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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
1章.オルレアン村編1-村スタート!-
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#4.ローストチキンとポテトのスープと堅パン


 村で暮らせるようになってからというもの、カオルは一週間かけて、村のあちこちを見て回ったり、疑問に思った事を兵隊さんに聞いたりして過ごしていた。

特別何か稼ぎの当てを見つけた訳でもないのだが、とりあえず何をするにも自分の居る場所の事をよく知る必要があると考えたためだ。

そうやって過ごしていくうちに、自分の知っている『町』と比べてしょっぱい、規模の小さいものだと思っていた『村』が、実際にはものすごく広いものだというのも理解できたし、人が多く暮らしているのも感じてとれた。


 村には、様々な人がいた。

兵隊さんやカオルのように若い男もいたし、村長さんくらいの中年や、お爺さんお婆さん。

勿論若い、綺麗な女の子もいて、そしてそういう娘さん達はみんなが、カオルの知る世界のファッションと比べて異なるものの、可愛らしさだとか女らしさだとかが重視された、カオルの目を惹くような服装なのだ。

特にエプロンドレス的な『演劇で見たような恰好』というのが中々によくできていて、胸を強調されている辺りが、カオル的にグッドなデザインであった。

どうせなら自分の居た世界でも流行ればよかったのに、と流行らなかった自分の世界を残念にも感じながら。


「あら、カオル君。こんにちは」


 村を流れる川沿いで、一休みとばかりに寝転がっていたカオルに、声を掛ける女の子がいた。

少し高くなっている道なり、カオルから見ると丁度斜め下からスカートを眺める形になり、そしてその中には当然のように、細やかな赤の刺繍のなされた白い下着なんかが見えたりするのだが。


(やっぱ、パンツはあるんだよなあ、この世界。なんで男は履いてないんだろう……)


 それをわざわざ口には出さず、表情にも努めて出さないようにして、カオルは起き上がり、声の主を見る。

両サイドの三つ編みが可愛い赤毛の乙女が一人。村長の娘さんである。村で一番の美人さんと名高い。

女の子と話すのが苦手なカオルは、初見では照れてしまってまともに話せないくらいであった。

流石に慣れたのだが。慣れてもやっぱり美人なので、カオルはちょっと照れてしまう。


「こんちわ。どうかしたの?」


 わざわざ休んでいる所に話しかけてきたのだ。

ただ挨拶でもないだろうなあ、と、照れそうになりながらもカオルは勘ぐる。


「うん……ちょっと、ね」


 カオルが反応を窺っていると、テレテレと指と指とすり合わせながらはにかんでいた。

この村長の娘さんは、顔は勿論だが性格も可愛い。

村の内外で狙っている男が結構いるらしいとはカオルも兵隊さんから聞いているのだが、実際モテるらしく、村を回っている最中もラブレターの配達なんかを、村に不慣れなのをいいことにカオルに押し付けようとする男もいたほどであった。

生憎とそういうのは、とカオルは断っていたが、同時に、この村長の娘さんからも届け物を頼まれることが結構あったのだ。


 それは、ある時は焼きたてのパンであったり。

ある時は畑でとれた野菜を使ったシチューであったり。

ある時は気まぐれで焼いたザクロジャムのクッキーであったり。

とにかく、食べ物である。

そして、その食べ物たちは、毎度毎度、兵隊さんの元へと届けることを求められていた。


 カオルは、その報酬としてお駄賃や食料を貰っていたのだが、この村長の娘さんがカオルに話しかけてくる時というのは、大体にしてそういった(・・・・・)用事である。

つまり、村長の娘さんには想い人が居て、その人の気を惹きたいがために間接的にカオルに何かを頼む、というものであった。

その辺り、カオルも「回りくどいな」と思ってはいるのだが、敢えて口には出さない。

カオルは、勉強こそできないが、ある程度空気を読むくらいはできるつもりであった。

余計な事を口にしてこの村一番の美人さんの機嫌を損ねるくらいなら、できるだけその恋のお手伝いなりをして、何がしかお礼をもらった方がお得だと解っていたのだ。



「あのね、お昼にニコニコ(どり)をローストにしたのだけれど。ちょっと多めに作ってしまってね。ヘータイさんが好物だから、お裾分けしたいなあって、思うんだけど……」

「ああ、じゃあ、家まで取りに行けばいい?」


 鶏だけに、と、上手い事を思いついてそのまま言いそうになって黙る。

カオルは時々古いジョークを言って家族に冷ややかな目で見られることがあった。

だが、幸い今回はそれが発揮されることはなく、村長の娘さんは花のように華やかな笑顔を見せてくれている。


「本当に!? ありがとうカオル君。うふふっ、もちろんお礼はするわ。それじゃ、早速ウチに来て頂戴」

「……あ、うん。解ったよ」


 その明るい笑顔があんまりにも綺麗で。

カオルは思わず言葉を失いかけていたが……なんとか我に返る。


(クラスでも、こんな綺麗な娘いなかったよなあ。異世界人ってすげぇなあ)


