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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
5章.エルセリア王国編1-カルナスの女悪魔-
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#1.カルナスからの招待状


 秋も次第に終わりが見え、そろそろ冬の到来かという頃であった。

この季節になるとオルレアン村の住民も冬仕度の為、各々が動く。

男であれば寒さが本格的になる前に冬の間の食料を確保しようと、狩猟を行ったり他の村や街へと出向いて買い出しを行い。

女であるなら、冬の間に食べる為の保存食を作って置いたり、防寒の利いた厚手の冬着を縫ったり、毛布や綿の多く入った寝具の手入れを始める時期である。

秋の賑わいもこの頃になると静かになり、冷え込み始めた朝などは顔を合わせても「寒いねえ」と、互いに言葉少なに別れ、各々の家に帰っていくのが常であった。



「手紙? 俺にかい?」

「うむ。昨日、夕方届いてな。カルナスの衛兵隊本部からだ。私も中身は見ていないので、どのようなものかは解らないが……」

「カルナスっていうと、この村から一番近い街だっけ? でも、なんだろうな……」


 この日、特にする事もなく兵隊さんの詰め所に顔を出したカオルであったが、丁度兵隊さんが「君宛に手紙がきているのだ」と、カオルに便せんを渡してきたのだ。

受け取ったカオルは目を丸くしながら、さっそく封を解く。


「なになに……『ダンテリオン捕縛、およびひまわり団の殲滅に多大な貢献をしたカオル殿の為褒賞金を用意したものの、当方急事によりオルレアン村に出向くことができず、差し当たってご足労ながら、カルナスの衛兵隊本部まで出向いていただきたい』だってさ」

「ああ、そういえばダンテリオン捕縛の褒賞、まだ届いていなかったな」

「すっかり忘れてたぜ。そういやそんな事もあったな」


 春の盗賊討伐の件についての事だったらしく、カオルも兵隊さんも「随分前の話だな」と顔を見合わせ、苦笑いする。

夏にはヴァンパイアによる騒動が、そして秋には古代竜がと季節ごとに騒ぎがあった為、二人ともすっかり昔の事のように感じてしまっていた。


「それにしても、本部まで出向けとは……一体どのような事が起きたのだろうな? 褒賞がこんな時期までずれ込むのもおかしな話だが……そもそものところ、褒賞は衛兵隊ではなく国の役人が出向いて渡しに来るものだが……」

「よっぽどでかい問題でも起きたのかな? 人をこっちに回せないくらい大変だったって事だろ?」

「あるいは、今でもまだ解決してないのかもしれんが……気になる所だな」


 カオルとしては褒賞がもらえるのは嬉しい限りなのだが、褒賞が届くという話が決まってからこの手紙が届くまでの時間のずれ、そして手紙に書かれていた『急時』とやらに、二人は難しい顔をする。

