#14.黒猫の姫君
「なあ、すごく感動的っぽい話になってるところ悪いんだけどさ――」
何も知らない者がここだけ見たらとても美しい父娘愛に見えたのだろうが、生憎とカオルはそれに騙される程お気楽ではなかった。
流石に巻き込まれに巻き込まれ当事者の一人になった以上、流される訳にもいかなかったのだ。
「なんじゃ、まだいたのか。空気を読んで帰っても良かったんじゃぞ?」
「ひどっ」
王様からのあんまりな一言に、カオルはちょっと傷ついた。
「いやいや、そうじゃなくてさ」
「うん?」
「王妃と侍女長の対立とか、そういう問題が――」
「あっ、そ、そうでしたっ」
姫君も忘れ去っていたらしい。
――このお姫様、自分の問題が解決された途端に全てがどうでもよくなってしまったのかな。
カオルは一人、途方に暮れた。
言ってからハッとして口元を押さえていたが、隠しきれない迂闊さが姫君にはあった。
そうかと思えば王様も頬をぽりぽり、なんとも平和そうな顔をしているのだ。
「ああ、その問題ならとっくに解決したぞ?」
そうして王様は、こんなとんでもない事をさらりと言ってのけた。
「……え?」
「は……?」
それきり、沈黙が謁見の間を支配する。
カオルも姫君も、王様の言葉の意味が理解しきれず、唖然としたまま、何を言えばいいか解らなくなってしまったのだ。
それを見て王様が面白そうにカラカラと笑いながら、足をぶらぶらとさせる。
「色々と面倒くさいことになっておったが、カオルらのおかげで手を出しやすくなったからのう。おかげで一件落着じゃ」
「……解決って、城内の問題とか、全部ですか?」
「うむ。これ以上なくあっさり片付いたぞ」
楽々じゃ、と、上機嫌になって指を変な風に立てながら決めポーズまでして見せる。
年の割にはお茶目な王様であった。
「そんな……お父様、一体どうやって――」
カオルも勿論そうだが、姫君の驚きは尚の事だった。
誰より城内の事を考え、カオルの協力を得て城から出たというのに、そこまで思い悩んだ問題が、自分の不在時にあっさり片付いてしまったのだから、無理もない。
むしろ王様と話して、これから長い時間をかけて少しずつ問題を解決していくくらいのつもりだったはずなのだ。
それがこれでは、肩透かしという他ない。
「どうやっても何も、姫とトーマスが城からいなくなってからというもの、双方の対立が激化したんじゃよ。王妃は取り巻きを御しきれずに侍女長だけでなくワシの妾であるソフィアにまで手を出そうとしおったし、侍女長は侍女長でソフィアに手を出されそうになって乱心したのか、王妃と刺し違えようと刃物まで持ち出しおったからのう……」
「そんな……妾殿まで巻き込まれたのですか?」
「まったく、度し難い事じゃ。互いに潰し合うだけならまだしも、ソフィアを巻き込むことはなかろうにのう……」
困った奴らじゃ、と、言葉ほどにはさほど気に掛けた様子もなく呟く。
それがカオルには不思議にも感じられたが、余計な事を言って脱線するのもアレなのでと黙っていた。
「仕方ないから両成敗じゃよ。王妃にはしばし離宮で暮らすように命じたし、侍女長は……錯乱しておったから、地下牢に放り込んでおいた。正気を取り戻したら城の外で、王子や妾と離れて暮らすように命じるつもりじゃ」
「……顔を合わせなければ、喧嘩をする気も起きない、という事ですか?」
「それもある。後は……そうじゃのう、自分達のした事の反省ができるように、どちらが得をする事もないようにしたつもりじゃ」
両成敗の言葉そのままに、王妃にとっても侍女長にとっても辛い処罰を、という事なのだろうが。
王様はどこか楽しそうだった。そう、上機嫌だったのだ。
「なんか……それだけじゃ終わらなさそうですね。王様」
「まあな。ついでに――というよりはこちらが本命なんじゃが、二人を持ち上げて甘い汁を啜ろうとしていた国賊どもを全員牢屋に放り込んでおいた」
