#3.村での暮らし、開始!
カオルが兵隊さんに連れられたのは、村の東側の一番奥まったところにある、ちょっと大きな家。
他の家らしい建物と比べると、塀に囲まれていて入り口に門があったり、裏側に大き目の樹が植えられていたり、柵に囲われた庭に犬が放し飼いにされていたりとかなり金持ちっぽい印象を、カオルは受けていた。
これがこの村の村長の家らしい。
「そういえば兵隊さん、俺、聞き忘れてたけどさ」
兵隊さんが門をくぐろうとした時であった。
なんとなしに聞き忘れを思い出し、カオルが呼び止める。
「うん? 何をだい?」
カオルの言葉にぴた、と止まり、顔を向ける兵隊さん。
カオルはぽりぽりとほっぺたを掻きながら、一言。
「この村って、なんて名前なの?」
村のどこにも「ここは○○村です」のような看板もなかったし、村人もそういったセリフを言う様子もなかったしで、カオル的に不親切に感じていたのだ。
いや、そんな事ある訳ないのはカオル自身、どこかで解ってはいたのだが。「やっぱりアレはゲーム的な表現だったのか」と、ちょっとだけ落胆してしまっていた。
「ふむ、村の名前がそもそも解らなかったか。ここはな、『オルレアン』という村だ。この辺りではそこそこ大き目の、小麦の生産拠点だよ」
「へえ、オルレアンなあ……」
カオル的に、全く聞き覚えのない名前であった。さすが異世界である。
「一応聞くが、村だけで大丈夫かね? 国名とか、どの辺りからがどこの領主さまの土地なのかとかは……」
なんとなしに頷きながら呑み込むカオルを見て、兵隊さんも不安を感じ、「念のために」と問うたつもりであったが――
「うん、もちろん解らない」
――カオルは当然ながら、そんなもの知らなかった。
解るはずないのだ。ここがどこで何がどうなってるのかを、まず知らないのだから。
異世界人とは、無知なものである。
「……えーっとだな」
どうしたものか、と、額に手を当て、わずかばかり黙りこくる兵隊さん。
そんな彼をカオルは「どうしたんだろう?」と不思議そうに眺めるのだが、やがて顔をあげ、説明を始めた。
「――なるほど、この辺りっていうのは『エルセリア』っていう国で、この村は村長が領主の代行をしてるから、この辺り治めてる貴族っていうのは居ないんだな?」
数分程度の説明であったが、兵隊さんのソレはとても解りやすく、カオルにもなんとか呑み込むことができていた。
「うむ。だから、村長がこの辺りでは一番偉い。村の人も、村長の決めたこと、許したことは無視できないんだ。君をここに連れてきた意味は分かったかな?」
「一番偉い人に村で暮らすための許可をもらおうって事?」
「そういう事だな。ついでに君が村で暮らすための家を借りる許可を貰おうと思ってね」
兵隊さんの説明に、カオルは思わず驚き目を見開いた。
「すごいなあ兵隊さんは。策士だなあ」
よく解らず適当な感嘆の言葉をかけながら、ほう、とため息をついてしまうカオル。
「策士……? ううん、よく解らないが、とにかく、村長に顔合わせしよう」
「ああ、そうだな」
首を傾げながらも歩き出す兵隊さん。
カオルもそれについて、村長の家の門をくぐっていった。
「おう、ようきなすったなヘイタイさん。今日はどうしたのかね?」
兵隊さんがドアをノックするまでもなく、丁度門をくぐったあたりでお手伝いのおばさんが出てきたので、二人は実にスムーズに村長さんとお目見えとなっていた。
兵隊さんの立場というのは村では中々に大きなものらしく、隣に見ず知らずの青年を連れていようと、おばさんは気にもせず村長さんに取り次いでくれたのだ。
これがカオル一人だったらこうはいかないのだから、やはり第一村人との接触というのは大事なのである。
「こんにちは村長。実はですね、この青年――カオルといって、先日、麦畑で倒れているのを私が保護したんですが。どうも行く当てがなく、このあたりの地理にも明るくないようでして」
「なるほどなあ。保護し助けたはいいが、行く当てがないでは困ってしまうだろう……」
