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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
16章.歴史となった英雄
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#12.修羅場


 躍動する魔力。

概念の力が暴走し、アースフィル周辺の動植物が暴走を始める。

魔物たちは圧倒的な魔力にひれ伏し、賊党は喰らいつくされ死者の兵団と化す。

世界が明けへと染まる頃、その地は赤銅(しゃくどう)の鈍ききらめきを見せる。


「グラチヌスが力を取り戻しつつあるみたいね。厄介だわ」


 ラナニアから更に北東へ一週間。旧グラチヌス帝都へと向かう馬車の旅。

女神アロエは遠景から見える、狂った色へと変わってゆくかつての廃墟を一人見やる。

傍らに控える勇者カオリは「そうなの?」とのんきな声で問うてくる。

今に始まったものではないが、この勇者殿には緊張感がない。

アロエは「大物ではあるのよねえ」と頬を引きつらせながら馬車の中へと視線を戻す。

同じ馬車で移動しているのは、御者を除けば彼女とカオリ、そして従者のミリシャだけだった。


「できれば弱ったままでいてくれればと思ったのだけれど……どうやら、各国の王を頼ったのは間違ってなかったみたいね」

「それって、やっぱり魔王の軍勢が領内にいるって事?」

「ええ。魔王グラチヌスが得意とするのは、死者の捕食と、喰らったものを召喚し操る事。自らの思うがまま、意の向くままに他者を操れてしまう、文字通りの死兵の軍団を作れる凶悪なものよ」

「うえ……死んだ人を兵隊として使うとか、趣味が悪いなあ」

「ほんとにね」


 この力の恐ろしいところは、過去に喰らった生き物なら何でも召喚できてしまえること。

そして、ネクロマンシーと違い、それには何の触媒も実態も必要ない事。

つまり、突然何もない場所に死者の兵団が現れるのだ。


「あの力の有効範囲は途方もなく広くてね、最盛期は極東からラナニアに至るまで届いたくらいよ。最初は普通の兵隊で構成された軍勢が、何人倒れても全然止まらず死者として蘇るのよ。死んだらはるか遠くアースフィルにいるグラチヌスにそのまま捕食されて、また蘇るの」

