#18.新たなる仲間と共に
こうして、カルナスに迫っていた危機は解決したのだが。
子供達が戻って、母親らに笑顔が戻った事や、黒幕だったちょび髭魔人が捕縛された事などでカオル達は街の住民達に強く感謝され、宿泊していた宿も女将さんの好意とお礼で、滞在期間中は無料で利用させてもらう事になった。
カオルとサララにとってはハッピーエンドである。
ただ、問題が全て解決された訳ではなく、いくらかは残る事となる。
一つは、女悪魔の処遇である。
カオルが頼んだ通り、兵隊さん達は女悪魔の身柄を教会へと届けてくれた。
意識を取り戻した女悪魔は、自分を悪魔にしたのだという黒幕が倒れた事を知り、今度は取り乱すことなく自らの罪を受け入れ、聖女様によるとても熱いお説教を受け、罪を贖う為に死ぬのではなく、罪を償うために生きる事を選んだ。
多くの衛兵を殺した事、罪の無い母親から子供を奪った事など、許されるはずもない罪を背負い、また人ならざる存在へとなり果ててしまった彼女を人々がそう易々と受け入れられるはずはないが、それこそが生きる事によって受ける罰なのだと、聖女様は仰ったのだ。
「……んで、あんたはどうするつもりなの?」
教会の一室にて。
カオルは、聖女様によって毒抜きの行われた女悪魔と面会していた。
生前の私服だったのだという白いワンピースを着ている彼女は、角や翼などがなければその辺の街娘と大差ない佇まいであった。
以前は狂気を秘めていた面持ちも、今ではすっかり毒気が抜け、正気を取り戻している。
「……迷惑をかけてしまったお詫びは、しなくてはいけないとは思うのですが」
悪事を働いてた頃と比べても随分違う丁寧な口調で、言葉を選ぶように語る。
どうやら素のままならばそこまでエキセントリックな思考回路をしている訳でもないらしく、随分落ち着いた様子であった。
(やっぱ、言葉が通じるっていいよなあ……)
しみじみそう思いながら、カオルも女悪魔の言葉を待つ。
「聖女様から言われたのです。『貴方はまだやり直せる』と。『ママにはなれないかもしれないけれど、人の生まで捨てる事はなかったのです』と」
「まあ、それは俺も思うよ。あんたも悲しい思いをしたんだと思うけどさ、死ぬのは、ちょっともったいないぜ」
これだけの美人さんなのだ。
旦那と子供を失ったことはショックかも知れないが、生きてさえいれば、また新しい幸せを見つける事だってできたかもしれないというのに。
そう思うと、カオルは少しもったいない気がしてしまっていた。
向こうでも多かったことながら、「やっぱり自殺は良くないなあ」と。
「ていうか、あの聖女様、あんたの正体知ってたんだな」
カオルとしては、戦闘前に聞かされた話であの聖女様が彼女の正体を知っていた事に気づかされて「やられた」と思ったものだが。
やはり、彼女とは顔見知りだったらしいのだ。
これには女悪魔もこくりと頷く。
そうしてそのまま目を閉じて、静かに語り始めた。
「あの方は、子供と最愛の人を亡くしておかしくなりかけていた私に、生きることの大切さを説いてくださったのです。『生きてさえいれば』と、励まし続けてくれたのです」
胸の前で祈るように手を組み。
目の端に涙を浮かべながらも、その唇は静かに言葉を紡いでゆく。
「だけれど、あの時の私は、全てがどうでもよくなってしまっていて……あの方の慰めの言葉も、女神様への祈りも、全てが意味をなしていないように思えていたのです。そんな時に、『人間などやめてしまえ』と、声が聞こえるようになって……」
「……それで川へドボン、か。おっかねぇ話だなあ」
まるで向こうで聞いた怖い話みたいだ、と、カオルは腕を組みながら視線を逸らす。
怪談は、あまり好きではなかったのだ。
子供の頃聞いて、夜中トイレに行けなくなって盛大にやらかしたことがあった。
