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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
16章.歴史となった英雄
291/303

#17.魔王討伐さる

 怪物ホーディの襲撃から二日。

討伐隊がグラチヌスの拠点にたどり着くころには、軍勢同士の戦いも決しようとしていた。

エルセリア・ラナニアの両大国を中心とした連合軍は、グラチヌスの死者の軍団を容易く撃破し、さしたり被害もなく旧帝都まで押し進んでいた。

定期的に出現するグラチヌス軍も、こうなると最早出た瞬間に討伐されるだけの木偶(でく)の集団で、何の障害にもならない。


 やはり時代が違い過ぎたのだ。

連合軍は近代的な戦闘ができる軍がほとんどで、総大将を務めるラナニアのシドム王子は陸戦において天才的な手腕を発揮し、異国ばかりの寄り集まりにすぎない大軍を見事に率いていた。

更にはエルセリア・ラナニア両海軍による砲撃が陸上に降り注いだのも大きい。

かつてグラチヌスが体験した戦いでは射程の都合でそんなことは起きなかったが、現代における海軍の主力艦では大半が海上からのグラチヌス国内への砲撃が可能となっていたのだ。

これによる先制砲撃でズタズタにされた戦列に無傷の陸上軍が突撃を仕掛ける。

それだけでグラチヌスの軍勢はろくな被害も与えられぬまま瓦解していった。

結果、死者は増えず、グラチヌスの軍勢は膨らむことがないまま萎んでゆくのだ。


「軍同士の戦いはもはや決着がついたといえよう……後は女神様や勇者殿次第、といった所か。上手くやってくれよ」


 本陣にてまもなく魔王の討伐が開始されるとの報告を聞いたシドムは、旧帝都のある方の空を見やり、一人呟いた。




「なんか、びっくりするくらいに障害がないんだけど」

「本当……静かですね。これが、魔王の拠点……」


 その頃、討伐隊はというと、首尾よく旧帝都アースフィルへと到着。

そのまま魔王グラチヌスがいると思わしき中心の城へと侵入していた。

討伐隊は人数ばかりはいるものの、ばらけた状態では魔王相手には流石に不利なので、まとまっての移動となる。

結果ぞろぞろと大人数で進んでいるのだが、その道を阻む敵は一人たりともおらず。

警戒こそすれ、各々予想外に平穏過ぎて、かえって不気味に感じてしまっていた。


「何か罠があるのかな……?」

「罠というか……これが多分、グラチヌスの限界なんでしょうね」


 集団の中ほどを歩いていたティアが、隣を歩くレイアネーテと話し。

その後ろにいたアルムスルトが「そのようだな」と鼻で笑う。


「配下なき王などこの程度、という事か」

「その点アルムスルトはいいわよね。頼りになる部下がいっぱいいて」

「本当にな。まあ、そんな私も今はカオルの部下だが」

「……?」


 正体を知らぬ者には謎多き新参ギルドメンバーであるアルムスルトだが、それを知るアロエの言葉に、さも愉快であるかのように頬をポリポリと掻き。

不思議そうに首をかしげるティアに「なんでもないさ」と気さくに笑いかける。

突然笑いかけられたのでティアも驚いたが、それ以上にその綺麗な顔に頬を赤く染め、レイアネーテにひそひそと耳打ちする。


(ねえレイア。アルムスルトさんって格好いいよね……)

(そうねえ。私が知る中でも断トツで美形な方だとは思うわ)

(恋人とかいるのかな?)

(いらっしゃるわよ? だから貴方の入る余地はないわ)

(むぐ……そっかあ、そうだよねえ。久しぶりにいいなあって思ったんだけどなあ)


