#13.速攻で決着
王城の門前に戻ったカオル達を待っていたのは、最初にカオルが登城した際に対応してくれたあの文官であった。
不思議と門衛の姿は見られず、彼一人が立っていたのだ。
いでたちこそ全く同じスーツを着ているように見えたが、その表情は疲労を色濃く残しており、城内の状況に苦労している様が見て取れた。
「姫様……それにカオル君も、よくお戻りで」
「マシュー……何故貴方がここに……?」
「色々と事情が……とりあえず、こちらへどうぞ」
驚く姫君を前に、マシューと呼ばれた文官は、やつれたようにも見える頬を無理に緩め、先を歩き始める。
どうしたものか、と互いに顔を見合わせていたカオル達であったが、マシューの「ご安心を」という言葉を聞き、その背に続いた。
「――お二人を罠に嵌める気はありませんよ。どちらかというと、こちらが罠に嵌められたというか……全く、あの方は――」
何やらぶつぶつと話しながらも歩くペースは緩めず、城内を進んでいくマシュー。
これまでならば城内には城兵であったり、侍従の者であったりと誰かしらとすれ違ったものだが、不思議と今の城内は静まり返っており、カオル達が懸念していた『対立が激化した城内』というものはどこまで歩いても見えてこなかった。
そうしている間に、城の最奥、玉座の間まで到着してしまう。
ここまでで全く争いらしいものが見えてこなかったのもあり、事前の情報と明らかに違うものを感じ、二人は困惑してしまっていたが。
マシューが大きな扉を開き、「どうぞ」と玉座への道を空けたこともあって、進まずにはいられないように感じてしまっていた。
「……カオル様、参りましょう」
「ああ、うん、そうだな」
よくよく考えれば、好機である。
この先に待っているのが王であるか、王妃であるか。あるいは両方か。
全く違う者が待っているかもしれないが、いずれにしても、やるべきことは決まっているのだから。
カオルは今一度姫君の顔を見る。愛らしくもどこか凛々しい、そんな表情であった。
一月足らずの付き合いではあるが、戦友の様な心強さも感じられて不思議と勇気づけられる、そんな顔。
こんなか弱そうなお姫様相手にそんな感情を抱けたのは、やはり恋愛感情とは無関係な立ち位置でいられたからだろうか、と、場違いな事を考える余裕がある事に気づき、カオルは、ふ、と笑った。
そうしてソロソロと二人、玉座の間へと進む。
真っ赤な金縁の絨毯。
いくつものシャンデリアが天井から柔らかな光をもたらし、白亜の柱がその光を反射させ、幻想的な光と影の交差模様を描く。
壁には巨大な鳥のシルエットが描かれた白旗と、赤黒が交差した模様に剣のシルエットが描かれた旗とが並び掛けられていた。
「陛下、姫様と――『オルレアンの英雄』カオル殿をお連れ致しました」
「うむ」
いつの間にか後ろについていたマシューが声をあげ、最奥にある銀飾の玉座に腰かける老人が返答した。
いかにもな金の王冠、そしてでっぷりとした腹を見て、世情に疎いカオルでも「これが王様か」と理解した。
ステラ王女ともども、なんとも解りやすい親子である。
ただ、ステラ王女と見比べると親子というよりは祖父と孫娘といった感じで、それ自体には若干の違和感もあったのだが。
「マシュー、ご苦労であった。下がってよい。ゆっくり休め」
「はっ」
わずらわしげにマシューに向け手を軽く振る。
それだけでもう、黒服の文官は音もなく玉座から去っていき、同時に扉も閉められていった。
ばたん、という音を聞いてもうどこにも逃げ場がないのを悟り、カオルも観念して、この『王様』のいでたちをもう一度はっきりと見た。
白髪頭で、口ひげが多い為に口元が隠れてしまっていた。
お姫様の父親というにはいくらか歳を取り過ぎているようにも思えたが、その分王様としての貫禄は十分。
一見して好々爺、だが、それだけではない眼光の鋭さもある。
少なくとも、ただ会いたくて呼んだだけではなさそうだと、カオルは理解した。
「――さて」
話を切り出したのは、王様の方からだった。
カオルと姫君、交互に見やりながら、口元を歪める。
「此度は、随分と思い切った事をしたのう、姫よ」
まず最初は、姫君かららしかった。
だが、これはある程度予想できていた事で、姫君は臆することなく、キッ、と王を見据えた。
「お叱りは、受ける覚悟です」
自分の行いの末にどのような叱責が待っていようと、それは最初から覚悟の上であった。
