#6.ドラゴン運び
思いのほか大きな獲物が獲れてしまった為、一旦下山したカオルとサララは、まず兵隊さんのところに顔を出した。
そろそろ日も暮れようという頃で、丁度夕食の支度をしていたらしく、兵隊さんは奥からバンを片手に現れる。
「おやカオル。思ったよりゆっくりしてたようだね。山菜やシラカワはとれたかい?」
「ああ、そっちもそうだが……思ったよりでかい獲物を手に入れちゃってな。どうしようかと相談に来たんだ」
「でかい獲物……? 熊でも出たのかね?」
椅子に腰かけながら、カオルにも座るように促す兵隊さん。
だが、カオルは「いいや」と、立ったまま話を続ける。
「なんとドラゴンだ。しかも古代竜だってよ」
「ドラゴンだと!?」
流石に兵隊さんもドラゴンの名には驚きらしく、勢いよく席を立つ。
「そ、そんなものが村近くの山に居たのか……今まで知らずに山菜採りに入ったりしてたが……」
「俺も知らなかったぜ。スライムに襲われそうになってた所を、ドラゴンが丁度そのスライムを食ってくれてな。それだけならよかったのに、俺を見て追いかけ始めてよ」
「しかも古代竜か。よく生き延びたな……君は、そんなに強かったのか」
普段冷静な兵隊さんをしてこれなのだ。
勘違いとはいえ、まるで自分が強者にでもなった気になって、カオルはちょっとだけ気分が良くなったが。
だが、すぐに照れくさそうに「いや、違うんだ」と手を振り振り、否定した。
「ドラゴンを倒したのはサララだよ」
「サララちゃんが……? いったいどうやって」
「いや、それがさ……猫獣人ってのは、ドラゴン相手だとすさまじい力を発揮できるらしくてさ。素手で一方的にボコってたぜ」
あれは驚いた、と、カオルも腕を組みながら語る。
今思い出しても尚、あの迫力あるドラゴンと華奢な猫娘とが戦い、猫娘が勝ってのは衝撃だったのだ。
それと同時に、その直後の可愛いところも思い出してしまい、カオルはにやけそうになるのを我慢していた。
「なるほど……獣人というのは遥か古に神によって生み出された存在だと聞くし、そういうのもあるのか」
何かに納得するように頷きながら、兵隊さんはカオルを見た。
「それで、そのドラゴンは?」
「サララが言うには『ドラゴンの死体は色々役に立つ』っていう話らしいんだが、俺たち二人だけじゃどうしようもないからさ。いくらか肉を持って帰って、残りは山に置いたまんまなんだ。村の人たち皆で分けられたらってな」
「そういう事か」
元々は兵隊さんにシラカワのおすそ分けをするつもりだったのだが、ドラゴンという想定外の大物が手に入ってしまった為、運搬の協力を仰ぐことにしたのだ。
何の話をするにしても、兵隊さんを通すというのは大変都合がいいのもあった。
「解った。では今夜にでも村の男衆に声を掛けて、明日、山に入る準備をしよう。カオル、悪いが道案内を頼むぞ」
「ああ、任せてくれ。でも、時間的に遅いから仕方ないけど、一晩おいて大丈夫なのかな。山の動物とか虫とかがたかってたりしたらちょっと嫌なんだが……」
カオルは自分たちの分を既に確保しているから問題ないが、明日取りに行くというのはそれだけ時間が経過するという事で、山の動物による横取り、もっと言うならば虫やらなんやら、気持ち悪いものにたかられてるのでは、という懸念があるのでは、と思ったのだ。
だが、兵隊さんは静かに首を横に振りながら「いいや」と笑う。
「ドラゴンの肉というのは、人間以外の生物にとってはあまり好ましい物ではないらしい。私も食べたことはないが、『ドラゴン肉は一週間放置しても大丈夫』という話を、村の物知りな老人の方々から聞いたことがある」
「へぇ……爺ちゃん婆ちゃんは食ったことあるのかな」
「そこまでは解らんが、この時代であれだけ長生きだからな。その分、色んな見聞を知る機会があったのではないか?」
「なるほどなあ」
お年寄りの知識ってすごいな、と、しきりに感心しながら、カオルは頷いていた。
こうしてその日の内に兵隊さんが村長の家にこの一件の報告に出向き、夜のうちに話は村中へと広まっていく。
翌日。早朝だというのに賑やかな村の様子に、カオルはハッと目が覚める。
まだ足首や足の裏がズキズキとするが、それも我慢して起き上がり、ダイニングへ。
既に起きていたらしく、サララが窓辺で耳をピンと立て、窓の向こうへと向けていた。
「あら、おはようございます、カオル様」
それから、ピクリと耳が動き、振り向くのだ。
