#8.英雄現る
「――いつから、私の正体に……?」
「いや、初見の時点で気づいたが」
「う、うそ……だって、変装だってしたのに……そもそもどうやって記憶を取り戻したのよ!?」
魔人という圧倒的な相手を前にしても、カオルは物怖じしていなかった。
かつて自分の記憶を消したレイアネーテというこの魔人。
しかし、彼女を見れば見るほどに、恐ろしさなど感じられなくなったのだ。
逆に、レイアネーテの頭はクエスチョンで埋め尽くされていた。
記憶を奪ったはずの相手が、自分たちについての記憶について完全にロックして封印したはずなのに、覚えているというのだから無理もない。
そんなレイアネーテに、カオルは口元を歪めたまま椅子に踏ん反り返る。
「そうだなあ、確かにそれは不思議だよな? 俺はな、女神様のおかげで記憶を取り戻したんだ」
「……女神って、アロエ様?」
「いんや? 別の……なんて言ったらいいのかね。女神様のふりをした、村娘っていうか」
「??? なにそれ」
そんな返しで相手が理解できるとはカオルも思っておらず、不思議そうに目を丸くするレイアネーテに「そうだよな」と苦笑い。
頬をぽりぽりとかきながら少しの間思考を巡らし、また口を開く。
「俺さ、この世界の未来を知ってる人から、『未来を変えてくれ』って頼まれてこの世界にきたんだよな」
「それは、アロエ様じゃないの?」
「違う人だな。多分あんたは知らない。だけど……相手はあんたの事を知ってた。滅茶苦茶強いんだってな?」
「……私の事は知ってる、私の知らない人? あの、からかってるの? 意味分からないんだけど?」
「ああ、俺も意味分かんねーけど、ほんとにそんな感じなんだよ。その未来を知ってる人が、女神様のふりをして……俺をこの世界に導いてくれたわけだ」
「騙されたって事?」
「半分くらいは騙されてたかもな」
本当に半分かも分からないくらいには嘘をつかれていた。
だが、今にして思えばその嘘は、いずれの嘘も、赦せるものだった。
笑って済ませられる、いい思い出のようなものに過ぎなかった。
だからカオルは笑っていた。
レイアネーテは、それが分からない。
「どうして……? 騙されてこの世界に送られたなら、怒りとか覚えなかったの? 私は怒ったわよ? アロエ様に連れてこられて、魔王を……アルムスルト様を殺せと言われて、だけど実際にはとてもいい方だったと知ったから」
「まあ、怒っても仕方ないかもしれないけどさ、俺にとっては、この世界に来たのはプラスの部分が多かったからな。今の俺があるのもそのおかげな訳だし」
「……そう」
自分と似たような境遇のように思えて、けれど全く違う結末を歩んだ異世界人。
それは、レイアネーテとしては悔しくもあり……やはり、メロウドが抱いたような、「そうなれなかった自分」に劣等感を覚えてしまいもする。
カオルの存在は、魔人全てにとって眩しすぎた。
ただ一人の成功例がそこにいる様な気がしたのだ。
自分たちの進なかった、正解の道を、女神アロエが望んだ正しく異世界人としての姿を見せられているように感じてしまう。
だが、カオルもカオルで複雑な気分だった。
「話がそれちまいそうだから戻すけどよ。その人のおかげで俺は今すごい幸せな訳だろ? だからさ、その人の願い、できるだけ叶えてやりたいんだよ」
「……未来を変えるって、どういう事よ」
「その人の知ってる未来では、極寒の地に住まう魔王は討伐されたものの、その人の最愛の人は死んで、勇者カオリちゃんはアロエ様に騙されたと思い込み、酷く苦しんでいたんだ。最愛の人っていうのも俺の親友で……そしてその未来では、俺はその場にはいなかった」
「……極寒の地……私達の陛下じゃない」
「そのようだな」
レイアネーテという魔人を女神様が知っていたのだから、当然女神様達が討伐したのもその主である魔王なのだ。
そう、この時点で歴史は現状と食い違っている。
討伐する魔王は、アースフィルにいるのだから。
「討伐する相手が違うから、未来は変わってると思う。その証拠に、俺の夢の中に出てきたその人は、ここ数年全く出てこなくなったしな」
「実際、貴方はそれで満足なの?」
