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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
7章.エルセリア王国編3-英雄達の帰還-
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#4.兵隊さん、出世する


 カルナスに到着したカオル達は、軍馬車の到着に驚く民衆をよそに、まず真っ先に衛兵隊本部へと顔を出した。

カオル達は王城での一件の顛末の説明と、城で過ごした日々の出来事なんかを兵隊さんに伝えたかったのだが、ステラ王女はそれとは別に伝えたい事があるとの事で、目的地は一緒だったのだ。


 姫君の訪問に驚きながらも士気を高める衛兵隊であったが、出迎えた衛兵隊長殿は爽やかな笑顔を見せていた。

変わらぬ様子にホッとするカオルとサララ。ステラ王女は……頬を赤く染めながら、視線を右往左往させている。

しばらく会えなかったので仕方ないな、と、カオルらは苦笑いしながら、案内されるままに隊長の為の執務室へと向かった。


「無事戻ってきてくれてよかった。手紙でカオル達の無事は知っていたが、それにしても大手柄を挙げたそうじゃないか」

「ああ、二人目の魔人に関してはほんと偶然なんだけどな。でも偶然でも、あの場で倒せててよかったぜ」


 最初は姫君に譲るつもりだったのだが、本人曰く「私は後でいいので」と奥ゆかしく譲っていただけたので、カオルが話をする事になった。

久しぶりの兵隊さんなので、カオルもややテンションが高くなっている。


「ははは、もうすっかり英雄の貫禄がついてきたようだ。君は見かける度に大人物になっていくなあ」

「そ、そんな風に言われちまうと照れちゃうけどな。でも、ありがと」


 カオルからすれば、この世界に来てからずっと世話になりっぱなしだった人にそんな風に褒められ、まだ照れくささの方がずっと強かったのだが。

それでも、自分がそれらしくなってきたことが、なんだか誇らしく感じられたのだ。


 それから、カオルは城内に戻ってからの事の詳しい説明と、マグダレナという魔人が全てに関わっていた事、それを撃退した事によって王家の恩人となり、スレイプニルと軍馬車を賜った事などを説明した。

魔人の一件については既に手紙で報せてはあったが、アレク王子を助けた事や、マグダレナが先の一件を裏で操っていた事などは国家機密にも関わる為、しばらくの間伝えられなかった問題であった。

最近になって城内の状況が落ち着いたのを見計らって、国王より直々に「別に親しい者になら話しても構わんぞ」と許しが得たので、今回ようやく話せることになった。

それまで手紙で伝えられなかった事を聞く度に、彼は驚き目を見開いたり、苦笑いしたり、ほっとしたように胸をなでおろしたり……目に見える形で表情を変え、じ、と、カオルの話に聞き入っていた。


「君の話は、いつ聞いてもとんでもないが……しかし、すごいな君は。人運や天運にも恵まれているように見えるよ」

「まあ、女神様のおかげもあるんだろうけどな。この棒切れがなかったら、魔人が居た事にすら気づけなかっただろうし」


 カオル自身「偶然ってすごいよな」と、しみじみとため息をつきながら事のいきさつの説明を終え、ほっと、肩の力を抜いた。

腰掛けていたソファは事務的なモノでやや硬かったが、それでも馬車旅に疲れるカオルには気の休まるものとなっていた。


「そういえばさ、兵隊さんって、『イワゴーリ』って名前だったんだな。初めて知ったぜ」


 話し終えてから、ずっと聞き忘れていたことを思い出し、カオルはすぐに切り出した。


「うん? ああ、知らなかったのか。すまないな、とっくに知っているものと思っていたよ」

「これからはイワゴーリさんって呼べばいいかい?」

「いや、特にこだわりが無いなら今までと同じでいいが……一応、今更過ぎるが私の名前は『ヘイタ=イワゴウリ』というものでな。衛兵をやっていたこともあって、村の人からは『ヘイタイさん』って呼ばれてたのだよ」

