#12.疑惑
「……」
「……」
「……」
占い師の店、というテントに入った二人は今、神妙な面持ちで、占い師の水晶を見つめていた。
紺色の、スリットの深いドレス。目元まで隠されたヴェール。
神秘的、あるいは蠱惑的な印象をのぞかせるいでたちの占い師は、怪しげな手つきで、水晶の光を強めてゆく。
「――見えましたわ。この村にいたならば、困難に出会うでしょう。されど、村から出たならば、更なる困難が。ですが、それらは貴方がたに新たな絆を生むかもしれません」
「困難と絆、ですか……」
「ええ。決して無意味な困難ではない、という事です。ですが、幸せをつかみたいというのであれば、それは相当に長い道のりに――お嬢さん、ずいぶんと大変なお相手を選んでしまいましたね?」
「まあ、それくらいはかまわないですよ。長い道のり、大変結構です。それだけ長く生きてくれるという事なのでしょう?」
「長生きは……長生きでしょうね。しかし、これは――」
「ならそれでいいです。ありがとうございました」
色々不穏な事を言われたようにカオルには感じられたのだが、サララ的には概ね満足いく結果らしく。
にっこりと微笑み、満足げに代金を払い、席を立った。
「あ、そういえば」
そうかと思えば、思い出したかのように視線を再び占い師に戻し、腰掛け直す。
「どうかしたのか? サララ?」
「ああいえ。占い師さんは、南の砂漠地帯の方からいらっしゃったんですよね? その格好、砂漠の方で見たことがあるもので」
「……ええ。よくご存じね」
「北の方へは行かないんですか? こういう行商って、南から北から、色んなところに行くじゃないですか」
「北へは行ったことはないわね。北は寒いらしいじゃない?」
「そうですか。寒いのは苦手ですか」
「苦手だわ。だから南の方が好きなの。この辺りも冬は寒いらしいですね?」
「そうみたいですねえ。山もありますし。あ、変な話振っちゃってごめんなさい」
「いえいえ」
今度こそ満足そうに立ち上がるサララ。
だが、ちら、とだけ自分の方を見て、くい、と顎で何かを指し示したように、カオルには見えていた。
(……何かあるのか?)
「まだ、何か?」
今度は、中々席を立たないカオルに、占い師の視線が向く。
まあ、占いそのものは終わったのだから、いつまでも席を立たない客というのは邪魔なのだろう、とカオルも思って立とうとしたが、不意に、占い師を見てハッと、何か聞かなくてはいけない気がしてしまう。
それは、サララに促されたように感じたから起きた事なのか、あるいはカオル自身の勘のようなものなのか、カオル自身にも解らないのだが、ただこのまま帰ってはいけないような、そんな気がしたのだ。
「あの、さ」
「はい?」
すう、と、息を吸う。
何を聞くべきか。何を話すべきか。何を問うべきか。
カオルは今、向こうにいたのでは考えられないくらいに、自分で考えていた。
考えて、答えを出そうとしていた。
そうして、口から出たのは――
「占い師さんって、キャラバンと一緒に来た商人さんなんだよな?」
――特に意味もなさそうに、雑談だった。
何も浮かばなかったのではない。
サララの、一見無意味な雑談の中に、何かあるように感じたのだ。
それが感じられる程度には、カオルは人の中で暮らして、自分で考え生きていた。
「ええ、そうよ。最初からのメンバーではなくて、途中から乗り合いで乗せてもらって旅をしているわ」
占い師は、それほど変化もなく、すらすらと答えてくれる。
それでよかった。話題に乗ってくれたのだから、それで十分なとっかかりだったのだ。
「実はさ、こないだ、こいつが性質の悪い似非商人に引っかかっちゃってさ。その辺に生えてる草なんかを、すごい高値で買わされて参っちゃったんだよな。だから、気分悪くしないでほしいんだけど――」
「……?」
「商人ギルドの証明書、持ってるかだけ教えてほしいんだよね。疑ってるって言うか、相手する商人皆に聞いてる事なんだけどさ」
「しょ、証明書?」
ここにきて、占い師は、わずかばかり言葉に詰まってしまっていた。
それはほんのわずか、見逃してしまうくらいに解り難い違いではあったが。
それまでの不思議な『占い師』としての雰囲気は消え失せ、彼女はもう、ただの女になってしまっていた。
「ああ、そうでした! そんな事もありましたねっ、いや、私としたことが」
「ははは、こいつったらほんと、そそっかしくてさ。だから、教えてくれないかなって。いや、別に見せろとは言わないぜ? だってあれ、人に見せちゃいけないものなんだろ?」
不意打ち気味にサララを巻き込んだりもしたが、サララはサララで器用に乗っかり、てへりと笑って見せる。
この辺り、サララの芸達者なところなのだが……カオルは、敢えて逃げ道を残し、占い師の顔を見つめた。
占い師は……笑っていた。作り笑いである。
「え、ええ。そうなのよ。悪いけれど、あの『書類』はそうそう人に見せられるものじゃなくてね……勿論、ちゃんと手元にあるのよ?」
「うん、それだけ解ればいいんだ。ありがとうな占い師さん。変な事言ってごめんな」
「ありがとうございましたー」
聞きたい事だけ聞いて、それ以上は余計な事は言わず、早々に退散する事にした二人。
止める間もなく去っていく二人を見て、占い師は「なんだったのかしら」と、ドレスの胸元を引っ張り、嫌な汗を手で扇いで消し去ろうとしていた。
「何かありますね」
「ああ、何かあるぜ」
無論、カオルとサララはすぐに自宅に戻り、話し合った。
兵隊さんに聞く限り、「まっとうな商人ならばすぐに袖をめくって証を見せてくれるはず」という事なので、先ほどの占い師の反応、そして対応は偽商人やもぐりのソレとなる。
つまり、占い師はまっとうな商人ではない、という事になるのだ。
カオル達は顔を突き合わせ、これからの事を、兵隊さんも交えて話し合おうと思ったのだ。
「すまない、遅くなった」
ほどなく兵隊さんが訪れ、三人だけの作戦会議が始まった。