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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
16章.歴史となった英雄
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#10.魔王との謁見にて

 魔王という存在は、カオルにとって、ファンタジーの中の最たるものだった。

例えばRPGなどではラスボスとして君臨していることが多い人間の敵だったし、人間にとって絶対悪とも言える、倒さなくてはならない目標であることも多かった。

だが、同時にそうではない(・・・・・・)作品も多く、例えばヒロインと恋仲になろうとしているだけな三枚目役だったり、悲劇的な事件で恋人を失って人間打倒に至った悲劇のライバルであったり、主人公として悪しき人間を倒そうとするヒーローだったりもする。

そもそもの話、カオルは魔王と言う存在に、そこまでの忌避感や恐れを抱いていなかった。

レイアネーテの話を聞けばそれはより補完され、最早緊張もない。


「思ったより普通の王様っぽいんだな。てっきりもっと恐ろしげな見た目なのかと思ったぜ」

「そうか? 私は生まれてついてこう(・・)だから、君たちの想像する『恐ろしげ』がどのようなものか興味深いな」

「もっとアークデーモンとかサイクロプスみたいなのの偉い版なのかと」

「ふむ……変身すればそれくらいはできるが。見たいか?」


 思ったよりも気さくな王様らしい、と、カオルは安堵し、「いいや」と首を振る。

彼は、そんな魔王を見るためにここに来たのではないのだから。


「それよりも、大事な話があるから聞いて欲しいんだが」

「構わんよ。私もずっとここにいるばかりで、正直、退屈していた」

「それはありがたい」


 王様というのは、どこの国でも玉座に座り続けるのに飽きていて、ことのほか話を聞いてくれるものだった。

素直に感謝しながら、カオルは一つの提案を口にする。


「俺が場所セッティングするからさ、アロエ様と会談しないか? 停戦してほしい」

「……女神アロエと、か? 停戦とはまた、ずいぶん大きく出たな。君には何の権限もないのではないのか?」

「ないだろうな。だからあくまで俺ができるのはセッティングだけだよ。それすら成功するかは分からない。でも、どっちか一方だけでも乗り気になってくれれば、話は作りやすい」