「いんや? 今のままじゃまだ完全に変わったとはいいがたいだろうからな。それに、『未来』の方で参戦してた人たちも地味に参戦予定みたいだから、場合によっちゃ、倒す魔王が変わっただけで同じ展開になる可能性はあるよな?」
カオルは、倒すべき魔王と言う存在の力はよくわかっていなかった。
前回のグラチヌスの討伐自体は若かりし頃のエルセリア王やリリーマーレン王、そして勇者として呼ばれた兵隊さんの父親などが参加していた事などは聞いていたが、具体的な話は何も聞けずにいた。
ただ、その正体が元々はただの人間の商人だったことから、ただの人間が魔王になる事はありえるのだという話もあり、同じようなことが起きないようにするためにも完全に終わらせる必要があるという事だけはひしひしと感じられたが。
「俺は、俺の知るその人たちに傷ついて欲しくないし、苦しんで欲しくない。だから、変えられるならすべてを変えてしまいたい」
「全てを……?」
「ああ、全てだ。あんたたちと戦う未来も変えたいし、俺の親しい人たちが死んだり悲しんだりする未来が来ないようにしたい。みんな幸せで、皆笑える世の中が見たい」
それは、途方もない話だった。
レイアネーテから見ても本気で言っているのか狂ってるのかも分からないような、あるかどうかも分からない未来の話。
今だけでも十分成功しているだろうに、この男は、更に自らの望む未来まで得ようとしているのだ。
強欲すぎる。けれど、それくらいでなくては得られないであろう尊い未来像だった。
「……話がこんがらがりそうだから先に確認したいんだけど、貴方は、私達と戦うつもりはないの?」
「あんたらが世界征服目指すだとか、人間を絶滅させようとするだとか考えてるなら別だが、そうでもなきゃ倒すつもりもないってのが現状かね。だって、あんたらの王様は、とてもいいひとなんだろう?」
「そうよ! アルムスルト様はとても素晴らしい方! 殺すなんてとんでもないわ!! あの方は侵略だなんて考えていない。ただの魔王のシステムの被害者よ!!」
「だとするなら、倒さなきゃいけないのはそのシステムの方であって、その……アルムスルト様とやらは倒さなくてもいい人って事になる」
そして、女神アロエがなんとかしたいのもまた、全てを殺戮する魔王というこの世界と人類にとって害でしかないシステムである。
アロエはこれを何とかしたいからこそ、その根絶に全てを注ぎ込み続けた。
そして、リソース全てを注いでしまったがために、様々な不幸が野放しにされてしまった。
これに関しては、カオルも見逃しておけないと思っていたのだ。
「だから、そのシステムを何とかするためにも、魔王としての力とやらを取り戻しつつあるグラチヌスを何とかしなきゃいけないのが現状だわな」
「そこは変わりないのね。本当に魔王グラチヌス討伐の為に戦う、と」
「ああ。そこに違いはねえよ。邪魔さえされなければな」
グラチヌスを倒し、魔王としての力を断ち切ることができれば、それはすなわち彼女たちの主であるアルムスルトが魔王となるのを防ぐことにもつながる。
これは、彼女たちにとってもプラスとなる事なのだ。
「そこでだ。レイアネーテ。俺たちは魔王ってものをよく知らなすぎる。魔人のあんたなら、魔王についてよく知ってるはずだ。グラチヌスとは違う魔王とはいえ、長い付き合いなんだろう?」
「ええ、そうよ。だけど、私の言ってることを信じるっていうの? 私は貴方の記憶を消したりしたのよ?」
「ああ、大事な記憶を消された。一時は愛する女のことまで消されてたからな……でも、おかげで出会えた人達も居た。記憶を消されていた間の日々だって、俺にとっては忘れられない思い出の一つなんだ」
それすら消されてしまったが、取り戻せた。
そして今がある。目の前にいるレイアネーテに対し、カオルは怒りや憎しみを抱いてはいなかった。
「最初にあんたがうちのギルドにメンバーとして登録に来た時は目を疑ったぜ。あの時の魔人が何食わぬ顔してギルメンになりにきたんだからな。何かの策略かとまで思ったくらいだ」
「それは……実際、アルムスルト様からの命あってのものだけれど」
「でも、それだけでもないだろ? あんたの仕事ぶりを見てれば、適当なことはやってなかったし、依頼だってちゃんとこなしてくれてた。ほかのメンバーとおしゃべりしたり、楽しそうに過ごしてた所を見て、俺はあれが全部演技だったとは思えないな」