「国賊って……」
「お母様達に取り入ろうとした者達の事ですか……?」
「うむ。国の中枢に入り込み、他者の権力を隠れ蓑に好き放題する――国が平和になるとな、こういった腐った輩が次々に這い出てくるんじゃよ。定期的に駆除せねば、国が腐ってしまう」
その為にな、と、顎に手をやりながら、髭をもじゃりといじって二人を見つめる。
これぞ王の職務。これぞ政治とでも言わんばかりの視線に、カオルはもはや「なんて喰わせものな王様なんだ」と、してやられた感でいっぱいになってしまっていた。
本当に問題だったのは王妃と侍女長の対立ではなく、その対立を利用して良い目を見ていた連中だったのだ。
カオル視点では全く浮かび上がってすらこなかった、そんな両者の影に隠れていた寄生虫を、この国王は見事に駆除し、笑っていた。
カオルにとっては難しすぎる政治の世界の話。
しかし、姫君には解るのか、こくこくとしきりに頷いていた。
「後はまあ、トーマスがちょっと無茶をやらかしてくれたから、適当に謹慎でもさせるつもりじゃが……問題らしい問題はこれくらいかのう?」
紛れもなく懸念材料0であった。
全ての問題が片付いてしまったのだ。
カオルは、深くため息をついてた。
「つまり、王様は……その、悪い奴らをどうにかする為に、俺とお姫様を利用したって事でいいんですかね……?」
「ははっ、いい加減その似合わん口調はやめても構わんぞ? 無理をしているのがありありと見て取れる」
「……そりゃ助かるわ」
王様相手という事で、一応敬語を使っていたつもりだったカオルだったが。
王様直々に許しが降りたので、ようやく肩の力が抜けた気がした。
「ま、ありていに言うとお前の言った通りじゃな。姫がお前と接触するであろう事は勘付いておった。我が姫の事、この機会を無視するつもりはなかろうな、ともな」
すべて最初からお見通しの上での事。
カオルがトーマスに連れられ姫君と接触した事も、姫君に協力して城から出た事も、全て承知の上で放置していたのだ。
そうしてトーマスが城から離れ、問題となっていた両名を中心に、事態が膨らむだけ膨らんだところで、一気にかっさらっていったのだ。
この上なく効率的、かつ合理的な解決だった。
「でも、城兵は皆お城から出てしまったのでは……? お父様、一体どうやって国賊を……?」
「無論、全員ワシとマシューの二人で捕縛したぞ。まあマシューは文官じゃからほぼワシ一人の無双状態じゃったが」
「ちくしょうめ、なんておっかねぇ王様だ」
機嫌よく、どや顔にすら見える顔で笑うこの王様に、カオルは舌を巻かざるを得なかった。
得なかったが、悔しくて悪態をついてしまう。
小憎たらしい狸親父ではあるが、今の自分では到底勝てる気がしなかったのだ。
「お父様……悪趣味ですわ」
姫君もぐぬぬ、と悔しそうにじと眼で王様を睨む。
このお姫様らしからぬ、ちょっとコミカルな表情だった。
「ははは、二人とも、そんなに悔しがるな。ワシは今、とても嬉しいのじゃ。ワシが命じずともこの国が為動いてくれる者達が居る。それがワシやトーマスの様な老いぼれではなく、若者だった。これほど頼もしいことはないわい」
晴れがましく笑う国王。
だが、カオルも姫君もじと眼であった。
「綺麗にまとめようとしてやがる」
「綺麗にまとめようとしてますわ」
流石に二人とも、そのまま流されるほどお人好しではなかった。
「大体さあ、俺は何もしなかったからよかったけど、もし少しでもお姫様に手出そうとする奴だったら――」
「そうですわお父様。問題が見えていたのなら、何も二人を争わせずとも他に方法が――」
「なんじゃ二人とも、折角褒美の一つも取らせようと思ったのに、今度はワシに説教か」
「お父様大好きっ!」
「さすが王様だぜ、いよっ、太っ腹!」
若者二人は、大変自分の心に素直であった。
