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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
3章.オルレアン村編3-ダメ男と村娘とネクロマンサーと-
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#14.夜の女王との戦いにて


 墓地の入り口の方から聞こえた笑い声。

茂みに潜むカオルは、視界に難儀しながらも声のした方へと顔を向ける。

濃密な影。人型のソレは、やがて満月の淡い光に照らされ、その正体を見せる。


(やっぱり、占い師が黒幕か)


 昼間も見た紺色のドレスを着た女が、そこに居た。

昼間はヴェールで目元以外を覆っていたが、それも今はなく。

まるで物語に出てくるかのような、キラキラとした長い金髪を持つ、耳の尖った女が、微笑みを湛えながらレイチェルへと手を伸ばす。


「――ふふふっ。ようやく墓地一つ解放。ほんと、無駄に手間取らせてくれたわねぇこの村は。変に警戒が強いし、結界の力も生半可じゃない……こんなの、大聖堂以来だわ」


 面倒な事をさせてくれたわね、と、レイチェルの首筋に手を這わす占い師。

次の瞬間、レイチェルは力を失い、倒れてしまう。

それを片手で支えるように悠々と抱きかかえながら、占い師はなおも笑った。


「ともかく、これで目的は一つ達成……明日にはもう発つし、最後はたっぷりと吸わせて(・・・・)もらいましょう」


 まるでダンスでも踊るように、力なく抱かれたままのレイチェルをそのままにステップを踏む占い師。

日中の静かな佇まいとは裏腹の、軽やかな動きであった。


 そうして、占い師はある墓石の前に立ち、片手を突き出す。

何やらぶつぶつと呟くようにしてわずかばかりの間を経て、掌の先に魔法陣らしきものが浮かぶのが、カオルからも見てとれた。


(あれがネクロマンシーとかいう奴かな……兵隊さんや司祭様が見た限り、レイチェルは無事だったって話だけど、操られてたんだな)


 怪しげな黒い術法に、魔法のなんたるかも知らぬカオルでもその結論に行きつく。

墓石から、いいや、それが突き刺さっている地面から、黒い霧のようなものが吸い出され……それが占い師の手先の魔法陣へと吸い込まれていくのだ。

見るからに怪しく、そして存在の危うさを感じる仕草であった。



「――あら、お客さんがきたようね?」


 だが、その魔法の行使も、不意に止まってしまう。

何事か呟きながら振り向いた占い師。

その先には、兵隊さんが立っていた。

手には剣。明らかな警戒の目で、占い師に対峙する。


「そこまでだ。お前がネクロマンサーだったとはな」

「ネクロマンサー? 何の事かしら?」

「その怪しげな術、レイチェルを抱えている状態で、何と言い訳するつもりだ? 無駄に思えるが?」

「あらそう……それもそうね」


 しらじらしくも誤魔化そうとするも、兵隊さんの指摘に薄ら笑いを浮かべる占い師。

兵隊さんはじりじりと距離を詰め……その剣先を、占い師へと向ける。


「観念しろ。大人しく(ばく)につくなら、死罪は免れるかもしれん」

「あらお優しい。てっきり問答無用で斬りかかってくるものと思っていたわ。女には甘いのかしら?」

「茶化すな。私は悪党の冗談が好きではないんだ」

「それは残念――」


 からからと笑って余裕を見せる占い師と、その機先を封じるかのように、間合いと、攻めの瞬間を見計らうようにスライドする兵隊さん。

しばし続くかに思えた膠着(こうちゃく)は、レイチェルを抱いていた手を、兵隊さんに向けたことで動き出す。


『イービルレイション』


 レイチェルを地面に放ったまま、兵隊さんに向け掌を見せた占い師は、掌に現れた魔法陣から黒紫(こくし)の弾丸を放った。

カオルが「危ない」と叫ぼうとしたのもつかの間、兵隊さんは、素早く横へステップし、先制攻撃を回避する。


「――どうやら覚悟はできているらしいな」

「ふふっ、そういう貴方はどうなのかしら?」

「その余裕、いつまで()つか見ものだ」


 占い師の攻撃を回避した兵隊さんは、一気に駆け出し距離を詰めようとする。

だが、占い師がバックステップで距離を保ちながら手を突き出したのが見え、二歩、三歩と飛び退く。

その直後、居た場所に向け連続して放たれる闇の魔法。

飛び退いた後に遅れて着弾し、地面がジクジクと気色の悪い音を立てて溶けてゆくのが、カオルからも見えていた。


「勘がいいわ――」

「悪党に褒められてもうれしくはないな――行くぞ!!」


 カオル視点で、攻めあぐねているかに見えた兵隊さんだが、そのやり取りで相手の間合いや速度などを把握したのか、意を決して前へと攻める。

剣を前に突進。占い師の攻撃が放たれるが、それは細かく横に動いたり前傾してかわしたりと、器用に避けてゆく。


(兵隊さん、強ぇなあ)