結構ドジなところとか、意外と酒に弱いところとか、ダメなところも目にしていたが。
結局彼女は自分やギルメンに牙を剥くことなく、日々真面目に過ごしていたのだ。
そしてそれは、記憶を消す際に自分の前に現れた彼女の、どこか寂しげな表情にもつながるものがあった。
「あんたは多分、人間への憎しみだとか、そういうので道を踏み外した訳じゃないんだろうな。そもそも、踏み外してなんていなかったんだろう。正しいと思ってそこにいる。それだけなんじゃないか?」
「そうよ。私は自分が間違った道を進んだなんて微塵も思ってない。私は正しい道を選んだ。だからこそ、自分を捻じ曲げずに生きていられるのよ! 今までだってそう、これからも、ずっとそうよ!」
とても格好いい生き方だった。
魔人という、本来敵でしかない存在のはずなのに、憧れてしまいそうなくらいに格好いい娘だった。
綺麗な顔立ちの女性がこれを言うのだ。これ以上なく決まっていた。
だから、カオルも嬉しくなる。自分の見立ては狂っていなかったのだから。
「そんなあんたの話なら、疑わずに聞けるだろう。あんたはきっと嘘をつかない。例えそれが自分らの不利になるような事でもな」
「……信用してくれるのは、嬉しいけど」
レイアネーテとしては照れくさくもあった。
魔人としては落ちこぼれのようなもので、いつまでたっても失策続き。
いつもバゼルバイトやベギラスから叱られ、メロウドやクロッカスからもからかわれ。
オーガなどの魔族たちは慕ってくれるものの、今一魔人として働けている感がなかったのだ。
それでも魔王やバゼルバイトへの忠誠心は欠片も薄れていなかったが、虚しくなる瞬間はあった。
本来敵方のはずの男が、自分の事をこうまで認めてくれるのは、彼女にとって新鮮なものだった。
そしてそれは、彼女自身が全力で「そうよ!」と肯定できる認められ方で、いやらしさなどは全くなかったのだ。
そう認めてほしい、ずっとそう願っていた言葉を言ってもらえたような気持ちになり、自然、頬が熱くなる。
「教えてくれ。魔王ってのはなんなんだ? 何をやることで魔王になっちまうんだ? 本人にとってそれは、望ましくない事なんだよな?」
「魔王というのは……アロエ様の母親、女神ココが地上に遺した呪いのようなシステム。人類を破滅させるための凶悪な足かせよ」
「凶悪な足かせ……」
「陛下は、復活する度に異世界からの勇者によって討伐されていた。けれど悪いのは陛下ではなく、魔王というシステムのせい。私の仲間たちは、これを『概念の力』によるものだと分析したわ」
「『概念の力』……アロエ様の話にもあったな、そういうの。断ち切らなきゃいけなかったものを、寸前で裏切った勇者によって妨害されて、誰でも魔王になっちまうように書き換えられちまったって」
その失敗によってアロエ自身も深く傷つき、多方面に犠牲が出る結果となってしまっていた。
魔王グラチヌスも、結局はその一件の所為で生まれたようなものなのだ。
カオルは「救えねえ話だ」と小さく息をつく。
「その勇者は私とは別の娘だけど、実際アロエ様に呼ばれてアロエ様を見限ったり裏切る人は他にも居たんでしょうね。さっきの話の『未来の勇者』も騙されたって思ったわけでしょう?」
「ああ。倒すべき相手じゃない相手を倒しちまったって感じでな。それはこの世界にとっては必要なことでも、殺しをさせられた側にしてみれば、裏切りや騙しに近く感じちまうものなんだろうなあとは思うよ」
「……頼まれて異世界に来て、やってる事が善良な人を殺すことなんだもの。耐えられないわよ、そんなの」
「違いないな。アロエ様は人の心ってものが解ってないんだ、まだ」
外見的にも幼く見えたし、自身でも神として未熟だったと言っていたし、もしかしたら神様としてはまだまだ子供なのかもしれない、とカオルはうっすら考える。
でも、だからこそ純粋に、純真にこの世界の為に、そして人々の未来の為に戦ってきたのだというのもまた、解るのだ。
だから、連れてこられた勇者たちが騙されたという気持ちも解らなくはないが、それで裏切られ続けるアロエは、あんまりにも可哀想だとも思えていた。
なので、カオルは「でもな」と流れを断ち切る。
