#10.ツンデレ聖女と鬱話
「うーん……女悪魔の容姿とかはなんとなく掴めた感じだけど、どうやって戦うのかは微妙に参考にならなかったな……」
病院から出たカオルは、次に向かう教会への道すがら、一人ごちる。
頬をぽりぽりと掻きながら、「どうしたもんかな」と考えを巡らせていたのだ。
現状、最低限必要な容姿と「とにかく素早い」という注意点は確認できたが、その辺りの情報は既に旅籠の女将やコルルカ老との話で既におおざっぱながら認識していた事なので、話としてはあくまで確認ができたに過ぎなかった。
もうちょっと突っ込んだ、「あの女悪魔はこういう魔法を使ってきた」とか「こういう武器を使って攻撃してきた」とかの情報を期待していたカオルにとって、「ただひたすら高速で動いてきて気が付いたらやられていた」なんて情報では、肩透かしという他ない。
(どっちかっていうと……衛兵隊そのものの異常の方が話としては気になったかなあ)
それ以外は雑談と言っても差し支えないものではあったが、『衛兵隊の変異』に関わる情報はカオルにとっても気になる所ではあった。
特に、負傷兵の話す「衛兵隊長の話」は中々に興味深く、同時に、それを話す負傷兵の悔しそうな顔が沈痛にも感じられていた。
『隊長は、昔はあんなんじゃなかったはずなんだが……少し前に王宮から戻ってからは、急にいろいろな理由をつけて我々の動きを制限し始めたんだ……あれじゃ、組織的な防衛策を執る事すらできやしねぇ』
『衛兵隊長が、あんた達が動けないようにしてるのか?』
『どういう意図があるのかは末端の俺には解らんよ。だが、市民の不安を煽るからと部隊単位で行動する事すら許されていなかったからな。隊伍を組んで警戒に徹していれば、助けられた子供もいくらかはいたはずだ……』
『……悔しいな、それ』
『本当さ。大切な人達を護りたくて衛兵になった奴だっているだろうに、こんな無力感を味わわされたんじゃな……』
衛兵隊の中でも混乱が存在する事を、負傷兵は切々と語って聞かせてくれていた。
おかげでカオルも「一枚岩じゃないんだな」と、次第に衛兵隊の、組織としての危うさを感じ取る事が出来るようになったのだ。
その危機感の原因の一端が、衛兵隊長にあるらしいことも。
そうこう考えている間に、次の目的地である聖堂教会へと到着する。
いかにも街の教会、といった外観のその建物は、カオル的には安堵を覚えるような見覚えのあるシルエットで、どこか気持ちが安らいだ。
(教会って……こういう世界だとすごく似合ってるよなあ)
カオルの住んでいた世界、少なくともカオルの住んでいた地域にとって、教会とはややその場の雰囲気にそぐわない、ミスマッチな存在であった。
神なんてさほど信じてもいなかったその地域の人々にとって、神の家とはなんとも不思議な存在で、そしてあまり関わりたくない奇異な存在でもあった。
たまにそこから出てくる老齢の神父も、見れば優しげで人が好さそうなのが解るが、話したことなど一度もない、そんな存在であり、幼少の頃のカオルにとっては、教会の存在そのものから神父から、どこか恐ろしい存在のように思えていたのだ。
それが、この世界ではあって当たり前のものとなっていた。
信仰心は多くの人の心の中にあり、多くの人が定期的に教会に赴き、お祈りをする。
オルレアン村にも教会はあったし、カオルもなんだかんだ、兵隊さんや他の村の人に教えられて一緒にお祈りをしたものだった。
そこにカオルの恐れたような「変な宗教」的な感覚はなく。
どちらかというと、日常そのものの一つであるような、そんな自然さがあったのだ。
だから、カオルもさほど気にせず、当たり前のものとして受け入れていた。
そういうものが、この街にもやはりあったのだ。
日常の象徴。見ただけで心がほっとするような、そんな十字架が。
「――どなたでしょうか? この辺りでは見ないお顔ですが」
教会に入ったカオルの前には、修道服に身を包んだ、まだ年若い聖女の姿が見られた。
