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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
3章.オルレアン村編3-ダメ男と村娘とネクロマンサーと-
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#11.正体不明の占い師


「つまり、カオルもサララちゃんも、まだ事件は解決していない、あるいは何かしら裏があった、と思う訳か?」

「ああ。何かおかしいなって思ったら、途端に何か裏があるように感じちゃってさ。今のままじゃ、安心して眠れそうにないんだ」


 詰め所で書類仕事をしていた兵隊さんに事情を説明する中、カオルはその違和感を、不安という形で伝えていた。

ただの疑問だけでは一度解決した扱いになった事件を動かすのは無理だと思ったのだ。

嘘も方便、という訳でもないが、カオルはもう、人々との暮らしの中で「物は言いよう」という考え方を身に着けていた。


「ふむ……実は私もなカオル、今回の事件、上手くできすぎているように感じていたんだ」

「兵隊さんもか?」

「ああ」


 カオルの分の麦茶を出してやりながら、椅子に腰かける兵隊さん。

じ、と、男二人が顔を突き合わせ、内心の話を詰めてゆく。


「疑うべき点は君が今説明してくれた点もそうなんだが、ガウロの死体を調べてみたらな……どうも、私や君の攻撃が元で死んだようにはとても思えなくて。いや、確かにあの時(・・・)に死んだはずなのだが、それ以外にも妙な負傷の跡があったり、何か引きずったような傷がついていたりしていてな」

「誰かに傷つけられたって事? 前から持ってた傷とかじゃなくて?」

「少なくとも奴の仲間の商人たちはそんなものはなかったと証言している。彼らは商人ギルドの免許を持った商人だから、身元は確かだな」

「へえ……あれ? 商人ギルドって、証明書はないんじゃなかった?」


 詐欺師とかもぐりの商人とかを見分ける方法としてレスタス老から聞いていたカオルとしては、『ギルドからの免許証』というのがちょっとした矛盾に感じたのだ。

だが、兵隊さんは「ああ」と、麦茶を口にしながら笑う。


「証明書なんて書類はないよ。免許証は、商人たちの身体に刻印されているからね。大体は右腕の関節付近に付けられるらしいが。ガウロも左腕の肩口についていた」

「へぇ……紙じゃなくて、焼かれるのか」


 商人になるのも大変なんだなあ、と、カオルは変なところ感心しながら、麦茶を飲む。

この甘さも、もう当たり前のようになってきていた。


「それと、ガウロの体臭のひどさもだな……一日二日水浴びしてないくらいじゃあそこまで臭くはならない。流石に以前からあんな臭かった訳でもないようだしな」

「ああ、あれは酷い臭いだったよな。でも、それって死体とか弄ってたからそんな臭くなったとかじゃないのか?」


 さすがに死体は不潔で、それを触れば汚くなる、臭くなるくらいの事はカオルにも解る。

カオルは当初、その為にガウロがあそこまで臭かったのだと思っていたのだが……兵隊さんは首を横に振った。


「私も最初その可能性を考えたんだがな。ただ、一緒にガウロと被害者たちの死体を検分したハスターさんや教会の司祭様の意見を聞く限り、『ガウロは生きながらに腐敗しはじめていた』と見た方が近いらしい」

「なんだそりゃ……そういうのってあるのか?」

「解らん。ハスターさんが言うには、『黒魔術的な意味でのゾンビに近い状態だった』ということらしいが」

「……え、なに、それってもしかして」

「ああ。もしかしたら、ネクロマンサー自身はまだ別にいるのかもしれない、という事だな」


 安穏とした村の中。兵隊さんと顔を突き合わせながら、カオルは、頬に伝わる汗を感じていた。

沈黙。時間の流れが妙に重く感じる中、カオルと兵隊さんは、しばし無言になる。



 そんな中、最初に口を開いたのは、兵隊さんの方であった。


「無論、こんなことは安易に口に出していい事ではないが。私は、まだ安心していい段階ではない、という気がしてならん」

「兵隊さんも、俺達と同じってことだな?」

「ああ。だが、君たちに何かをしろとは言えん。あくまでまだ思い過ごしの可能性もある段階だ。私はできる範囲で村の警戒を強化するつもりだが……君達は、無理してくれるなよ? 何が起きるか解らん」

