#10.事件解決?
すぐに教会に運び込んだのが幸いしたのか、レイチェルも占い師も命に別状はなく、その日のうちに意識を取り戻した。
様子を見るためにまだしばらくは安静にしている必要があったが、それでもこの二名の生存の報は、突然の大量殺人事件に困惑する村人たちにとって、救いとなる一報であった。
「その……ごめんなさい。疑って」
「酷い事言って、ごめん」
「私達も、レイチェルの事が心配過ぎて、周りが見えてなかったわ……」
そうして、レイチェル同様意識を取り戻した占い師の証言によって誘拐の真犯人がガウロであると確定し、暫定犯人として捕らえられていたポットも牢から出された。
ポットにさんざんな口調で詰め寄っていたレイチェルの友人らも、素直に非を認め、頭を下げていた。
「……いいさ。日ごろから疑われるような事、してたから。これからは真面目に生きるよ」
ポットはというと、これを機に強気に出るという事もなく、やはり弱気なまま、俯きながらに少女らの謝罪を受け入れていた。
思うところもあるのだろうが、彼にとっては自分の疑いが晴れてくれることが最優先なので、素直にその謝罪を受けたのだ。
近くで見守る兵隊さんやカオルも、「これでひとまずは安心だな」と、ため息を漏らしていた。
一時期は大量殺人事件発覚のあおりで混乱しそうになったオルレアン村ではあったが、幸いというか、犯人であったガウロは兵隊さんとカオル達の活躍によって討伐されたため、これ以上の混乱もあるまい、と、村人たち、それと残った商人らが共同で犠牲者を墓に埋葬し、弔う事によって事態は一応の収拾を迎えた。
そうして、残った商人らは逞しく、村での商売を続けるのだ。
少しずつではあるが、村にもまた、平穏が取り戻されようとしていた。
「……なんか、思ったよりあっさり解決しちゃったなぁ」
のんびりと村の中をサララと散歩しながら、カオルはそんな事を一人ごちる。
犯人が見つかるまでの間の不穏な雰囲気はどこへやら、のんびりとした空気に戻りつつあるのだが、カオルはどこか、肩透かしを食らったような気がしてしまったのだ。
「あっさり解決してくれた方がよかったんじゃないですか? レイチェルさんだって占い師の人だって、無事だったわけですし」
賑わいを取り戻した広場をあちらこちら見やりながら、サララは独り言に反応する。
「そりゃそうなんだけどさ。なんか、かみ合わないっつーか。あのでっかい人、もともとは商人だったんだろ?」
「ええ、まあ。そうらしいですけど」
ガウロの身元に関しては、サララが話を聞いたのだという乾物商人たちが兵隊さんにも証言していたので、ある程度はっきりとしていた。
それまでネクロマンサーらしき動きはなかったという事だが、女好きで度々姿を消していた、というのはそれはそれで怪しくもあり。
ただ、カオルがハスターから聞いていた『日光の下は嫌がる』というネクロマンサーの特徴とは合致しない為、本当にネクロマンサーなのかどうかまでははっきりとしなかった。
「……もし、ガウロが馬車やテントの人たち、レイチェルや占い師の人とかを襲ったりせずに、商人のフリをしたままだったら、俺達、多分ネクロマンサーだとは解らなかった訳だろ?」
「そうですね。姿を消してたから、少なからず何かしら疑われてたかもしれませんけど……これといった証拠がなければ決められませんもんね」
「そんでさ……なんでレイチェルだったんだろうな? いや、占い師の人もそうだけど。変な言い方だけど、村の女の子って、そんなに警戒心強くないし、その気になればいくらでも誘拐できちゃうよな?」
「それはそうですけど……でも、たまたまそうだっただけじゃないですか? 占い師の人は、馬車の中で執拗に嫌がらせされてたらしいですから、その線なのかもしれませんけど……」
何かがおかしい、と考えるカオルに、「何がおかしいんですか?」と、サララは首を傾げる。
事件は無事解決した筈だというのに、何故カオルがそれをまだ訝しんでいるのか、それが不思議でならないのだ。
「ていうかさ、レイチェルって、結局どういう状態でさらわれたんだ? 目撃者がいないって事は誰も居ない所を誘拐されたって事になるんだろうけど、この村にいて『誰も居ない状態』ってどういう時にそうなるんだ?」
このオルレアン村は、広いようで人口も多く、中心部なんかは少しばかり暗くなっても当たり前のように村人の姿が見られたりする程度には栄えている。
そんな中起きた誘拐事件である。
結局、意識を取り戻したレイチェルから証言を聞こうにも、「よく覚えてません」という返答が返ってくるばかりで、今一要領がつかめないままであった。
幸い暴行された訳でもないらしいと教会のシスターが説明してくれたが、正確な犯行時の状況は誰にもわからなくなってしまったのだ。
こうなるともう、カオルもサララも考える事しかできない。
「それは……ほら、暗くなると皆家の中に入りますし、そういう状態なら、家に帰る途中に一人きりになってしまう事もあるんじゃないですか?」
「考えてみろよ、レイチェルの家、広場からすぐの場所だぜ? いくら暗くなってたって、誰かしら見てるだろ? 広場には商人の人たちがいるんだから」
「う、うーん……そうなると、いつさらわれたことになるんでしょうかね? 家には帰ってなかった訳だし……」
少なくとも、広場からレイチェルが帰る最中に襲われたというならば、色々と前提に矛盾が発生するのだ。
よほど遅くなってからでなければ広場からレイチェルの家に至るまでの道は人気が完全に遮断されるとは限らず、そんな時間帯までレイチェルが広場にいたのかと言われればそれも疑問で、といった具合に、カオルとサララは少しずつ、その矛盾に気づき、疑問を深めていく。
「……やっぱ色々おかしいぜ」
「うーん……私は無事解決したと思ってたのに、カオル様のせいでなんか不安になっちゃいました」
「そう言うなよ。解決してたはずなのに実は黒幕がいましたー、なんてなったら嫌だろ?」
カオルだって、ただの考え過ぎで済むならその方がいいのだ。
だが、人がたくさん死に過ぎている。
そして、ネクロマンサーという奴の恐ろしさ・厄介さを人づてながら知ってしまっていた。
もしまだ何かあるとしたら、その可能性を捨ててしまうのは危険なんじゃないかと、そう思ったのだ。
「とりあえず、兵隊さんと話してくるぜ。サララは先に戻っててくれ」
「むぅ……なんだかのけものにされた気がしますが、気を付けてくださいね?」
「ああ」
平和になったはずの村。
その平穏を失いたくないが為、カオルは、その可能性を追求してみることにした。