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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
6章.エルセリア王国編2-お姫様スクランブル!-
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#5.とりあえず街に戻る


 ここまでが、二人が城から逃げていた理由ともなる出来事であった。

結局二人はそのまま、ほとんど準備もなしに城を出る事になり、現状に至る。


「ふー……とりあえずは撒けた、かな……?」

「ようやく一息つけそうですね」


 不慣れながらもなんとか馬の手綱を操るカオルに、ホロから顔を出した姫君は、どこか楽しげに笑っていた。

トーマス以下城兵の皆さんの姿が見えている間は全力で馬を走らせていたカオルであったが、今では大分速度を落とし、お姫様が話していても舌を噛まない程度にはゆったりとした進行になっていた。


「本当は、もうちょっと準備してからやりたかったんだけどなぁ」


 カオルにとっては突然の逃避行となった為、旅支度なども全くできないままであった。

幸い、お姫様の衣服などは事前に詰め込まれていたバッグを持ってきていたし、食料や飲み水、最低限の物資などは都合よく馬車の積み荷としてあった為、補充なしでもそれなりの日数、走り続ける事はできそうだったが。


「急な事ですみません。トーマスが私の傍から離れてくれるのは、かなり珍しい事ですので……」

「そんなに普段からべったりなのか……お姫様も大変だなあ」

「生まれた時からだったらしいですよ? 私も子供の頃は、今ほどは健康ではなかったので……色々、不穏な動きもあったのだとか。そんな中、トーマスが常に傍に居てくれたから、それ以上の不幸は起こらなかったらしいですが」

「そう考えると、あのおっさんも必要な人なんだなあ」

「そうですね。頑固ですが国一番の武人ですし、国への忠誠心もとても強いですし……頼りになる者ではあるのです」


 困ったように、それでも誇らしそうに語るあたり、お姫様も内心ではトーマスの事を大切に思っているらしかった。

だが、その過保護さの所為で脱出に制約が出てしまっていた事、そうして当然ながら、それだけお姫様大好きなトーマスならば、必ず追いかけてくるに違いない、というちょっとした恐怖も、カオルは感じていた。


「お願いした手前、こんな事を言うのは身勝手かも知れませんが……お連れの方は大丈夫だったのでしょうか……置き去りにしてしまった形になりますが……」

「んー……まあ、サララにはベラドンナがついてるだろうし、多分大丈夫だろう……多分」


 言いながら「まさか捕まってないよな」と不安に感じてもいたが。

その辺りは要領のいいサララの事、上手く逃げのびてくれているか、あるいは図太くお城に居残って客人の体で居座るのではないかと考えていた。


「ま、これがお城の為、国の為になるっていうなら、多少の無理は受けるさ」


 それが英雄の仕事だからな、と、振り向きながらにぐ、と親指を立ててみる。

行動を起こしてしまった以上、残してきた不安に取りつかれても仕方ないのだ。

それよりはこれからの事を考えた方が幾分、建設的とも思っていた。


「ふふっ、カオル様は時々面白い仕草をしますね。表情も豊かですし、初対面の印象とは大分――きゃっ!?」

「おっと、すまねぇっ」


 馬車が大きく揺れ、慌てて前を向く。

どうやら大き目の石に気づけないまま車輪で踏み抜いてしまったらしかった。

すぐに揺れはなくなったが、いそいそと手綱を握り直して、正面に集中する。



「でも、目的地がカルナスっていうのは意外だな。俺にとっちゃ来た道を戻るだけだから解りやすいけど、身を隠すならもっといろんな所があるんじゃないのか? 地図を見た限り、お城の近くにも村とかあるみたいだし、そっちに寄って旅の準備を整えてからでも……」

「あの街は、お城からは地理的に見てそこそこに遠くて、それでいて街道沿いにありますから。途中にいくつか村や町がありますが、これを敢えて無視する事で行先のかく乱ができると思ったのです。軍馬車も、ラナニア国境付近に向けられているタイミングでしたし」

「あ、そっか……追う側からすると『どこの村に逃げ込んだのか解らない』って状態になるもんな」

「はい。それで時間も稼げますし……もしカルナスに居て追いつかれたなら、カルナスからも複数方面に向けて馬車が出ていますので。とりあえずの滞在拠点としては都合がいいのです」

「なるほどなあ……ちゃんと考えてるんだなあ。さすがお姫様だぜ」


 どうやらこのお姫様、相当前から計画していたらしい。

さらさらと出てくる合理的な計画に、カオルは思わず舌を巻いてしまった。


「それから……」

「うん?」


 だが、すらすらと答えていたのはここまでで、俯きながらぽそぽそと、辛うじて聞こえる声で話し始めたので、カオルも手綱を放さないようにしながら、注意深く聞くことにした。