いつもの笑顔。安心できるスマイルであった。
「ああ、おはよ。朝からすげぇ賑やかだな」
「そうですねー。夕べのお話を聞く限り、皆でドラゴンを運ぶんでしょう? 殿方は大変ですねえ」
「手伝ってくれてもいいんだぜ?」
「サララは下処理とか解体でお手伝いする予定ですので。力仕事、頑張ってくださいね♪」
力仕事はナチュラルにカオルに押し付けるのがサララという少女である。
解っていた事なので、カオルも気にはせず「まあな」と、頬をぽりぽり掻き、窓の外を眺めた。
カオルの家は、兵隊さんの詰め所の裏手にある関係上、あまり窓から見える風景も広くはないのだが。
それでも、先ほどから若い男たちが忙しなく行き来しているのが見える。
どちらかと言うと広場へ向けての足が多いのか、明るくなるにつれ、その人数はどんどん多くなっていっているようにも見えた。
「……大変なことになりそうだな」
「大変なことになると思いますよ? あ、そうそう。この間アイネさんに貰った革布を使って足の裏によさげな靴の中敷きを作ってみたんです。簡易的ですけど、昨日よりは山歩きが楽になると思います」
「マジか。ありがとうサララ」
「いえいえ~」
頼りないと思っていた猫娘が、たった一日でとても頼りになる猫娘になっていた。
こんな美少女が自分の為に何かしてくれるのも、全てあの盗賊を討伐したためというのだから、何が起きるか解らないものだ、とカオルは苦笑いする。
「おお、来たかカオル。準備は良いかね?」
「ああ、なんとかな」
その後、急ぎながらにがっつりと朝食をとったカオルは、サララに急かされるように広場へ向かい、兵隊さんと合流。
解っていたことながら、広場には既に村中の男衆が集まっており、それぞれ思い思いの運搬用の道具やなんかを背負っていた。
「来たなカオル! 待ってたぜ!」
「いよっ、オルレアン村の英雄殿! ドラゴン討伐なんて驚いたぜ!」
「みんなお前が来るの待ってたんだぜ。さ、早く行こうや」
若い衆もここぞとばかりに威勢のいい声を掛けるので、カオルもはにかみながら「ああ」と手を挙げ、歩き出した。
それまでがやがやとお喋りをしてた男衆も、一人が歩き出すと釣られるようにその後に続き、カオルが村の出口に差し掛かった辺りでは三列程度に並んでの隊列が組みあがっていた。
村の男衆は、このような時連携能力に優れている。
普段から村長さんや兵隊さんに統率され、賊やモンスターの討伐に駆り出されている彼らは、ただ歩くだけでも無駄に列を乱れさせたり、歩調を崩したりはしない。
日ごろの畑仕事などで鍛え上げられた屈強な肉体はここぞとばかりに発揮され、息一つ乱さず山道を歩き続ける。
カオルも、サララの配慮あって昨日よりは大分歩きやすさを感じていたが、それでも目的の場所に到着するころには息が上がっており、くたくたになってしまっていた。
だが、村の男衆はドラゴンを見て「おお」と気勢を上げ、むしろこれによってやる気に満ち溢れるほどである。
幾分村での暮らしに慣れたつもりになっていたカオルも、これには「この人達化け物だな」と、変な笑いが込み上げてきたほどであった。
「よーし、んじゃ、俺はこっちからノコ引くから、お前らはそっち側頼むわ!」
「おうよ!!」
「俺はこっちの切れ端から運ぶぜ! 誰か手伝ってくれ!」
「任せろ」
「この無駄に長ぇ首はどうする?」
「切るのも面倒くせぇし荷車に乗せようぜ。おーい、こっちに何人か来てくれー!」
「あいよー」
「うーい」
威勢のいい掛け声が、山の至る所で響く。
幸いにも晴れの日。山の気候も穏やかなままで、男衆の声に機嫌を悪くすることもなかった。
ドラゴンの肉に、樹を伐採する為の大ノコギリを入れる者。
ばらしたドラゴンの肉片を、手持ちのサックや麻袋に詰め込んで運ぶ者。
切るに面倒な大き目の部位を、荷車に詰め込んで押し始める者。
皆、役割を決めていた訳でもないのに、誰かが助けを求めれば手の空いた者が応じ、すぐさま人手が埋まる。
賑わいはやがて山肌を駆け巡り下り道へ。
そうしてほどなく村へと届くのだ。
村の男衆の健脚具合は飛びぬけていた。
「ふぅっ、ふぅ……っ、はぁっ」
カオルはというと、少しでも役に立とうと、肉のぎっしり詰まった麻袋を担ぎながら、なんとか村の広場へと到着する。
ここまで来ると既に肉の加工準備は始まっており、女性陣の出番となる。
老いも若きも総出のこの『ドラゴン運び』は、村の女性陣にとっても一大イベントとなっていた。
