#3.結局は自分でやらなくてはいけないのか
カオルが錬金術師ラターの元を訪れたのは、彼が研究において、常に医学の思いもよらぬ方向性から可能性を思いついているから、という点が大きかった。
医者にできぬことでも、錬金術師なら、と期待を寄せるのは実に身勝手な考えではあるが、それでもカオルにはここが一番期待値の大きい場所だったのだ。
「お邪魔するぜ」
ノックを三回。
例によって何の反応もなかったので勝手に入ると、いつものようにラターは自分の研究室で何やら書き物をしていた。
「ラター」
「ひっ……あ、マスターでしたか。お久しぶりで」
「ああ。久しぶりだな。元気にしていたか?」
驚いたように振り向いた彼に、せめて最初くらいはとりとめのない会話くらいは、と、雑談めいたことを口にするが。
内心ではもう、今すぐにでも「サララをなんとか助けてくれないか」と言いたいくらいには焦燥していた。
そしてそれはラターにもわかるほどに表出していたらしく。
彼も「ええまあ」と答え、すぐに表情を引き締める。
「何か、大切なお話ですか?」
「分かるか? ああ、実は、サララの事なんだが……」
「例の『眠り病』ですか。アレは、現代の医療では無理なようですが」
「錬金術でも、か?」
話は早かった。
だが、ラターはカオルからの問いに難しそうな顔をして「ええ」と、背を向ける。
「――私はかつて、ある流行り病を治す特効薬を開発したことがあります。マスターもご存じですよね」
「ああ。お前の功績の一つだ。だからってわけでもないが、お前の研究は信用してた」
「ありがとうございます。ですが、あれは当時の医学的な盲点から気づけなかった点に、錬金術を用いることで気づけたから生み出せたものだったのです。その盲点とは、『清潔にしすぎることにより完治が遅れる』というもの。医療現場においては何より重視すべきだった衛生が、病の根治を難しくさせていたのです」
「薬で抵抗力を意図的に落とすことで、流行り病の治りを早くさせる、というものだったか? 本で読んだが確かにあれはユニークな方法だったな」
「ええ。今でも例がないくらいに。ですが、奥方様のかかっているという病気は、そのような医学での盲点や思い込みからくるものとは違うように思うのです。錬金術の観点から見ても、おそらくは――」
錬金術は、卑金属を貴金属に変え、医者の思いもよらぬ薬を生み出し、ホムンクルスを生み出し生命や魂を追求するもの。
医者と違い医学を追求する訳でもなく、生み出せる薬もあくまで自らの理論にのっとったものでしかない。
何でもかんでも都合よく生み出せるなら、ギルドの支援など受けずとも世界を取っているに違いないのだから、彼が無理と言えば無理なのだろう。
「……そう、か」
そう思いはしても、それでも諦めきれない。
無念としか思えない。諦められずにいた彼には、あきらめを受け入れられなかった彼には、あまりにも重すぎる現実だった。
だからか、視線をうろうろさせ、すぐに引き下がれずにいた。
いつもならば「じゃあ仕方ないな」と背を向けすぐに別の場所に向かえただろうに、その向かえる場所すら思い当たらず、ただただその場に留まるしかできなかったのだ。
「今は、何の研究をしている?」
「今は……以前お話しした、ホムンクルスの寿命を伸ばす方法を考えている最中でした」
「ホムンクルスの、な」
生命と魂の探求。
錬金術師の求める理想のうち、最も困難で、かつ最も原初の錬金術に通ずる最重要課題。
方向性は違えど医学も哲学もメインテーマにする者が多いほどには、多くの者にとって神秘的かつ解析の難しい分野でもあった。
ホムンクルスは、そのハードルをわずかであろうとも下げる事ができるかもしれない、可能性の塊。
これを少しでも長く生き永らえさせることができれば、それだけ生命についての研究が進むという事でもある。
だが、それだけでもないだろうとカオルは考える。
かつて失われた、ほんの数日しか生き永らえなかった命。
ラターはそれを今でも忘れていないのだろう、と。
「実は、理論上はもうほとんど完成しているのです。後は理屈に基づいて、再びホムンクルスを生成すれば……と思っていたのですが」
