#11.討伐部隊の帰還
病院と教会。
とりあえず二か所を回ったカオルは、それぞれがあまり満足の行く情報ではなかったものの、サララとの合流地点である中央広場へと向かった。
中央への道すがら、やはり道行く様々な場所で泣いている若い女性や鬱屈な顔をした男達の姿が見えたが、カオルにはどうする事も出来ず。
ただ自分の無力にため息をつきながら、「それでも今は調べるしかない」と思い直し、前を向くのだ。
「カオル様。有力な情報、獲得出来ましたか?」
広場へと到着してほどなく、サララも難しい顔をしながら到着した。
広場は街の入り口に程ない場所にあり、人が休めるようにベンチなども置かれていたので、二人はそこで腰掛け、休みながらに互いの収穫を話すことになったのだ。
「俺の方はあんまりだな。女悪魔が茶髪で蝙蝠の羽を持ってて、すごい速さで空を飛べる事、力が強いのか、衛兵の人が一撃で吹っ飛ばされるくらいに強いって事が第一か」
「つまり、昨日聞いたお話の確認が取れたって事ですね?」
「そういうこったな。二つ目は、衛兵隊があんまりまともな状態じゃない事。これも昨日聞いた話の確認みたいなもんだけどさ、やっぱ衛兵隊長が街に戻ってきてから、大分おかしくなってるらしい。どっちも負傷兵の人が話してくれたことなんだけどな」
「街の異変はともかく、衛兵隊長の影響で衛兵隊が完全に力を発揮する事が難しくなっている、という事ですか……私の方でも、『衛兵隊長が無能過ぎて酷い』とか、『どれだけ懇願しても隊を動かそうともしない』とか、女悪魔の直接の被害者になってない人からはそんな話ばかりが出てきてました」
「街の人の不満は相当って事か……まあ、これも解ってた事だよな」
「そうですね……目新しい情報は今のところ何も、ってところでしょうか」
二人して、ため息をつく。
半日駆け回ってもはっきりとした情報には当たれなかった。
正体不明の女悪魔の謎さが増し、同時に衛兵隊の混乱がよりはっきりと伝わるのみ。
これでは解決の糸口にするには不明瞭過ぎた。
「そういえばカオル様、教会の方は何か情報は得られなかったのですか?」
「教会なあ……なんか、ツンデレ気味な聖女様が居たぜ」
「つ、ツンデレ……?」
言葉の意味が今一掴めないのか、「うーん?」とぎこちなく首をかしげるサララ。
「普段愛想悪いけど実はいい奴で助けてくれたりする奴の事だ」
「ああ、『プンフニャ』の別の言い回しですか……カオル様の住んでるところではそういう言い方するんですねえ」
「ぷ、プンフニャ……?」
カオルとしてはそっちの方が初耳だった。
今度はカオルがサララと同じような顔になるので、サララは「ふふっ」と愛らしく笑って見せた。
「つまり、聖女様は何か変わった事を教えてくれたんですか?」
「変わった事っていうか……『とりとめのない鬱話』とか言って、可哀想な女の人の話を聞かせてくれたんだよ」
「どんなお話です?」
聞かせて聞かせて、と、顔ごと寄ってきて耳を差し出す。
まるで内緒話でもするかのように、カオルはその耳に、ぼそぼそと話の内容を伝えてゆく。
通りすがりは多かったが、確かにそういった人たちに聞こえていいような楽しげな話でもなく。
実際、短い話ではあったがサララは耳をシュン、と後ろに倒してしまい、複雑そうな表情になっていた。
「……ううん。本当に謎い鬱話ですねえ。母親になりたかったけど、結局なれなかった女性のお話……」
「な。女悪魔の被害に遭った女の人の話なら、子供を産んでからの話になるだろうし……じゃあ、この話は誰を指してるのってな」
「わざわざ聞かせる辺り、何か関係ありそうですけど……今の段階では何のヒントになってるのかすら解りませんね」
ぐぬぬ、と何か耐えがたきを耐えるような顔をしつつも、顔を離して感想を述べるサララ。
カオルも、そんなサララを横目で見やりながら、頭の後ろで腕を組んで背もたれにふんぞり返る。
「そういえばさ、サララ。女悪魔って聞いて、俺思ったんだけど」
「はい?」
「お前に呪いをかけた悪魔って、そいつだったりしないのか? よく解んないけど、もしそうなら何か情報知ってるんじゃないかって思ったんだが」
「うーん……それは違うと思いますが」
サララを猫にしたという悪魔。
それが今回の悪魔の正体なのでは、なんてツゴウノイイ話を思いついたが、あっさりとサララに否定されてしまう。
「やっぱ違うか」
「ええ。私を猫にした悪魔は男でしたからね。今回の悪魔が女悪魔だと言うなら、まず間違いなく別の悪魔だと思います」
「そっか。まあ、猫にしてくるような奴相手になんてどうしようもないし、違ってくれた方がありがたいっちゃありがたいが……」
「……そうですね。対峙しないなら、それに越したことはないと思います」
苦笑いながらのカオルの言葉に、サララは一瞬だけ遠くを見るように視線を逸らし。
そうしてまた、いつもの愛らしい顔で、合わせるように微笑んで見せる。
それから「丁度いい時間なのでご飯にしましょ」と、サララが持参した包みを広げ、旅籠で作ってもらったサンドウィッチを二人して食べる。
昼食の最中も二人は街で起きている事、歩いていて感じたことなどを話し合っていた。
