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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
5章.エルセリア王国編1-カルナスの女悪魔-
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#13.衛兵達の到着


 カルナスから色が抜け落ちてから三日が経過した頃。

街の入り口に、一人、また一人、軽鎧を纏った者達が姿を見せ始めていた。

各々細かい部分こそ異なるものの、そのいずれもが兵のいでたち、剣を腰に下げ、強張った表情で自らの乗ってきた馬を入り口傍の(うまや)へと預け、衛兵隊本部へと向かうのだ。


「……急時とは聞いたが、呼ばれたのは私だけではなかったか」


 そんな中に、オルレアン村から旅立った兵隊さんも混じっていた。

様々な村や町を担当する兵隊らが、それぞれ自分以外の兵と顔を合わせ、驚き嬉しそうに会話したりしているのを眺めながら、一人ぼんやり、活気の無くなった街並を見つめる。


(何があった……? 私が知る限り、カルナスはもっと賑わいに溢れた、人の多い街だったはずだが……)


 既にその違和感を察した兵もちらほらいるのか、本部に近づくにつれ、不安がる者も居はしたが。

それでも、彼らは書面にて言いつけられた通り、本部へと集合したのだ。




「諸君、よくぞ集まってくれた! 遠路はるばるご苦労である! 私が衛兵隊長『ピトリー=マーモーゼ』だ!」


 本部の中庭にて。

各地より集められた兵らが整列する中、ちょび髭の衛兵隊長が正面に立ち、厳格なる面持ちで声をあげていた。

兵らもそこは訓練された戦人(もののふ)である。

ビシリと姿勢よく立ち並び、眉肩一つ微動だにせず、隊長の言葉を聞き飲み込む。


「街を歩いていて、諸君らもいくらかは気づいたかも知れん。中には噂などで耳にした者もいるかもしれんが、今この街には非常に強力な『女悪魔』の魔の手が迫っている」


 シン、とした空気の中。

衛兵隊長ピトリーは一人、ちょび髭を弄りながらに声を大にし、全体に聞こえるように響かせていた。

女悪魔、という言葉に、兵らは思う所はあったが、「今はまず話を聞くべきだ」と、誰一人として身振り一つしない。

だが、そのような気丈な静まりもここまでであった。


「既にこのカルナスを護る精鋭100名が、女悪魔相手に挑み……そして卑劣な罠にはまり、甚大な被害を受けてしまった。諸君らは本来、精鋭らが女悪魔と激戦を繰り広げている間街を護る予備兵力、あるいは増援として派遣するつもりで招集したが……本日この瞬間より、新たなる本隊として行動してもらう。50名の、新たなる精鋭の誕生だ!!」


「なんだって……?」

「そんな、それじゃ、この街の衛兵隊は全滅……?」

「精鋭部隊が負けるような悪魔相手に、それより少ない俺達にどうしろっていうんだ!? 昨日今日集まったばかりの寄せ集めだぞ……?」


 衛兵隊長の言葉は、すぐに波となり、明確に動揺として兵達に広がっていった。

無理もない。彼らは普段、己が配属された村や町を見回りしたり、たまに現れる悪党や盗賊、魔物といった障害を排除する程度の事しかしていないのだ。

本部の衛兵隊を100人も蹴散らす様な化け物相手になど、できるはずもなかった。


 だが、そんな彼らの混乱をまるでなんでもない事かのように「はっ」と鼻で笑い、衛兵隊長は手を広げ、続ける。


「諸君! 何を動揺しているのだ。君達は常日頃賊の討伐や魔物退治に勤しんでいるはずだろう? 何も恐れる事はない。確かに本隊は壊滅したが、女悪魔も浅からぬ手傷を負い、今やとどめを待つばかりだ。諸君らの尽力があれば、勝てぬ戦いではない!」


 にたりと、何か善くないモノのように笑う隊長の姿に、兵らは一様に息をのみ……そして、開いていた口を結ぶように閉じる。

彼らは、何も事情を知らないのだ。

これから自分たちが戦わされるであろう化け物がどのようなものなのか。

実際に衛兵隊が女悪魔に手傷を負わせることができたかどうかなども含め、全て、この衛兵隊長以外知らぬこと。

加えてどのように喚こうと、彼らは兵である以上、衛兵隊本部の命には背けなかった。


「戦おうではないか! このカルナスだけではない! 君たちの愛した故郷の為! 君たちの護ろうと思った村や町の為に! 諸君らは今、戦うべきなのだ! さあ、剣を抜け! 槍を構えろ! 常日頃の鍛錬を、今見せる時が来たのだ!! 整列せよ!」


 そして兵である彼らは、このちょび髭の指揮官を前に、命ぜられるままにビシリと姿勢を正し、注視する。

彼らにとっては、彼らの正面に立つこの男の言葉こそが、自分たちの行動を示すただ一つの道しるべであった。

たとえそれが、奈落の崖に通ずる道であったとしても――



 兵隊は隊列を組む。

隊を組む事こそが兵の本質であるかのように。

兵隊は前に進む。

民が為(さきがけ)となる事こそが兵の本懐であるかのように。

兵隊は歯を食いしばる。

己が心にいかような恐怖があろうと、誰かの為であれば戦えると、そう自信を奮い立たせるために。


 かくして、寄せ集めの50名は、声援すら届かぬ冷たい街を抜け、森へとたどり着くのだ。

そこで先導していた衛兵隊長ピトリーが振り返り、再び兵らを整列させる。


「見たまえ! あの『塔』が女悪魔の住処だ!」


 レイピアを手に指し示すのは森の木々の間。

そこに見えるのは、石造りの塔であった。

女悪魔の住処、と聞こえ、兵らはそちらに目を奪われながらも、徐々にざわめきが増してゆく。


「諸君らにも思うところはあるのだろうが、しっかりしたまえ! 我らは民の不安を払拭せんが為ここにいるのだ! さあ、覚悟をしたまえ! このままあの塔まで前進だ! そして女悪魔を、今度こそ討ち取るのだ! 声をあげろ!」