「……グロい」

「魂の冒涜よ。グラチヌスはこの力によって圧倒的な権勢を誇った。最強のラナニア軍と当たるまでは、ね」


 いかに倒れて復活してを繰り返そうと、真なる強者を前には敗北を繰り返した。

グラチヌスという男は、商才こそそこそこあれ、実態は野心が強いただけの商人なのだ。

そんな者が王で、戦略を決めて、そして死者の軍団を操っても、歴戦を重ねただけの戦略を駆使し、現状に即した的確な戦術を発揮する本物の軍隊相手には、遠く及ばなかった。


「いくら復活できても、ラナニア相手ではなすすべもなかったの。今はラナニアの軍事力も落ちているけれど……でも、その代わりに大陸各国の技術は進歩しているから」


 地続きのラナニアだけでなく、エルセリアをはじめ大陸中の国々が兵力を供出し、それぞれが相応の規模でもってまとまっていた。

兵力だけならばかつてラナニアがグラチヌス軍と対峙した時よりもはるかに多い。

そして各々が持つ装備も、そのころよりも洗練されたものばかりで、兵の動き一つとっても近代戦に即したものとなっている。


「もうすぐ始まるわ。グラチヌスは、そうかからずに倒せると思う」

「人同士の戦争じゃないだけましだけど……戦争って、やな響きよね」

「それはそうですわ。争いなど、起きないほうがいいに決まっていますから……」

「ええ、そうね」


 さっきまでのほほんとしていたカオリだったが、戦いの空気が満ちてゆくに従い、シリアスなことも口走るようになってゆく。

アロエもミリシャも戦争は嫌なので、カオリの言には静かにうなづいていた。


「もうすぐ封印の聖女達と合流するポイントだわ」

「各国の精鋭の人ともそこで合流するんだよね? カオルさんも来るの?」

「カオル君は来ないみたい」


 シリアスな雰囲気を払しょくするように、少しだけ前向きに、期待に目を輝かせるカオリに、アロエはちょっとだけ申し訳なさそうに打ち明ける。

カオルが来ないことはすでにアロエは知っていたが、カオリのテンションが下がるのが分かっていたので、直前まで知らせないようにしたのだ。

どうせ知ることになることだが、変なことでへそを曲げられるよりは、覚悟を決めてもらってから教えたほうがいいかもしれないから、と。

案の定カオリは「えー」と目に見えてテンションが低くなっていた。

結婚式以来の顔を見られるチャンスだと思っていたのだ。

久しぶりに会話を楽しめると思っていたのだ。

その期待が裏切られ、口元をひくつかせながら壁にごん、と頭から倒れこむ。


「もうやだ。寝る」

「うん、ゆっくり休むといいよ。まだ戦闘にはならないだろうし」

「アロエが慰めてくれないし……ほんとにふて寝しちゃおうかな」

「カオリ様。カオルさんはあれで忙しい身のようですし……あの、代わりの方はいらっしゃるんですよね?」

「そうね。カオル君のギルドの人が来るっていう話だから、その人からカオル君の話は聞けるんじゃない?」

「……そうなの?」


 そのまま本当にふて寝してしまいそうに横になってしまったカオリだったが、ミリシャとアロエの言葉にぴく、と耳を揺らす。

あくまでそのまま、返答次第ではそのまま寝入りますよと言わんばかりの意思を見せたまま。


「何せギルド運営は大変らしいからね。苦労してるカオル君の話とか、変なことやらかしたカオル君の話とか聞けるかもよ?」

「そういえばお子さんも生まれたというお話も聞きましたね」


 子供、という単語でぴくりと反応し、ちら、とだけ目を開ける。


「ねえ、二人の子供って、結構前の話じゃなかった?」

「最近また生まれたらしいよ? 三つ子だって」

「……幸せ家族すぎる」


 円満な夫婦関係を築けているようで何より。

安堵してもそもそと起き上がる。

ただ、そんな幸せ夫婦から自分が幸せを奪うところだったのだと思い出し、少しアンニュイになりながら「そうならなくてよかった」と、今のカオルのいない馬車を見て思い直してもいた。


「そっか……カオルさんは幸せに生きてるんだねえ。この世界で幸せをつかんだんだ」

「うんうん。カオル君が楽しそうに生きててくれてうれしいわ」

「アロエったら、また後方女神様面してる……」

「この世界の女神様ですから」


 満足げに胸を張るアロエに、カオリは呆れたようにため息し。

けれど、ブレないその姿勢には「この娘も図太いわよねえ」と内心で笑ってもいた。


「じゃあ、幸せな二人とその家族の為にも、魔王討伐、頑張らなくちゃね」

「そうそう。その意気よカオリ。カオル君達の幸せの為にも戦うのよ」

「ファイトですカオリ様。くじけず戦い抜きましょう」


 二人からの声援にカオリもだんだん気分がよくなってか、また起き上がってにこりと笑って見せた。

多少気分屋なところはあれど、基本前向きな勇者殿に、二人はほっと胸をなでおろしていた。




「でも、さっきの子供の話? なんで私は知らないのに二人は知ってたの?」

「ああ、それはね……カオル君からの遣いの人が私のもとに来てね」

「天使様でしたわ。カルナスの天使様がいらっしゃったのです」

「何それ知らない」

「カオリは寝てたもの」


 ちょうど今のようにふてくされてそのまま眠ってしまった時に、カオルからの遣いとしてベラが現れたのだ。

祝い事として多くの人に伝えたくて郵便などでも報せていたらしいが、勇者PTだけはどこにいるのかわからなかったので、という事でベラが派遣されたのだという話で、カオリも「そうだったんだー」と納得する。


「そういえばいたねー天使さま。大人びた綺麗な人だったなあ」


 結婚式の後に出会った天使ベラを思い出し、カオリもほっこりとした顔になる。

異世界にきてある意味一番異世界らしいものに出会ったというか、嬉しくなったのだ。


「あんな感じの天使さまって、他にも結構いたりするの?」

「いいえ、天使は徳を積んだ聖人が、様々な苦難を乗り越えた末になることのできる存在だから……ほとんどいないわよ?」

「誰それがそこに至った、という伝承自体は古くから聖堂教会に残っておりますが、その多くはその後どうなったかなどは残っておりませんでした……やはり、天使は神々の世界に?」

「ううん。天使は地上に残り続けるわ。ただ、あくまで死んだ後、それでも世界の為に何かしたい人の為の猶予期間だからね。やり残したことややりたい事が済んだり、心行くまで人々の為に尽くしたら自らの意思で魂を開放し、この世から消えるわ」


 天使とはあくまで死後の猶予期間。

既に死したるベラという女にとって、今はただ、人々の為に、そして見守り続けたいと思ったカオル達の為に残っているに過ぎなかった。

天使という存在の儚さをそれとなく感じ取り、カオリもミリシャも寂しさを覚える。


「そっか。死んだ後も人の為って生きて、満足したら消えちゃうんだ」

「死して尚、人々の役に立とうという善人だからこそなりえたのですね……私も、もっと精進しなくては」


 ベラの行く末を考えしんみりとした話ではあったが、ミリシャはむしろ「そうありたい」と願い、ぎゅっと拳を握りしめる。

天使への道とは、聖者として生きる犬獣人にとっても決して他人事ではない、生涯の目標の一つなのだから。




「もうそろそろ合流する場所なんでしょ? でも、この辺って似たような風景ばかりで迷わない? ちゃんと正しい方向に向かってるのかな……」

「グラチヌスの力の影響か、コンパスも先ほどから奇妙な動きばかりしていますし……女神様?」

「大丈夫よ、ちゃんと方向はあってる。このまま進めば、そうかからず会えるわ」


 いつまでも変わらぬ風景。

そしていつまでも会えぬ合流相手に少しずつ退屈に、そして不安にもなってきた二人に、アロエは気にした様子もなく目を閉じる。


「封印の聖女の力……もう影響範囲内にいるのよ。そう、ゲルベドス……今は封印の聖女を主にしたのね」

「ゲルベドスって?」

「かつて魔王グラチヌスに仕えていた魔人の一人です……あらゆるものを猫に変える力を持っていたのだとか」

「あんなものはおまけの能力よ。あいつは大魔術師・大魔導士と呼ばれ、あらゆる魔法を網羅した異世界人だった。この世界に、魔法による秩序と文明を授けてもらうために呼んだんだけど……突然『飽きた』とか言い出してね」