 レイアネーテにしてみれば、普段一人でいる事の多いティアがそんな事を想うのは珍しいと感じていたが。

確かに、自分たちの主はとても綺麗な顔立ちをしている男性なのだ。

過去には人間の勇者が惚れてしまったこともあるくらいだし、それくらいは普通なのかもしれないと納得もできた。

だが、同時にくぎを刺すことも忘れない。

おかげでティアは瞬時にしょんぼりしてしまったが、それでいいのだ。

その恋は、続いてはならないものなのだから。


「貴方器量はいいんだからそのうちいい人くらい見つかるわよ。ギルドの荒くれものが嫌だっていうなら、ここの連中の中にだってよさそうな人はいるわけだし――」

「そ、そうかな……確かに格好いい人多いけど……あの城兵隊長さんとかかっこいい」

「あの人この間結婚してた人じゃない。しかも封印の聖女とお姫様と」

「うぅ、そうなんだよねえ。マスターもだけど、素敵な人は大体取られていくの辛い」


 今度は兵隊さんを見ながら。

どうにも他人の男に目を向けてばかりいるように思えてレイアネーテは友人として「この娘ちょっと危ういわねえ」と心配になってきていた。

男を見る目は間違ってないけれど、それは茨の道を通り越して玉砕ルートにしかなりえないのだ。

仮初の立場とはいえ、友人が無惨に散る様は、レイアネーテはできれば見たくなかった。


「見た目だけで選んではダメだと思うけど……やっぱり格好いい人じゃないとダメなの?」

「そういう訳でもないと思うけど……でも、今一ピンとこないというか、胸がドキドキするのはあんまりないよね」

「そういうものかぁ」

「そういう貴方はどうなのよレイア。貴方のそういう浮ついた話って聞いたことがない……」

「私は戦って勝利することを自分に誓ってるからね。戦う以上は勝たないとだめなの」

「なにそれ、恋の話よね?」

「だから勝てる相手としか恋愛しちゃダメなの」

「勝てなかったら?」

「死ぬ」

「過酷すぎる……その恋は過酷すぎるよレイア……」


 冗談なのか本当なのか分からないことながら、相棒の言う事に戸惑いや不安が増してしまう。

しかしレイアネーテはと言えば、ティアがそんな風に思っている事など気にもせず視線を上へと向けた。

目に入るのはシャンデリアの残骸。

けれど気持ちは、別へと向いていた。


「私の故郷だとね、『恋は戦争』っていう言葉もあるくらいで。男の人の数が少ないから、とにかく奪い合いになる事が多かったのよ」

「だからそんな風に考えてるって事?」

「まあ流石に死ぬっていうのは言葉のあやだけどね。でも、それくらいの覚悟で挑まないと勝ち取れないくらいには過酷な競争なのよ」

「それはすごいわね……都会とかなら割と男余りだけど、貴方の故郷だとそんなことになってるんだ……これも過疎化ってやつ?」

「そうかもねー」


 まさか異世界の事ですなどと言えるはずもなく。

だが、違う方向なりに察してはくれたようなので、レイアネーテはそれ以上は語らなかった。

ティアも、その会話を魔王の前でまでする気はないのか、改めて視線を正面に向ける。


 前を歩くのは女神アロエ、勇者カオリ、従者のミリシャ。

その後ろにエルセリアの城兵隊長ヘイタ、封印の聖女アイネ、アイネ付きの神官であるマイが続く。

勇者PTはさることながら、城兵隊長と聖女のカップルもさほど緊張していない様子で心強くも映り。

そんなだから、アイネについている神官の少女が不安にプルプル震えているのが見えてちょっとおもしろくも感じていた。

ボーディ相手のときも、ミリシャやアイネが即座に奇跡を展開しボーディを縛り付けていたのに対し、このマイという犬獣人の少女は、後方で女神の傍に控えていたため、実力は未知数。