姫君は、それだけの『本気』の行動を示す事で、少しでもそれが周囲に伝わればと願ったのだ。
「こうでもしないと止まらないと思ったのです。その為にカオル様を巻き込み、城内にも迷惑をかけたと思っております」
「そうだのう」
お姫様なりに、少しでも王様に理解してほしくての釈明であったが、王はただ一言返すのみである。
明らかに態度が軽すぎるように思えて、カオルは「ああ、やっぱこの王様ってアレなんだな」と、内心でがっかりしてしまう。
風貌こそいかにもな方ではあったが、カオル視点ではもう、事なかれ主義者のダメな王様のように感じてしまったのだ。
だが、この国王、ただ適当なだけではなかった。
「――トーマスめがな、『各地で困っている民の救済の為』だとか騒いで、勝手に城兵のほとんどを連れ出しおった。ついていく兵もついていく兵だが、まっこと恐ろしい事よな」
にや、と口元を開きながら、そんな、空気の変わる一言を放ったのだ。
たった一言。
それだけでもう、それまでの重苦しさが吹き飛んでしまっていた。
同時に、驚愕も広めながら。
……そう、トーマスがそのように動いたことに、この王様も気づいていたのだ。
「え……と、トーマスが? まさか、最初から気づいて――」
「感謝するのだぞ姫よ。アレは、お前の本当の理解者じゃ。ワシより何より、お前の為に動ける男だ」
おかげで城の護りがガラ空きじゃよ、と、国王陛下はカラカラと笑っておいでだったが。
この一連のやり取りだけで、姫君はもとより、カオルも呆気にとられ、何を言ったものやら解らなくなってしまっていた。
想定していた空気とは全く違う事もさながら、ただ話を聞く側であると想定していた国王の先手に、完全に不意打ちを受けてしまったような気分になっていたのだ。
「あー、あー……そっか、あの爺さん、俺が離宮に行った時点で何か思わせぶりだなあと思ってたけど、そういう事だったのか。どうりでやたらタイミングよく俺達が街に入った直後に来たもんだと思ってたぜ……」
「……まさか、トーマスに気づかれていたなんて」
トーマスならば、気づいていたなら止める事だってできたはず。
そうでなくとも、姫君を連れての旅なんてどうやっても速くは進まないのだから、本気で追いかければすぐにでも捕捉できたはずだったのだ。
それを看過し、あえて城兵隊まで城から離した。
これが意図してのものだとしたら、これ以上ないお姫様へのアシストと言えよう。
事実、国王はそう考え、そうして笑いを堪えるのに必死の様子であった。
「まあ、トーマスはいい。それよりもそちらの、カオルよ。ワシはそなたの話を聞くために待っておった。こうして王の前に立ったのだ、何か面白い土産話なりを聞かせるのが、英雄なり勇者なりの務めではないか?」
どうだ? と、試すように見てくる国王。
カオルは「きたか」と内心緊張しながらも、表向き同じようにニカリと笑い、視線を合わせた。
「――もちろん、いくつもありますよ。心して聞いてください」
慣れない敬語ながら、カオルは必死に暗記した内容を思い出しながら、国王へと『報告』した。
それが最高の土産だとでも言わんばかりに、決して笑みは絶やさず、女神様に送り出された『英雄』として余裕を見せつけながら。
まず、最初に報告したのは大臣の次男についてである。
・城勤めの女官や近隣の街から納品に訪れた商人、その娘などを口説く事この一月で二十五回。
・実際に手を出してしまった回数が三回。うち一回は人妻相手だった為泥沼に。未解決。
・お姫様付きの侍女を口説いてその娘の恋心を利用してお姫様の私室に侵入。
・侵入しただけに飽き足らずお姫様の肌着や私物などを盗みだし、密かに自分で着用するなどの変態行為に及ぶ。未返却。
・女に貢ぐ金欲しさに、仕事を手伝う振りをして父親のまとめていた税金の一部を着服。最低でも二回やっている。
・自分の対抗馬になりうる有力な貴族の子息や文官を、父親の権威を利用して恫喝。
・パーティーの場で友好国の姫君(すごく可愛い)に対ししつこく言い寄り、横面を思い切り叩かれる。
「うむ、考えるまでもなく死刑じゃな」
「私も死刑でいいと思います」
「同情の余地はねぇな」
満場一致であった。
この内容を聞いて、止める者などいるはずもない。
この中でも特に問題なのは、税金の着服と他国の姫君に言い寄った事だろうか。