これまで短い期間にいろいろあったので、つい(・・)勘ぐってしまっていたのもあった。


「まあともかく、これはカオルへの招待状だ。どうするね? カルナスはここから馬車で乗り継いで一週間ほどの場所だが……」

「馬車の旅かぁ……まあ、村の方はこれ以上問題もないだろうし、寒くなって仕事が減ってきたから、行ってみようかなあ」


 何かが起きているかもしれないという心配はあったが、カオルとしてみれば盗賊団もネクロマンサーもドラゴンも心配なくなった今の村において、あまりする事が無く。

ただでさえ仕事が減りがちなこの村で冬を過ごすよりは、街の方がやる事も多いかも知れない、と先への意欲を見出そうとしていた。

これには兵隊さんも嬉しそうに口元を緩める。


「そうか。カルナスの街は国中から商人が集まるからな、この村以上に活気がある。冬の間でも仕事に困らないだろうし……カオルには、良い場所になるかもしれないな」

「うん。褒賞もらうついでに、ちょっと試しに見て回ってくる事にするよ。気に入ったら冬の間の拠点にしてもいいし」

「そうなると少し寂しくなるが……まあ、出立の際には教えてくれ。村長さんにも話すんだぞ」

「解った」


 村で特に世話になっていたこの兵隊さんと村長さんには、カオルも礼儀を尽くさないといけないと思っていたのだ。

一時的にしろ村を出るのだから、その旨、きちんと伝えないといけないと、兵隊さんの言葉に力強く頷いた。




 その後、カオルは一旦家に戻り、サララに事情を説明する。

家でのんびり寛いでいたサララは、カオルの話に最初こそカオル同様目を丸くしていたが、やがて耳をぴょこぴょこカオルの方へと傾け、微笑みを見せていた。


「――そんな訳で、カルナスっていう街に行こうと思うんだけど、どうかな?」

「いいんじゃないですか? カオル様が行くなら私も勿論ついていきますよ?」


 たまにはそういうのもいいですよね、と、さほど考えるでもなく賛同するサララ。

カオルもほっとして「そういう事なら」と、話を続ける。


「ただ俺、カルナスっていうのがどういう所なのかよく解らないんだよな。サララは知ってるか?」

「うーんと……随分前にですけど、私、行った事ありますから。多方面に繋がる街道に面した街で、活気があっていい街でしたね。若い人も、子供も多いんです」

「へぇ……兵隊さんも、そこなら冬の間でも仕事があるかも知れないって言ってたんだけど、そっちでも行けそうな感じかな」

「そうですねえ。街中は村落部と違って冬の間でもお仕事をする人が多いですから。備蓄が乏しいなら、確かに冬の間は出稼ぎで街に出た方がいいかもしれませんね。街の人は、そういう人に対しても比較的寛容ですから」


