#14.渇望の塔、そして再会
兵隊さん達が招集され、塔へと赴く少し前の事。
カオル達は、意を決して塔へと向かい、一足先に侵入していた。
「……妙ですね。入り口の扉が開いていたのもですけど、何かが襲ってくるでもなく……」
「ああ。何かありそうだと思ったけど、すぐに攻撃を受けるとか、そういう事はなさそうだな……」
思いの外の静寂。
事前準備を整え、塔内の構造も街の人達や生き残った衛兵から聞き、ある程度頭に入れているつもりではあったが。
先日この塔を攻撃した衛兵隊が、入った直後に女悪魔の攻撃にさらされたという話を生き残りに聞き、警戒していたカオルとサララは、拍子抜けしながら、目に入った階段を登ってゆく。
「塔自体は明るいんですよね……見落としが減るから安全でいいですけど、女悪魔は暗闇だと見えないんでしょうか……?」
「そういえば、夜中に子供がさらわれたって話は聞かなかったな。もしかしてサララの言う通り、暗い中だと見えなくなるのかもな」
もしかしたらそれが弱点にもなるかもしれない、と思いながらも、手すりの無い、塔の内側に螺旋状に連なる階段を一歩一歩、確かめるように登っていく。
手には棒切れカリバー。
現状、カオルにとって唯一の武器だが、今までと違い、長めの紐が結われていた。
投げつけた後の回収の手間が少しでも減れば、というつもりで付けたのだが、この巻き紐のフィット感が意外と良く、幾分握りやすくなっていた。
「そういえばカオル様、前から気になってたんですけど、その棒……」
「うん? これか?」
「ええ。確か、盗賊退治の時も使ってましたよね……カオル様は魔法を使えるような気がしませんし、何かのマジックアイテム的なモノなんですか?」
棒切れを見ながらのサララの問いに、カオルは「どう答えたもんかな」とわずかばかり迷うのだが。
少し考えて、「変にはぐらかしてもなあ」と、それとなくまとめ、口を開く。
「これな、女神様からもらったものなんだ」
「女神様ですか?」
「ああ」
今までサララには黙っていた事ながら、ここにきて、「兵隊さんに話してるのに、サララには話さないのもなんだかな」と思うようになったのだ。
いや、この一件が無ければ、もしかしたらずっと知らせないままだったのかもしれないが。
こうしたふとしたことがきっかけで、カオルはそんな事を考えたのだ。
「女神様っていうと……主神のアロエ様ですか?」
「……なんかすごく柔らかそうな名前だな。ぷにぷにしてそう」
「ぷにぷには……えーっと、どういう方だったんです? 私が知ってる女神様っていうのは、その方以外にはいないのですが……」
「そうなのか? なんか、すごく微妙な顔でちょっと嘘つきなおばさんみたいな感じの人だったぜ? 人畜無害そうな……」
「えっ、何それ……」
「おっ、扉だ」
素っ頓狂な声をあげるサララを余所にカオルは、壁際に木造りの扉が見えたので、そっと押してみた。
そんなに力を籠めてはいないが、容易に『ぎぃ』という音がして開く。
「とりあえず、入ってみるか?」
「そう……ですね。階段自体はまだ上に続いてるみたいですけど――なんだろう、沢山の、静かに息を吸うような音が扉の向こうから……」
耳を傾けながら、ちら、と上を見るサララ。
確かに階段は更に上へと続いていて、頂上までは時間がかかりそうではあったが。
この扉の先が気になるのも確かだった。
下手にスルーしてひたすら上に上り続けて、後からここを基点に魔物が出現でもしたら逃げ場を失うので、理屈の上でもそれは正しく。
カオルは、サララが頷くのを確認してから、そっと、中の部屋へと入っていく。
サララも後ろと扉の先の音とを気にしながら、カオルに続いた。
「これは……」
扉の先は、窓などはないものの、部屋の中心には明るい光の球がふよふよと浮いていて、光度が調節されていた。
広い空間。一面真っ赤な絨毯が敷かれており、小さないくつものベッドの上に寝かされた子供達の姿と、それをあやす為に使うようなガラガラ玩具、積み木や楽器などが置かれているのがカオル達の目に入った。
「ベビールーム……か?」
「見た感じだとそんな風に見えますね……小さな息の音に聞こえたのは、子供たちの寝息だったんだ……」
女悪魔の塔だし、と、そろそろ手下の魔物か何かが出てきて一戦交える事になるのではないかと思っていたカオルであったが、至って平和な光景が広がっていたので拍子抜けしてしまう。
サララも、口元に手を当て「ううん」と、少し困ったような表情。
「これだけの数だと、俺達だけで連れていくのは大変だな……んーと……三十五人、か」
