#8.依頼:女悪魔にさらわれた子供を助ける方法を見つける
「うーん……誘拐された子供を助けるって言っても、そもそもその女悪魔の情報が全然ないんだよなあ」
「まずは、地道に情報蒐集するところから始めないといけませんね……」
あの後、食堂で女将と、それを慰めようとする男達の話を聞いた二人は、「現状から何か助けになれる事はないか」と女将に協力を申し出たのだが。
やはりというか、彼女が求めたのは誘拐されたのだという愛娘『アンヌ』の救出で、同じように誘拐された街の子供たちの事も含めて、どうにか助けられないかと依頼されたのだ。
女将達から見れば、二人はコルルカの知り合いとは言っても街とは無関係の余所者。
それも初対面の相手であったはずだが、そんな相手でも頼らずにはいられぬほどには女将は精神的に摩耗してしまっており、追いつめられていたのが二人にもよく伝わった為、二つ返事で受け入れることにしたのだ。
直接助ける事はできるか解らないが、重い腰を中々上げようとしない衛兵隊の代わりに、何がしか役に立てれば、と。
衛兵隊本部であんな事が無ければ素直に衛兵隊に頼るべきだと思えたのかもしれないが、今の二人も衛兵隊にはどうにも信用ならない胡散臭さを覚えてしまっていて、そちらに頼るのはなんとなしに不安を感じていたのだ。
因みに、女将に詰め寄られていたちょび髭の中年男が、件の衛兵隊長だったらしく。
街がそんな事態になっているというのに昼間から酒など飲もうとしていた事が、娘の誘拐で平静を保てなくなっていた女将にとっては許しがたい背任行為のように感じ、詰め寄らずにはいられなかったのだという話で、これもカオルらに深いため息をつかせる一件となっていた。
とりあえず、宿に関しては無事部屋を借りる事が出来たので、一旦そこで作戦を練る事にした。
大き目の旅籠だけあって部屋は二人が暮らしていた家とそう大差ないほど広く、ベッドもきちんと二つ用意されていた。
それ以外にもインテリアとして一人用の机、それからティー・テーブルに椅子が三つ、とあつらえられている。
聞けば、一階部分の食堂の奥には大き目の浴場も用意されているらしく、綺麗好きなサララは目を輝かせていたものだが。
これらの施設を格安で使用できるというのも依頼の前金代わりになっているので、ある程度依頼に関してはアクティヴに活動する必要があった。
無論、街で起きている状況は二人としても看過したくない、役に立てる事ならば何でもやりたいと思える程度には悲惨な有様だったので、せっつかれずとも動く気満々であったが。
「まず、街の人の話を聞いてみることが大切だと思うんですよね。その女悪魔の特徴もですけど、どんな時に子供が誘拐されたのか、とか」
「何度かは衛兵の人と戦ってたって話もあるし、そういうのを見た人の話を聞ければ、大分女悪魔についての情報が解るよな。その、強さとかさ」
「そうですね。そんなに強いのなら戦いにならないに越したことはないですけど、いざ戦うとなったら、どんな風に攻撃してくるのかくらいは知っておきたいですもんね」
主に戦うのはカオル様でしょうけど、と付け加えながら、指を口元に、サララはベッドに膝をつき、奥の窓から見える街並みを眺める。
カオルも「まあ解ってたけどさ」と、自然な押し付けに苦笑しながらも、その背中を見つめる。
柔らかそうなベッドで、自分に向けてお尻を向けるサララは、どこか扇情的にも映り。
カオルは大層胸をドキドキとさせたものだが、なんとかそれを押さえるべく「こほん」とわざとらしく咳をついた。
「それにしてもさ、街で泣いてた人達もそうだけど、被害者の母親って、妙に若い人が多かったよなあ」
「そういえばそうですね……何か共通点があるんでしょうか?」
「その辺は話を聞いてみなきゃいけないけど、もしかしたらその辺り探っていったら、何か解る事もあったりしてな」
「カオル様、そういう風に気づけるのはとっても大切だと思いますよ? 何も解らない時は、とにかく手掛かりになりそうな思い付きが重要になったりしますし」
昔読んでた推理小説がそんな感じでした、と、カオルの方を向きながらにぱーっと可愛らしく笑みを見せるサララ。
実際に解決するのは自分達だが、サララにしてみれば小説の中の出来事とそう大差ないという事だろうか。
そう考えるとカオルも幾分重圧が軽減されたというか、村で受けていた頼み事と同じ感覚でできそうだと、前向きに考えていけそうな気がしていた。
とにかく、こういう時にサララが背中を押してくれるのは、カオルにとってとてもありがたかったのだ。
「それじゃ、とりあえずは女悪魔がどんな風に戦うのかと、被害に遭ってさらわれた子供とその母親について? そんな感じで調べるようにしようぜ」
「解りました。でも、カオル様、カルナスの街は大丈夫そうですか? 街の地図は宿の方で用意してくれるってお話でしたけど……」