「そういう事だったのか……」


 知られざる兵隊さんのフルネーム。

村の人がヘイタイさんと呼んでいたのは、その長めなフルネームからとったものだったらしいと聞き、カオルは呻ってしまった。


「なんか、名前が俺の住んでた所の付け方と似てるよな。ヘイタって」

「うむ。私の名前は父につけられたものだが、もしかしたら父はカオルと同じ場所に住んでいたのかもしれないね」

「イワゴーリ様の御父上は、異世界から、女神様に導かれてやってきた方だと聞きましたわ」


 話の最中、少しずつ明らかになっていく兵隊さんの出自。

横からのものとなるステラ王女の言葉は、それまで全く知らなかった事だけに驚いたが、「もしかして」と思ったことが新たな情報と共に繋がっていき、ぞわ、と、感嘆が走る。


「そうだったのですか? 父は私には何も聞かせてくれなかったですが……では、私の父は、カオルと同じ、異世界の人間だったのか……?」

「ちょっと待ってください、カオル様、異世界って……?」

「話がこんがらがりそうだな……」


 皆が一度に話し始め、カオル自身、混乱しそうになってしまっていた。

パーティー会場でもこんな事があったのである程度慣れ始めてはいたが、それでも詳しく話そうとすると、誰を優先すべきか解らなくなってしまう。

そんなだから「ちょっと待ってくれ」と、手を出し、とりあえず場を鎮める事にした。



「――とりあえず、サララにはずっと言ってなかったけどさ。俺、元々はこの世界の人間じゃないんだよ。向こうの世界で死にかけてた所を、女神様と出会って、頼み事とかされてこの世界に来たんだ」

「カオル様の言っていた『女神様』って、そういう事で関わりがあったんですね……はー、それにしても異世界とは、また……」


 まずは、カオルが元異世界人であることを知らなかったサララに、その説明をする。

サララも驚いてはいたが、まるで呑み込めないという訳ではなく、耳をカオルの方へじ、と向けながら、噛みしめるようにその言葉を受け入れていた。


「伝えようか迷ってはいたんだけどな……その、ごめんな、今まで言えなくて」

「今までどうして教えてくれなかったんですか、と言いたいですけど、流石にそういった事なら言わなくて正解だったと思いますよ? 今だからこそ信じられますけど、多分初対面で教えられても『あー頭の残念な人なんだなあ』って思っちゃうでしょうし」


 この辺り、サララは飾らない。

はっきりと言い、しっかりと受け止めてくれる。

こんな小柄な少女ではあるが、カオルにとってはもう、信頼できる大切な相方だった。


「私もまあ、自分の出自とかは言いませんでしたしね。あ、カミングアウトついでですけど兵隊さん、私、エスティアのお姫様ですので」

「ああ、そうなのか……うん!?」


 流れで受け入れそうになって「なんだと」という顔になる兵隊さんに、カオルは噴き出しそうになった。

狙ってやったのかは解らないものの、サララもにやにやとした顔をしていた。

この場の空気はもうサララの支配下だった。


「エスティアというと、隣国の……? 猫獣人なのは知っていたが、まさかサララちゃんがお姫様だったとは……はっ、今までご無礼をっ!」


 突然その場に立ち、深く頭を下げる兵隊さん。

やはりというか、この人は真面目なのだ。

サララも愛らしく微笑みながら「気にしなくていいですよ」と、席に着く事を促す。

そんな事は気にするような子じゃないのだ。サララは。


「まあ、猫獣人は多産ですから、きっと今頃は私の事なんて忘れ去られてます。それはそうと、ステラ様のお話を聞く限り、兵隊さんのお父さんも異世界人で、エルセリア王家の方はそれを知ってらっしゃった、という事で合ってます?」

