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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
4章.オルレアン村編4-山菜と山魚とお祭りと-
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#7.ドラゴン祭り


 一日かけてのドラゴン運びの翌日は、近隣の村も巻き込んでの地域祭となった。

丁度その年に取れた作物も豊作だったのもあり、村々から老若男女問わず参加者が駆けつけ、オルレアン村はかつてないほどの賑わいを見せる。



 祭りの参加者には、ドラゴンという名の珍味を一口味わってみたいという表向きの理由も勿論あるが、若者の中にはこれを機に自分と添い遂げてくれる結婚相手や、恋を語らえるような相手との出会いを求めてという意味合いも多分にあり。

特に年頃の娘などはこれでもかと着飾って、好みの相手を探すのに(せわ)しない。

自然、村の広場では祭りを出会いの場として求める男女が多く集まるようになっていた。


「なんか、すごい事になっちまったなあ」


 カオルはというと、そんな村の熱気に苦笑しながらも、家の窓から祭りの様子を眺めていた。

最初こそドラゴンを食べてみるだとか、他の村の人と会話を楽しんだりだとか、『祭りだからこそ』の楽しみ方というものを模索していたカオルだが、先日の山登りやドラゴン運びもあって、流石に夕方ともなるとくたびれて億劫になってしまっていた。


「カオル様くらいの歳の方は、むしろこれからが本番だと思うんですけどねえ」


 カオルの正面、テーブルの反対側には、サララが両肘をつきながら、楽しげにカオルの顔を眺めていた。

何するでもなく、二人ともこうやって座っていたのだ。


「本番って言ってもなあ。する事なんて特にないし」

「あら、そうですか」

「ああ、今更村の女の子口説きに行っても笑われそうだし」

「余所の村の娘さん達も来てますよ?」

「サララは勘違いしてるかもしれないけど、俺は結構シャイなんだよ」

「なるほど」


 特に顔を動かすでもなく、視線は家の外に向けながら、サララとの会話を楽しむ。

そもそも、と、声には出さず、カオルは思うのだ。


(わざわざ他の女の子口説く必要なんてないしなあ。サララがいるだけで十分幸せだよ)


 今回の一件でサララが場面によってはものすごく有能になるというのははっきりしたのだが、カオルとしてはもう、別に有能だろうが役立たずだろうが、どうでもよくなっていたのだ。

それこそ、今更他の女の子を口説く気にもならない。

そんな事せずとも自分はそれなりに幸せだと感じられる程度には、癒され、自分の事を理解しようとしてくれる女の子が傍にいるのだから。

そも、カオルがこんな気になれたのも、サララという女の子がいつも傍にいてくれたからなのだ。

なので、カオルは謙虚に笑う。


「ドラゴン、そんなに美味くなかったな」

「そうですね。『珍味に美味はなし』という格言は本当だったようですね」


 話題変えも狙って、昼と夜に食したドラゴン料理の話を振る。

サララも苦笑いしながら、「あれはちょっと」と思い出し、語っていた。


「ダイス状に切ればなんとか飲み込めますけど、そのままじゃ噛み切れないのは盲点でした」

「一日煮込んだ程度じゃ筋も全然柔らかくないしな。せめてタレの味が染みこんでくれれば良かったんだが……ああ、でもあれは美味かったな」


 そんな中でも、いくらかは当たりの部類と言える料理もあり、カオルもそれを思い出す。


「何です?」

「ドラゴンの血のスープ。なんか、どろっとしてたけど味の方は意外とさっぱりしてたし、後味も悪くなかったぜ」

「ああ、あのグロい奴ですね……」


 うへぇ、と口をへの字に曲げながら、サララは鍋一杯の赤黒い液体を思い出す。

ある程度ならグロテスクでも耐えられるサララではあったが、流石に煮えた血のスープというのは抵抗があったのか、断っていたのだ。

その点カオルはあまり抵抗が無いというか、好奇心の方が強く、「変わったものを食べてみたい」という欲望に抗えず口にしていたのだが、これが当たりだったらしい。


「サララは食わなかったのか。見た目は悪くたって美味い物は結構あるんだぜ?」


 カオルとしては、元々自分が住んでいた世界にはそういった『見た目は酷いけど味はすごく美味い物』が多く存在していたからというのもある。

グロテスクとは一口に言っても、これはまだカオルには耐えられる類のものだったのだ。


「まあ、カオル様がそういった(・・・・・)ものが好きでもサララは別に嫌いにはなったりしませんが」

「しませんが?」

「ドラゴンの血は、飲み過ぎると毒ですから、気を付けてくださいね」

「……それ、言うの遅くね?」


 軽く手遅れな忠告であった。

既にカオルは何杯も平らげてしまった後である。

唖然として、ついサララの顔を見る。

とても華やかな笑顔でそこにあった。


「ドラゴンの血は大変ですよぉ。まず身体が芯から熱くなります」

「あ、熱くなるのか……確かにそんな様な気が」

「更に脈拍が激しくなって~」

「うぐ……」

「目の前にいる女の子が急に『うわこの娘すごく可愛い』って思うようになっちゃいます」

「なんだそんなものか」


 毒と言われてものすごくきつい目に遭うのでは、と思っていたカオルだったが、思ったよりマシ(・・)な効果でホッとする。

ついでに冷静になる。サララは笑っていた。


「あら、意外と落ち着いてますね?」

「あんまりからかうなよサララ。なんかやばい効果でもあるんじゃってビビっちゃったぜ」

「ふふっ、それは失礼しました。まあ、あながち嘘でもないんですけどね」

「嘘じゃなかったのか……」

「ええ、まあ」


 実際そんな効果あるみたいですよ、と、窓の外へ視線を向ける。

どうやら出会ったばかりの男女がカップル化していくのは、祭りの雰囲気だけでなく、ドラゴンの血を使ったスープの効果もあるらしい、と、カオルもそれとなく悟った。

だが、と、同時に、カオルは思うのだ。


(俺にはあんまり意味はなかったな)


 自分の後ろでニコニコ顔でくつろいでいる猫耳少女をちら、とだけ見やりながら、カオルは一人、苦笑した。

そんな効果なくたって、この少女はとても可愛い。

胸の高鳴らない日なんてないくらいに一緒に暮らす日々は刺激的で、ただ過ごすだけの毎日が、漫画かゲームの中の出来事かと思うほどに色彩豊かに感じていたのだ。

こんなのは、スープなどに頼るまでもなく、既にカオルにとっては当たり前の日々になりつつあった。

だから、今更のように彼女に惹かれるなんてことはない。


「……? どうかしました?」

「顔にパンくずついてるぜ」

「うぇっ!? ほんとですか? 取って取って」


 目を閉じて「ん」と鼻先をカオルへと突き出す、こんなにも無防備な少女。

それこそその気になれば容易にキスくらいできてしまいそうだが、今は別の悪戯心の方が働き。

カオルはぴん、と、指先でその額をつっついて遊ぶのだ。


「んにゃーっ!?」

「はははっ」


 突然の事に驚きながら後ろへぐらつくサララ。

ちょっと涙目で「なんてことするんですか」と抗議めいた視線を向けてくるその表情すら愛らしい。

まだまだ子供じみている彼女のそんな仕草が、カオルにとってはとても掛け替えのない物のように思えていた。


 そんな、秋の日の事である。


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