#13.祝福は誰が為に
「いやあ! 久しぶりだなあカオリちゃん! それにアロエ様とミリシャも」
合流開幕から疲労感とテンションただ下がりの勇者PTを迎えたのは、この場にいないはずのカオルだった。
まさかの登場にアロエとミリシャは「え、なんで」と頭にクエスチョンを浮かべたが、カオリは瞬く間に笑顔を取り戻す。
「わあカオルさん! カオルさんカオルさん!!」
「おうカオルさんだぞ。元気そうで何よりだぜ!」
まるで遠く離れた親友との再会かのような喜びようであった。
実際に話した日数など一週間ほどだというのにこれは、はたから見るといささか近すぎるようにも感じさせるもので。
(あの……アロエ様。前々から思ってましたけど、なんでカオリ様ってこんなにカオルさんの事がお好きなんですか……?)
(わかんにゃい。惚れたとかでもないみたいだし、お兄さんが欲しかったとかじゃない?)
(それでこのテンションですか……私、カオリ様の事がわかりません……)
(人は誰しも分からないことを一つ二つは持ってるものよ。貴方が重度のシスコンだったこととかもね)
(そ、そのようなことはっ! あれは幼少の頃の話でっ――)
兄妹のように和気あいあいと抱きしめあったり笑いあったりする二人を見て、従者と女神はこしょこしょと小声で話し合うが。
修羅場はまだ続いていた。
「――ですから! ヘイタ様は私と既に婚約を――子供の頃に将来を誓い合いましたし!」
「ええっ、それくらいなら私もしてたよー? ね? ヘータイさん。覚えてるよね?」
「うぇっ!? そ、そんな約束、したか……?」
「あっ、ひどーい! 私本気にしてたのに! 遊びだったの!?」
「いや、遊びだったわけでは……あっ、あれか? もしかしてままごと遊びの時の――」
「うんっ、その時の事よ! なんだ覚えてるじゃない。ほらほら、私も同じだわ!」
「そんな――本当のお遊び、で……」
どう考えてもお姫様と村長の娘ではお姫様の方が立場的に上のはずだが、相手は封印の聖女である。
その魂の尊さは一国の王族にも勝るとも劣らず、その上自分も幼いころの約束を持ち出しての強引な婚約をした以上、相手の言う事を頭ごなしに否定するわけにもいかず。
何より――自分が今どんな口調で、どんな顔で最愛の人を取り合っているのか、どれだけ必死な顔をしているのか、衆目の中それを晒していることに気づき、ようやく冷静になる。
元々は姫君が一方的に突っかかっていたようなものなので、一瞬だけシン、と場が静まり返った。
「――兵隊さん」
その一瞬を見て、カオルが振り返り、二人の女の間で困り果てていた親友へと一声。
「選べないならどっちももらっちまえよ。どうせどっちかフったら傷つけるとか迷ってるんだろ?」
「えっ……」
あんまりな助言であった。
言われた兵隊さんもだが、姫君も困惑を隠せない。
「――カオル様!?」
「いや、俺もステラ様の恋を応援したいと思ってるよ? 俺も幸せになれたしね? でもさ、今のままだとアイネさんだけじゃなく兵隊さんも苦しむことになるぜ? お姫様は兵隊さんを苦しめたいのか?」
「そ、そんな訳では……ですが、愛する殿方には自分だけ見てほしいと願うのは、そんなにおかしいですか?」
「おかしくはないぜ」
「それはおかしくないと思うけど……」
カオルだけでなくアイネまで姫君の言葉をしっかり肯定する。
アイネまでうなづいたことには姫君も驚いていたが、「でしたら」と、カオルへの視線を強めた。
だが、カオルもそんな程度ではたじろぎもしない。
何せずっと怒らせると怖いサララがそばにいたのだ。
ある意味怒り慣れていない、単に感情を爆発させているに過ぎない姫君など、ちょろいことこの上なかった。
「アイネさんだって、兵隊さんが幸せなら少しくらいは我慢できるんだろ?」
「うん。まあ……理想は独り占めしちゃいたいけど、誰かを泣かせてまではっていうのは……別の手段があるなら私はそれでも」
「なっ」
「まあそうなんだよな。俺としてはどっちの気持ちも解るからどっちも諦めさせたくないというか」
そこでちら、と兵隊さんを見る。
兵隊さんはというと……今でもまだ迷っているようだった。
この状況、カオルには「こうなるだろうなあ」とは思っていたしこの場に来る予定は本来なかったのだが、実際着てしまった以上は関わらないではいられなかった。
ある意味魔王云々などより重要な問題である。
親友が誰を嫁にするか。誰が泣いて誰が笑うのか。
そんな選択、彼ができるはずがないと、妙に確信を持ってしまっていた。