どこか清廉さを感じさせる銀髪、目つきの鋭さは聖者というよりは教師か何かのようで、カオルは一見して苦手意識を感じてしまう。
「えっと、その……初めまして。俺はカオルって言うんだけど。街で騒ぎになってる女悪魔について話を――」
「お引き取りください」
話し終えるまでもなくぴしゃりと一言。
じ、とカオルの目を見てから、つまらない物でも見たかのように溜息し、背を向けてしまった。
「いや、待ってくれよ! 話くらい最後まで――」
「貴方のように正義感で行動してここに来た方は15人目です。14人、何の配慮もなく様々な場所に押しかけ、私に対しても質問攻めを浴びせてまいりました。何様ですか? ここは神の家ですよ?」
背を向けたまま、冷涼なる言葉を聞かせ、すたすたと奥の女神像へと歩いていってしまう。
取り付く島もなかった。
「俺はっ、ちゃんと商人ギルドから委任状をもらってるんだ。ほら、これ、読んでくれっ」
「見る必要はありません。女悪魔に関して教えて差し上げるような情報も持っておりません。お引き取りください」
「いやでもっ」
カオルもただ引き下がる訳にもいかず、その冷淡な態度に驚かされながらも追いすがり、懐から委任状を取り出して見せようとするのだが、聖女はやはりというか、振り向いてすらくれなかった。
そうして、カオルの存在などなかったかのように像に向けて跪き、お祈りを始めてしまう。
「――彼女は、とても哀れな娘でした」
「えっ?」
祈りながらも、何事か呟いているのが聞こえ、カオルが問い返す。
しかし、聖女は気にした様子もなく、しばし黙り込む。
そのまま沈黙が続き、カオルが「気のせいだったのか?」と思ったあたりで再び口を開いた。
「彼女はただ、一人の母親になりたかっただけなのです。愛する人の、子を産みたかっただけ。育てたかっただけ」
「彼女って、誰の――」
「……」
「なあ、それって何の話なんだ? 女悪魔の話に何か関係が――」
「……何の話かですって? 別に、ただのとりとめのない鬱話ですよ」
聖女の言葉の真意が解らず、カオルは首を傾げながら問うも。
彼女は揺らぎすらせず、そんな返答をし、そのまままた、黙りこくってしまった。
今度は全くカオルへと意識を向けず、先ほどよりも俯きながらの祈りの姿勢。
宗教に関してよく解らないカオルをして「これ以上は教えてくれなさそうだ」と感じさせる、そんな強固な拒絶の姿勢であった。
(なんか……すげぇ拒絶されたような感じだな)
聖堂からの帰り道。
カオルは、一連の聖女とのやり取りを思い出しながら「とほほ」と肩を落としていた。
色んな人間がいる。それはカオルのいた世界でもこちらでも大差ないはずだというのに。
どこか、その冷たい態度にがっくりと来てしまったのだ。
(でも、それだけ俺と同じようなことをして、人を呆れさせちまってた人が多かったんだよな。気を付けねぇと)
もしこれが、自分が最初の一人だったなら。
その時なら、まだあの聖女は好意的に接してくれただろうか、と考えると、それまでの14人は猛省してほしいとすら、カオルには思えていた。
多分、必死だった人もいただろうし、本気で正義感からそういった行動に移った人も少なくなかったのだろうが。
それにしたって、無関係な人を巻き添えにしてはいけないのだ。
もう少し人の迷惑を考えるべきだと、改めてカオルは思った。
それと同時に、聖女の最後の言葉も気になってはいた。
(なんか、伝えようとしてくれたのかな。とりとめのない鬱話だって言ってたけど、何か意味があったり……)
その真意もカオルには解らないままであったが、どこかそんな態度が、彼女の優しさだったようにも感じてしまい。
表面的にはツンツンと拒絶しながらも、なんだかんだヒントになりそうなことを教えてくれていたようにも思えてしまい。
(……あれがツンデレって奴なのかな? そう思うとちょっと可愛いかもしれん)
苦手に思えた聖女様も、こうして考えると可愛いツンデレ聖女のように思えてしまう罪深い男・カオルであった。