#2.兵隊さんとの出会い2
しばし、二人の間を沈黙が支配していた。
片や「あれ? なんで反応しないんだ?」という不安からの沈黙。戸惑いの作り笑いである。
片や「何を言ってるんだこの青年は?」という疑問からの沈黙。相手の様子を窺い、待ちの作り笑いである。
双方ともにぎこちない笑顔のまま続いた沈黙は、やがて、兵隊さんのため息によってどこかへと追いやられる。
「すまない、馬鹿にするわけではないのだが……異世界、とは?」
「いや、だから俺、異世界から来たんだよ」
ある程度の疑問は仕方ないと思っていたカオルも、直球の質問には「えっ、そこから説明しなきゃダメなのか?」と、困り果ててしまう。
せめてそこは理解してほしかったのだ。
自分が何者で、どこから来たのかの説明の、その根源に関わる話なのだから。
「その『異世界』というのは何なのだ?」
だが、兵隊さんはそんなもの知らなかった。
カオルは困惑した。何せ、カオル自身言葉として使いはしても、実際に説明するのは難しいのだ。
というより、よく解ってないのである。
「異世界は異世界だろ」
「意味が解らん」
結果、まるで進まないループ選択肢を繰り返す羽目になる。
(この人、結構はっきり言ってくるんだなあ……異世界の人ってこういう人が多いのか……?)
一向に話が進まないのには若干の苛立ちも覚え始めていたが、同時に、自分と対面しているこの第一異世界人的な兵隊さんの人となりが、カオルにとっては貴重な異世界人のサンプリングとなっていた。
そしてそれは、変に思ったことを隠し立てされるよりは好感が持てる、という結論に至る。
カオル的に、兵隊さんは好ましい人物評となりつつあった。
はっきり言う人の方が、付き合いやすいと感じたのだ。
「だから、女神様に頼まれて異世界から来たんだよ。異世界っていうのは……ここじゃないところでさ。俺は学生をやってたんだ。高校生、2年だよ」
「……女神というのは、まあ、君が信仰している何らかの女神なんだろうが……いや、それはいい。それより英雄というのは?」
次々に自分の知っている単語を羅列していくカオル。
兵隊さんは少しずつ頭痛を感じ始め、額を押さえながら、辛うじて理解できそうな言葉を選び、問うてゆく。
「女神様になんかすっごく大切な事を頼まれてさ。俺はそれを叶えるついでに英雄になろうかなって思って」
カオルはカオルで、もっと細かく説明しようとしていたのに、ところどころ記憶が抜け落ちているような、そんな不思議な気持ちになり、上手い返しが出来ていなかった。
「だから、俺、英雄な」
ただ、それだけは間違ってないような気がしたので、カオルは自信満々に自分に向け親指を立てて笑った。
「やっぱり意味が解らんな、君は」
兵隊さんは素直な人だった。心を偽らない。
「ただまあ……その、なんだ。君が何者なのかは解らんままだが、話していて、そんなに悪い奴じゃなさそうなのは解った気がする」
幸いなことに、兵隊さんからみたカオルも、そう悪くない人物評となりつつあるらしかった。
よく解らん奴扱いでも、悪人と疑われれば面倒ごとにもなりかねない。
今は、これ位の評価で十分だと、カオルは笑った。
「そりゃそうだよ。俺善人だよ。超善人」
カオルが自分を指しながら、冗談めかしてみると、兵隊さんも釣られて笑う。
「うむ。君のような悪人は見たことがないからな。きっとそうなのだろう」
どこかほんわかとした雰囲気が部屋を漂っていた。
のんびりとした、この兵隊さん独特の雰囲気とでも言うのだろうか。
そんな朗らかな空気に、カオルは癒しすら感じていた。
「君は、これからどうするつもりだい?」
やや間が開いて、兵隊さんが尋ねる。
甘い麦茶も飲み干し終え、カオルは尋ねられたことにどう答えようか、ちょっと悩んでしまう。
(どうって言われても、俺、何をすればいいのかよく解らないんだよなあ……)
異世界に、とは言われたが、正味な話カオルはそこで何をすべきかを全く決めていなかったのである。
大体、状況からしてそんなものを考える余地などほとんどなく、なし崩しでこの世界に来たようなものなのだから仕方ないのだが。
それとは別に、ところどころ抜け落ちている記憶が、よりカオルの思考を困難にさせていた。
「うーん……やっぱさ、英雄っていうと、人助けとかするべきなのかな?」
結局、彼が縋るのは『英雄』というあやふやなモノであった。
今の彼には、それ以外、何もないのだ。
「英雄、というと世界の危機を救う物語を思い出すが……まあ、概ね人助けという方向性で間違いないだろうな」
馬鹿にするでもなくきちんと返してくれる兵隊さん。
やはりというか、人の善さが滲み出ていて、カオルは好感を持った。
こんな風に見ず知らずの奴の為にきちんと考えてくれる人を、カオルは今まで知らなかったのだ。
(こういうのを、人間ができてるって言うのかなあ。器がでかいっていうか……)
自然、「こういう風になりたいなあ」と思ってしまった。そう感じてしまった。
「じゃあやっぱり、人助けが最初の目標かな。色んな人を助けて回りたいな」
そうと決まるとやはり、それは必定であった。
彼のようになりたければ、そして英雄となりたければ尚の事、人助けは避けては通れない道だと、カオルは考えたのだ。
兵隊さんに教えてもらった道筋で通そうと、カオルは考えた。
「それと、家と風呂と飯をなんとかしたい」
同時に、現実的な面もきちんと考えて……こちらは彼なりに必死に数秒間考えた結果の、なんとなく思いついた『大切な事』である。
最低限のライフラインは確保したいと思ったのだ。彼なりに。
「ここは街じゃないから風呂は村長の家くらいしかないな。皆近くの川で水浴びだよ」
カオル的にとても残念なことに、風呂にはしばらく入れそうにないのが確定してしまう。
「だが、しばらく住む家と、ちょっとした食事くらいなら力になれるかもしれないな」
あまり期待されても困るが、と、断わりを入れてから、兵隊さんは立ち上がる。
「立てるかね? 体調は?」
「ああうん……多分、大丈夫だ」
こちらにきてからまだあまり動いてはいないが、なんとなく「問題ないよな別に」と、当たり前のように立ち上がって見せた。
動ける。全く問題なく動ける。
ちょっとした安堵と共に、カオルはニカリと笑った。
「うむ……大丈夫そうだね。ついてきなさい。村長に紹介してあげよう」
満足げに頷きながら、兵隊さんは歩き出す。
(なんかよくわかんないけど、ありがたいなあ)
どうやら自分の為に何かしてくれるらしい兵隊さんに感激しながら、カオルは黙って、その男らしい背についていった。