「ていうか、兵隊さんって多分、アイネさんの気持ち知らなかったよな?」
「うぇっ!? あ、ああ、そう、だな……再会して急に抱きつかれて、びっくりしてしまったくらいだよ」
「うぅ……ずっと、ずっと兵隊さんが好きな食べ物とか送ったりしたのに……」
「んじゃ、ステラ様が兵隊さんの事好きだって気づいたのは?」
「……君の婚約を知った辺りでそれらしく意識はしたが……」
「はぅ……そ、そんな、私、あれだけたくさんのアプローチをしましたのに……?」
一人の男の言葉一つで二人の女が意気消沈。
これだけ見ても周囲の男たちは「ちっ」と舌打ちしたり、「俺なら迷わずハーレム選ぶのに」とため息を漏らしたりと分かりやすい反応である。
カオルも「まあそうだよな」と苦笑いしながら兵隊さんの肩をぽんぽんと叩く。
「つまりだ、これだけこの人は鈍感なんだよ。自分のこと好きな女がどんなアプローチしてるのかもよく解らないまま、『自分はモテたことはない』なんて言ってやがったんだ。殴り飛ばしたくなるよな?」
そうだろ? と周囲の男たちに視線をむけば、男たちは「そうだそうだ」とわが意を得たりと言わんばかりに全力で肯定していた。
女たちはというと「男って……」と呆れたような視線も向けたが、一部「そういう感じなのかしら?」と理解を示す寛容な者もちらほら。
いずれにしても、この問題は兵隊さん一人の問題である。
彼が決断すればすべて容易く解決するのだ。
「か、カオル……?」
「覚悟を持てよ兵隊さん。これから命がけで魔王討伐するんだぞ? 自分に惚れてる女に答え一つ聞かせずに死にでもしてみろよ? 二人とも一生結婚しないまま待ち続けちまうぜ? なあ?」
「あ、当り前ですわっ! たとえヘイタ様がどんなことになろうと、私の心は他の方には向きません!」
「カオル君、意地悪になってない? ヘイタイさんが死んじゃうなんて考えさせないで」
力強く肯定する姫君と非難めいた眼でカオルを見てくる聖女と。
反応は違うものの、カオルの言葉を否定する気は全くないのはありありと見て取れた。
これを判断材料として、兵隊さんに決断を迫る。
「……私が選んでいいのだろうか」
「まだ迷ってるのか?」
「いや、そうではなく……私は、今でもまだ、自分がこんな場にいることが信じられないくらいでな」
カオルから見れば、彼は物語の主人公のようだった。
勇者ではないが、立身出世し、勇者と肩を並べられる実力者としてこの場にいる事。
これは姫君のえこひいきもかなりの部分あるとはいえ、それだけでなく、周囲の誰もが認める彼自身の実力と努力もたまもの。
王女の夫として王の眼鏡に叶うだけの能力を示したからこその今であった。
だが、兵隊さん視点ではそうではなかった。
「私は、オルレアン村の衛兵くらいがちょうどいい立場だったのではないかと思うのだ。カルナスの衛兵隊長になっただけでも力に見合わぬ立場だと思っていたくらいだ。そんな私が城兵隊長になり、あまつさえ姫様との結婚など……」
「それは、ステラ様をフるって事か?」
「そうではない。そうではないんだ……私自身、今君が言ったように自分がモテたことのない、たいしたことないやつだと思っていた。だから、アイネみたいな綺麗な娘と話せただけでも本当は飛び上がるくらいに嬉しかったし、差し入れは嬉しかったし……」
「……ヘイタイさん」
「姫様とも、一緒に居られたのが身に余る思いだったが、男としては美しい姫君のお傍に立てるのがこの上なく喜ばしく……奮い立ったというか」
「ヘイタ様……」
迷った末の結論か。
あるいは迷ったままの心境の吐露か。
いずれにしてもこのヘイタという男は、今何かを告げようとしている。
それがわかり、周囲も、そして二人の女も固唾を飲んで見守っていた。
この、不器用でいつも周りに流されてしまいがちな、主人公気質の男が何を言うのかを。
「今でもこんな状況が信じられないくらいなんだ。まるで物語の一ページを見させられている気分なんだ……だが、その主人公はきっと自分で決断し、自分で決めるんだな……私のそばには君がいてくれてよかったと思うよ、カオル」
「まさか俺を選ぶのか?」
「流石にそれはない! だが……もし君が女だったら、君を選んでいたかもな」
「ははは! それは名誉だな! まあ俺も自分が女だったら、兵隊さんと結婚してたかもしれねえ」
二人の女を前に、それでも彼が笑う余裕があったのは親友が居たからだった。
そう、笑えたのだ。