「なんか引っかかるものを感じるのう」
「気のせいだぜ」
「気のせいですわ」
息ぴったりに合わせる二人に、王様は何か考えるように髭を弄るが……やがて「まあよいか」と受け流す。
既に先ほどまでの空気は変わっており、のんびりとした、どこか平和な雰囲気を感じられた。
どうやらへそを曲げる気はないらしいと解り、二人もほっとする。
「まずは姫よ、お前の望みは何か。言うてみよ」
「……今回の一件、私達以外にも功労者がいるのです。その方を、城内で働かせていただけたらと」
「ほう、功労者がのう? その者とは……?」
「その……お父様も、きっとご存知の方ですわ。彼の――者の、末裔の――」
「それだけでは解らんなあ。んん?」
頷きそうになってから、何か悪いことを企んでか、敢えて焦らすように目を細める王様。
それを見てカオルは「意地が悪い爺さんだなあ」と、言葉にはしないもののうっすらそんな事を思った。
「――イワゴーリ様ですわっ! あのっ、私が幼い頃、お城に一度だけ来たっ!」
「おお、あのイワゴオリの倅めか。うむ、はっきり思い出したぞ。確か、今は故郷の村で衛兵なんぞをやっておるとか――」
「……イワゴーリ?」
お姫様が言わんとした人の事は察しがついたカオルだったが、突然両者の口から出た聞き覚えの無い名前に「誰だそれ」と、クエスチョンで埋め尽くされてしまう。
まさか人違いでもないだろうし、と、それとなく「兵隊さんの名前なのかな」と思いはしたが。
今までずっと「兵隊さん」で通していたので、カオル的には今一ピンとこなかった。
「まあ、実際に事態の解決に貢献したというなら、それもよかろう――ただし監視はするぞ。ワシの眼鏡に適わんようなら処刑してくれるわい」
「ありがとうございます――大丈夫ですわ、あの方はそんなにやわな方ではないはず。きっとお父様のご期待にも応えられる活躍をしてくださるはずですわ!」
相変わらずの親バカな王様と、キラキラとした瞳で自分の理想を語るお姫様。
兵隊さんにとってはハードな人生の開幕である。
果たしてこの先兵隊さんが生き残るには――などと考えてみたカオルだったが、虚しくなったのでやめた。
兵隊さんは外見含めスペックこそ高いのだが、どうも部分部分残念な面があるように思えたのだ。
だからとカオルにどうこうするのは無理に近い。本人の努力に期待する他なかった。
「さて、次はカオルか。何が望みじゃ?」
そうこうしている内に自分の番が回ってきたので、カオルはじ、と王様を見つめながら、ちょっと緊張しながら口を開く。
「それじゃ、えーっと……王様、俺と友達になってくれませんかね?」
お姫様と王様が話している間に色々考えてはみたが、カオルは自分で驚くほどに欲らしきものがない事に気づき、「それならせめて」と、交際を申し込んでみたのだ。
ダメ元で、どっちに転んでも笑い話になればいいなあくらいのつもりで。
「……うん? 友達というと、一緒に酒を飲み交わしたり、苦難を語り合ったりする、アレか? ワシと?」
流石に王様も予想外だったのか、豆鉄砲を喰らったような顔になっていた。
これはカオル的に「してやった」と思える、ちょっとスカッとした出来事で、隣のお姫様も驚きながらカオルを見つめていた。
「それであってるよ。王様と友達になりたいんだ」
「むう……まあ、それは別に構わんが。しかし、この歳でこんなに若い友人ができるとは思いもせなんだ。そなた、いくつになる?」
「歳? えーっと……よく覚えてないんだけど、自分では18くらいのつもり、かなあ?」
「そういえば部下の調書にも『部分的に記憶喪失らしい』と書かれておったな……まあ、18なら見た目もそれくらいか。しかし、18。18か……ワシがあやつと出会ったのもそれくらいの歳じゃったなあ」
何か懐かしむように語り始める王様。