 雰囲気の醸成が重要なのはもちろんの事、片方から言質さえ取れれば、人間の国の王達にも「そういう雰囲気がある」と説明しやすい。

そういう考えが見えて、アルムスルトは「ふむ」と口元に手をやりわずかばかり考え。

そして、傍らに控える側近に目を向けた。


「バゼルバイト」

「はい」

「彼の言う事は本意だと思うかね?」

「恐らくは。必要ならばメロウドを連れてまいりましょうか?」

「いや、いい。お前がそう言うのなら、そうなのだろう」


 そればかりでもなかろうが、と、口元をわずかに歪め。

魔王は英雄を見据える。


「何が目当てなんだ? こんな事、統治者でもなければ勇者でもない、民間人の君がわざわざするメリットが浮かばないな」

「強いて言うなら俺の家族が、それに仲間たちが幸せに生きられるようにしたいくらいかな」

「迷いなく言うものだ。だが、女神殿は過去に幾度も私を殺しに来た。私の配下たちも幾度となく殺され、蘇りこそすれその苦痛は、怒りは忘れてはいない」

「でも、貴方はそれをいい加減終わりにしたいんじゃないのか? 望んで魔王の力を受け入れてる訳でもないんだろう?」

「当然だ」


 魔王にとっては、この力が自分の中に入り込むたびに自我が失われていき、訳の分からない力によって暴走させられるのだ。

そしてその末路は、自分の死と部下たちの敗北が確定づけられている。

過去、魔王が勇者に勝てたことは一度もない。

当然である。魔王が勝った歴史は、すべて世界の滅亡に終わるのだから。

世界がまだ残っている現状、自分のみならず、全ての魔王は勇者に敗れているはずなのだ。

つまり、どれだけ足掻いても自分の死は確定している。

だからこそ、此度の復活の際にも諦観が漂っていた。


――ああ、またなのか、と。


「変えたいんだろう? その為の努力もしてる」

「そうだとも。だが、私達だけではどうにもならないようだ」

「だから俺を利用しようとした。そうだよな?」

「ああ、そうだ。腹立たしいかね? 魔王に利用されていたのだからそれは無理もない」

「いいや、むしろ光栄だね」


 にやり、笑って見せる英雄を見て、魔王は「食えない男だ」と感じた。

見れば見るほど普通の男だ。

だが、そんな普通の男にしか見えない男が、自分を前にして強気に振舞う。

これは普通の人間どころか、勇者にだってできない振舞いだった。

それがただの蛮勇ではなく、自信に裏打ちされたものだというのは気迫から伝わる。

馬鹿にできたものではない。

この男は、魔人や古代竜すら相手にした男なのだから。


「俺はな、俺が役に立てるっていうなら魔族の役にだって立ちたいと思うぜ」

「正気かね? 我々と人間は敵対していたはずだが?」

「正気さ。この世界の人間にとって正気かは分からんがな。敵対してたのだって、陛下が魔王になってしまうからだろう?」

「……確かに私自身は人間との(いさか)いを望んではいないが。だが、必要とあらば戦う事も辞さない程度には覚悟もあるぞ?」

「なら、その必要をなくせれば争いにはならないってことじゃあないか。仲良くすることにデメリットなんてねえよ」


 そんなもんだろ、と、あくまで前向きに答えるカオル。

魔王は「この男は何を言っているのだ?」と首をかしげてしまう。

人間と魔族が仲良くする。

それは、自分達魔族が生まれた時から今に至るまで、誰も考えもしなかった話である。

魔族は、人の敵である。

そして、彼が和解させようとしていた女神アロエもまた、神々の陣営であり、自分達魔族は反目する立場であった。


「……この世界における人間の成り立ちを知っているかね?」

「なんか、女神ココっていう人が生み出したんだっけか?」

「そうだな。正確には夫婦である主神二人が人間を生み出した。我々魔族はそれとは別に、もともとこの世界に存在していた」

「てことは、魔族の方が先住民的な存在なのか」

「そうなる。とはいえ我々自身も別に無から生まれた訳でもなく、その主神二人がこの世界を管理するようになる以前、別の神によって生み出されただけなのだが」


 聞かされもしなかったこの世界の成り立ち。

人間が魔族の後に生み出された存在だというのはカオルには初耳であったが、それを聞いたところで何かが変わるものとも思えず、傾聴する。


「だが、女神ココは自分たちで生み出した人間をことのほか憎悪した。人間が自分たちの話を聞かなくなり、自分たちで好き放題に生き始めたからだ」

「……そんな理由で?」

「それを女神ココは『堕落』とみなした。自らの創造物が自分の望む通りに生きなかったことが許せなかったのだ、あの女神は」

「アロエ様のかーちゃんって怖い人なんだな」

「ああ、何よりも恐ろしく厄介だったさ。その上嫉妬深い。美しい女を指して『私の夫を誘惑した』と言いがかりをつけて呪いをかけるくらいは当たり前のようにやっていた。自分と同格の女神にすらやったのだからな」

「……」


 視線の向く先から、カオルは「それがバゼルバイトさんか」と察したが、余計な口は挟むべきではないと思えた。

魔王の話は、まだ続いているのだから。


「また、女神ココは私達魔族に対しても憎悪を向けていた。というより、これは私に対しての怒り、かな?」

「……魔王様個人に対しての?」

「恐らくは、な。気に入らないからと醜くなる呪いをかけ追放した女を、愛してそばに置いたからな」


 それは、彼女をとことんまで追い詰めたかったココにとっては何よりの屈辱だったのだろう、と魔王は考える。

逆説的に、バゼルバイトをそばに置こうなどと考えなければ、魔族は、そして自分は魔王になどなる事はなかったのだろうとも思えたが。

だが、その選択に後悔はなかった。


「女神ココは憎悪する私と人間たちを共に争わせようと考え、魔王のシステムを考えた。そして……我ら魔族は人間と、終わることのない殺し合いを続けることとなった。今に至るまで、な」

「だけど、それは止められるかもしれない」

「女神殿も……女神アロエもそう考えたのだろうな。私を殺すことによって、止められるはずだった。だが、それは終わらずにいる」

「違うだろう。貴方だってアロエ様だって止めたいはずなんだ。もうこの世界に女神ココはいない。いるのは、手を取り合える貴方達だけなんじゃないのか?」


 双方の話を聞けばそれほどに、魔王とアロエが争う事に意味は感じられなかった。

仕組みを変えられさえすれば、そしてシステムを止めることができれば、それで終わらせることができるはずではないか。

ならば、なぜ戦う必要があると言うのか。

しなければならなかったのは殺し合いではなく、話し合いではないのか。


「話し合いをするには血が流れ過ぎた、というのは言い訳がましいかね?」

「血が流れ過ぎたからで戦争を止められないのは、それは言い訳がましいだろうな」


 実際に人の世は戦争が終わったのだ。

戦争が戦争を終わらせたのではない。

話し合いが戦争を終わらせた。

だからこそ、話し合いで戦争は止まるのだ。


「なあ、貴方にとってアロエ様ってのは、自分達に攻め込んでくるから敵ってだけなんだろう? 自分達からアロエ様に向かって攻めてる感じじゃないよな? 今のところ」

「今のところは、な。だが、再び私に魔王としての力が入り込んでくるならその限りではない。この身に入り込んだ魔王の力が、世界を滅ぼせと私を突き動かせば……どこまで耐えられるかは保証できんな」