「おお、数えるの早い。被害にあった子供の数と一致してますね。でも、どうしましょう……?」
「そうだなあ」
サララに言われ見渡すも、他に出口らしいものがある様子もなく。
カオルは、考えを巡らせながら、子供達の顔なども確認する。
皆、安らかに眠っている様子だった。
中には楽しい夢でも見ているのか、眠りながら笑っている子供までいる様子で、少なくとも酷い目にあっているようには感じられなかった。
「下手に一人ずつ連れ出して女悪魔と鉢合わせてもアレだし……一旦戻ってみるか。人数的に、少なくとも最初にさらわれた子から無事みたいだし、すぐにどうこうされるって事はなさそうだしな」
「解りました。とりあえずこちらに近づいてくる音は……あれ?」
「どうした?」
「いえ……塔に近づいてくるような沢山の足音が……あれ? あれれ?」
「沢山の足音……?」
「カオル様、この声……兵隊さんですっ、兵隊さんが居ますっ」
不思議そうに耳を傾けるサララに、何事かと顔を見るカオルであったが。
サララの予想外の言葉を聞き、目を白黒させた。
「兵隊さんって……オルレアン村のか?」
「はい、そうです……もう一人の声は……衛兵隊長のものかしら? あのちょび髭の人の」
「って事は、衛兵隊長が、兵隊さん達を連れてきたって事か? 女悪魔の討伐の為に?」
「んん……話している内容を聞く限りそんな感じですけど……あっ、扉閉められたっ」
ドン、と、下の方から響く音と共にサララが後ろを向く。
どうやら、開かれたままだった扉が閉められたらしいと気づき、カオルもサララと同じように部屋の外を見た。
特に何かが変わった様子もないが、外から扉を閉められたという事は、出る事が困難になったという事を示す。
「……とりあえず、降りてみるか」
「そうですね。状況が解りませんし……それに、子供がここに居るっていう事、下の兵隊さん達に伝えられれば、子供を助けられるかもしれません」
なんで扉が閉まったのかは二人には解らなかったが、二人だけではどうにもならない子供の救出手段が確保できたかもしれないと、互いに顔を見合わせて頷き、来た時同様静かに部屋を出て、階段を降りていった。
「くそっ、開け、開けぇぇぇぇぇっ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
塔に入る時とはまた別の、絶叫じみた兵達の声が、塔の中響き渡る。
数人がかりでの十分に体重の乗った体当たりはしかし、鉄の扉を開けるには全く足りておらず、びくとも揺るがぬ有様であった。
どん、どかん、とヤケクソじみた動きで武器を叩き付ける者もいるが、当然開く様子もない。
「くそっ、あの隊長、俺達だけに戦わせる気かよ!」
「あいつだけ生きてたのは、こうやって一人だけ塔の外から高みの見物決め込んでたからなのか……ちくしょう、これじゃ俺達まで女悪魔に殺されちまう!」
先に飛び込んだ者達も、後から来た者達も、女悪魔が潜むのだという塔へ放り込まれ、逃げ道を絶たれたという状況に戸惑い、混乱していた。
各々がそれぞれ配属された村や町では獅子奮迅の働きをしてきたツワモノ揃いのはずだが、それでも本部の衛兵隊が壊滅させられたという前情報は、彼らの牙を鈍らせるには十分すぎるほどに浸透してしまっていた。
「ああ、もう嫌だ。俺はここから動かねぇぞ!」
「お、俺も……ここにいれば、少なくとも上に行くよりは長く生きられるはずだ!」
「もしかしたら救援が来るかもしれねぇ!」
結果、ほとんどの者が女悪魔と戦おうとは思わず、その場に座り込んだり、なんとかして外に出ようと、扉や壁に攻撃を続けるような状態であった。
「ああ、故郷の母ちゃん、俺、もう駄目だ……ここで死んじまうんだ……」
「ちくしょうがっ、下らない事言いやがって! こんなところで死んでたまるかってんだ!!」
「ひぃっ、や、やめろよぉっ!」
そうかと思えば、絶望のあまり俯き何事かぶつぶつと独り言を繰り返す者、その後ろ向きな呟きに嫌気が差し、掴みかかる者まで出始め、場は混沌へと至る。
皆、塔までの道のりで思い思いに迷い、恐れ、戦意を削られていき、それがこの塔に閉じ込められたことで噴出してしまったのだ。
閉鎖空間で、大人数が一か所に留まるという状況も、彼らの心を闇へと落とすに至る要因の一つとなっていた。
(……このままでは仲間同士で殺し合いになってしまいそうだな。皆限界が近いのか……)
そんな仲間達の様子を一歩離れて見つめるは、オルレアン村の兵隊さんであった。
ことこの状況下。
