#6.褒賞金受け渡し問題
女悪魔騒ぎが気になりつつも、ひとまずはこの街に来た目的を果たすために、と、衛兵隊本部へと向かったカオル達であったが。
街の様子は、二人が思った以上に暗い雰囲気に包まれていた。
「……これは、ちょっと酷いな」
「ええ。できれば、あんまり足は止めたくないですね……」
そこかしこで泣いているのは、我が子を女悪魔に連れ去られたと思しき若い母親たち。
母親と言ってもカオルから見れば『お姉さん』くらいの女性がほとんどで、カオルとそう大差ないくらいの『女の子』と言って差し支えない母親もそう珍しくはなかった。
とにかく悲嘆に暮れている女性が多く、通り過ぎる人々も気の毒に思ってか、あまり視線を向けず、下ばかり向いている。
通りすがりの中には、まだ未婚なのか美しく着飾っている街娘もいたが、こんな時では笑顔になれるはずもなく。
鈍色に染まった街の雰囲気は、ただただ暗く人々の心に不安ばかりを振り撒いていたのだ。
「確かに、こんな状態じゃ祭りどころじゃないな……」
「街に活気がないですもんね……」
とても、祭り直前の街の雰囲気には見えない。
今のまま放っておくのは辛いな、と、カオルもサララも、ひとまずは辛い光景を目に焼き付けるだけ焼き付け、本部へと急いだ。
衛兵隊本部は、カルナスの中央、赤レンガで組み上げられた建物の中にあった。
元々カルナスは、エルセリアの交通面での要衝として、王城を護る騎士団の別動隊が多く駐留していた街であった。
この騎士団は、今の時代では『城兵隊』と呼ばれ城内およびその近郊を護っているのだが、これとは別にカルナスに駐留していた別動隊は、『衛兵隊』として、国内各地の治安維持に努めるよう、役目を与えられていた。
そのような経緯もあり、カルナスは交通の要衝として多く商人の集まる活発な街であると同時に、多くの衛兵が集う堅牢な城塞都市としての役割も担っており、賊や魔物の襲来などに脅かされる事なく、国内でも特に平和な街であると誉れ高かった。
だが、その誉れも、今は地に墜ちつつあった。
「いやあ良く来てくれたねぇ君たち。私が担当官のアントニオだ。初めまして? カオル君」
「ああ、初めまして」
本部に到着するや、門衛に話を通してもらい、担当の元へ案内されたカオル達は、この眼鏡をかけた中年男と対面していた。
衛兵隊とは言っても全員が兵士のいでたちという訳ではないようで、初見のカオルをしても「事務の人かな」と思えるくらいには、文官めいたいでたちの男である。
そんなアントニオだが、人の好さそうな笑顔で迎えながらも「どうぞ」と、自分の机の前の椅子を示し、腰掛けるように勧める。
椅子は一つしかなかったのでカオルはサララを見たのだが、サララも「お気にせず」とすまし顔で頷いたので、そのままに腰掛けた。
「こちらから送った手紙は持参してくれたかな?」
「ああ、これだろう?」
「うんうん、確かに私が送ったものだ。すまなかったね、ダンテリオンの捕縛、および『ひまわり団』の討伐の褒賞自体はもっと早くに決まっていたはずなのだが、こちらも何かと問題が増えてしまって……」
「直接持ってくるには難しくなったからって書いてあったけど、やっぱり『女悪魔』の事件が問題になってるのかい?」
「おお、既にその話を聞いていたか……いやはや、本当に困った話でね。我々衛兵隊も鋭意努力しているつもりなのだが、なかなかうまくいくことばかりではない。まあ、そこは君たちが気にしなくても大丈夫だよ」
気にしないでくれたまえ、と、箱の置かれた机に肘をつき、手を組みながらにカオルをじ、と見るアントニオ。
カオルも視線を逸らさず、互いに見つめ合う形となる。
わずかな間だったが、アントニオの方がわずかに目線が動いたように感じて、カオルは違和感を覚えた。
「さて、早速だが褒賞を払いたいと思う。ひまわり団の討伐褒賞として、金貨20枚。ダンテリオンの捕縛褒賞として、金貨80枚、合わせて100枚だ」
「ああ、どうも」
「納得したなら、この書類にサインをしてもらえれば受け渡しは完了です。どうぞ」
気にはなったが、褒賞の話になり、カオルは机の上の箱から取り出された金貨の束をとん、と、目の前に示され、一旦そちらに気を取られることになる。
