新鋭で非常に強力なはずだが、それを扱う人員が並では、十分に活かしきれなかったのだ。

この為、熟練した兵ならばある程度の目測で当てられる的でも、彼らはいくつもの無駄玉を撃ち、動かれる度に1から計算し直さなくてはならなかった。


 二つ目は、艦隊を維持する為に後方に多く守らねばならぬ無力な船団が存在し、この為陣形が膨らみがちになってしまっている事。

海戦においては敵の砲弾に当たらぬよう操舵しなければならないが、現在帝国艦隊は陣形の都合上、中心部のいくつかの船は先頭の船を潰されることによって身動きが全く取れなくなる。

このような場合、即座に陣形を変えなければならないのだが、一つ目の問題で指摘したように、『並程度の水兵』ではそれは叶わないのだ。

無理に行えば多く、パニックに陥る。


 三つ目、これは最も大きな問題である。

彼らは、数が多すぎた。

あまりにも数が多く、相手が少なく見えたが為、そして開幕で数隻を潰せてしまったが為に、度を越して自信を抱いてしまったのだ。

慢心したとも言えよう。

事実、敵の行動や陣形の意味など考えもせず正面から潰そうとし、艦隊中心部が身動きを取れなくなっている事に気づいている者は、非常に少なかった。



「――陣形変え! 左翼右翼共に別働縦陣(べつどうじゅうじん)! 敵軍を横面から砲撃しつつ、射程に入り次第後方の船団を狙い撃ちにしろ!」


 そうして提督は、この隙を逃さなかった。

敵軍は未だ砲撃を繰り返そうとしていたが、彼の乗る旗艦は既に敵前衛の直近に在り。

余りに肉薄されすぎて、そして先頭の船が行動不能に陥っている為に、彼らは誤爆を恐れて有効な攻撃をする事が出来ず、ここにきてようやく陣形を変えようとしている船も居た。


 実際の判断の迷いはわずかだったかもしれない。

だが、連携が取れている様子もなく、各船がバラバラに動いていた為に、帝国艦隊は行動の遅延を引き起こしてしまう。

王国艦隊が速やかに陣形を変え、帝国艦隊後方へと突き進むには十分すぎる時間だった。

帝国水兵には無理な短時間での陣形変更も、熟練の王国水兵には可能だったのだ。

この時間差が、最終的な勝敗を分けたと言っても過言ではない。


 いくつかの船が、ようやく狙いを変え、横面から砲撃してくる王国船に反撃し始めた。

射程の面では帝国軍の優位。

しかし、同じように砲弾が届く距離では、射程と火力に特化されただけで中々当てられない砲よりは、熟練兵が使い慣れている旧式の砲の方が命中精度に分がある。

すぐにその結果は帝国船の被弾・撃沈という形で表れた。

先頭に続き横面の船が砲撃に晒され、行動不能にされる。


 こうして逃げ場を失った中央部の艦隊を無視し、王国艦隊はその後方の船団を攻撃し始めた。

本来ならば無力な、戦う力を持たない者達である。

だが、侵略しようとしてきた者達には変わりなく、二度とそんな気が起きないようにさせなくてはならなかった。

同時に、これによって大艦隊の逃げ場を奪い、封殺する事が出来る。

少なくとも提督は、そう判断したのだ。


「――徹底的に叩き潰せ。我が領に、帝国軍の入る隙間などないのだ!!」

「ヤー!!」


 士気は高かった。

左右に分かれた艦隊は、見事敵を包み込むが如くその退路を断ち、砲撃の嵐を浴びせる。

補給船などは身動きすら取れぬままに沈んでいき、移民たちも助けを求めたが、そんなものは誰一人、聞く耳を持たなかった。

――生きて逃せば後の世の悔恨となる。

この場においては、皆殺しこそが正しき国が為の行動であった。



 前方が動けず、横面も止められ、後方を取られ。

もはや、帝国艦隊はなすすべもなく、生き残った船も立ち往生。

数時間前まで圧倒的だったはずの者達は、敗者として絶望の表情を晒していた。

誰かが言った。「もうやめてくれ」と。

提督は笑った。「さあ、とどめだ」と。



 こうして、遥か遠方よりの侵略者は見事全滅。

海の藻屑となり、ニーニャの町は、そしてエルセリア王国は守られたのだ。

後は皆して無事を喜び、勝利の余韻に浸りながら街へと戻るだけ。

港ではきっと皆が笑って出迎えてくれるだろう、と。提督は満足げに笑っていた。


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