「何か問題があるのか?」
「……私の心の問題です。果たしてそれが正しいのか。間違っていた場合、また彼女のように短命で終わらせ……後悔することになるのか、と」
「なるほどな」
生み出してからわずか三日で失われた最初のホムンクルス。
それがラターにとって今の研究の源にあると同時に、重いトラウマにもなっているらしかった。
「ですが、悩み続けるのはもうやめようと思いました。少しでもたくさん考え、少しでも可能性を高め、確実なものにしよう、と。こうして計算を続け、もうすぐ完成、というところまでこぎつけたのです」
「お前はすごいな」
迷いは繰り返された計算によって既に克服し、あとわずかまでたどり着けている。
ラターの顔を見れば、目の下は濃いクマが出ていて病的で、服もよれよれくたくた。
だが、それでも尚やり遂げたいと思うからこその努力なのだと、カオルには思えた。
(俺も、そうだった)
今は違う、過去になった日々。
しかしそれは確かにカオルも歩んだ、努力の日々だった。
自分はもうやらなくてもいいと思っていた、やらずとも生きていけるようになれた事。
けれど、それこそ今の自分には欠けているのではないかと、そう思えたのだ。
こうなれるまで、ずっとずっと大事にしていたことのはずだったのに。
「ラター。お前の研究は必ず世の役に立つ。そして、ホムンクルスは必ず、長く生きられるようになるはずだ」
「……はいっ」
「俺も……サララを治す方法をあきらめず探し続ける事にするよ。どんな手を使ってでも、な」
それがどんな道になるのかなんて絶望の色の方が濃いに決まっているだろうに。
それでもやはり、カオルは諦められなかったのだ。
彼は、どこまでいっても往生際が悪かった。
恋した女一人、捨て置くことだってできただろうに。
「まだ頼ってないところを思い出したんだ。これから、そこに向かおうと思う」
「マスター……もし、もしもホムンクルスを生き永らえさせる事ができるようになったら、魂の移し替えも、あるいは」
「魂の移し替え?」
「はい。ホムンクルスは、本来自我を持ち心を持つ人工生命ですが……器だけを作ることは、実はかなり早い段階でできているのです。ただ、それではただの器ですので……最初から自我と心を持つホムンクルスとは別に、ホムンクルスの肉体を用意し、魂を移し替える方法も、あるのではないかと……考えてはいるのですが」
まだ考えている段階の話。
けれど、これはこれですごい事だと言うのはなんとなくでもわかる、そんな研究だった。
「ああ……その研究はぜひとも続けてくれ。サララじゃなくとも、役に立つかもしれないからな」
「はい……ですからマスター、どうか、思いつめ過ぎずに」
「ありがとうよ。じゃあな」
それは、ラターなりの気休めだったのかもしれない。
あるいはサララが生き続けてくれれば、そのうち本当に実現可能な奇跡なのかもしれなかった。
だが、カオルは今すぐに得られないそれでは、サララは治せないと思ってしまっていた。
何よりそんなことは、たぶんサララは求めないだろう、と。
(あいつは、自分が大好きなんだ。いつだって自分が一番で、自分が楽しめなくちゃだめで、自分を好きでいてもらわなきゃ嫌で、自分を愛してほしくて、自分を可愛がってほしくて、自分が幸せでいたくて……)
わがままで自己中心的で、けれど賢く愛らしい、誰よりも愛しい妻。
自分大好きなサララが、自分と違う器を受け入れられるとは到底思えなかった。
何よりそれは、自分の愛したサララと同じものなのかと、自分でも訳が分からなくなる。
頭の中の柔軟性が、大分失われているような気がしていた。
昔のように何でも受け入れられる訳でもなく、大分この世界の常識に、そして価値観に、染まってしまっている自分に気づく。
ラターのラボを後にしたカオルは、屋敷に戻り、またサララの寝室へと顔を出す。
すやすやと眠っているサララはどこか辛そうで。
やせ細ったその頬を見てかつての美しさが失われているように感じてしまって。
だというのに全然想いが色あせず、余計に悲しくなってしまう。