 元の世界の、アイドルとか雑誌のモデルとかでもこういう系の美人はいなかったのだ。

素朴というか、純朴というか。

折れない花を思わせる、そんな田舎だからこその美しさというものだろうか。

異世界の少女の、その美貌に……トキメキというよりは、感嘆を感じてしまっていたのだった。




 村長の娘さんから『ちょっと多めに作ってしまった』大量のニコニコ鶏のローストを受け取ると、カオルは早速、頼まれていた通りに兵隊さんの働く詰め所へと運んだ。

まだ夕食というには少し早い時刻ではあったが、ローストされた鶏の香りはカオルの鼻を優しく刺激し、腹をぐぅ、と鳴かせていた。


「兵隊さん、入るぜ」


 紙で蓋された鍋を片手にドアを開けながら、返事も待たずに勝手に入っていくカオル。

慣れたもので、兵隊さんの家ともいえるここには、もう平然と出入りするようになっていた。


「誰かと思ったらカオルか……ん? その鍋は?」

「村長の娘さんからのお届け物だぜ。お裾分けだってよ」


 まだ湯気の立っているローストに、カオルはまたも腹を鳴らしてしまう。


「お裾分け……という量にも見えんが。そうか、アイネからか」


 鍋一杯のニコニコ鶏のローストは、鍋自体が大き目なのにも関わらず、その存在をこれでもかというほどに主張していた。


「兵隊さんの好物なんだろ?」

「うむ……好物ではあるが。さすがに一人では食べきれないな」


 どうやら村長の娘さんの愛は重すぎたらしい。確かに、カオル自身、持っている腕が疲れてきたほどである。

男の胃袋を掴もうと努力しているのは解るのだが、肝心の兵隊さんはそこまで食が太い訳でもなく、ほどほどにしか食べないのだ。

だから、いつもこうやって送られる大量の食料は、その大半が兵隊さんの腹に収まる事がない。


 ただ、そうは言ってもそれ自体は嬉しいらしく、爽やかな笑顔を見せる兵隊さん。

差し出された鍋を受け取り、「ありがとう」と、短く礼を言った。


「すごく美味そうだよな。ニコニコ鶏って、家の庭とかによくいるあいつだろ?」

「ああ。この辺りでは肉と言ったらニコニコ鶏か水豚っていうくらいによく食べられているんだ。まあ、主には卵を産ませるものだから、お祝いの時くらいしか絞めないがね」

「へえ……」


 絞める。つまり、殺すという事。

よくそこらの家の庭で「コッコッコッコッ」と鳴きながら楽しげにうろうろしている姿を知っているカオルとしては、この鍋一杯の美味そうな肉がそれだと知ると、若干ながら複雑な気持ちになってしまっていた。

と、同時に、腹の音も鳴る。空腹なのだ。実は、昨日からろくなものを食べていない。


「……少し早いが夕食にしようと思っていたところだ。君も一緒するかい?」


 一瞬の間が空いたが、兵隊さんはため息とともに笑い、そんな空気を読んだ誘いをかけてくれる。


「いいのかい? 村長の娘さんからもらったものだぜ?」


 断りを入れながらも、視線は飴色でトロトロのソースにまみれた肉の塊へと吸い寄せられていた。

割と限界が近かったのだ。


「構わんよ。私一人では食べきれない。捨ててしまうのも申し訳ないし……毎度量が多いのも、きっと君と一緒に食べる事を考えてじゃないかな?」


 兵隊さんは都合よくそんな風に解釈するが、カオルは「いやそれはどうなんだ」と、さっきとは別の意味で複雑な気持ちになってしまった。

村長の娘さんの恋は応援してやりたいが、兵隊さんはこのように朴念仁。

彼女の恋は果たして実るのか。

実ったらいいなあ、実らせてやりたいなあ、と思いこそすれ、カオルはもう、鍋の中身にむしゃぶりつきたい衝動に負けそうになっていた。


「……とにかく、君が限界のようだからね。支度を急ごう」


 是非など問わず。兵隊さんは、奥へと引っ込んでしまう。

恐らくは奥でスープなどの準備でもしているのだろう。

鍋の湯気は流石に引いてしまっていたが、それでも、美味そうな香りは部屋に残っていた。

カオルは「そういう事なら」と、近くに置かれていた椅子へと腰掛ける。




 なんだかんだ、こういった形で食事を取る事が多い二人であった。

兵隊さんが書類仕事をしていたテーブルから、書類をどけ、鍋から皿に移したロースト、バスケットに収まった、掌より少し小さいサイズの堅パン、それから温かな芋のスープが置かれると、食事はすぐに始まった。


「――これ、美味いな!」


 村長の娘さんの料理の腕は、異世界の食事に不慣れなカオルも絶賛できるほどに確かで、こうやって余剰分を食べさせてもらう時には毎度舌鼓(したつづみ)を打っていた。

今回のローストなどは、照り焼きされたニコニコ鶏の表面こそタレでテラテラと甘そうに光っていたが、その内部、肉をナイフで割けば、そこにはキノコや飴色に炒められた玉ねぎ、柔らかなニンジンなどが香草と一緒に詰められていて、甘い肉とマッチしたスパイシーな刺激を舌に与えてくるのだ。