 サララの意見も聞き、「なるほどなあ」と自分なりに噛み砕きながら、カオルも自分の中で上手く考えをまとめていく。

考える事を苦手としていた以前と比べ、見違えるほどに今のカオルは、考える事を自発的に、当たり前の事のようにできるようになっていた。

そうして、それを楽しむ事も。


「あ、何か面白そうなこと考えてそうな顔」

「そ、そんな顔してたか?」

「そりゃもう。カオル様、顔に出やすいんですから」


 気を付けてくださいね、と笑うサララに、カオルは照れくさくなって頬をぽりぽり。

相変わらずポーカーフェイスにはなれていないらしく、その辺りがカオル自身、課題のように感じていた。




 サララへの説明が終われば、後は村長さんへ話を通すだけである。

その間にサララは旅支度を始めるというので、カオルは早速村長さんの家へ向かった。


「おお、カオル。今日はどうしたね? 何やら、面白い事を思いついたような顔をしているな?」

「村長さんまでそんな事言うのかよ。サララにも言われたぜ」


 さほど忙しくもないのか、すぐにお手伝いさんは村長さんと取り次いでくれて、対面する事が出来た。

以前も通された暖炉のある部屋。

会ってみればカオルの顔を見て、機嫌よく笑ったりしている。

カオルもポリポリと頬を掻きながら、そんな村長さんに笑い返した。


「実はさ、カルナスの衛兵隊本部から、招待状が届いてて」

「ほう。衛兵隊からなあ? もしや、これまでの活躍から、入隊しないかと誘われたのか?」

「いやいや。近いけど違うな。前に、盗賊を捕まえただろう? あの時の褒賞がまだ届いて無くて。直接渡すから取りに来いってさ」

「なるほどな」


 顎に手をやりながら、まずはカオルの話を聞いてくれる村長さん。

カオルも話すのが楽しくて、つい調子に乗って話過ぎてしまいそうになり、暖炉へと視線を向けて誤魔化す。


「冬の間、仕事も減りそうだし。ついでにあっちで仕事でも探せればって思ってるんだ。今回は、その挨拶できたんだよ」

「ほう……お前が村に来てから、まだ一年も経っておらんが……すっかり、いっぱしの男になったようじゃあないか。流石は、ヘイタイさんが見込んだ男だ」

「兵隊さんが……?」


 感心しながらも、目を細め優しく笑いかける村長さん。

カオルも照れくささを感じながら、兵隊さんの名前が出て、首を傾げる。


「よく言っとったよ。『カオルは今こそ頼りないが、いずれきっと立派な村の男になります。信じて見守ってやってください』とな」

「そ、そうなのか……兵隊さんが。へぇ……」

「私も最初こそ心配していたが、確かにお前は立派な男になった。サララちゃんという可愛い娘さんもいる。お前を村の外に送り出すのに、何の心配もいらんな」


 お前なら大丈夫だ、と、力強く頷き、ぽん、とカオルの肩を叩いた。


「頑張れよカオル。そうして、また村に戻ってきておくれ。私達は、お前が戻ってきてくれるのを、ずっと待っているからな」

「はは、そんな……冬の間だけだって。暖かくなったら、また戻るからさ」

「解ってるさ。だが、村に縛るつもりもないんだぞ? お前が向こうが心地いいと思ったら、好きにしていいだろう。ただ、ここがお前にとって、故郷のようになれればいいな、と、私は思うのだ」


 少ししんみりした空気になり、カオルも思わず目じりを湿らせてしまうが。

それでもなんとか笑って見せ、カオルは村長さんの手を取るのだ。


「俺にとっては、この村が故郷みたいなもんだよ。いいや、故郷そのものだ」

「……そう言ってくれるか。ありがとう。村に入って一年も経たぬ若者が、こんなに私の胸を打つ事を言ってくれるとは、思いもしなかったなあ」

「俺もそうだよ。会ってそんだけしか経ってないはずなのに……すごく、すごくっ、大変なことのように感じちまって……!」

「なあカオル。一生懸命生きるのは、結構楽しいだろう?」

「……ああ! すごく楽しかった!」

「どこに行っても、それを忘れるんじゃないぞ。食わず嫌いはするな。全てのモノには何がしか意味があって、人間の生きる道ってのは、必ずどこかでその人間に意味があるものなんだ。辛くとも、苦しくとも、それらは必ず、お前の身になり、役に立つはずなんだ」

「おんなじこと、俺も聞いたことがあるぜ」

「そうなのか。この村では、誰もが母親からこの言葉を教えられ、やがて自分の子供にそれを伝えるのだ。お前がそれを聞いたという事は、紛れもなく、お前もこの村の子だって事だ。血は繋がらずとも、地に足がつく限り、な」


 わずかばかりの会話ではあったが、村長さんとカオルは、この時、確かに同じ村に生きた男として、この村の子として、互いに繋がる事が出来たのだ。

まだ一年と経たぬ、新参と呼ばれても不思議ではないカオルに、この人は、そうしてこの村は、温かく受け入れ、仲間として認めてくれた。

カオルにとって、これほど感激した事はそうはなかった。

だからか、つい、涙が抑えられなくなってしまったのだ。


「ははは、カオル。泣くのは構わんが、今泣いてしまうと、別れの時が大変だぞ?」

「わ、別れる時は泣かねーよ。サララがいるじゃん」

「それもそうか。よし、好きなだけ泣け。私しか見ていないし、私は笑わん。男の涙は、男だけが見ればいいんだ」

「ああ……ありがとう、村長さん。俺、この村にきてよかったわ。この村の男になれて、よかった」


 一度あふれ始めてしまえば、口元はふるふると震え、精悍な顔つきはだらしがなくひくついてしまう。

心から染み出るその感情が、抑えきれないままに目元から零れ落ちて、カオルはついに、それを抑えることを諦めた。

後に残ったのは、いい年をした若い男の、少年じみた泣き声。



 こうして、カオルは翌日、カルナスへと旅立つことになった。


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