手をそっと握り、静かにその頬にキスをすると、「必ず戻るからな」と聞かせ、部屋を後にする。
「カオル様……」
「……行ってくるよ。お前を治すためにな」
医者でもダメで錬金術師でもダメで、では何ならいいのか。
巫女か神か異世界人か、それとも魔族や悪魔なら治せるのか。
何と聞けばいい。何をやればいい。何を捧げればいい。
何でもする覚悟があった。
何でもするつもりで、屋敷を発った。
「ここが海の王の祠……のある灯台、ですか」
「ああ。クラウンは来るのは初めてだったか」
「ええ。自然界の王、というのは私はあまり信じていなかったというか……興味がありませんでしたので」
「まあ、内陸部に住んでるとそんな感じかもな……居てくれるといいが」
護衛のクラウンを引き連れ、カオルが最初に訪れたのは、ニーニャ近郊の灯台にある海の王の祠である。
「なんじゃ久しいのうカオルよ。よく来た」
そして灯台に入ろうとした矢先、後ろから声を掛けられる。
振り向くと青髪の大きなツインテール。
海の王の巫女・リームダルテであった。
「うぉ……外にいたのか。久しぶり。もしかして出かけるところだった?」
「ああいや、ニーニャの新造船所で新たな船が作られてのう。請われて王の加護を授けていたのじゃ」
「そうだったか。どっちにしろタイミング次第じゃまたすれ違うところだったんだな。あぶねえあぶねえ」
「……この方が、海の王の巫女……」
そのまま雑談になりそうだったが、初見のクラウンはこの少女然とした巫女殿を前に唖然とした様子でぽかん、と口を開いてしまっていた。
普段の彼からは思いもよらぬあんまりな様子に、カオルもつい吹き出してしまう。
「笑うでないわ……お主の傍付きの者か?」
「ああ。クラウンっていう。うちの執事だ」
「なるほどな……クラウンとやら、私を見た目通りの童女と思わぬよう――」
「美しい……」
「――うん?」
「えっ?」
そうして呆けたクラウンから出た言葉に、リームダルテもカオルも耳を疑う。二度聞きしてしまう。
「なんて?」
「なんて美しい女性なんだ……思わず我を忘れてしまいそうに……はっ」
「……カオルよ、そなたの執事は変わり者じゃなあ?」
「ああ、俺も今まで気づかなかった部下の一面だ」
既に適齢期も過ぎ、「そろそろ結婚しないとまずい頃合いだぞ」と周囲に言われることもあるクラウンだが、未だに色恋沙汰などなく。
屋敷にも端正な顔立ちの彼に焦がれる若いメイドなどもいるし、長年相棒のような関係を築いているミラーもいるだろうに何の兆しも見えないあたりカオルも「職務に熱心過ぎるのかな」と心配になっていたが、その理由の一端を見た気になってしまっていた。
そして我を忘れて呆けていたクラウンが恥ずかしそうに頬を赤らめながら「違うのですよ?」と言い訳するが、そんなものはもう何の言い訳にもならないのである。
「まあ、立ち話で済ませるのもなんだ、祠へ来るがよい」
「ああ、そうさせてもらうぜ。クラウン?」
「で、ですから……話を聞いていただければ」
「では参るか」
その話を続ける気はないらしいリームダルテは、そそくさと灯台へと入って行ってしまう。
カオルも後に続き、執事は「違うんですってばー」と情けない声をあげながらついていった。
「――妻の眠り病を治したい、か」
「海の王は傷や病気を治すような力は持たない、というのは知ってるんだ。でも、何か知ってることがあればと」
「私としては、そのような状態の妻を放っておいて解決方法を探しに旅立ってしまうお主のメンタルが理解できぬが」
事情を聴けば何か教えてくれるか、と思っていたカオルだったが、リームダルテはため息交じりに眉間に皺を寄せ、そっぽを向いてしまう。
「そうか?」
「そういう時は全てを部下に任せ、自らは愛する妻の傍から片時も離れずに励まし続けるべきだと思うがのう……何のための組織で、何のための部下なのかわかりゃせん」
「組織は皆の為のものだし、部下だって……協力してくれてる奴はいるが、何より俺が一番に動くべきだと思ってな」