それはそれとして、カオルは拳をぎゅっと握って「やった」と喜んだ。
土産話が出来たのだ。それも誰もが驚く事間違いなしである。
今回の事から、人の持つ話題性や噂の力というのを痛いほど思い知ったカオルは、聞いた人が信じてくれるかはともかくとしても、人の気を惹く事の出来る話題を一つ持てる事の強みを理解していた。
「先程も言ったが、英雄や勇者や女神に選ばれし者は、食卓の場でワシに面白い話を聞かせるのが務めというものじゃぞ?」
解っておるのか、と試すようににやける王様。
どうやら喜んでいるらしいと理解したカオルは、ありがたく全力で乗っかる事にした。
「ああ、勿論だとも。俺が女神様と出会った事から何から、一食二食じゃ語りきれないくらいあるんだ。全部話し終わるまで帰らないつもりだから、覚悟してくれよな!」
「はははっ、頼もしい一言じゃのう。姫よ、お前は英雄を見る目があるぞ?」
「私もそう思います。カオル様と一緒に居て、飽きた事は一度もありませんでしたし」
お姫様のお墨付きである。
カオルはちょっと照れくさかったが、それでも、王様を飽きさせない自信があった。
それだけ、異世界にきてからこっち、密度の濃い日々を送っていたのだから。
「お前はよき友になってくれそうじゃ。いや、最近は隣国の姫君と食事を共にすることが多くてのう。この歳になると若い娘との会食というだけで変に緊張してしまっていかん。話題も尽きそうになっていたところじゃ」
話題豊富な者大歓迎じゃ、と、ニカリと笑いながらの一言に、カオルも「受けて立つぜ」と俄然やる気になった。
既にどの話題から話し始めようかと頭の中での整理が始まっている。
そんな中、姫君が一人、首を傾げていた。
「隣国の姫というと……ラナニアのリース姫ですか? あちらは今、それどころではないと聞いていましたが……」
「いいや、隣国と言うても、逆隣りのエスティアじゃな」
「エスティアですか? でも、あの国は今はもう――」
「実はな、今回の一件、そのエスティアの姫君も解決に一枚噛んでおるんじゃ。その姫君の進言あって、カオル、そなたの言葉を聞いてみる気になってのう」
何気に重要人物なんじゃよ、と、片目を閉じながらにカオルを見やる王様。
エスティア、そして自分について進言してくれたという姫君の存在。
何か忘れているような気がして、カオルは「なんか引っかかるな」と、難しい顔になる。
そうして「誰なんだそれ」と聞こうとした矢先、王様の視線がカオル達の後ろへ向いたことに気づく。
「おお、来たのか。会食の時間まで待っておれんかったか? シャリエラスティエ姫」
王の視線に、そして言葉に振り向くカオル達。
「――ええ、英雄殿が心配で心配で。寝不足で仕方ないものですから」
そこには、純白を身に纏う美姫が一人。
黒髪赤眼、猫を思わせる耳がついていて、顔だちこそ幼いが、艶やかな黒髪の所為で妙に神秘的に感じさせていた。
小さな可愛らしい唇はうっすらと紅が引かれていて、薄化粧ながら、大人びた色気と共に少女らしい儚げな印象すら抱かせる。
「……はっ」
紛う事なきサララであった。
カオルのよく見知った猫娘が、見慣れぬお姫様の格好をして、お姫様をやっていたのだ。
驚きと共に、あまりの胸の高鳴りに、カオルは一瞬意識を失いそうになってしまっていた。
今まででも十分可愛かったサララの、純白のドレス姿。
まるで結婚衣装の様なそれに、カオルは妙な妄想を抱いてしまいそうになり、なんとか我に返る。
「シャリエラスティエ様――! お初にお目にかかります。エルセリアの王女、ステラと申しますわ」
「ええ、初めましてステラ様。どうぞお見知りおきを」
いつものサララらしからぬ楚々とした仕草。
とても堂に入ったお姫様らしい態度で朗らかにステラ王女と初対面の挨拶を交わしていた。
しゃなりとした身のこなしといい、普段の怠け猫っぷりが嘘のようであった。嘘かも知れない。
