#3.超高速軍馬スレイプニルの旅
一週間のつもりで滞在していたカオル達は、マグダレナの一件もあり、結局一月近く、王城に滞在してしまった。
その間、城では王の友人としてだけでなく、王子の命の恩人、そして姫君を助けた英雄として大いにちやほやされ、貴族らの集まるパーティー会場にも幾度も顔を出すことになった。
社交界慣れしたサララは姫君のいでたちにならずとも楚々としたもので、参列した貴族らからも「あれはどこぞの名家の娘か」「いずれ名の知れた家の令嬢に違いない」と話題になったりしたものだが、カオルはというと、最初のうちはまともに貴族と話す事もできず、話しかけられては愛想笑いを浮かべるばかりであった。
それでも、隣に立つサララがそれとなく会話をリードしているため、傍から見るとうまくいっているように映るのだが。
貴族達にも頼まれるままに今までの活躍などを語ったりしたのだが、話しながらに段々と話題が尽きてきたように思え、カオルは「そろそろ頃合かな」と思い始めていた。
王様を始め、城内でカオル達が長居する事に反対する者は誰も居ない。
誰であっても、それこそ追い落とされたはずの王妃ですら、カオルの顔を見ても微笑むばかりである。
そんなだからとても居心地がいいのだが、話せる話題が尽きる事は、カオル的には重大な問題のように感じられていた。
「そろそろ、カルナスに戻ろうと思うんだけどさ」
あてがわれた客室で、のんびりとしていた時。
カオルはサララにこう打ち明けた。
「あら、流石にそろそろ飽きてきました?」
「飽きてる訳じゃないんだけど、できる事がなさすぎるというか、さ。そろそろ話題が尽きてきた気がして」
「なるほどなるほど……私はいいと思いますよ?」
この城で再会して以来、パーティーの時以外はすっかりいつもの猫娘に戻ってしまっているサララは、今もベッドの上でだらしがなくくつろぎながら、カオルの言葉を肯定していた。
お姫様バレした後もこの態度。この変わりようの無さ。
果たしてお姫様モードと今と、どちらがサララの素なのかと、カオルは苦笑いしながらも、ひとまずは納得してくれて安堵した。
「そろそろベラドンナさんとも会いたいですし。そういえば、兵隊さんはどうしてるんでしょうね?」
「ああ、俺もそれが気になってるんだ。ステラ様達は色々画策してるみたいだけどなぁ」
ベラドンナは、カオルらが城に滞在する事が決まって以来、ずっとカルナスで教会の世話になっていた。
カオル不在の間は聖女様が後見として面倒を見てくれているらしく、街の人々からはまだ完全には受け入れられてはいないものの、教会の手伝いとして、最近はシスターの真似事などもしはじめているらしい。
(女神教徒ってすげぇ寛容だよなあ……)
悪魔を受け入れる教会というとものすごい違和感を感じるが、ベラドンナは元々は敬虔な信徒らしいので、信徒なら何でもアリなのかもしれないと、カオルは考える。
それにしても何でもアリ過ぎるだろうとも思うのだが。
それはそうとして、カオルが気にしていたのは兵隊さんの事であった。
カルナスに残った彼は、今のところはまだ衛兵隊長という扱いらしく、この王城に上がってくる様子はない。
その辺りは何やら王様とステラ王女が暗躍しているらしいと聞いていたので、ちょっと不安にもなっていた。
「俺が言うのもなんだけど、あの人も結構、巻き込まれ体質だよな……」
「まあ、絵に描いたような善人ですから……すごく真面目ですし」
「そうなんだよなあ。あの真面目さが『兵隊さん』って感じさせるポイントだと思うけど、そのせいで絶対にいろいろ損してるよな、あの人」
「まあ、それでもステラ様という超優良物件に愛されてるんですから、プレッシャーに潰されさえしなければこの国一番の出世頭になれると思いますよ?」
すごいですよこれは、と目を輝かせ元気になるが、カオルは今一乗り気になれない。
カオルは、なんとなく察していたのだ。
あの真面目な兵隊さんが、そんなプレッシャーに耐えられるのだろうか、と。
自分のようになんだかんだ振り回されながらもいなしたりかわしたりできる人間と違って、兵隊さんは真っ正面から受けようとしてしまうきらいがあるように思えたのだ。
だからこそ、カオルは心配でならない。
(圧迫面接って、嫌だよなあ)
なんとなく過去のトラウマを思い出し、身を震わせる。
これから兵隊さんの身に起こるであろう事を考え、カオルはどこか遠い目をしていた。
そうして、しばしの別れとなり、王様以下、城の面々に見送られ、カオル達は旅立った。
向かう先はカルナス。
まだ故郷とは言い難いが、大切の人もいる大切な場所だった。
「はやーい!」
「軍馬車マジ早ぇ!」
王城からカルナスまでの道は、行きと比べ随分と早く過ぎ去っていった。
その理由は、『スレイプニル種』と呼ばれる重早軍馬を用いた軍馬車によるもの。
軍馬車とは、本来この世界で軍事行動の為用いられる兵員・物資運搬用の馬車で、多大な重量を長期間、長距離運ぶことに重きを置かれている。
これまでカオルが乗っていた乗り合い馬車や客用馬車と違い、この軍馬車は非常に頑丈で、移動時の拠点としても利用できるほどに多機能である。
その分だけサイズが大きくなるが、旅のお供には最高の乗り物となっていた。
スレイプニル種は軍馬と魔物とを掛け合わせ創られた『幻想種』と呼ばれる生物である。