旅籠のサンドウィッチはバリエーション豊かで、若い二人にとっても楽しめる代物ではあったが、話の内容的にも、街の雰囲気的にもあまり楽しい雰囲気にはできず、話している時以外は黙々と口に運び、飲み下す。
冬ながら、まだ暖かに感じられる陽射しを受け、こうした広場で二人で食べるお弁当は美味しいはずだというのに。
どこかもったいないな、と感じながら、カオルは話をつづけた。
「それにしてもさ、ほんと若い女の人ばっかだよな、被害者。子供も、ちっちゃい子が多いんじゃないか?」
「そうですね。昨日カオル様が言ってた事もあって、意識してさらわれた子供の年齢も気にしていましたけど……やっぱり、五歳くらいまでの幼い子供ばかりが狙われているみたいです。中には生まれてそう日が経たない子供まで……」
「……前から思ってたけど、みんな随分若い内から子供作るよなあ。村みたいに、労働力が必要とかならまだ解るんだけどさ……」
「んう? そうですか?」
「だって、見た目18とか、行ってても20そこそこって感じだぜ? 早すぎねぇ?」
カオル的には、まだ制服を着て歩いていてもおかしくないくらいの女の人が子供をさらわれて泣いているという光景に、酷い違和感を覚えていた。
村でサララと大差ないくらいの子が結婚を視野に入れている辺りで既にカルチャーショックが大きかったが、特別な事情もないであろう街でもこれというのが、カオルにとって不思議でならなかったのだ。
確かに、カオルのいた世界でもそれくらいで子供を作る人はいたが、それは『やんちゃをしている』と言われるような人達で、あまり現実味を感じない世界に生きる人達のように、カオルには思えていたのだが。
それが当たり前になっている世界は、やはりこれも現実味を感じない、不思議な世界に映ったのだ。
「なに言ってるんですかカオル様。それくらいの人なら子供が二人以上いても不思議じゃないですよ。この国のお姫様なんて、12か13かで既に縁談がきてるって噂されてるくらいなんですから」
「この世界にはロリコンしかいねぇのか……俺の住んでた所だと25とかそれくらいで一人目みたいな感じだったぞ」
そして、ここにきてサララとカオルとの認識がズレてしまっていた。
片やこの世界の住民。片や異世界で暮らし女神様によってこの世界に来た者とあっては無理もないのだが、やはりというか、カオルにしてみれば「やっぱ異世界だ」と思わざるを得ない感覚であった。
「まあ、ロリコンもいるにはいるでしょうけど……それにしても25って……随分遅いんですね。なんですか? カオル様のところって、すごい年増にならないと女性とは認められないとか、そういう風習でもあるんです……?」
「いや、そんな風習は……」
ない、と言いたいところではあったが。
よくよく考えれば、大人がサララくらいの歳の子に手を出すのは鬼畜の所業だと言われる風潮は確かにあったなあと、カオルはなんとなく思い出していた。
そう、この世界で言う『手を出されても不思議じゃない年齢の女性』に手を出すと、もれなくロリコン扱いされるのがカオルにとっての現実だったのだ。
そも、成人する年齢そのものが違うのだから無理もないのだが。
「ていうかだな、俺のいたところは皆長寿で、ある程度まで若さ保てるからそれでよかったんだよ」
「そうなんですか……はあ、どうりで。40年50年生きたら死んじゃうのが当たり前なのに、なんでそんな遅いのかなあって思っちゃいました」
「死ぬのも早いんだよなこの世界……」
「ふぇ?」
「いや、なんでもない」
適当に口から出まかせで吹いた言葉ではあったが、サララの何気ない一言に「この世界の人死ぬの早すぎだろ」と、ちょっとした悲哀の様なものを感じてしまった。
それ自体はオルレアン村に居た頃からそれとなく知ってはいたものの。
やはりというか、作れるのが早い分、死ぬのも早いのだ。
今カオルが知っている人達も、自分が知っているスパンよりもはるかに短くそれが訪れるのではないかと思うと、カオルは少しアンニュイな気分になってしまった。
「さてと……ご飯も食べ終わりましたし、そろそろ――」
「ああ、そうだな……サララ?」
多めに用意されていたサンドウィッチも、二人ではぺろりと食べきれてしまい。
二人して「ごちそうさまでした」と感謝の言葉を述べ、カオルが包みになっていたハンカチーフを畳んでいたところで……ぴく、と、猫耳が動き、サララの動きが止まった。
「あ……カオル様、ちょっと街の入り口の方」
「入り口……? おっ」
何事か、と、言われて指さされた方角を見たカオルの前には、人だかり。
さっきまで全く気付かなかったことながら、街の人たちが入口へと集まってきていたのだ。
「一体何が……」
「えっと……カオル様、衛兵隊が戻ってきたみたいです」
「戻って……もうか? 結構早かったんだな」
「ええ……でも、これは……」
猫耳を傾け、周囲の話を伺っていたサララは、眉を下げながらカオルの顔をじ、と見つめる。
「とにかく、行ってみましょう」
「そうだな。何かわかるかも知れないし、もしかしたら事件が解決した可能性だってあるし」
サララの表情から、何か善くない物を連想したカオルではあったが。
それでも、「もしかしたら」があるかもしれないのだから、と、息をのみながら、入り口へと向かった。