機嫌よさげに兵隊さんと話しながらも、ちら、と、カオルを見る村長。
カオルは最初、村長と聞いて髭もじゃの好々爺めいた老人がイメージにあったのだが、実際の村長殿はカオルの父親とそんなに変わらぬ程度の、まだまだ働き盛りにも見える中年男性であった。
赤髪で整った口髭。思ったより若く、そして思慮深そうにも感じられて、カオルはちょっと緊張してしまっていた。
この感じを、カオルは「校長先生みたいだな」と、密かに思う。
「見た感じ、悪党には見えん」
「同感ですな」
そうして、二人してカオルを見て、朗らかに笑っていた。
どうやら自分の顔は、人から見て悪い事は出来なさそうな顔だちらしいと、カオルも納得する。
異世界からこちらにきて、妙に身体の様子がおかしく感じてしまっていたのだが、この分では顔の方も、こちらに来る前とは違うらしいのだと、うっすら理解していったのだ。
「住む家も必要なのだろう? ノークの奴の家を使わせるのか?」
「ええ、そのつもりです」
なんとなく話すタイミングを逃していたカオルであったが、話はどんどん二人の間で進んでいってしまう。
あくまでこの場においてカオルはおまけのようなもので、兵隊さんがメインで、村長さん相手に進むイベントのようだった。
「あいつめ……フィーナを連れて村を出て、どうせすぐに戻るだろうと思ったが、まだまだ戻ってきそうにないな……」
「フィーナとは想い合っていたようですしね。それなりに幸せに暮らしているのでは?」
「そうだといいのだがな……一度くらい帰ってきてくれれば、もう反対する気もないんだがなあ」
はあ、とため息をつく村長。兵隊さんは苦笑いのままであったが、カオルにはちんぷんかんぷんであった。
世間話のノリなのかもしれないが、この村の事を全く知らないカオルにとって、それは未知の言語で会話されているのとそう大差なかった。
ちょっとだけ疎外感を感じてしまうが、これも必要な儀式なのだと、カオルは黙っていた。
そんな矢先である。
「カオルといったか。私が村長の『イルブレード』だ。君、村の男として、暮らしていく気はあるのかね?」
まだしばらく世間話が続くのかと思っていたカオルであったが、村長はそんなカオルを見やり、問いかける。
カオルも慌てて村長の顔を見て、緊張ながらに言葉を選び、返答。
「村の男になれるかは解らないけど、英雄になる為なら、いろいろやりたいとは思うぜ」
ぐ、と、腕まくりしながら。力こぶなんかを作って見せたりする。
本人的には力強さをアピールしているつもりなのだが、村長は噴き出してしまっていた。
「ふふっ……英雄志望か。懐かしいな」
「ええ、まあ。なんというか、こういう奴でして」
兵隊さんは苦笑いしていたが、村長はそれで機嫌がよくなったのか、カオルに笑いかけてくれるようになっていた。
「面白い奴だ。せいぜい頑張るんだぞ。村のルールはヘイタイさんに聞け。若いんだ、この村なら汗を流して働けば、食い物に困る事もあるまい」
ぽん、と、肩を叩きながらの言葉に、カオルは「あれ? もしかしてこれって……」と、村長の顔を見返す。
「あの、ここで暮らしてもいいのかい……?」
「ああ、いいともさ。だが、村のルールを破ったら承知せんからな。悪いことはするなよ?」
うんうん、と頷きながらの返答に、カオルは、胸の奥からじわ、と来るものを感じていた。
「やった……ありがとう! ありがとう村長さん! 兵隊さんも、ありがとうな! 俺、頑張るから!!」
随分と調子がいいなあ、と、自分でも思いながら。
それでも、見ず知らずの自分の為に村で暮らすことを認めてくれた村長に、そして、口添えしてくれた兵隊さんに、感謝の言葉と、できる限りの笑顔を返していた。
彼にとっては、この世界で初めての成功体験のように感じられたのだ。
喜びもひとしおだった。カオル自身が、特に何かした訳ではなかったにしろ、まずは受け入れてもらえたのだから。
こうして、カオルは村で暮らすことができるようになった。