そして自分を慕う二人の女を前に、彼は決断を下す。
「私は見ての通り優柔不断で鈍感な男だ。女性の気持ちなど微塵も解らない情けない男だ。それでも尚、私の事を慕ってくれているのなら――」
「ヘイタ様……」
「ヘイタイさん……」
「どうか、二人仲良く、私を想ってくれないだろうか。喧嘩することなく、二人で」
「……カオル様、恨みますわ」
「私はまあ、カオル君はそこまで恨まないけど」
ステラ王女の今まで見たことのない様な強い眼力の視線に晒されながら、カオルは「いやあ」と笑ってごまかす。
ひょうきんな男であった。だからか、姫君もいつまでもにらみ続けられず、ふっ、と、力が抜けてしまう。
「――ですが、恨みこそすれ、憎む気にはなれませんわ。ええ、どこかこんなことになりそうな気がしましたもの」
ため息交じりに空を仰ぎ、また最愛の男へと視線を向ける。
「愛した殿方が別の女性とも愛を繋ぎたいというのなら、それを認めるのもまた、妻の余裕というもののはずですから。お母様のように」
「王様もソフィア様がいるもんな」
「ええ。お父様のような殿方とは結婚したくないと思いましたが、結局そうなりました。せめて民に対しては誠実な王であっていただけるとは思いますが……」
「じゃあ、お姫様――」
「認めます! ヘイタ様が私以外の女性を愛することも……ですが! ですが三人目は認めません! 生涯私とこの方だけにしてくださいね!!」
「……もちろんです。姫様」
問題は解消された。
あまりにも強引で無茶苦茶で、まるで喜劇か何かのような無理やりな終わり方ではあったが。
そんな終わり方でもぱちりぱちり、拍手が鳴り響く。
そう、これはカップルの誕生なのだ。
男一人女二人の、ややいびつな幸せの形。
それが今誕生したのだ。
「おめでとうございます姫様っ! 長年の思いが報われましたなっ!!」
「おめでとうございます聖女様っ」
「よくわからないけどおめでとう」
「畜生見せつけやがって! こんなきれいな嫁さん二人両手に花ってお前……こんな場所じゃなかったら祝わねえぞ普通! おめでとう!!」
「私の時は自分に一途な男がいいなあ、おめでとー」
拍手は次第に増え、やんややんやとその場のメンバー全員が口々に何事か伝えながら鳴り響いてゆく。
これはそう、決戦の前の慶事なのだ。
例え無理やりでも、祝ったほうがいいとみんなが気づいていた。
「いっそのことここで結婚式しちゃえば?」
カオルが流れに飛び込んだ中、その隣で一部始終見守る形になった勇者PTだったが。
女神アロエがそんなことを口走った事で、流れは一気に加速する。
兵隊さんも最早理性的に考えるのを諦め、勢いのまま通すことにした。
「では、しましょうか、結婚」
「はいっ」
「喜んでっ」
ほかならぬ運命の女神による祝福である。
これ以上ない加護が感じられ、この慶事はこの上ない祝福の儀となってしまった。
「なんか、すごいことになってるわねえ。結婚式って」
その場の流れでどんどん決まっていくのを少し離れた場所からぼんやり眺めていた女冒険者二人。
片方はレイアネーテ。
そしてもう一人は、ティアだった。
「あんたが魔王討伐PTに参加するって聞いて、私は参加する気も更々なかったはずなんだけど……なんで私こんなところで他人の結婚式見させられてるんだろうねえ。それもお姫様と聖女様って」
「まあまあそう言わないで。私は相棒が欲しかったのよ」
「オーガでも死ぬから嫌ってくらいなのに、なんで私が魔人の相手とか……」
「魔人、いないんじゃないかって言われてるけどね。まあまあ」
「うう……恨むわよレイア? 貴方が連れてきた仲間っていう人たちだって、なんか頼りないし……」
「大丈夫大丈夫。マスターお墨付きの人材だから。大船に乗ったつもりでいきましょう!」
「泥船じゃないことを祈るわよ……とほほ」
ほどなく目的地という辺りまで来ている以上、彼女たちに最早できることなどジョッキの中の酒を呑むくらいである。
テンション高めに「新たな夫婦にかんぱーい」と乾杯するレイアネーテを見て、ティアも疲れ気味に「かんぱい」とだけ呟き、ちびちびと果実酒を飲んでいく。
(ああでも……戦う前にこんな風に明るい雰囲気なの、ちょっといいかも)
いつ死ぬかわからない中、ピリピリとした緊張感を肌で感じながら眠るくらいなら、これくらい砕けていたほうがいいんじゃないか。
そんな風に思いながら、ティアは相棒になった女冒険者を見て少しだけ楽しもうという気になっていた。
今だけ、今だけだから、と。