肉なんて元の世界ですら適当に焼いてタレにつけて食べるくらいしか知らなかったカオルは、「こんな美味い肉料理があったなんて」と感激してしまっていた。


「ああ。アイネにはちゃんとお礼を言っておかないとな。あの()は、良くこうやって差し入れをしてくれて……おかげで、男の一人暮らしでも、案外食事を楽しめている」


 カットされた堅パンを剥ぐようにかじりながら、兵隊さんがローストのソースとパンとの相性にほっこりしていた。


「ローストはもう最高に美味いんだが……俺は、この堅パンって奴がどうにも好きになれそうにないぜ。スープに浸せば、なんとか食べられるんだけど」


 カオルはというと、肉の美味さに感激しながらも、パンを手に取ると、ちょっとうんざりとした顔になっていた。

とにかく、スープにべちゃりと浸し、柔らかくなったものを()む。


「この村で唯一不満があるとしたらそれくらいかなあ……餓死する心配がないのはありがたいはずなんだけどなあ」

「ははは。君にはまだこのパンの良さが解らないのだな。こういうローストのソースやなんかとの相性もいいし、エールを飲む時なんかも結構合うんだぞ?」

「俺、酒は飲まない派だし」


 合わないんだよな、と、ぐんにょりしてしまうカオル。

兵隊さんは楽しげに笑うが、カオル的に、そこだけがこの村で暮らすネックであった。



 村で暮らすにあたって、この詰め所の裏手側にある家を、生活の為の拠点として使う事を許された。

この貸家には一通りの調理器具・生活用品は揃っていたし、薪もいくらかは残っていた。

そして、日々暮らす上で、まだ村に不慣れで、そもそも何をして稼げばいいか解らないカオルの為に、兵隊さんは自前で食料の支給までしてくれていた。

このおかげで、まともに食料を買うのが辛い現状、カオルは餓死せずに済んでいるのだが……その食料というのが、この堅パンなのだ。

調理器具、全く活かせない。


 なんとなしにスープに浸していない部分をかじる。


「……堅っ」


 相変わらずというか、堅いのをカオルは実感した。

カオルはそれなりに歯には自信があるつもりだったが、「こんなものをまともにかじったら歯がいくら生え変わっても足りねぇ」と、げんなりしていた。

そんな堅パンを一個だけ渡されて、「これが二日分の食料だ」と言われたのだ。

育ち盛りのカオルには絶望しか残らない。

無理してかじっても特別甘い訳でも辛い訳でもなく、申し訳程度に塩味を感じる程度のものなのだ。

完全に何かと一緒に食べる事前提のパンだけ渡されて生活しろと言われても、カオルには苦痛でしかなかった。


「これくらいなら問題ないと思うんだがなあ」


 慣れた兵隊さんにとってはなんでもないかのようで、平然と噛み、そして食いちぎってゆく。

見事なまでの歯の頑丈さ。顎の強さである。


「この村の人って……女でも兵隊さんみたいにパンを食うんだよなあ」


 そんな様を見た所為か、「つくづくこの異世界って……」と、カオルはテンション低くぼそぼそと呟いていた。


 カオルは見てしまったのだ。

村長の娘さんが、河原の花を摘む合間の休憩で、この堅パンを何の事もなく食してゆくのを。

ニコニコと楽しげに友達と話しながら、当たり前のように間に野菜やら肉やらを挟んでかじっていくのを見て、「この村の女の子とは絶対喧嘩をしないようにしよう」と心に誓ったものであった。


「そりゃ、食べるものだからな……なんだい? 君の住んでいたところでは、パンはそんなに柔らかかったのかい?」


 兵隊さんとしては麦茶の焼きまわしを感じたのか若干警戒気味であったが、カオルは小さく頷くにとどめる。

流石に同じ間違いは繰り返したくなかったのだ。


「多分、全く別の食べ物に感じると思うぜ……」

「……ふむ」

「でも、食えるだけありがたいし、感謝してるよ」


 必要以上に「この世界おかしい」なんて喚いたって、どうせ今自分がいる世界の基準こそがこの世界の住民にとっては正しいもののはずなのだ。

変に主張し続けて「そんなに嫌なら食べなくてもいい」と供給を絶たれればカオルは餓死するしかなくなる。

ライフラインを握られる弱さというのを実感したカオルは、初日と比べていくばくか謙虚にもなっていた。


「そうか、ならいい。食べ続けてれば、そのうち慣れるさ」


 異世界人と喧嘩なんてしても何の良い事もないのだ。

そういう意味で、カオルは一つ、賢い選択をした。

何せ、そのおかげで美味しいローストチキンとスープ、それと、堅いながらも腹にたまるパンにありつけたのだから。


 一人で食べるパンだけの食事は虚しく寂しく辛いモノであったが、兵隊さんと一緒の食事は楽しく穏やかで、どこか救いがあるように感じられて。

カオルは、このひと時が好きになっていた。



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