「お、おぉーっ!」

「小さい! もっと大きな声をあげるのだ! 女悪魔が恐怖で身震いするような戦叫(クライ)を聞かせてやれ!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 ピトリーに煽られ、一人、また一人とやけくそじみた絶叫をあげはじめる。

人数が揃っている為にそれは次第に声の波となり、大きな一つのうねりのようにも見えたが。

叫ぶ兵らの表情は、その多くが恐怖に怯え、絶望の底にあるが如く蒼白であった。


(……なんだこの流れは。敵前間もなくというところだろうに、何の作戦もなしに突入させる気か……?)


 オルレアン村の兵隊さんは、そんな中であっても冷静さを失わず、状況の異常を敏感に感じ取っていた。

決して全員が怯えている訳ではないが、それでも多くの兵は士気を失い、何か一つきっかけでもあればいつ恐慌状態に陥り瓦解してもおかしくないほどだというのに。

街からここに至るまで、何一つ作戦らしきものはなかったのだ。

ただ歩け。ただ塔に向かえと言うばかり。

果たして塔に入ってどうだというのか。

瀕死の女悪魔が塔の入り口で転がっているのならばまだ解るが、そんなはずはあるまい、と。

兵隊さんは、「何かあるのではないか」と、訝しみ始めていた。



 石造りの塔は、街からそう遠くない場所からあった。

周囲の森が無ければ街からでも見えたであろう程度には高かったが、背の高い木々に覆われる森の中では目立つことなく。

元々は国と国との戦の際に拠点として建設されたものであるが、今となっては寂れ、外観だけならば廃墟と言って差し支えないほどに、それは植物に浸食されつつあった。


 そうして、その入り口、錆びない鉄でできた巨大な扉は、開いたままになっていた。



「さあ、到着だ! 我々が撤退した時のままのようだな。あれからさほど日にちも経っていない。女悪魔はまだ死にかけたままのはずだ! 突入せよ! そして、首級(しるし)を挙げるのだ!!」

「い、いくぞぉぉぉぉっ」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「はぁぁぁぁっ!!」

「ひぃぃっ、うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 それぞれ思い思いの武器を手に、絶叫じみた声のままに、先頭の一団が塔へと駆けてゆく。

すぐに次の集団が、その次の集団が、と中に入っていき、そうして最後の集団、兵隊さんの番になっていた。


「……どうした? なぜ入らない?」


 そこで、兵隊さんは足を止めてしまっていた。

衛兵隊長に訝しがられながらも、彼はその顔を見つめながら、口を開くのだ。


「衛兵隊長殿。何の作戦もなしに突入せよとのご命令ですが、街の衛兵隊を壊滅させるほどの女悪魔を相手に、何の作戦も立てずで恐ろしくはないのですか?」

「何を言う。怖気づいたか? 敵は既に瀕死の重傷! とどめを刺せばそれで終わりだ!」

「そうであるなら、衛兵隊長殿がご自身でとどめを刺せばよかったものを。なぜ一旦退いたのですか?」

「……貴様、何が言いたい?」


 冷めた目で見つめながらの言葉に、衛兵隊長殿は、それまで見せたことの無いドロリとした視線を向ける。

彼と一緒に肩や唇を震わせながらも突入しようとした兵らも、それを聞き、ピトリーを見たが、そのいずれもが絶句し、何も言えぬほどに。


「いえ。もし万一女悪魔が致命傷でなかったなら。その時は仕留められるほどの瀕死だったとしても、今は違っていたなら、と、うっすら思ったまでです。臆病風を吹かせた訳ではありませんが」

「仮にそうだったとして、だからと今退いて何になる? 女悪魔は更に時間を得て手傷を癒やし、貴様の護ろうとしていた村や町にまで攻め入るかも知れぬ。若い母親を襲い、子を奪って男を殺す。そんな悪魔を放置して何となる?」

「……」

「つまらぬ事を詮索している暇があるならば、さっさと中に入って女悪魔を殺す方が確実だと思わんかね?」


 どうなのだ、と、ギラついた視線で見つめられ、兵隊さんは何か、心の中がざわめくものを感じていたのだが。


「確かに、女悪魔を仕留める事が出来るなら、その方がいいに決まっています」

「ならば行け。貴様が英雄になればいいではないか。『ダンテリオン』を捕縛したオルレアン村の衛兵よ」

「……はっ!」


 嫌な予感こそすれど、これ以上何かを言い続けるのにも限界を感じ。

兵隊さんは、敬礼しつつも足を止めていた他の者に先んじて、塔へと歩き出した。


「さあ、お前達も早く入るのだ! 手柄を他の者に奪われるぞ!!」


 後に続く者達も煽りたてられ、駆け足でそれに続く。




「……ククク。そうだ、それでいい」


 そうしてそうして、全ての兵士が塔に入った後。


「えっ……?」


 最後列の女性兵士が振り向いた時。

衛兵隊長は後には続かず、塔の前で彼らを見て笑っていたのだ。「せいぜい頑張りたまえ」と。

まるで手向けのように、いやらしい下卑(げび)たにやつきを見せながら。


「ちょっ……貴方っ!?」


 そうして、女性兵士が手を伸ばそうとした瞬間。

それまで開いていた鉄の扉が勢いよく閉まり、兵達は、悪魔の棲む塔へと閉じ込められてしまった。


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