「……気を付けるぜ」


 それは、警告なのか忠告なのか。

はたまた、カオルの行動を読んでの気遣いなのか。

強く言うでもなく、ただ、カオルが反感を持たない程度には優しさを以て、兵隊さんはそれを伝えていた。

そんな彼に、カオルは笑って答え、そうして席を立つのだ。

やるべきことが決まった、とばかりに。




 夜の見回りは、退屈この上なかった。

広場すら寝静まる深夜。

ふと目が覚めたカオルは、隣の部屋で眠ったままのサララをそのままに、密やかに家を出る。

手には松明。ゆったりとした動作で歩き、少しずつ、辺りを警戒しながら何事か変化がないか確かめてゆく。


「今日のところは、特に異常なし、かな」


 村の隅々まで回り、何事もない事を確認する。

墓地までくるとポットとハスターがまだ起きていて驚かされたものだが、墓守はどちらかというと夜の方がメインの仕事らしく、彼らは笑いながら「頑張るね」と、カオルにお茶の一杯も勧めてきた。

話を聞く限り、ポット達もまだ事件に違和感を感じていたらしく、表立っては見せないものの、こうして墓地の警戒をしていたのだという。

兵隊さんも同じように村の見回りをしているとも聞き、いよいよカオルは「やっぱり油断できねぇな」と、頬を引き締めたものである。



「夜這いでもしてきたんですか?」


 家に戻ったカオルの前には、ティーカップを手に、のんきにお茶をしている猫娘の姿があった。

下着姿に、まるでローブか何かのようにカオルのシャツを羽織り、無防備な様子でカオルを出迎えていたのだ。


「起きてたのか。夜這いってお前」

「まあ、他の女性の匂いとかしないし、その線は最初から疑っていませんでしたが」


 優雅にお茶を親しむ姿はまるで物語の中の貴族様か何かのようだったが、実際にはただの猫娘である。

しかも扇情的なその姿は、いかにサララが華奢な体型だとしても、十分すぎるほどにカオルの視線を釘づけにしていた。

ただでさえ夜歩きの中、妙な興奮を覚えていたのもある。

カオルは首をぶんぶんと振って雑念を振り払いながら、サララの対面の席に掛けた。


「それで、夜の見回りの成果は?」


 どうやらサララには最初からカオルの行動はお見通しだったらしく。

そんなサララに「こいつには勝てないな」と苦笑いしながら、カオルは口を開いた。


「なんにもなしだよ。まあ、何もないに越したことはないんだけどさ」

「そうですか。あ、お茶、いります?」


 にこりと可愛らしく微笑みながら、夜歩きに疲れたカオルにお茶の一杯を差し出すサララ。

そんな愛らしさに心底癒やされながら、カオルはお茶を受け取り、口に含む。

サララの淹れるお茶は、甘くなかった。


「気を遣ってくれるのは嬉しいですけど、サララとしては夜中、カオル様が一人家を出ていくのを見送るのは、ちょっと寂しいですね」

「寝てたと思ったんだよ。何も言わずに出たのは悪かったけどさ」

「悪くはないですよ。ただ、カオル様って、夜目とか利く方です?」

「いや、松明なしじゃなんにも見えねぇよ。広場辺りまでくればかがり火があるけどさ」


 基本、夜の村は松明なしには何も見えない程度には暗い。

中心部や村長さんの家、教会や兵隊さんの詰め所などは夜中でもかがり火が置かれているが、それ以外の場所は基本、月や星の灯りだけが光源となっている。

夜歩きに不慣れなカオルにとっては軽い恐怖だったが、そのくらいは乗り越えられる程度には、カオルは恐怖に慣れ始めていた。


「私、といいますか、猫獣人は夜目が利きますから。洞窟みたいに本当に真っ暗な場所だと流石に見えませんけど、月や星が出ているくらいの暗さなら、私達には昼とそう違いなく見えたりします」