「聞けば心が弱っているのが一番の問題のようではないか。ならば拠り所でもあるお主が傍にいるのが一番の薬ではないか?」
「だが、それではサララは助からないかもしれない」
部下たちの頑張りは知っているつもりだった。
サララが病に倒れ、マスターであるカオルの為、そしてサララ自身の為に病を治す方法を調べ、探り、方々を駆け回ってくれている者がギルド内に何人もいるのを、カオルは知っていた。
ラターだって、自らに治す方法は思い当たらずとも、錬金術の観点でどうにかできないか考えていた訳で、それはギルドメンバーにとって、少なからぬ関心ごとだったはずである。
だから、カオルはそれに感謝もしていたし、それで治るならその方がいいと思っていた。
けれど、治らなかった。治せなかった。
サララは今も眠り病に苦しみ、心を弱らせている。
そのままそばに居続けて、サララが治る保証などどこにもない。
むしろ、治らずそのままサララが壊れてしまう可能性の方が高いように思えた。
命すら、失うかもしれないのだ。
二つに一つ。その一つに、カオルは賭けたのだ。サララが愛してくれた自分らしい方法に。
「俺は、いてもたってもいられなかったんだ。もしかしたら今この瞬間にでもサララの病状は悪化してしまうかもしれない。二度と話せなくなるかもしれない。それでも、それでも何もせずベッド脇で手を握っているだけなんて、我慢ならなかった」
「……それも愛のなせる業か? 理解できぬな。だが、お前たち夫婦にとっては、それがそれらしい在り方なのか」
「少なくとも俺はそう信じている。サララも、分かってくれると思う」
「解らぬわ……私にはお前の言う事成す事、エゴにまみれたバカ夫の言い訳にしか聞こえぬ……じゃが、やりたいことは分かった」
深い深いため息と罵倒と。
けれど、カオルの目的は把握できたのか、リームダルテは正面からカオルを見据える。
少女のようで、しかしその眼光は鋭く、雰囲気は重かった。
「――聞け、カオルよ。我らが海の王ではその病気は治せぬ。だが、山の王ならばあるいは――何か解るやもしれぬ」
「山の王……どこにいけばいいんだ?」
「山の王の祠はかつてはいたるところにあったが、今最も力を残しておるのはバークレーの山間部にある祠じゃろうな」
「バークレーか……よし、とりあえずそこに向かうか」
「じゃが気をつけよ。山の王は気難しい。いくつか試練のようなものを与えてくることもあると聞く」
「かまわないさ。ありがとうな、リームダルテ」
「……私にはお前の思考は理解できぬ。じゃから、せめて少しでも早く屋敷に戻れるように必要なことを教えただけじゃ。もうよかろう、さっさと出ていけ。今の私は機嫌が悪い」
お前のせいじゃからな、と、眉間に皺を寄せたままカオルを指差す。
カオルも「そうだな」とクラウンに目配せし、そのまま去ってゆく。
「あ、あの、リームダルテさん、いつかまた……」
「……まあ、来るならば拒みはせぬ」
去り際のクラウンの言葉には流石に毒気を抜かれたのか、巫女殿は「やれやれ」と先ほどとは違った意味でのため息しながらも、執事に答えたのだった。
「残念ながら、私共の王のお力では、貴方の奥方の病気を治すのは難しいようです」
そうしてはるばるやってきたバークレーでも、カオルは難色を示されていた。
山の王の巫女・シルヴィアに事情を説明し、シルヴィアが山の王に掛け合おうとしたのだが、山の王からの言葉を伝えるシルヴィアも「こんなことはそうそうにないのですが」と、申し訳なさそうに眉を下げる。
「山の王の力で治せない、サララのかかっている病気ってのは、いったい何なんだ……?」
「恐らく、この世界の病ではないのではないでしょうか? 山の王はこう仰っておられました。『その者は、異世界より伝搬する瘴気にあてられているのだろう』と」
「異世界より伝搬する、瘴気……」
「私は異世界の事はよくわかりませんが、少なくともこの世界には存在しない何らかの病原があって、それが奥方によくない症状を引き起こさせているのではないでしょうか?」
山の王、そしてその巫女の見識から見た新たな可能性。
異世界が原因の何らかによって、サララが苦しむことになったかもしれない、というもの。