ステラ王女も、同じ女性相手ではそれほど緊張しないのか、今までよりも自然に会話できている。
「シャラリエス……様! お初にお目にかかります! 女神様に導かれた英雄のカオルと申します!!」
なんとなく思い付きでお姫様の真似をしてみるカオル。
「人の名前もまともに言えない英雄殿は、陛下にお願いして牢獄送りにしてもらおうかしら……?」
「丁度空いておるぞ」
どこからか取り出した薄碧羽根の扇をひらひらとさせながら、黒の姫君は大変機嫌よさげに悪魔でもしないような悪魔スマイルを見せていた。
愛らしい唇から出る言葉はいつものサララのそれである。
ついでに王様の追撃も笑えなかった。
「ごめんなさい」
「……ん、解ればいいのです」
「力関係が解る一幕じゃのう」
素直に謝ったカオルに、猫姫は「うんうん」と頷きながら無い胸を張って勝ち誇る。
更に王様の余計な一言がさく裂し、この場における勝者が確定してしまっていた。
「……あれ? もしかして、パーティー会場で変態とロリコンにしつこく言い寄られてた『友好国の姫君』って――」
「言うまでもなく私の事ですよ?」
子供の頃の話ですがー、としれっとのたまうサララ。
どこか自慢げにも見えるが、サララは大体こんな感じなのでカオルは気にしなかった。
(体験談ならそりゃ自信満々に語れるよなあ。それにしてもこいつ、お姫様やってる時から気が強いんだな……)
いくらしつこく言い寄られたからと、二人同時に、それも横面を叩くという対応で以て拒絶を示した幼少のサララに、カオルは苦笑いばかりが浮かんでしまう。
容易にそのシーンが想像できてしまうので余計に。
「その件に関しては知らぬ事だったとはいえ、本当にすまなんだ。まさか我が弟と重鎮の倅が、揃ってそなたに迷惑をかけておったとは――」
「もう昔の話ですから。それに、今回の件では陛下にも無理を聞いていただきましたし――ドレスも貰っちゃいましたし、ね」
ペコリと王様に会釈した後、再びカオルに向き直り。
つ、と胸を逸らす様なポーズをとりながら、サララはウィンクをして見せる。
「そんな事よりカオル様、どうですかこの格好? あ、もう今更かもしれませんけど、私、実は猫獣人族のお姫様でして――」
ドレス姿のサララは、隣に並び立つステラ王女と比べても遜色ないほど品よく映り、それでいて不思議と色気まで感じてしまう。
肩口を隠す青縁のケープの存在も目を惹く。
隠れているが故に、サララの露出された肩を想像してしまうのだ。
不思議と、初対面時の全裸よりもこちらの方が何倍もいやらしく感じてしまう。
そんなカオルにとってはまさしく目の毒で、見ているだけで胸の高まりが抑えられなくなりつつあった。
「――っ、そだな。似合ってる……」
「おぉ?」
「なんて言うと思ったか!? 普段のだらしがない所ばかり見てる所為で『見た目はアリなのに』って残念な気分になっちまったよ!」
似合ってますか、なんて聞かれれば、カオルはこんな返しくらいしかできなかった。
まだ素直になるには時間が必要というか、むしろこれ以上なく素直な感想というか。
そんなものを聞いて、サララは一瞬驚いたように目を見開いた後、「あらひどい」と、満足げに微笑んでいた。
「まあ、カオル様特有の照れ隠しと受け取っておきましょうか」
カオルの意図するところなどこの猫姫には筒抜けなのだ。
カオルにはサララの事など解らない事だらけなのに、サララには既に、カオルが何を考え、何を思うのかくらいは理解できている。
とても不公平で理不尽な関係だった。勝てる気がしない。
不思議と離れられる気がしないのが余計にカオルにとって悔しく、「ちくしょうめ」としか言えなかった。
「好い仲の様だのう」
一連の流れに、王様は最初こそステラ王女ともども眼をぱちくりさせていたが、やがてにやにやと笑いながら、髭を弄り始めた。