内政問題だけでなく国際問題にまで発展しかねない事態には王様も思わず呻ってしまうが、カオル的に、人として一番やっちゃいけないと思ったのはお姫様の下着を盗んで自分で着用した事だと思っていた。
気持ち悪いにもほどがある。
お姫様も、その事実を知った時には顔面蒼白になり、何日か意気消沈してしまっていたほどである。
カオルから見ればただのロクでなしだが、お姫様から見れば幼馴染として付き合いのある間柄の相手がそんな事をしていたというのだから、無理もあるまい。
「あのバカ息子には大臣自身からも相談されてはおったが、ここまでロクでもないとは思いもせなんだ。あいつ以外の兄弟は皆、将来のこの国を担う優秀な人材に育っておったのにのう……」
「昔は、そんな人ではなかったはずなんですが……とても優しくて、私が困っていたらすぐに察して助けてくれて」
「ほんに、人は何が元で変わるか解らんものじゃ」
悲しいのう、とやるせなさそうに呟く王様。
姫君も目を伏せ、悲しそうに俯いてしまう辺り、本意ではこの男に対し、いくばくか思う所があるのかもしれない。
そんな空気でやり難さを感じていたカオルだったが、区切りをつけて次の報告を始めた。
国王陛下の弟君。ロリコン貴族の問題行為である。
・立場を利用して自分の部下の娘(五~十二歳)に自分との湯浴み・添い寝をさせていた。
・パーティー会場にて夫に先立たれた女性領主を口説くも、視線の向く先が元で実際には幼い娘の方が目当てだったとバレて結局金と権力で隠蔽。
・部下に命じて領内の村々から少女を『伽の相手にさせる為に』と誘拐させ、三つの村に合同で蜂起されかけ隠蔽の為に六つの村を焼き払う。
・視察の為訪れた村で気に入った少女を口説こうとし、これを妨害した青年(少女の兄)を投獄。
兄の事を理由に少女を監禁し奉仕を強要する。青年はその後餓死し、少女は兄の死を知り自殺してしまう。
・兄妹の死を発端に、日ごろの重税や領主の好き放題に呆れ果てていた領内の町や村の民が激怒し一斉蜂起。
領主館が大炎上するも国に無許可のまま大増税を行い新たな領主館を王城に報せることなく勝手に建造。
・罰と称して蜂起に参加した村や町の少女達を連れ去り監禁し続ける。未解決。
・他領主の土地で勝手に狩猟や少女狩りを行い、あわや内戦に突入しそうになる。
・パーティー会場で友好国の姫君(すごい美少女)に対ししつこく言い寄り、横面を思い切り叩かれる。
「……カオル。もういい、解った。それ以上は聞かせないでくれ」
丁度切りのいいところで言葉を切ったカオルに、国王は手を挙げ「ここまでで」と断りを入れる。
流石に自分の弟の事ともなると笑ってもいられないのか、沈痛な面持ちであった。
「あやつは……幼い頃に許嫁だった少女を流行り病で失ってのう。恐らく、その時の想いが元でそのように歪んでしまったのだと思うが……だからと見て見ぬ振りをした父上とワシの過ちじゃったか……」
「歪むなりの理由はあったって事ですか。そうは言ってもなあ……」
「うむ。まあ、なんじゃ……我が弟ながら、ほんに救いようのない……」
「そんな方と結婚させられそうだった私の身にもなってくださいませ」
いろいろ思うところあって複雑な面持ちの王様に対し、実際にそんな相手と結婚させられそうだったお姫様は、頬を膨らませ、抗議めいた視線で見つめていた。
どちらの気持ちもなんとなく解り、だからこそカオルも、「ちょっとやな空気だなあ」と、ぽりぽり頬を掻きながら思っていた。
因みに、問題児二人の最後の項目『友好国の姫君』の話は、どちらもサララが持ってきた話である。
ベラドンナ曰く「やたら自信満々だった」との事から、カオルも特に検証もなく採用したのだが、聞いていた国王の顔が見る見るうちに青ざめていったことから、これもかなりの威力を発揮したものと思われた。
「しかしまあ、よくもここまで調べ上げたものじゃ。双方に関しては、前々から善くない噂と報告は耳にしておったが……ここまでとは」
王様は感心していたが、カオル達にとっては、それほど嬉しいと思えることでもなかった。
今回二人がやったことは、問題児とはいえ、他人の悪い事、問題行為を挙げ連ねて引きずり降ろそうとする行為である。
良心ある人間ならばやっていて胸を痛めないはずもなく、実際、カオルも姫君も、苦痛極まりないこの『悪事をまとめる作業』には、とても辛い気持ちになってしまっていた。
王様に報告している時だって、やっている時は「いやだなあ」と思いながら報告していたのだ。