「ええ、お父様は若かりし頃、異世界の方と共に冒険の日々を送っていたらしいのです。その中に、イワゴーリ様のお父様もいらっしゃったのだとか」


 サララの問いに「調べました」と、すまし顔で説明してくれるステラ王女。

この場においては、このお姫様こそが全てを知る存在だった。


「……以前、一度だけ王城に行ったことがあったが……なるほど、そういう縁で父は城を訪れたのか」

「恐らくは、そういう事だと思いますわ」


 その縁で、今のステラ王女との繋がりもできたのだから、縁の力というのは馬鹿にならないものである。

実際問題、それがなければステラ王女は頼る先も見つからず、城内で起きていた事態の収拾を図る事は困難に陥っていたかもしれないのだから。

そうして、カオルがその場にいてステラ王女と出会わなければ、それもやはり難しく。

カオルと兵隊さん、そしてサララとの繋がりがあったからこそ解決できた問題だったと言える。

勿論、今ここにはいないベラドンナの功績も十分にあるのだが。


「すごいなあ、人と人との縁というのは。これが運命という物なのか」


 感嘆するようにため息する兵隊さんに、三人ともが大きく頷いた。

皆、同じ気持ちだったのだ。

誰かしら一人でも欠けていたら為せなかった事。

これまでもあったことながら、人同士の繋がりとはまこと、偉大な力を持っているのだ。



 しばしその温かな気持ちに四人ともが酔いしれ、静かに余韻に浸っていたが。

やがてステラ王女が、「カオル様のお話が終わったようなので」と、その小さな唇を開いた。


「イワゴーリ様。私が本日こうして出向いたのは、お父様――国王陛下からの書簡を預かってきたからなのです」

「書簡、ですか……? 国王陛下が、私に、と?」


 若干照れ気味ではあったが、それでも頬をキリリと引き締めながら語り、ステラ王女は持ち込んでいたバッグから書簡を一通、取り出す。

蝋でしっかりと封函されたソレは、華奢な姫君の手から直接兵隊さんへと手渡された。


「……とりあえず、ペーパーカッターを」


 緊張ながらにそう呟いて席を立ち、机から白銀のナイフを取り出す。

チリチリと封を切っていき……すぐに席に戻り、静かに手紙を開いていった。




「――姫様、これは一体」


 手紙を読み終えた兵隊さんは、困惑と疑問に満ちた表情で、手を震わせながらステラ王女を見つめていた。

書かれていた内容は、簡潔に言うならば『現城兵隊長トーマスに代わり、王城にて城兵隊長として城兵隊を率いるように』という簡潔なもの。

それだけに深読みする事も裏を考える事も出来ず、兵隊さんは理解できずにいた。

カオルにも『王様からの書簡』という点で内容は予想できていたので「やっぱりそうきたか」と、息を呑んで見守る。


「内容の通りですわ。実は先日、トーマスより手紙が届きまして……リコ海岸直近の港町ニーニャにて、正体不明の船幽霊(ふなゆうれい)が現れたらしいのです」

「はあ……船幽霊、ですか?」

「その船幽霊がニーニャに向け接近していたという事で、トーマスが自ら乗り込んでなんとか止めようとしたらしいのですが……船からの砲撃を受け……」


 残念ながら、と、眉を下げながら、一旦言葉を切るステラ王女。

今まで存在をまるで忘れていたトーマスの、その今を思い、カオルは苦笑いを浮かべていた。


「あの爺さんも無茶するなあ……幽霊船に乗り込もうとするとかすげぇな」

「それで、トーマス殿は……?」

「命に別状はないらしいのですが、手傷を負ったらしく今はニーニャで療養中とのことでして。陛下は『丁度良いからトーマスには引退させよう』と、まあつまり、これが理由で、イワゴーリ様の城入りが決定されたのです」


 トーマスの事はさほど気にしていないらしく、ステラ王女はどからというと嬉しげに微笑んでいた。

当然と言えば当然で、姫君にしてみれば意中の人と城内でいつでも会うことができるようになるのだ。

こうしてわざわざ出向いたのも、どうせなら少しでも早く、という気なのかもしれない。


「その……私がトーマス殿の後釜に、というのはあまりにも話が飛び過ぎではないでしょうか? そもそも私は衛兵隊の出身で、城兵隊とは何の関わりもないですし――」

「ご安心ください。私、イワゴーリ様が城兵隊長になっても何の不和もないように、事前に城内の主だった者達や城兵にはきちんと説明しております。皆快諾しておりますわ」


 全然安心できない満面の笑みで、ステラ王女は兵隊さんの逃げ道を潰す。

そもそもこの件に関してはステラ王女が発起人なのだろう。

丹念に一つずつマイナス要素を取り除き、一気に囲い込んでモノにしてしまおうという戦略なのかもしれない。

カオルはそんな事を思い、「やっぱりあの王様の娘だなあ」と、その政治的な行動力に舌を巻いていた。

同時に「やっぱりこのお姫様は敵に回したらやばいな」とも。


「え、えーっと……オルレアン村の事も心配なのですが――」

「そちらも心配は要りません。オルレアン村の近くには砦を築き、これまで以上に周囲の警備体制を強化しておくとの確約を陛下よりいただきました。カルナスも同様に、渇望の塔を拠点に兵力を増強していく予定ですわ」


 満面の笑みで「ご安心を」と更に念を押され、兵隊さんも「そうですか」としか言えなくなってしまう。

このお姫様、押し始めると強かった。

そも、戦いになる前の時点で戦いとは決しているのだ。

姫君の用意周到な戦術に、兵隊さんはあえなく陥落することとなった。



 結局、兵隊さんは城兵隊長として招かれる事を承諾する他なく、速やかに衛兵隊長としての別れを他の者達に告げ、カルナスを発つ。

彼が街を出ていくという噂を聞き付けた街の娘達は、胸の内に秘めた思いをそのままに、姫君の隣で手を振る彼を見送る事となった。


 

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