サララも「はい」と、愛らしく笑う。
「なんたって私の救い主様ですから。一生猫の姿のまま終わると思っていた人生が、この方のおかげでまた再開する事が出来たのです。私にとって、これ以上無い殿方ですよ?」
「うわ、お、おいっ」
サララなりにいつものキャラを演じようとしてはいたが、恥ずかしい事を言っている自覚はあるのか、頬を赤く染め、照れ隠しにカオルの腕をぎゅ、と自分の身体に押し当ててアピールする。
「ステラ様、この方、私のですから。取らないでくださいね?」
サララがオルレアン村でライバルになりそうな女の子相手によくしていた所有物アピールである。
この猫姫にとってカオルは、自分のモノでなくては許せない存在なのだ。
初対面の姫君に対しても遠慮なくそれを発動させる辺り、カオルは「今こいつすごくデレてないか?」と、その心の機微をそれとなく悟って、同じように照れていた。
「二人きりで逃げていると聞いてもう心配で心配で。ステラ様相手にカオル様が暴走してはいないかと、不安で夜も眠れませんでした」
「心配ってそっちの方向でかよ!?」
「あったり前じゃないですかー、やですねぇもう」
全く想定外の方向で心配していたことに気づき、噴き出しそうになるカオル。
サララは素知らぬ風であった。
「お前な……少しは俺の事信用しろっての。ていうか、どうせ俺には――」
「俺には?」
「なんでもねぇ」
――どうせ俺にはサララくらいしか好きになってくれる女の子はいないよ。
やはりカオルは、直球を避けたがる男だった。
はっきり言おうとして、ついストッパーが利いてしまう。
なんとなくまだ、自分とこのすごく好みな可愛いお姫様が不釣り合いに思えてしまったのだ。
だから、口ごもってしまう。
「大丈夫ですよ、シャリエラスティエ様の大切な人は取ったりしませんからご安心を」
そんな二人を見てか、ステラ王女は口元を押さえながらも笑いを堪えられない様子であった。
何がおかしいのかとカオルは考えたが、よくよく考えれば自分とサララとの掛け合いそのものが漫才かコントじみていたのだ。
はたから見ればそれは、とても面白いものとして映ったに違いなかった。
「でも羨ましくも感じてしまいます。私も……あの方と、こんな風になれたらって思うのですが」
「いや、こんな風にはならない方がいいと思うが」
お姫様がこんな猫娘のようになってしまったら、さぞ兵隊さんは苦労する事だろう、と、カオルは想像しただけで「うわあ」と悲鳴をあげた。
あの真面目な兵隊さんでは、どう考えても過労死する未来しか見えなかったのだ。
「恋に悩むステラ様に、一つだけアドバイスをして差し上げましょう」
サララはというと、テレテレな状態から解放されたらしく、にまにまとちょっと愉しげにステラ王女の耳元でこしょこしょと何やら囁いてゆく。
「えっ、えぇっ!? で、でもそんな事――シャリエラスティエ様はそんなことまで!? はぁー……すごい、です」
聞いていきながら段々真っ赤になってゆくステラ王女。
一体サララは何を吹き込んだのやら、想像してカオルはため息が出てしまった。
「とにかく色んな表情を見せて差し上げるといいですわ。笑って、泣いて、怒って。ステラ様はお歌が上手だと噂で聞きました。試しに聞かせてみては?」
「そ、そうですね……出来る事から、試してみようかと思います……はぁ」
相手の中で息づかせるのです、と、カオルらにも聞こえる声で締めくくるサララ。
中々落ち着くことができないのか、ステラ王女は艶っぽい吐息を吐きながらもそれに頷く。
まだ幼さもみられる顔立ちなのに妙に色気がある仕草で、カオルも王様もつい目を逸らしてしまっていた。
その後、平穏を取り戻した城内で、カオルとサララは一週間ほど滞在する事になった。
ただの村人ではなく、国王の友人として。姫君を手助けした英雄として。