「なるほどなあ。それ(・・)の厄介さはアロエ様から聞いたけど、でも、自分らだけじゃどうにもならないんだよな?」

「どうにもならんようだな……部下が研究を続けてはいるが……少しばかり進展があったと思ったがすぐに足踏みだ」


 人間から排出される、感情をはじめとした概念の力が魔王という存在を生むのだとするなら、その元を断ってしまえばいい。

それ自体は魔王たちもすぐに気づき、実際自分に入り込む量はかなり抑え込めていた。

だが、すべてを抑えられたわけではなく、あくまで魔王として暴走するまでの猶予が伸びただけ。

結局魔族や魔人の力では、それ(・・)を根本的に解決する方法までは生み出せなかったのだ。


「概念に直接干渉することはできない。これを全てを物理的に断とうとするなら、それこそ人間という種がこの世から滅びでもしない限り難しい。だが、そんなことをすれば当然女神殿と正面対決をすることになる。本末転倒だな」

「だから俺を利用として概念とやらの方向性そのものを変化させた、と」

「ああ。おかげで私に降り注ぐ量は激減した。だが、今度は別の『魔王』に降り注いでしまっているというのだから、この方法での解決は難しいのだろうな」

「でも、その前の魔王って奴を倒せれば、少なくともそいつの中に入っている魔王のシステムって奴は消せるんだよな?」

「その可能性はあるかもしれんが……つまり君は、私に女神殿と共闘しろと言いたいのか? もう一人の魔王を倒すために」

「ああ。ありていに言えばそうだな。そうすることが、今まで流れた流血のみそぎにもなる。とかそんな感じで」


 無論それは前々から考えていた事でもなんでもなく、ただ今この瞬間、思いついた端から言葉にしているだけである。

それでも、カオル自身が自分で「それっぽくまとまってるはずだな」と思えた事だけを口にしていた。

あくまで彼がしたいのは、魔王側がアロエと争わずに済む方法の提案である。

蹴られるようなら諦めるしかない、だが通ったら嬉しい案でしかなかった。


(この男は……確かに読めんなあ)


 対して魔王はというと、この目の前の男のはきはきとした物言いと、伝えたことに対しての即応から、「油断ならない奴だ」と警戒せざるをえなくなっていたが。

同時に、言われたことに対してはいちいち「でも確かにそうだよな」と納得もできてしまえた。

彼が言う事はもっともなことばかりである。

それを実現させるのがとても大変と言う前提を除けば、とても理想的である。

だから、とても綺麗に思えた。歪んでいない、清々しいまま育ったかのようなまっすぐな主張だった。

だからか余計に、彼の言う事が重く感じてしまう。


「貴方達が何もしなくたって、アロエ様は魔王グラチヌスを倒すだろうさ。だけど、そしたら次には貴方が目標に変わるだけだ。それじゃあ結局、貴方が倒されるっていう今までの流れと違いがねえ」

「そうだな……違うとすれば、二度と蘇らなくなるかもしれない事、くらいか」

「ああ。それでもいいなら手を組まなくてもいいとは思うぜ。だけど……だけどそれは、俺にとっては望ましくないんだ」

「ほう?」


 彼の希望はあくまで、自分たちが幸せに生きられる、そう生き易い世界になることなのだと魔王は思っていたが。

だが、見え透いていた彼の人間としての願いとは別に、彼自身の望んだ道というものが存在していることに、魔王は気づく。

それを促すかのように、魔王は頷いて見せてそれ以上には語らない。

カオルもまた、それを見て促されているのだと理解し、話を続けた。


「そっちのバゼルバイトさんにも話したけど、俺はこの世界の、未来のバゼルバイトさんと、封印の聖女によってこの世界に連れてきてもらったんだ」

「連れてきてもらった? 連れてこられたのではなく?」

「まあ、そんな感じなんだけど、よくよく考えたら自分の意思できたようなもんだったからな。煽られたけど、最終決定は強制じゃなく、あの人たちの願いみたいなもんだったから」