「これは噂に聞いた話なのですが、最近、あの街の衛兵隊長に就いた方が……」

「ん? 衛兵隊長? 知り合いか何かなのか?」


 カルナスの衛兵隊長というと、カオルは自分のよく知る兵隊さんの顔を浮かべたが、お姫様は無言のままこくりと頷くばかりであった。

当然、後ろを向いたままのカオルには見えなかったが、勝手に無言を肯定として受け取っていた。


「ええ……新たに衛兵隊長に就いた方の中に、私が知る方がいるようなのです。ですので、その方を頼る事が出来ればと……」

「なるほどなあ。衛兵隊長さんなら五人とも俺と顔見知りだから、誰でも会うことはできると思うぜ」

「まあ、そうなのですか? カオル様に来てもらって良かったです……私一人では正直、心細くて……」


 それにしても偶然ってすごいですね、と、口元を押さえながらはにかむ姫君。

カオルも、機嫌よさげなお姫様の声に、次第に肩の力が抜けていくのを感じていた。


「ただなあ……結構街まで遠いから、しばらくは緑の砂漠が続くことになると思うぜ。その辺、大丈夫かい? どうしても野宿とかする事になると思うけど……」

「馬車旅は大変ですものね……私も、お父様に連れられ他国に赴いた時などは色々不便な思いもしました……慣れているつもりですわ」

「そっか、ならいいんだけどな」


 お姫様の『慣れている』はあんまりあてにならないんだろうなあとは思いながらも、それでも全く旅の経験が無いよりはましだと思う事にしていた。



「ふわぁ……」


 そのまましばらくゆったりとしたスピードで走り続けていた馬車ではあったが、流石にカオル自身、目元がしばしばしてきたのと、欠伸(あくび)を隠せなくなってきたのとで限界を感じ始めていた。

元の世界では漫画やゲームの為に夜更かしも平気でやらかし翌日遅刻して怒られるような少年ではあったが、この世界では健康そのもの、毎日早く寝て朝早く起きて仕事をしてという日々を送っていた健全青年は、この程度の夜更かしでも耐えがたく感じ始めていた。


(今夜は月があるから辛うじて見えるけど……流石にそろそろ疲れてきたなあ。それに、手がしびれてきたか……)


 馬車を操っていかほどか。風を切ろうと身が震えるほどではないが、それでも次第に手足の指先が痺れ始めていた。

頬などはぴしりと強張(こわば)っていて、段々何も感じなくなっていく。

ここらが止め時か、と、カオルは目を擦り、ぐ、と拳に力を入れた。


 あんまり遅くまで無理をさせて馬が走れなくなっても困るし、下手に居眠りをこいてとんでもない事になっても困るし、変な時間に眠って寝過ごした挙句トーマス達に追いつかれるのはもっと困ってしまう。

逃走初日で捕まって何もかも台無しに、というのは流石に避けたいと思っていたので、カオルも休息の為の拠点探しを始めていた。

それとなく休めそうな場所のあたりをつけようとしていたのだが、今のところ、まだ見つからない。


(確か、もう少し進めば夕べ使ってた野営地に着くよな……今夜のところはそこで野営になるかな)


 手綱を放さないように注意深く気にしながら、振り返ってホロの中へと目を向ける。


「お姫様ー、急いでるのは解るんだけど、今夜のところはこの辺りで一旦――」

「スヤァ――」

(寝てやがった!?)


 しばらくの間静かだったので月でも眺めているのかと思っていたカオルだったが、既にうつ伏せになって眠っている姫君の姿には唖然とさせられてしまう。

馬車というのはこれであまり乗り心地の良い物ではなく、カオルなどは初めて乗った日はとても眠れはしなかったのだが。

このお姫様、意外と馬車程度の揺れでは気にならないらしい。

華奢な見た目に似合わず、案外強いお姫様であった。


「ふふっ――ワゴーリさま……」 


 思い人か、はたまた身内の誰ぞなのか。

幸せそうな顔をしながら、名前らしきものを囁くお姫様は、愛らしく、そして無防備だった。


(……サララなんかはほっぺた突いただけで即目を覚ましたけど……このお姫様はなんかすごく危なっかしいなあ……)


 まだ幼さを残すとはいえ、素直に美少女と思えるような女の子が目の前で無防備に横たわっている姿に、カオルとて妙な高鳴りを覚えない訳ではなかったが。

同時に、そのか弱そうな華奢な身体が、カオルにはどうにも侵しがたい様な、そんな神聖な存在に映ってしまっていた。

お姫様という存在の、そのカリスマに、どうしても一歩引いた目線で見てしまうのだ。


(……アホなこと考えてないで、野営の準備しとくか……)


 邪な考えが思い浮かぶ前に今やるべき事を考える事で、カオルは目先の姫君から目を逸らす事に成功する。

そのまま見ていたら、王族のカリスマだのサララへの想いなどどこかへやってしまいそうな気がして怖くなったのだ。

彼はやはり、まだ若かった。


 幸いにしてほどなく野営地に到着したので、カオルはそっと姫君に毛布を掛け、野営地にて火を(おこ)し、暖を取りながら眠る事にした。


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