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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
7章.エルセリア王国編3-英雄達の帰還-
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#7.港町へ行こう!


「さて、とりあえず問題になっている、ニーニャのふにゃ幽霊についてですが――」

「ふにゃ幽霊?」

「船幽霊ですっ、そこ、変なところ突っ込まない!」


 家に着いてからは、流れるように話し合いになっていた。

丁度都合よくベラドンナも遊びに来ていたため、わざわざ面子を集める必要が無かったのだ。

そして、何故かサララが場を仕切っていた。


「トーマスさんのお話を聞く限り、そのふにゃ……船幽霊自体は、旧エルセリア海軍のものに酷似しているのですよね?」

「うむ。その通りだ。かつてニーニャの港で、実際に動いていたのを見た事がある。あの頃は勇壮に感じたものだが……ボロボロになっておったなあ」

「つまり、昔の戦争時代に使われてたものが幽霊として出た、って事か?」

「その可能性が高いですね」


 トーマス曰く、船幽霊は、週に一度程度の割合で姿を現し、沖合から少しずつ、時間をかけて港へ向かっているのだという。

近づく船や障害物などに対しては砲撃を加えるが、船自体は突然現れ、何事もなかったかのように消え去るという事で、「これは幽霊に違いない」と、民の間で騒がれていたのだ。

元々付近に姫君と思しき女性の姿があったと兵隊さんから聞かされていたトーマスは、姫君を見つけられなかった事から、もののついでというつもりでこの船幽霊の討伐を考え、乗り込もうとして返り討ちにあってしまった、との事である。


「なあ、俺異世界人だから解んないんだけどさ」


 まず真っ先に手を挙げたのはカオルだった。


「この世界で言う『幽霊』って、どんな存在なんだ? 俺の知る幽霊ってのは、人が死んだ後に化けて出る、触ったりできない存在なんだけど」

「大体カオル様の言う認識であってますけど、たまにモンスター化して手の付けられない状態になっているのもいますね。後は、死んだ人の想いがあまりに強く残りすぎて、モノや場所が残留思念的に具現化されてしまってそうなっているのもいるみたいですけど……」

「あの船幽霊のように、物理的に介入できてしまえるモノは、既にモンスター化されていると見てよいと思うがな。この手の噂は私の幼少期からちらほら聞きはしたが、実際に砲撃してくる船幽霊など初めて聞いたわ」


 ベラドンナとトーマスの話を聞く限り、カオルの知る幽霊とこちらでの幽霊とではある程度に通っている、との事で、カオルは「いくらかは常識が通じるか」と安堵していた。

全く違う常識の元存在していたのでは、その食い違っている部分が元で痛手を受ける事すらあるのだから。


「後は……ヴァンパイアやネクロマンサーによって使役(しえき)されてしまうのもいますね。そちらは本人の意思などお構いなしに利用されているだけ、という事もあるので、結構悲惨な事になってそうですけど」