誰にだって、誰についてだってもうやりたくないな、というのが、カオルの本心からの感想だった。
「お父様。これにて今回の縁談は白紙に、という事でよろしいのではないでしょうか?」
ステラ王女にとっての最大の問題は、これであった。
お城の事も心配だっただろうが、まずはこの問題を解決しなくては、生きた心地がしないに違いなかった。
「当然じゃ。こんな者達を姫の相手になどさせたら国が傾くわい――しかし困ったのう。姫の相手として相応しき者が居らんでは、姫が行き遅れてしまう」
「そ、それは……」
ほう、とため息をつく国王陛下。
姫君も喜びに浸る事も出来ず、頬を引き締めたまま。
これにてめでたく姫君は自由の身に、とはならないらしい。
目先の問題は解決したが、遠からず結婚しなくてはならないという事には変わりないのだ。
「無論、今話に聞いた二人のような者が姫の相手になる事は金輪際あるまいが。だが姫よ、次に選ばれる者達は多分にまともな者ばかり故、これと決めればもう今回のように逃げ出す事、まかり通らんぞ?」
解っておろうな、と、姫君を見つめる。
だが、その言葉には同時に「それでもいいのか」と、問いただしているようにも、カオルには感じられた。
王様は、このお姫様の覚悟を知りたいのではないか、と。
「――私は……私は、待ちたいのです」
小声で何か答えようとし、そうして首を振り、き、と王を見つめ、それまでよりも大きな声で、しっかりと答えていた。
カオルとしては、その声の大きさが予想外で、少し驚いてしまったが。
それでも、どこかほっとしたような、そんな気持ちになれていた。
「待つ? 何をじゃ?」
「私の……その、大切な方が、私に相応しくなれる、その時を、待ちたいのです」
そこまで言って流石に恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤になってしまう。
俯きながら、それでもなんとか声を絞り出しながら、姫君は訴えかけるのをやめない。
「その方が相手になってくださるなら、私は妻になってもいいと思っています。どうか、その方と一緒に居させて欲しいのです」
照れながらも、それでもはっきりと伝え、また顔をあげる。
涙目になって、恥ずかしくて真っ赤になっていて、それでも真剣な顔で見つめていたのだ。
自分の父親を。国王なんかをやっている、この父親を。
「――ワシは、そんなに甘い親ではないぞ? 姫よ」
ため息混じりの王の一言に、姫君は頬を引き締め、緊張気味にびくりと震える。
どんな一言が待っていようか。
それが恐ろしくも、覚悟の決まっていた姫君にとって、避けることはできない試練であるかの如く。
ごくり、思わず喉を鳴らしてしまったのは誰であったか。
「思えばワシは、国政の座についてからというもの、ずっと国の安定と政務にばかりかまけて、子作りも随分遅くなってしもうた。姫が生まれたのはワシが40に近くなってから、王子に至っては過ぎてからじゃ……ワシにとって、かけがえのない者達じゃ。そんな宝に、どこの馬の骨とも知れぬ者を――」
これは、お決まりの展開だろうか。
好きな人を連れてきた娘に対し「そんな奴との結婚は認めん」と叫ぶ頑固おやじ的な。
流石にカオルとしても「それはどうなんだ」と思う流れではあるが、なんとなくそんな定番の流れが異世界にもあるのではないか、と不思議な気持ちになり見守るのだが。
……どうにも、王様の様子がおかしい。
照れくさそうに頬を掻いたり、落ち着きなく視線をそわそわさせたり。
そうかと思えば、姫君は期待の籠ったキラキラとした眼で、王様を見つめていた。
「――仕方ないのう。そんな奴を姫に任せたままでは不安で仕方ない。ワシが直々に見定めてくれるわ。相応しくなければ即刻処刑してくれるわい」
(えっ、そこでデレるのかよ!?)
やれやれ、と、心底仕方ないように語りながら、どこかその顔はにやけているのを隠せないようで、本心から困っている様子は見られなかった。
王様は、頑固おやじどころか親バカだった。
「お父様……ありがとうございますっ!」
満面の笑みでその父の言葉を受け入れるお姫様。
それそのものはとても感動的で、良い話だったのだが……カオルは今一、それを素直に受け入れられずにいた。
というより、話は全然終わっていないと思ったのだ。
何か、重要な事は忘れていないだろうか、と。