その巨体から繰り出される速度は通常の馬車馬の十倍とも二十倍とも言われ、馬車馬数頭がかりで運ぶ巨重量の荷台であろうとまるで羽毛が如く軽々と運ぶ。
そして、それだけ速いにも拘らず荷台は全く揺れない。
これは掛け合わせた魔物の特性で、地形による影響を一切受けずに走る事が出来るからである。
この為平地の些細な揺れもなく、馬は疲労すらせずに、まるで滑るように高速で走り続けられるのだ。
「今までの馬車旅が嘘みたいに感じるよなあ……本当にこんなの貰ってよかったのかな?」
王様からの好意で譲られた為、この軍馬車は現在、カオルの持ち物という事になっている。
ありがたいとは思っていたが、こんなに旅が快適になるとも思わず、そのあまりの速さに困惑すら感じてしまっていた。
「スレイプニルは大国の証と言われるくらいに高級な馬ですしね。かつてはこれを揃えた軍馬車をいくつ持ってるかで、その国の経済力や軍事力が測れると言われる程でしたし」
「そいつはすごいな……」
これだけの速度、この世界で体験できるとは、カオルは思ってもみなかった。
昔やっていたゲームから、精々が普通の馬車か船、頑張って魔法の何がしかや気球あたりが主な交通手段だろうと思っていたカオルである。
魔法に頼っているでもなく、真っ正面から元の世界の交通機関に勝るとも劣らぬモノが存在するなど、全くの予想外だったのだ。
「――大丈夫ですわカオル様。我が国には軍馬車がまだ三十ほどあります。これくらいは王家の友人、そして恩人であるカオル様達への友好の証と思っていただければ」
そして、なぜか同行している第三者。
他でもないステラ王女である。
カルナスに戻る事を告げたカオル達に、自ら進み出て王様にお願いしたのだ。
王様もその場では難色を示したが、翌日には当たり前のように馬車で出立の準備をしていたので、「やっぱりあの王様親バカだ」とカオルは呆れてしまっていた。
そんな訳で、カオル達は今、三人での馬車旅をしている。
可愛い女の子二人に挟まれての旅と聞けば格好もつくが、実際にはカオルは御者の席で不慣れなスレイプニルの操縦に必死でドキドキどころではなく、ほとんどは姫君二人の他愛のないガールズトークを聞かされるがままであった。
「まあ、それくらいは普通ですよねぇ。カオル様は平民根性丸出しだから、どうしてもこういう『良い物』を貰いそうになると物怖じしちゃうんですよ」
「謙虚なのはいい事だと思いますわ。お父様もアレクも、そんな素朴なカオル様の事を気に入っているようですし」
「それはそうなんですけどねえ。傍に居る身としては、もっと欲を掻いてくれてもって思う事もあるもので」
困っちゃいます、と、勝手なことをのたまう猫娘。
カオルも最近はちゃんとお礼を貰うように考えてはいたが、それでもまだ欲が掻き足りないというのだ。
この猫娘、実に強欲好きである。
「速く走るのはいいけど、二人とも寒くはないか? 俺は大丈夫だけどさ」
手綱をしっかりと握りながらも、カオルは幌の中へと意識を向ける。
一応幌で覆われているとはいえ、馬車は風を切り、また気温も相応に低くなってきていた。
カオル自身は城で支給された城兵用の防寒着を羽織っているのだが、これが中々に高性能で、寒さをものともしない。
だが二人はどうか、と気になっているのだ。
「私は、これくらいの寒さなら慣れていますので……」
ステラ王女は、黒いもふもふのついたドレスコートと同色のストッキングで防寒は万全らしかった。
以前と比べてやや大人びた選択で、スカート丈が長い為ほとんど見えないながら、ガーターで留められたストッキングはそこはかとない色気を見せていた。
更にそれに白い羽付き帽子。これもふかふかとして見た目にも暖かい。
「サララは寒いのは苦手ですけど、まあ、最悪毛布でも被ってれば大丈夫ですよ」
そんな事をのたまうサララも、街娘風の服の上に毛皮のフード付きのちょっとこじゃれたコートを被り、足元まできちんとガードしている。
しっかりと被ったフードの、頭の部分だけ耳があるせいでちょこんと飛び出ているのが、カオルには面白かった。
「ま、大丈夫ならいいか。そろそろ街に到着するはずだぜ。もうちょっと我慢してくれな」
「お気遣いありがとうございます」
「やっぱりスレイプニルは速いですねえ。エスティアにもあればよかったのにー」
進路を見つめながらに語るカオル。
サララのぽそぽそとした呟きが、なんとなく気になってしまった。
「エスティアって、こういうのはなかったのか?」
「なかったですねぇ。元々エスティアは山林地帯を拓いてできた国ですので、あんまり馬車が動けないんですよ」
細い道ばっかりです、と苦笑いするサララ。
普段の会話の中でもあまり故郷の事を聞かなかったので、どんな感じなのかとカオルは思ったのだが、どうやら猫獣人の国は不便なところらしかった。
「王都のセントエレネスはとても自然豊かなところだと聞きました。一度行ってみたいものですわ」
「……ええ、是非、機会があったら――」
姫君の言葉に、何故か一瞬だけ視線を逸らし、すぐにまたにっこりとした笑顔に戻る。
これはいつもの『猫かぶりの時の笑顔』だと、カオルは気づいてはいたが。
何か答えにくい事か、気にしている事なのだろうと思い、敢えて追及はしなかった。