金額に関してはそれが褒賞として多いのか少ないのかは解らず、とりあえず金貨を受け取ろうとしたカオルであったが――
「ちょっと待ってください」
――すまし顔で見ていたサララが、不意に後ろから声をかけ、カオルの手を止めさせた。
カオルからは見えなかったが、尻尾は逆立ち、耳は警戒心のままにアントニオの方へと向いていた。
「……どうかしたのかな? 獣人のお嬢さん?」
「サララと言います。アントニオさん、褒賞金額はそれで本当に合っていますか?」
先ほどまで笑みを絶やさなかったアントニオの表情が、サララの指摘でわずかばかり固まるのに、カオルも気づいた。
「さて、なんの事かな? サララさんは、私の提示した金額が納得できないと?」
「ひまわり団は十数年に渡り国を跨いだ悪事を行った大盗賊団。頭のダンテリオンに至っては各国が追跡隊を編成し、幾度も捕縛しようとしてその度に返り討ちに遭ったほどの難敵です。それがたったの金貨100枚とは、あまりにも安過ぎはしませんか?」
「それは……申し訳ないが、我々衛兵隊にも予算というものがありますからね。お支払いできる褒賞金も、その都度本部の予算から捻出している訳で……」
「それもおかしな話ですね? 本来褒賞金という制度は本国のあらゆる予算から独立した、王家からのご褒美の側面が強いもののはずです。貴方がたの活動予算から褒賞が支払われるなんて制度、そもそもこの国には存在しないですよね?」
「いや、それは……」
サララのぴしゃりとした指摘には、アントニオも反論の為の言葉を探そうと、目をうろうろさせてしまう。
カオルもそれまで気になっていたところが今のサララの疑問に繋がったのだと気づき、じ、とアントニオを見た。
「なにより、ダンテリオンは5年前の時点で討伐・捕縛褒賞として金貨500枚が設定されていたはずです。国中に張られていた王室よりの手配書は、今も各地に残っているはずですよ。被害は年ごとに増えているのだから、今の褒賞額がこれより下回る事はあり得ませんよね?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいサララさん! そんな、矢継ぎ早に言われてもね……」
「アントニオさん、あんた……俺達をだまそうとしたのかい?」
ただならぬ雰囲気にしばし黙っていたカオルではあったが。
どうにもはっきりとしないアントニオの態度に、次第に怒りがこみ上げ、立ち上がる。
「いや、違……だ、騙そうとしたのではなくて……本当に! 本当にお金はないんですよ! 本部にはもう、そんなにたくさんのお金は……ほ、ほら、金庫の中身もこの通りでして!」
「……空じゃねぇか」
「そうなんですよ! これも全部女悪魔の所為なんです! あの悪魔の所為で我が衛兵隊の権威は地に落ちてしまって、街の有力者からいただけた寄付も打ち切られてしまいまして……今回の褒賞だって、王室からの褒賞という意味ではなく、あくまで我々衛兵隊の、独自の、今回のみの特別な褒賞という意味で用意したものですから!」
「サララの言っていた褒賞制度とは別の褒賞って事かい?」
「そうですよ! 我々は厳しい財政の中、それでも国の為働いてくれた君たちに報いるために、少しでも救いになってほしいと、そう思って今回呼んだ訳で……」
「……」
焦ったように手をワタワタとさせて言い訳するアントニオ。
二人から見ると疑わしい部分もあったが、衛兵隊本隊からの独自の褒賞なのだと言われればこれを疑っても確かめる術もなく。
互いに顔を見合わせ、息をついた。
「そういう事でしたら、疑ってしまったこちらの非ですね。余計なことを言って申し訳ありませんでした」
「い、いえいえ! 解ってもらえたらいいんですよ。それでは、サインを……」
「ああ、解った」
出された金貨をきちんと数え、金袋に詰めてからサインする。
その辺りも目を丸くして見られていた気がしたが、カオルは気にせず、書類をアントニオに渡した。
「これでいいのか?」
「ええ。それでは、褒賞の授受は以上です。お疲れさまでした」
「さようなら」
「失礼しますね」
ようやく安堵の表情に戻ったアントニオが、つくり笑顔と解るような無理のある笑みを見せながら、小さく手を振る。
最後まで座ったままで、これもまた、カオル達の不審に繋がる横柄さの一つであった。