何せ、男衆が担いで運んでくるのは、小山を思わせる巨大な肉の塊である。
これの処理をするだけでも大層な作業となる為、村の女性陣も一丸となってこれに当たっていた。
「カオル様、おつかれさまでーす」
「お、おう……サララ、お疲れ」
聞き慣れた癒しの声に顔をあげながら、よれよれと手を挙げるカオル。
声の主であるサララは、少し離れたところで広場に置かれた肉塊に対し爪をす、と通してゆく。
するとどうであろう、大男たちが大ノコギリでようやく切り分けた肉が、まるで薄きれ紙かのようにサラサラと切り分けられていくではないか。
これにはカオルも「こいつすげぇなあ」と、声には出さず感心していた。
「あらカオル君。おかえりなさい。お茶をどうぞ」
「ああ、ありがと」
そのまましばし地べたへ腰掛け休んでいると、お盆を手に、麦茶を渡してくれる村長の娘さん。
ありがたく受け取りながら、温く感じるそれを一気に飲み干す。
「ああ、甘い」
「ふふ、美味しいでしょ。疲れてる時は甘いものが一番だものね」
「そうだなあ。そう考えると、甘い麦茶っていうのはいいもんだな」
最初こそ受け付けなかったが、実際にこうして疲れている時に飲む甘い麦茶は、とても癒されるのだ。
世界観故か氷すら入っていない生ぬる麦茶だが、そんなものでも今のカオルにとってはご馳走であった。
「サララちゃん、こっちもお願い」
「はい、ただいまっ」
「サララさん、悪いけどこっちも――」
「は、はいっ」
見ると、サララが忙しなくあちらこちらへと走ってはスパスパ切り分けている。
今朝こそカオルに大変なことを押し付けるかのように言っていたが、サララ自身も大分大変な仕事をこなしているらしかった。
コミカルながら余裕なくあたふたと動くさまは愛らしくもあり。
「――よし、行くか」
「うん、頑張ってね」
負けてられないな、という気持ちもあり、カオルは腿をぱん、と叩き、立ち上がる。
サララの代わりに応援してくれる村長の娘さんの声に心地よさを感じながら。
「や、やあ……カオル、君」
「ポットさん……あんま無理すんなよ」
「だ、大丈夫、さ……僕だって、この村の、おとこ、だから、ね……ふぅっ」
二週目の登り道すがら、下りてきたポットと顔を合わせていた。
カオル自身もくたくたではあったが、ポットは一週目の時点で既に死にそうな顔をしていて、見ていて居たたまれなくなっていた。
それでも、以前の様な泣き言は言わず、必死になって村の男として役目を果たそうとしている辺り、幾分心は鍛えられたのかもしれない。
「おー、その調子その調子。頑張って運べよポット」
「レイチェルちゃんが村でまってっぞー、お前の為にずーっとお茶と食い物用意して待ってるんだからよ、早く行ってやれよなー」
がははは、と、壮年の村男二人が、それぞれ麻袋六つを担ぎながらポットを追い越していった。
歩くペースもさることながら、その余裕たるや、カオルも舌を巻くほどである。
「う……が、頑張るなあ、おじさん達」
「ほんとな……あのおっさん達、あれで三週目だぜ? 俺達も負けてられないよな」
「あ、ああ。そうだね! 早く戻って、レイチェルを、安心させてあげないと」
先日ようやく完治したポットであったが、今回のドラゴン運びは誰に言われたでもなく、本人が自分で言いだしての事だったらしい。
力及ばないまでも村の男として前向きに参加したい、という事で、最初は止めるつもりだったレイチェルや、兵隊さん、村長さんといった面々もポットの心意気を受け入れ、今回の参加と相成ったのだとか。
なので、戦力的にはポットは全く期待されていない。
最初からだめで当たり前くらいの扱いで、渡された肉の量もそんなに多くはなかった。
カオルでも余裕で運べる量である。
リハビリも兼ねてという事もあってこの辺りは大分加減されており、周囲の煽る声も厳しさというよりは「頑張れよ」という応援の意味合いが強いらしかった。
「レイチェルが、待ってるって」
「ああ。俺が戻ってきたときもポットさんの事心配してたぜ。もう一息だから、頑張ってな」
「うん。ありがとう。頑張るよ」
こういう時、やはり自分を待っていてくれる女の子がいるというのは励みになるのか。
以前なら心折れてしまいそうな苦境であっても、ポットは力強く一歩を踏みしめ、村へと戻っていった。
「……俺も、行くか」
そうして、カオルも本日二週目の山登りを継続。
秋とはいえ涼やかとも感じられず、額を流れる汗は、まるで夏を思わせる暑さを感じさせていた。