「それって、俺が原因の可能性もあるのか?」
「英雄殿、私は世相にはあまり詳しくありませんが、貴方の活躍はこのバークレーの地でも知れ渡っております。ですから私がわかる範囲でお伝えしますが……貴方に限らず、異世界人があまりにも多く、一か所に集まっているのではないでしょうか?」
「……ギルドの事か?」
「絶対にそうだとは言いかねます。山の王も全知全能ではございません。私も……病に詳しいわけではありませんので。ですが、異世界人を由来しての流行り病というものも過去にはあったようですので、この度の眠り病というのもあるいは……」
自らの行いが、良かれと思ってやったことが、マイナスの方向で還ってきたのだとしたら。
それが、サララを、最愛の妻を苦しめているのだとしたら。
それは、なんと酷い結末なのだろうか。
信じたくはなかった。けれど、ないとは言い切れなかった。
実際に流行り病として過去に広がったケースがあったのなら、今回の一件も、それで確定なのではないかとすら思えてしまう。
「……そう、か。異世界、が」
「異世界の瘴気が本質的に何を示すのかまでは分かりません。私は病原と訳しましたが、もしかしたら本当に瘴気のような、何か病気の元になりうる問題が起きているかもしれないのです。ですから、あくまで私の意見は参考程度に留めていただければ……」
「ああ、いや、ありがとう。今まで医者に聞いても錬金術師に聞いても解らない事だった。ありがとうなシルヴィア」
「お役に立てたかは分かりませんが……」
「大いに役立ったさ。そうか、そういうことだった、か」
もしかしたら、自分が原因かもしれなかった。
もしかしたら、夫婦で築き上げたギルドが原因かもしれなかった。
もしかしたら、自分が親しく接していた異世界人たちが原因かもしれなかった。
だが、そんなものをサララにどうして伝えられようか。
言えるはずもない。
では、治すために異世界人を離れさせればいいと言われたら、サララは従うだろうか。
そんなの、受け入れられるとは思えない。
全部自分たち夫婦の成果のはずだった。
全部自分たち夫婦がうまくやった結果のはずだった。
それが、自分たちの心を蝕ばんでいるなんて、そんなの、受け入れられるはずがない。
「……旦那様?」
「まだだ。まだ、何かあるはずだ」
異世界人の事は、誰に聞けばいいのだろうか。
そう考え、意識が向いたのは同じ異世界人だった。
ただし、人間界に住んでいるものではなく、極東、魔族の世界に住んでいる者たちである。
「魔界に行くか」
「ま、魔界に……? しかし、流石に極東は遠すぎます。向かうにも、一度海の王の加護を受ける必要があるのでは?」
「いや、その必要はない。俺一人で向かうから……とりあえず、カルナスに戻ろう」
地理的にはバークレーの方が近かろうが、バークレーからではどうあがいても極東には向かえない。
まともなルートを通るなら海路をおいて他にないが、カオルは知っていた。
カルナスからなら、カルナスにいる彼女になら、魔王城への直通ルートを使えるはずだから、と。
(まさか、またレイアネーテに頼ることになるとはな)
今でもギルドに所属してくれている、人の好過ぎる魔人・レイアネーテ。
彼女なら、魔王城への転送ゲートを用意できるはずだった。
だから戻るのだ、カルナスへ。
何も進まない進捗が、自分が動いた途端にどんどんと進んでゆく。
無暗に人に頼るより、自分が目当ての場所に向かった方が早かった。
(……そうか、俺が望むから。俺が、そうなれと願うから)
だが、サララを助ける事だけは、どれだけ願っても待っているだけでは叶わなかった。
ならばそれは、自ら行動しそうなるように努力したから得られたのではないか。
結局は、自分なのか。
誰かを信じるだけではダメなのか。
それは軽い失望でもあった。
全てにおいて自分が関わらなければいけないのか、と。
人任せにしたのでは得られないものがあるのか、と。
この世界の、なんと融通の利かない事か。
世界を管理する女神様に、つい愚痴の一つも聞かせたくなる、そんな有様だった。