「あー……そういうのもあるんだな、やっぱ」


 こちらも、カオルなりにゲームや映画でよく見る設定ではあった。

ボスモンスターの取り巻きとして現れる雑魚モンスター役でよく見かけたのだ。

大体は大した事のない端役。

だけれどたまに悲劇的な存在として扱われて、悪役に対してのヘイトを溜める為の舞台装置として機能したりもする、そんな存在。

カオルは、深いため息をついた。


「そういうのじゃなきゃいいな。何にしても、そうやって出てきちまってる以上、何かしら理由があってのものなんだろうけど」

「出来る事なら、船幽霊そのものも救う事が出来れば一番なのですが……」


 祈るようにして呟くベラドンナに、他のメンバーも小さく頷き、同意を示す。

どのような経緯で現れるようになったのかは解らないものの、できれば誰もが救われる形で解決したい。

そういう気持ちが、この場の全員にはあったのだ。


 ともあれ、この場では誰の反対もなく、ニーニャに向かう事が決定された。

翌朝には出立の話を聞いた街の人々の協力もあって素早く旅支度を終えられ、昼前には出発の準備が整った。

特別旅先で長居するつもりもない馬車旅ではあるが、寒い中、多くの人がカオル達を笑顔で見送ってくれた。



 今までと違い、港町ニーニャはカルナスの南方・丘陵地帯の先にある為、道も幾分上り下りが繰り返されたが、そこはスレイプニルである。

カルナス周辺の雪原地帯もものともせず、ほとんど揺れる事もなかった。

乗り物酔いなどを起こす者も一人も居らず、皆のんびりとした旅心地である。

何より早い。

普通の馬車馬ならばおどおどしながら進む冬の道が、全く恐れなく全速力で突き進める。

地形無視の特性を持ったスレイプニルだからこその荒走(あらばし)りであった。



「わ、すごい風……カオル様、その子、名前とかないんです?」


 手綱を握るカオルに素直に従い、豪速の風を切りながら丘を駆け抜けてゆくスレイプニル。

冬風で顔をやられないようにと綿入りの顔布で口元を覆ったカオルに、幌から顔を出したサララがそんな事を問うてきた。


「……そういや、特に考えてなかったな。名前、名前かあ」

「カオル様、王様から(たまわ)ったという事は、その子はもう私達の大切な仲間ですよ? 名前の一つもつけてあげなきゃ」

「それもそうか……何かいい名前のアイデアとかあるか?」

「うーん……そうですねえ。スレイプニルだから、『ニルちゃん』」

「ニルちゃん……」

『ブルッ』


 巨壮な外見には今一似つかわしくないネーミングであった。

これが小型の牝馬(めすうま)ならば似合っていたのかもしれないが、残念ながらこのスレイプニルは牡馬(おすうま)である。

当の本人(?)も不満げであった。


「他にはなんかない?」

「そうだのう……牡馬ならば『ガリオン』などはどうであろう? 戦の神の名から取ったものぞ」

「ガリオンか……どうだ?」

『ブルルッ』


 カオル的には男っぽい名前だと感じていたが、当の本馬には不評な様子である。

意外と選り好みする方なのかもしれない。


「駄目らしい。ベラドンナ、何かあるか?」

「それでしたら……『ハンス』という名はいかがでしょうか?」

「ハンス? なんか人の名前みたいだな。何か由来とかあるの?」

「かつて神の馬として、人々に愛されたという馬の名ですわ。とても賢く、それでいて強い馬だったのだとか」

「へぇ……いいな、それ」

『ブルッ、ブルルルッ』


 これにはスレイプニルもご満悦な様子だった。

カオルも「それじゃ、そうしようかな」と決めようとした直後。


「ハンスって、教会付きの馬によく付けられる愛称ですよね」

「サララさんはご存知でしたか。そうなのです。聖堂教会に所属する馬は、多くこの名がつけられるらしいですわ」


 それだけ有名な馬でしたので、と付け加えた。

途端、スレイプニルはいやいやするように首を振りながら『ブルルルッ』と、拒絶するような声を上げる。


「おいおいどうしたんだ? さっきまでそれで良さそうな感じだったのに……ダメなのか? ダメ? ハンスは嫌か?」

『ブルルッ』


 どうやら没個性な名前も駄目らしかった。

意外とこだわりがあるというか我が侭というか、面倒くさい一面を持つ馬である。

一同、困ってしまう。


「んー、折角皆が考えてくれたのにな」

「カオル様は何かないんですか?」

「何か? うーん、そうだなあ」


 正直、カオルは何かの名前を付けるというのはあまり得意ではなかった。

ゲームなどで主人公の名前をつけようとしても、一時間くらい悩んだ末に結局無難なものであったりデフォルトネームだったりを選んでしまう。

今一格好つけることができない男、それがカオルである。


「ポチ」

『ブルッ?』

「お前の名前はポチだ」

『ブルルッ!! ブルルルルルルァッ!!』


 命名:ポチ。

なんとなく思いついたこの名に、この巨馬は大層ご満悦な様子でしきりに頷いていた。

まるで「流石ご主人、解ってるな」とでも言わんばかりに。


「ポチ……ポチですか」

「不思議な響きですね。ポチ」

「そこはかとなく脱力する名前だのう。だが、この外見の馬を見てそう名付けるという事は、何がしかそれを連想させるような特別な名なのだろうな。異世界では」

(……飼い犬の名前だったなんてとてもじゃないが言えないな)


 全力疾走しながらも興奮気味にはしゃぐ愛馬を見やりながら、カオルは空いた手で頬をぽりぽり、苦笑いしていた。

表情こそ後ろの三人からは見えないだろうが、これが通るとは思わなかったのだ。


(馬の好みってよく解んねぇなあ……カブ食うし、犬の名前で喜ぶし)


 同じ人間でも解らないことだらけなのだ。

馬の心理は尚の事読めそうになかった。


「まあ、いいや。んじゃあポチ、これからもよろしくな」

『ブルヒヒヒィーンッ!!』


 機嫌よさげに鳴くポチに、カオルも「まあこいつ自身が喜ぶならそれでいいか」と割り切ることにして、前を見た。

――地図通りなら、もうすぐ見えるはず。

そう思った矢先、遥か視界の先に、青が広がり始める。


「海だ、海が見えたぜっ」


 丘の上から見下ろす形で海が見え、更に進むと手前側に町があるのが見えていた。


「おおーっ、海、海ですねぇっ! 久しぶりですっ」

「あれが海ですか……初めて見ましたわ」

「ふむ……いつ見ても美しいのう」


 カオルの声に、三人ともが幌から顔を出し、カオルと同じ景色を楽しむ。

海という言葉には、人を惹きつける魔力でもあるのか。

異世界ですら、海はただそこに在るだけで、人を魅了してしまう。


 もう間もなくの夕陽が、次第に青を茜色へと染めてゆく。

それが途方もなく美しく感じて、カオルは「ほう」と、ため息をついた。

向こうでは見た事もない様な、もしかしたら見ることができたかもしれない夕陽に。

その赤に染まりつつある青の、なんとも美しい様に。



 こうして、ほどなくカオル達は港町ニーニャへと到着した。


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