「……それで?」

「実際には、その二人が混じったような状態で出会ったんだ。主導権は封印の聖女の方が握ってたみたいだけど」


 全て思い返せないくらいには遠い過去のように感じられた。

断片的にどう足掻いても思い出せないような、そんな何かがあった気がするけれど、カオルはもう、思い出せないものはそのままでいいやと思っていた。

ただただ、思い出せばそれほどに、魔王の傍に控えるバゼルバイトが、どこか懐かしく思えてしまう。


「俺さ、最初にオルレアン村に行き倒れてたみたいなんだけど、そこで封印の聖女になる、村長の娘さんと会ってさ。だから最初は全く気付かなかったんだ。その人は、その村の衛兵さんに片思いしててさ」

「それは、この話に関係があるのか?」

「大いにあるさ。だってそうだろう? バゼルバイトさんにとっては、貴方はとても大切な存在なんだろう?」

「……ああ。それは間違いないな。なるほど、封印の聖女にとっても」

「そういう事」


 魔王ではなく、バゼルバイトの肯定によってカオルは我が意を得たりといった顔になっていた。

そう、つまりは二人の女が、愛する男達の死を許せなかった、それだけなのだ。


「二人とも大切な人を失って、やり直したいと思った。だからやり直せる方法を考えて……まあ、それでなんで俺が選ばれたのかは分からないんだけど、俺がやり直しの為に過去の世界に来て、改変することになった……みたいな感じかな?」

「では、君は本来いるはずのない異世界人、という事になるのか?」

「多分な。俺が女神様……その二人が交わった状態をそう呼んでるんだけど、女神様を介して見た未来の通りだと、その封印の聖女の想い人と魔王様は、どうやら死んでるらしいからな。散々な光景だったぜ」


 自分の愛する猫娘が傷つき、尊敬する親友が死に、お世話になった村長の娘さんと妹分のような女勇者が涙を流し後悔していた。

そんな光景、見たくはなかったし、なって欲しくはなかった。


「俺がいるって状況は、それだけで結構違うものになるらしくてさ、当初の流れから大幅にずれて、結果的に俺が見た未来とは全く違うものになってるらしいけど。でも、まだ近い形に収まる可能性があるのかもしれない」

「世界は多少歪められても、本来あるべき形に収斂(しゅうれん)されようとするからな」

「そういうものなのか? まあ、そうなんだとしたら、絶対にそうならないように完全に変えちまわないと、俺の望まない明日がきちまうかもしれない訳で」

「……そんな未来、誰だって望むものか」


 女神アロエの進む道の先にはそのような悲劇が待っていると言われ、誰がそれを飲み込めたものか。

あるいは世界平和のための犠牲と言えば聞こえは良かろうが、犠牲にされる側にしてみればたまったものではない。

そんな未来、魔王とて歩みたくはなかった。

ここにきて、カオルと魔王と同じ思惑に重なったのだ。


「カオルよ。君の話を聞いた限りでは、女神アロエにとっては、その世界は望ましいものなのか?」

「もしそうなんだとしたら、アロエ様はまた自分の呼び出した勇者を裏切って、傷つけたことになっちまうな。そんな事、望むと思うかい?」

「……望まないだろうな、あの、甘すぎる女神殿は」

「俺もそう思う」


 その未来の光景に、女神アロエはついぞ姿を見せなかった。

あの女神様は何と言ったか。『女神アロエを倒したバゼルバイトが』と。

つまり、女神アロエの目的は完遂しなかったのだ。

またしても同じ展開になったか、あるいはより酷い状況から次回が始まることになる。

今度は、アロエのいない世界か、あるいはアロエが力を失った世界か。


「同じ展開じゃダメなんだよ、魔王様。変えないと、変わらないと思う」

「変えないと、か。私も自分で足掻いては見たが、君の言うように話し合いをしようとは、一度も思わなかったな」

「そんなこと思いもしなかっただろう? 王様だもんな。部下もいる前で自分たちの命を狙ってくる相手に話し合いなんて持ちかけようとしたって、そんなの命乞いにしか見えないもんな?」