そんなトラウマもあって、カオルは、異世界でまでその手の話は聞きたくなかったのだ。
「今後の事なのですが……聖女様は教えてくださいました。悪魔は、契約によって人との間に『労使の繋がり』というものを持つことができるのだとか」
「労使の繋がり?」
「はい。私が貴方の役に立つよう働き、貴方が私を使う、という物ですわ。代償に、私は何らかの益を得る事になる、というものですね」
カオル的にはやや難しい専門用語のように思えたが、概要を説明されると、漫画などで悪魔という存在と共にセットでよく出る設定を思い出し、そんな感じなのだと把握する事が出来た。
「よく解んないけど、使い魔とかそういう感じの事かな? 俺が知ってるのはそういう感じの話なんだけどさ」
「使い魔というと蝙蝠や犬といった感じで、少し意味合いが違ってくると思いますが……」
「あれ? そうなのかい? 参ったな……」
イメージ化は失敗したらしい。
やはり異世界と向こうとでは微妙にいろいろ違うものらしく、カオルは困ってしまった。
「……ですが、カオル様がそれを望むのでしたら、私は蝙蝠の姿となりましょう」
「そういう事も出来るのか……?」
「ええ。今までも力の消耗を抑えるために、蝙蝠になっていた事は多かったので……」
「まあ、確かにあんたの姿は目立つしな。普段は蝙蝠とかになっててくれた方がいいかもしんない」
何せこの女悪魔、街中に立つには悪目立ちし過ぎるのだ。
せめて角や翼などを隠せれば大分違うのだろうが、今のままではあまり外には立たせたくなかった。
街の民も、サララのような猫耳娘ならまだしも、いかにも悪魔ですと言った風貌の彼女を見ては良い顔はしないだろう、という一定の配慮も込みで。
「では、普段は私は蝙蝠の姿になりますので、必要とあらばお呼びください」
「おっけー。ところでさ、俺、あんたの名前知らなかったんだけど……なんて名前なの?」
「ああ、そうでしたね。まだ名前を……私の事は『ベラドンナ』とでも呼んでいただければ」
「ベラドンナ……なんか、かっこいい名前だな」
「そうでしょうか? ふふ、ありがとうございます」
名前を褒められて照れたように頬を染めるその仕草はとても悪魔のようには思えず。
カオルもまた、サララとは違ったタイプの綺麗なお姉さんに、ちょっとした気恥ずかしさを感じてもいた。
一時こそ対峙して戦った相手ではあるが、こうして仲間になってくれたのなら、心強くもある。
カオルとしても彼女が一緒に来てくれるのは嬉しい限りだった。
「ではカオル様。代償に、私からもカオル様にお願いしたい事があるのですが」
「ああ、勿論だ。どんな代償なんだ?」
「では、今から言います事、どうぞお忘れなく履行してくださいますよう、お願いしますわ――」
こうして、女悪魔『ベラドンナ』がカオルの仲間となった。
とある王城の離宮にて。
荘厳な雰囲気漂う宮中の一室。
愛らしいぬいぐるみや美しい風景などが描かれた絵画などが飾られる中、小さな椅子にちょこんと腰かけた美姫が一人。
煌びやかなウェーブがかった金髪を揺らしながら、自らに傅く老兵からの話を聞き、可愛らしく口元を手で覆い隠す。
「――そう。あの方が」
細い指先を頬に当て、朱色に染まってゆく熱を感じながらに、姫君は微笑んでいた。
「いかがなさいますか? 姫様」
「ふふっ、お父様に手紙を書きます。少し外で待っていてください」
「かしこまりました。では――」
まだ幼さすら残すその姫君にも礼儀を欠かさず、老兵は命じられるままに部屋を退出する。
後には、姫君一人。
愉しげに羽ペンを手に持ち、「インク瓶はどこかしら」などと、机の上に視線を向ける。
「まさか、カルナスで起きていた問題が元で、またこの方の名前を聞くことになるなんて……やっぱり、あの出会いは運命だったのだわ……」
機嫌よく微笑む姫君は、夢にまで見たその瞬間を思い浮かべながら、手紙を記していった――