ティアにとっては自分もこのメンツの中では実力不足感があったが、それ以上に心配になってしまうか弱さである。

だが、このメンバーを見れば、負ける気もしない。





「ここね」

「ここが彼の……それにしては、とことんまで静かなものだな」


 玉座に通じる巨大な扉を前に、ぴたり、一団の足が止まり。

そうしてアロエとアルムスルトの声を聞き、総員武器を構える。


「グラチヌスももう気付いているはずよ。それにしてもここまで抵抗がなかったのは意外だったけれど……カオリ」

「うん。頑張る……行くよ皆!! 私についてきて!!」


 ちゃきり、勇者が全員に向け武器を掲げ、声をあげ。

その場にいた全員が声をあげずとも無言で武器を同じように掲げた。

それが合図である。玉座への扉は開かれた。



「来たな勇者一行……くそがっ、簡単にはやられねえ! やられてたまるかぁっ!!」

「もう貴方は終わりよグラチヌス! すごく申し訳ないけど、死んでもらうからっ!」


 そこにいたのは、いでたちばかりが豪華なだけの男だった。

人間にしか見えないただの人。

けれど、流石に目の前に敵が現れたとみるや一人で戦う気はないのか、大量の兵を召喚し、玉座の間が死者の軍勢で埋め尽くされてゆく。

けれど一閃。勇者が剣を切り払った瞬間、グラチヌスへの道ができる。


「ぐぅっ……くそっ」

「てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「勇者殿の援護、請け負った!!」

「カオリを守ってあげて! グラチヌス相手なら、一人でも倒せるはずだから!!」


 勇者が魔王の力を打ち消し。

取り巻きは討伐隊が請け負っていた。

最初の一閃でグラチヌスの周囲の取り巻きは蹴散らされたが、すぐに倒れなかった一団が前進し、カオリとその近くにいた兵隊さんらが孤立しそうになる。


「――やらせませんっ」


 そこに、ミリシャが浄化の奇跡を放つ。

たちまち死者の軍勢は光に抗えなくなり、消滅していった。


「ふっ……中々大したものだ。加勢の必要すらなかったように思えるが……むっ」


 後方で状況を見、余裕を感じていたアルムスルトだったが、勇者がグラチヌスを即時に討ち取れる訳ではなく、グラチヌスはグラチヌスで必死に抵抗しているのが見て取れた。

そして同時に、後方からも死者の集団が召喚されるのにも気づき、「いよいよもってなりふり構わぬ抵抗を始めたか」と、後方からの敵集団に魔法弾を撃ち込んでゆく。

目の前の集団は即座に消滅したが、すぐにまた湧いて出てきた。


「面倒な……自動タイマーか何かか」


 自身の身体も魔王としての力が削られ、幾分のしんどさを感じていたが。

グラチヌスもまた、自分の力が勇者と相対し無くなる事を前提に、あらかじめ手を打っていたらしいと感心もしていた。

そう、この手は使える(・・・)のだ。


「混戦になるわ! 後ろから狙われないように注意して! 突出しないように!!」


 討伐隊の中心から、アロエが檄を飛ばす。

視線を向けるのはあくまで魔王グラチヌスにのみ。

既に能力の大半はグラチヌスから魔王としての力の概念を取り去る事にのみ費やすことが決まっているアロエは、この場面でも戦闘に参加することができない。

より確実に、絶対に成功させるためにも。

今は戦うべきではないと。頼れる仲間たちに頼るべきなのだと、そう信じて。


「あっ、ちょっ、数が多い……てやぁっ!」

『ブグゥッ……』

『アオォォォォォッ』

「ふわっ……後ろにっ」


 賊相手よりも楽な相手だったが、賊など比較にならないほどに数で攻め立てられ、一人、また一人窮地に陥ってゆく。

ティアもまた、疲労感に注意が散漫となり、背後を取られてしまった。


「危ないっ! でやぁぁぁっ!!!」


《ズシャァッ》


 追い詰められたティアを救ったのは、槍の一撃。

ラナニア衛兵隊の紋章が鮮やかな鎧の男が、ティアの後ろをカバーしていた。


「あっ……助かりましたっ」

「うむ……敵はまだまだいる。こうして互いの背後を守るように戦おう」

「は、はいっ」


 互いに背を預け、正面の敵を蹴散らしてゆく。

こうしている限りは背後を取られることはない。正面戦闘ならば負けることはない。

二人の戦いを見てか、あるいは自然とそう考えてか、討伐隊の面々は次第に二人一組になり、互いをフォローし死角を補ってゆく。


「癒しの光を――ヒーリングシャワーっ」

「おぉ、なんとか助かったぜ……ありがとう神官さん」

「傷が見る見るうちに……これが犬獣人の力なのね、すごいわ」

「頼りないなんて思って悪かった。あんたすげえ神官さんだよ」


 戦闘には直接参加せずとも、働く場所は随所にあった。

聖堂教会の神官として、傷ついた者たちを癒すのはマイにとってさほど難しい事ではなかった。

突然湧いて出た死者の軍勢に怯えはしたが、きちんと支援担当として活躍していたのだ。

その場にいる者ができる限りの働きをし、そうして――


「――うぉぉぉっ! こんなっ、こんなことってあるかよぉ! 俺は何も悪いことはしてねぇのに! ただみんなが楽しい世の中を作ろうってしただけなのによぉ!!」

「それでやってる事が他人を操るとか、そんなのディストピアにしかならないのよ! みんなに迷惑かけないでよ!!」


《ザシュッ》


「あっ、そ、そん、な……また、しぬのか……?」


――勇者と魔王の戦いも、決着がついた。

魔王グラチヌスは必死の抵抗をしたが、やはり地力ではカオリに勝てるはずもなく。

最期は敢え無く心臓に剣を突き立てられ、地に膝をつき絶命した。




「はぁっ、はぁっ……疲れた……勇者の力なしだと、こんなに疲れるんだ……」

「ありがとうカオリ! よくやったわ、みんなもありがとう!!」


 そうして、グラチヌスが死ぬと取り巻き達も消滅し。

討伐隊の一人も欠けることなく勝利が確定。

アロエが急ぎカオリの元へ駆け寄り、感謝を述べ。

そうして……カオリを見て「ごめんね」と、一言告げた。


「たくさん協力してくれてありがとう。だけど、辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい」

「辛い思いって……でも、うん、確かに、人を斬のは辛かった、かも」


 戦いは終わった。

みんな無事で、だけれど。

協力してくれた勇者に、斬りたくもない他者を斬らせたことに違いはなく。

だからこそアロエは、今度こそ想いやりある言葉で労わりたかったのだ。

かつての失敗を想い。今度こそ繰り返さないように。

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