「それもあるが……やはり私には、神々がバゼルバイトにした仕打ちが許せないのもある。私が魔王になった事も許せんが……」

「陛下……私は、陛下が健やかに暮らせるのでしたら」

「ああ。お前はそう言ってくれるだろうがな」


 自分の愛する女が悲惨な人生を歩む羽目になり、傷ついた。

それは確かに許せないものがあった。

だからカオルも「分かるぜ」と深く頷き、ため息交じりに肯定した。


「惚れた女が辛い過去背負ってたら助けたくなるし、一緒に背負いたくもなる。誰かの所為でそうなってたら怒りだってするさ」

「……ああ」

「だけど、話し合いで止まる連鎖なら止めたいのも本当なんだろう?」

「本当に止まるならな」

「止まるかは分からないよ。でも、止められる可能性はあるよな。俺も止めたい」


 出しゃばりなのはわかっていた。

そもそもこんな事になるなんてレイアネーテと話していた時には思いもしなかった。

全てその場の勢い、そうなったらいいなあを口に出した結果である。

それでも、自分の予想以上の展開になり、そして予想以上の成果になろうとしていた。

こんな事、彼の友達の誰もが驚くに違いないと、内心でとんでもないことをやっている自分にドン引きしながら。

だが、彼はとても生き生きとしていた。

自分がこんな大舞台に立てるなんて、もうないと思っていたのだ。


 戦うならばギルドのメンバーに任せればいい。

魔王の相手は勇者がするもの。軍隊からの精鋭だって出る。

ならば自分は、後方から支援したり、必要な場所でだけ出ればいいのだ。そう決まっていたのだ。

だというのに今の自分はどうだというのか。

やらなくてもいい魔王との交渉をし、女神アロエとの会談などという、どこの国の王様でも成しえなかったような偉業を成そうとしているではないか。

これぞ英雄。世間はきっと大いに驚き、自分の知名度はさらに広がるに違いない。

だが、そんなものは望んでいなかった。望んでいなかったのに、得てしまえる。

怖かった。自分がどこまで行ってしまえるのか。自分の足がどこまで進めてしまうのか。

このままいけば、世界すら自分が握ってしまうのではないかと思うほどに、目の前の光景のスケールが大きくなりすぎていた。


 それでも、やらなくてはならなかった。

自分から首を突っ込み、自分から言い出し、自分が説得しているのだから。

一歩間違え世界を敵に回そうとも、やり通さなければならない事だった。

そも、彼は撤退など知らぬ。一度始めたことはとことんまで突き進むことしか知らぬ。

加減など解らない。ただ生きるか死ぬか、やり遂げるか失敗するかの二択しかない。

ならば、失敗しない為にもやり遂げるしかないのだ。今度もまた、同じことになっただけ。


 自分たちの人生が小説や物語の主人公と同じだというなら、それらしく、ハッピーエンドに進む道を進むしかないのだから。


「止めよう、アロエ様を」


 だから、提案できる。

だから、押し進められる。

結局カオルという名の英雄は、自分が元来持ちあわせたものでしか勝負ができない。

人間と人間の、人間と魔族との、あるいは神様相手との会話ですら、彼は自分の持ち物で挑むしかないのだ。

そこに神器だの名声だのなど関係もなく、彼と言う人間が全て試されているだけだった。


「……バゼルバイトよ」

「はい……」

「このものの話。途方もなく無茶苦茶だが、面白いな」

「陛下……」


 魔王アルムスルトは、そんな、人間のエゴそのままのような英雄を前に、笑うしかなかった。

ただただ笑みを作り、面白いと思うしかなかった。

彼は、人間というモノをよく知らなかったのだ。

魔王として君臨し、魔族として強い力を持っていた。

だが、人間と話し合ったことがある訳でもなく、人間という生き物がどんなものなのかもよく知らぬままに、対立していた。

実際に会ってみれば何のこともない、自分のよく知る部下たちと何の代わりもない、面白い奴が目の前にいたのだ。

そんな男が、自分の願いを口にし、そして自分と同じ気持ちを抱いていたことに気づかされた。

人も魔族も、そう違いのない生き物なのだと理解させられた。

それが、魔王にはことさら面白くて仕方なかった。

結局、同じ生き物同士で殺し合いをしていたようなものだったのだから。


「私も、両者の戦いを止めたいと思う。終わりにしたい。平和に生きたい。共存……できるかまでは分からぬが、女神殿との戦いも、止められるならば止めてしまいたい」

「陛下……私も、それでいいと思いますわ」

「ありがとうバゼルバイト。私は、この者に我らの命運、託そうかと思う」


 万事を尽くして尚、どうにもならぬこともある。

そうなった時、自分たちの命運は尽きるものだと思っていた。

誰の助けも借りられず、人間や女神と対立した時点で最早、自分達魔族はいずれ絶滅するのだと思っていた。

そんな中、助かる手立てがあると言うならば。

その手を取ってみたいと、アルムスルトは思ったのだ。


「カオルよ、頼めるか?」

「ああ、任せてくれ。魔王様」

「その、魔王様というのはやめてくれ。私は魔族王ではあっても、魔王として生きたいわけではない」

「失礼しました。魔族王様」

「……それでいい。それがいい」


 魔王、もとい魔族王アルムスルトからの願いを受け、カオルは各国の王にするのと同じように振舞い、その願いを聞き入れた。

世界は、また変わってゆく。

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