 ガウロの時もそうであったが、やはり兵隊さんの動きは洗練されていて、無駄がないように見えるのだ。

敵の攻撃をかわす動作一つとっても、カオルはテレビで見たようなヒーローが目の前にいるような気持ちになった。

そんなに格好いい装備を付けている訳でもないのに、ただ走っているだけでも格好いいのだ。様になる。


「――小癪なっ」

「うぉぉぉぉぉぉっ!!」


 気合一閃。思わぬ接近速度に狼狽したかに見えた占い師に、兵隊さんの剣が(きら)めく。

月の光を刃に照らし、兵隊さんの一撃は、占い師の胸に突き刺さる――かと思えた。


「くっ……これはっ」

「惜しかったわねぇ」


 だが、届かない。

占い師の胸に当たるぎりぎりのところで、兵隊さんの腕は止まってしまっていた。

ぎり、と歯を噛む兵隊さん。

占い師の金色の瞳が、怪しく光っていた。


「『魔眼』というものだわ。貴方は根本的な勘違いをしていたようね?」

「か、勘違い、だと……?」


 兵隊さんの刃同様月の光を反射してギラつく瞳は、邪悪なようにも高貴なようにも見えてしまい、カオルはぼやける頭を振り、機会をうかがう。

兵隊さんの危機ではあるが、今飛び出すにはあの魔眼という奴が危険な気もする。

そんな事を考え、どうにか飛び掛かれるような、不意を打てるようなチャンスを待っていた。


「私をネクロマンサー如き(・・)と一緒にした事よ。まあいいわ、今宵は満月。私はとても気分がいいの。貴方のような邪魔者にも、ある程度は慈悲をくれてやってもいいわ」

「何を、訳の分からんことを……」


 なんとか力を籠めようとするも、腕は愚か体の節々に至るまで、ビクリともしない。

敵を前にしてこのような事態、ただ事ではないと兵隊さん自身も解っていたが、せめて口だけでもと、強がることはやめようとしなかった。


「私は今夜一晩、この墓地の『霊気』を吸い取れればそれで十分なのよ。後はまあ……この娘は処女みたいだから、ついでにちょっと楽しむとして――貴方には辛いでしょうが、朝までオブジェになっててくれてればいいわ。殺さないであげる」

「そんな事、私が許すと――」

「許す許さないなんてどうでもいいわ。貴方は動けない。私はその気になれば貴方を殺せる」


 その間に占い師は兵隊さんの横をすり抜け、また、レイチェルの傍に立つ。

地面に倒れたままのレイチェルを手で指し示しながら、楽しげに口元を歪ませるのだ。


「――そして、この娘は私の手中よ?」

「くっ……このっ……こんな、もので……っ!!」


 必死に声をあげて力を籠めようとするも、兵隊さんは動けない。

見逃すとは言っていたが、放っておけば占い師が何をしでかすか解ったものではなかった。

だが、占い師がレイチェルの近くにいる現状、無理に棒切れを投げても、それがレイチェルに当たってしまったら大変な事になる。

どうしたものか、と、考えるカオル。


(いいや……レイチェルが抱きかかえられでもしたら、そっちの方がやばいか)


 さんざん迷いはしたが、意を決したカオル。

立ち上がり、せめて注意を引いてレイチェルから離れさせようと声を張り上げようとした、その瞬間であった。



「――うわぁぁぁぁぁぁぁっ!! ネクロマンサーっ、覚悟しろぉぉぉぉっ」


 どたどたと慌ただしい音と共に、カオルとは別の茂みから現れたひょろ長の男。

ポットである。ポットが、松明と、何やら液体の入った瓶を片手に、墓場の奥から現れたのだ。


「あらあら、墓守まで来るなんて……本当に今夜は、お客さんが多いわねぇ?」


 困ったものだわ、と、頬に手を当てながら、レイチェルに手を向ける。


「レイチェルっ!? くそ、レイチェルを返せっ!」

「返してもいいけど……貴方と引き換えにするには、ちょっとばかり割に合わないわねぇ。童貞と処女なら処女の方が明らかに美味しいし」

「ど、どど……くぅっ、こんな奴にまで馬鹿にされるなんてっ」


 勇気を出して駆けつけてくれたらしいが、こんな場においても女に馬鹿にされる事が、ポットにはたまらなく悔しいらしい。

カオルも場を考えず、つい同情してしまう。

だが、同時にポットの登場の所為でレイチェルが再び占い師の手に戻ってしまったので、同情はしながらも「ポットさんめなんてことを」と口元を引きつらせていた。


「ポット……こいつは危険だ、無理をせずに――」

「僕は大丈夫だよ。とにかく、呪いを解きますね」

「呪い……? これが、呪いだったのか」


 ポットの持ってきた瓶の中身を振りかけられ、ようやく動けるようになった兵隊さんは、その場に膝をつきながら、なんとか視線を前に向ける。

兵隊さんが助けられている間に、レイチェルは占い師に抱き起こされ、その首には、長い爪を当てられていた。


「その水……そう、聖水なんて持ってたのね。厄介だ事」

「覚悟しろネクロマンサー! いくら夜でも、この聖水があればお前の黒魔術は効果を成さないぞ!」

「またネクロマンサー扱い……はあ、いい加減イライラしてきたわね」


 つ、と、レイチェルの首に爪を立て、軽くスライドさせる。

それだけで、きめ細かな肌は容易く傷がつき、赤い血がつつ、と一筋、流れ始めた。


「あぁっ……レイチェル!」

「折角殺さないであげようと思ったのに。気が変わっちゃったわ」

「……ぅ」


 その痛みが気付けになったのか。

レイチェルはぴく、と震え、少しずつ、意識を取り戻してゆく。


「あ、あれ……? 私……」

「お目覚めのようねお嬢さん? でも残念。起きなければ嫌なモノを見なくて済んだのに」

「えっ、占い師の……あれ? あれ? なんで私……えっ!?」

「必ず助けるからなレイチェル。待っていなさい!」


 気を取り直し、剣を構え、ポットと共に占い師と対峙するも。

今度は人質とばかりにレイチェルを抱えられ、迂闊に手だしが出来なくなっていた。


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