「まあ、その辺はなんとか――」
正直なところ、カオルも不安がない訳ではなかった。
今まで暮らしていた村くらいなら、元の世界で自分が暮らしていた生活範囲とそこまで差はなかったので、違和感はなかったが。
このカルナスという街はカオル視点でもとても大きな街で、一人で歩くには未知も多く、若干ながら怖く感じてしまっていた部分もあった。
何より、周りに頼れる人が少ないというのが辛い。
兵隊さんのような何があっても味方になってくれそうな人がすぐそばにいるという事が、どれほど恵まれていたのか、今のカオルにはよくよく身に染みていた。
今はサララがそんな立ち位置だが、明日からは分かれて行動する事になるのだから、その不安も無視はできないものとなりつつあった。
『失礼するよ』
トントントン、とドアを叩く音。
少しして、開かれたドアの先には、二人の見知った顔があった。
先程一旦別れた老商・コルルカである。
「コルルカさん。来てたんだな」
「うむ。宿の者から話を聞いてな。女将から依頼を受けたそうではないか」
「なんか、泣いてるの見たらほっとけなくってさ。俺達にも何かできる事があるんじゃないかって思って」
「ははは、そうか。若いのに立派な考えだ。そういう気の入った考えができる若者は、ワシは好きじゃよ?」
「ありがとうな」
「ありがとうございます」
入り口で話すのもなんだから、と、部屋の中に通し、三人でティー・テーブルの椅子に腰かける。
丁度三人分のオシャレな椅子は、カオルにはやや小さかったが、サララが座るとその華奢な身体つきもあって、とても優雅に見えていた。
そうして三人、一息つき。まずはコルルカが口を開いた。
「ワシも街の中を一通り見てきてのう。いや、思った以上に酷い有様じゃった」
「やっぱ、女悪魔の被害ってのが街中に広がってるんだな。俺達も、子供をさらわれたっぽい女の人達を見たぜ。皆泣いてた」
「ここの女将さんも、愛娘を誘拐されたそうですしね……見ていられませんでした」
「うむ、そうなのじゃ……我が子を奪われた母親の悲痛たるや……それにしても、その女悪魔、一体何を考えて幼子ばかりをさらっていったんかのう……?」
謎ばかりが残るわい、と、コルルカが白い髭を弄りながら首をかしげる。
サララも「そうですね」と、考えるようにうっすら、目を閉じる。
「やっぱ悪魔っていうと、生贄とかに使ったりするのかな? その、善くない事をやる為にさ」
「んー、どうでしょうねえ。悪魔を召喚する為に生贄を、っていうお話はよく聞きますけど、悪魔が何かをするために生贄っていうのはあんまり聞かない気がします」
「そういうのは黒魔術とか、そっち系の話なんじゃないかのう? 何にしても、魔法やら悪魔召喚やらは商人には専門外じゃのう」
「そ、そうか……」
誘拐の目的だけでも思い当れれば、と話題に出したカオルではあったが、やはりそう簡単に突き止められるものでもなく。
結果として素人が三人、考え込むように沈黙が続いていた。
そんな静かな世界の中、最初に口を開いたのは、サララ。
「そういえば、さっき衛兵隊長さんが女将さんに『今夜ですよ』って言ってましたけど……」
「ああ、ようやっと今夜になって討伐隊を動かすつもりになったらしいのう。だが、本当に大丈夫なんだか……」
「色々言われてはいるけど、でも、それで女悪魔が討伐されたら、一応は問題は解決されるんだよな。子供が無事かは解らないけどさ」
「そうなんですよね。でも、なんとなく上手くいかなさそうな気がします……それにあのちょび髭の人、なにか……」
「なにか?」
「ん……いいえ。ちょっと顔を見た時に『なんかやだなあ』って思ってしまって。顔の好みとかそういうのじゃなく、本当になんとなくそう思っただけなんですけど」
「へぇ……直感とか、そんな感じで?」
「そんなものかもしれませんね」
具体的にそれがどんなものなのかを説明できないのが歯がゆいのか、サララも難儀し眉を下げるが、サララの直感というのがなんとなしにカオルにも「確かに何かありそうだ」と、疑心のきっかけを生み出していた。
「最近の衛兵隊の動きを考えると、サララちゃんの抱いた感覚もあながち思い過ごしとは思えん。ただ待つよりは、何がしかこちらはこちらで動いておいた方がいいじゃろうなあ」
「やっぱそうなるよな。俺達は俺達の出来る事をやる。まずは、それでいいと思うぜ」
「そうですね」
今夜のところは、とりあえずは方針を決める為の話し合いで十分だと思っていたのだ。
これに関してはコルルカ老も同意のようで、実際どう動くかは、明日以降の流れを見てその都度軌道修正しながらのものになるものと思われた。
ただ、話の中で「悪魔って教会の人とかと敵対してそう」というカオルの意見から、意見を聞く候補地として、街の教会が加えられたりした。
こうして、翌日の活動の為の指針が決まり、ひとまずは解散となった。