「マジか。猫獣人すごいな」

「えっへん。まあ、そんな訳ですから、夜歩きの時は遠慮なく誘ってくださいね。カオル様一人で歩くよりは、安全なはずですから」


 無理しないでくださいね、と、微笑みながらの釘刺し。

なんだかんだ、心配してくれていたんだと感じ取ったカオルは、口元を緩めながら「そうだな」と頷いた。




 翌日からは、夜中は二人で見回るようになったのだが、成果らしい成果もなく。

村は、何事もなかったかのように平穏な姿を見せ、カオル達も「ただの気のせいだったかな」と思えるようになってきていた。

同様に、兵隊さんや墓守達の警戒も薄れた頃の事であった。

既に行商の多くが店じまいし、村での買い込みも終わり、馬車に荷物を積み始めていた。

ここからまた、別の村か街へと移動し、今度はこの村で買い込んだ品物を、売り残りの品と一緒に売りさばくのだ。


「そういえば、私、まだ一度も占い師さんに見てもらってなかったんですよね」


 そんな、片付きかけの広場の中、カオルはサララと二人、散策していた。

最近は夜の見回りの為かあまり早くから起きることはできないものの、村人からはあまり不審がられることもなく、時折「早くできるといいわね」などと、笑顔で謎多い一言を聞かされることの多い二人であったが。

今日は見回りに疲れる日々の、ちょっとした息抜きくらいのつもりで、行商達がいなくなる前に見て回る事にしていたのだ。


「占い師の人って、まだ店だしてるのか?」

「ええ、快気されてからずっと、休むことなく続けているらしいですよ?」


 占い師といえば、先日のガウロの一件に巻き込まれた、数少ない生存者である。

事件に巻き込まれてからも休む気配はなく、日々村の女たちの占いごとに忙しない日々を送っているらしく、サララが言う通り、いつもの場所に、彼女はテント建ての店を構えていた。

流石に連日見続けているからか、村に来てすぐのように行列にはなっていなかったが。

それでも、占いを見てもらっていたらしい村娘が一人、店から出てきたのが見えた。


「あら、カオル君じゃない。それにサララちゃんも」


 占いを見てもらっていたのは、村長の娘・アイネだった。

青い大きなリボンを長い髪に巻き、柔らかく微笑む。

相変わらずの美人さんであった。


「二人も見てもらいに来たの?」

「ああ、俺じゃなくてサララがな」

「カオル様も一緒に見てもらっていいと思いますけどね~」


 アイネの前に立つにあたって、サララはレイチェルにしたような警戒した様子は一切なかった。

にこやかあに微笑むのはいつもの事だが、それはどちらかというと子供っぽい、カオル的にはいつもの・・・・)サララを感じさせる笑顔なのだ。


「アイネさんは、どんなことを見てもらってたんです?」

「私? 私はねぇ……えへへ、好きな人と結ばれるかどうか、とかを見てもらってたの」

「へぇ。その様子だと、望ましい結果になった?」

「うん! 『ちょっと時間はかかるかも知れないけど、諦めずにいればその想いは必ず伝わる』って。だから私、これからも兵隊さんの気を惹くために頑張るわ!」


 ぐ、と両の拳を握り気合十分に笑うアイネ。

どうやら彼女の戦意はまだまだ衰えることはないらしかった。


「そういえば、ここの占い師さんって変わった事するのね?」

「変わった事って?」

「あのね、最初に手を見てもらう時に、手首とかを間近で見るの。それから、『先祖の霊を見るために』って言って、首筋とか触ってくるのよ。私、そんなの初めてだからびっくりしちゃった」

「ああ、それは変わってますね……北の方のサモナーの人とかがやる手法ですよ」

「サモナー? サララは知ってるのか?」

「ええ、まあ」


 カオル的に聞き慣れない単語が出てきたが、サララは理解したのか、あっさりと受け入れていた。

相変わらず博識な娘である。普段はだらけているのに。


「サモナーって言うのは、先祖の霊とか土地土地の精霊とか、そういうのを操る魔法です。『精霊魔法』って言われているものの一つですね」

「へぇ、そうなんだ。それじゃ、占い師さんは北の方の人なのかしらね? 色白だったし、納得かも?」

「うーん、まあ、そうかもしれませんね」

「なるほどなるほど……サララちゃんって物知りなのね。あ、それじゃ、そろそろ私は帰るね。今日も頑張って美味しいご飯作らなきゃ!」


 物知りなサララにひとしきり感心したアイネであったが、思い出したように夕飯の準備の為、去っていく。

流れ早く話や状況が変わっていく様に「女のお喋りってほんと難しいよなあ」と、カオルは苦笑いした。


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