「飽きたって……飽きたって」

「ほんとに、それだけの理由で人々の前から姿を消して、各地にスケールの大きい迷惑行為を繰り返して……気が付くと魔王の傍で魔人になってたのよねえ」

「迷惑すぎる……」


 絵に描いたようなろくでもない大人だった。

カオリもミリシャもものすごく残念なものを見るような目でアロエを見つめる。

見つめられたアロエは「なんで?」と困ったように焦るが、カオリは「いやだって」と手を振り振り。


「アロエがそんな残念な人を連れてきちゃったんでしょ? なんで呼んだのよ」

「だから、魔法使いとしてすごく優秀だからよ。実際今この世界に存在するあらゆる魔法文明が、ゲルベドスから伝授された技術を基礎に開発されているのよ。現存する魔法もマジックアイテムも魔導兵器も、全部」

「魔人になってなければ偉人だった人?」

「魔人になってたり奇行をしてなければ偉人だった人、かなあ。実際やらかした迷惑行為よりも功績の方がはるかに大きいから……なんだかんだグラチヌス倒した時にもいなかったし」


 ゲルベドス本人は迷惑行為を繰り返していたが、ゲルベドスがこの世界に残した功績は時代が進み魔法関連技術が進歩すればするほどに絶大なものとなってゆくのだ。

アロエとしても痛しかゆしとしか言いようがなかった。


「異世界人がこの世界に及ぼす影響の大きさを示すいい例と申しますか……これ以上ないサンプルですね」

「うん、そうなのよね。大体はいい意味で影響を与えてくれるんだけど……」

「毒にも薬にもならないよりはいいのかもしれないけど、毒の成分強すぎるようだと困るよね」

「まあねえ。だから今はそこまで劇薬みたいな人は呼ばないようにしてるのよ? ちゃんと反省してるんだから」


 はるか昔の自分の業である。

二人の責めるような視線にちょっとつらいものを感じながらも、アロエは自分なりに頑張ってますアピールをしていた。


「じゃあその封印の聖女さんを仲間に入れれば、魔王くらいは倒せちゃうのかな」

「倒せる倒せる。でも油断しないでね。封印の聖女が居れば魔王の素の力も結構な割合削れるけど、結局は勇者と魔王は特殊な力抜きで殺し合いすることになるから……日ごろの鍛錬がモノを言うわ」

「それに関してはまあ……嫌と言うほどわかるし」


 勇者の勇者としての力は、魔王の魔王としての力と互いに打ち消しあう。

それはアロエと旅をする合間に幾度となく聞かされ、それが故にカオリは日々、あまり好きではない鍛錬などもさせられていた。

もともと運動が得意だったのもあり、その努力はカオリという異世界の少女を勇者なりの実力者へと短期間で成長させた。

これからの戦いは、その集大成である。


「私、負けない。頑張る」

「その調子よ」

「勇者様、ファイトです」


 再びやる気を出した勇者を前に、二人はやんやと持ち上げる。

のんびりとした雰囲気のまま、馬車は進んでゆく。





「ああ見えた、あのキャンプが合流地点みたいね」

「やっとかー、長かったなあ」

「お尻がちょっと痛くなってきたところです……到着してくれてよかったです」


 少し経ち、ようやく馬車が目的地に到着し。

三人が三人ともに思い思いの言葉を口にしていたところだった。


「――ですから、貴方は何なのですか!? ヘイタ様に突然抱き着いたりして!!」

「何って言われても……私はヘータイさんと同じ村の村長の娘で――」


 突然女性の声が響き、三人は「何事?」と顔を見合わせながら馬車から降りる。


「その方は私の夫となる方です! 今すぐ離れてください!!」

「ええっ? ヘータイさん結婚しちゃうの? うそっ、そんなの聞いてないよ」

「いや、その……姫様もそのくらいに」

「ヘイタ様! ヘイタ様もヘイタ様ですわ! 私と言うものがありながら――」

「ヘータイさん、本当なの? 私、やっと再会できたと思ったのに――」


 男一人挟んでの、姫君と封印の聖女による修羅場が巻き起こっていた。

他にも兵隊らしき者たちや一般からの協力者らしき者たちも遠巻き眺めていたが。


「うへえ……」


 三人はその瞬間から、馬車旅以上の疲労感を覚える事となってしまった……



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