本当に女悪魔が瀕死なのかすら定かではないのだ。
このような状況で女悪魔に襲撃されればひとたまりもないと思いはするが、流石に彼とて、パニック寸前の兵士らをまとめるほどのカリスマは持ち合わせていなかった。
「あら、貴方は案外大丈夫そうね……?」
そんな彼に話しかけてきたのは、最後に塔に入った女性兵士。
手には蒼色の槍を持ち、勇ましい顔立ちであった。
他の兵士程には、焦燥に駆られていたり、思いつめている様子は見られない。
「ああ、アクシデントには慣れているからな……君は?」
「私は……まあ、なんとなくあの衛兵隊長が胡散臭いと思ってたから。思った以上に下衆い真似をしてくれたけどね……」
「違いない。かと言ってあそこで踏みとどまっても、命令違反では斬り捨てられかねんしな」
「こういう時は兵隊なんてやってて後悔しちゃいそうだわ」
「全くだ」
こんな状況ながら、まだいくばくか理性的に考えられる兵士もいる。
彼にとって、そのような者の存在はとてもありがたく感じられた。
――自分一人ではないのだ。まだ、戦意を失っていない者もいるかもしれない。
そう思い、彼は辺りを見渡し、階段の前に立つ。
「――この中に、まだ女悪魔を討とうという気骨のある者は居るか! 私はまだ戦える! 他に居るなら、共に塔を上り手柄を立てようではないか!!」
自分でも普段あまり出さない大声であったが、ざわめきに満ちた兵達も、その声には黙りこくった。
多くの者はそのまま下を向いたり、視線を逸らしたりして無視しようとしたが、何人かは前に出て、彼の顔を見て無言のまま頷いた。
揃ったのはわずか4人ばかり。
50名もいる中で戦意を維持できたのは、たったこれだけである。
それでも、兵隊さんはニカリと笑った。できる限りのスマイルである。
彼のよく知る、努力家な青年がよく見せてくれた、最大限の笑顔の真似であった。
「ありがとう。こうして前に出てきてくれただけでも、私はとても嬉しい」
「ま、このままここに座ってても殺されるだけかもしれないしね」
まずは集まってくれた者達に、感謝の言葉を述べる。
先ほどの女性兵士が笑う。
他に並ぶのは、ベテランらしき年配の兵士、若手らしい青年兵、そしてきょろきょろと落ち着かない様子の少年兵であった。
「もしかしたら本当に瀕死のまま、とどめを待つだけになっている可能性もあるさ」
「そうそう! 折角の手柄をあげるチャンスだからな! 他の奴に横取りされる前に倒しちまおうぜ!」
このような状況下ながら、ベテランと青年はある程度余裕があるらしく、笑って返してくれる。
「そ、その……ぼ、僕は……」
「大丈夫よ、いざとなったら私が守ってあげるから」
志願してくれたものの、それでも恐れが前に出てか震える少年兵に、女性兵士は優しく微笑み、その肩をぽん、と叩いた。
「……よし。では、行こうか」
精鋭揃いかどうかも解らないPTではあるが。
それでも、幾十人の有象無象よりも信頼できる4人であった。
もしかしたら女悪魔相手に敗れ、真っ先に殺されるかもしれない。
そう思いながらも、その可能性を知りながらも、それでも。
彼は、そして彼らは、ほとんど初対面ながらこの時、強い絆で結ばれていたのだ。
共に死地へと赴く、戦友として。
「……お?」
そうして、『出るなら出てみろ』という気概を以て戦闘態勢のまま前を歩いていた兵隊さんであったが。
次第に、上から階段を降りてくる音が聞こえ、『女悪魔か、その手下か』と、仲間達と共に姿勢を低くし、飛び掛かる機会を窺っていたところで、予想外の間の抜けた声を聞いた。
「……おぉ。カオルじゃないか!」
「兵隊さん! おー、やっぱ本当に兵隊さんだったんだな。さすがサララ!」
「えへへ~、私、また役に立ちましたよね? 立ちましたよね?」
「ああ、お役立ちだぜ、サララ」
「えへへ~♪」
見知った顔の青年、カオルとその相棒の少女、サララの二人との再会。
これは、彼にとって全く想像だにしない、そして奇跡の様な出会いであった。
一方その頃。
塔の外では、中から聞こえてくる兵隊達の絶叫に、気分よさげに笑う男の姿があった。
ちょび髭の衛兵隊長である。
顎に手をやりながら、にやけた口元を隠しもせず、今もこじ開けようと奮闘する兵達の滑稽さを嘲笑っていたのだ。
「くくく……馬鹿どもが。貴様らの力でその扉が開くはずが無かろうに。さて、後は放っておいても片付く。私は近くの小川で紅茶でも淹れて待つとしよう。あとが楽しみだ。くくっ、ははははは――」
愉しくて仕方ないとばかりに、兵たちの悲鳴を背に受け、衛兵隊長は森の中へと消えていった。