「この世界の為、人の為ってのを考えるなら、その概念の力そのものは断ち切らなきゃいけない。そうだろう?」
「ええ……私の仲間もそんなことを言っていたわ。だから、概念の形そのものを変えてしまおうって」
「概念の形を変える……?」
「例えば……そうね。例えば争いってどんなことから生まれると思う? 貧富の差や価値観の違い、宗教観……色々あるじゃない?」
「そうだな」
「それらを野放しにすると、憎悪や邪悪な欲望、怠惰といった概念が世界に溢れてしまうの。それらは、古代竜にとっては存在を増させ、結果魔王となった者に力を与え続けてしまう事もつながるわ」
本来古代竜が死ぬことによって発生する宝珠を得なければ魔王は魔王として覚醒しきることはないはずだが、概念の力そのものは消えるわけではない。
人々が生きる限り現れる感情という名の概念は、今なおも世界に溢れ尽きることはないのだから。
「でも、その中のいくつかでも改善されれば、その分だけ別の概念で上書きができるの。『辛い、苦しい』っていう気持ちを、『嬉しい、楽しい』って書き換えられれば、それだけ古代竜が望む概念は減っていくわけよね」
「憎しみやなんかが餌っていう奴もいた訳だしな。なるほど、人々からネガティブな感情が出ないようにすることが、結果的に人々から吐き出される概念の力の方向性を変えていくわけか」
「そういう事。勿論感情だけじゃないから絶対のものではないけれど、溢れ出るものを極小に絞っていくことはできるからね」
アロエの考えるように大元から断てればそれは最大限の戦果なのだろうが、レイアネーテ達の考えはそれはそれで現実的で、かつ全体の為にも優しい手法のようにカオルには思えた。
何より、自分とも親和性があるように思えたのだ。
「じゃあつまり、あんたらは俺と同じ考えって事か? ギルドに参加したのも、その為に?」
「いやその……どちらかというと、貴方のやってる事が私達の目的に沿ってたから、上手く利用すれば概念の力を変えるのに向いてるんじゃないかなって……ギルドに参加してるのは監視を命じられたからだけれど、目的次第では――」
「共闘もできるかもって?」
「う……流石にすぐには無理でしょうけど」
「いんや? 今すぐにでもできるだろう。むしろすべきだろう」
自分の事をある程度正当に評価しつつも好意的にみてくれているように思えて、思わず本来の目的を口走ってしまったが。
それでも、レイアネーテは「流石にそれは嫌がられるよね」と、カオルの反応を恐る恐る見ていた。
だが、当のカオルはあまりにもあっさりとそれを飲んでしまう。
むしろ乗り気である。
レイアネーテは目を丸くして「へっ?」と、間の抜けた声をあげてしまった。
「俺達の目的は一致してる。そもそも、アロエ様だってそういう目的だったわけだろ? だけど、あの人のやる事だって確実って訳でもないみたいだし、方法はいくつもあったほうがいい」
「で、でも、あの人陛下を殺すつもりだろうし……」
「そんなもの話し合わなきゃわからないだろ? 話し合いの場が必要なら俺が用意するぞ?」
「いや、でも――」
「俺に任せろ」
「――っ」
怖い男だと思ってしまった。
彼女の人生の前半において、男とは共に戦い共闘する頼りある仲間か、敵か、あるいは村娘を凌辱するゴミクズのような輩かの三種類しかなかった。
だが、仲間にしても敵にしても、彼女よりモノを考える男なんていなかったし、考えたとしても意味もなく死ぬ男ばかりだった。
後半で出会えたとてもすばらしい男性は悲劇の主人公のようで、どこか遠い存在のように思えてしまっていた。
とても賢く強いこの主は、彼女にとって人生を捧げるにふさわしい尊敬に値する人ではあったが、恐れる事など何もない相手でもあった。
この男は、怖かったのだ。
何を言い出すのか分からない。
口を開くとすぐに予想外の事が飛び出し、自分が混乱している間に話を進められてしまう。
全く理解できないことを話している訳でもないのに、全く理解できないタイミングで話されてしまうのだ。
今彼がしている話だって、自分には何の権限もない事だろうに、当然のように成功させてしまいそうで怖かった。
――彼なら、やれる。
そう思えてしまう何かが、この男にはあったのだ。
こんなの、レイアネーテには初めてだった。こんな男は、見たことがなかったのだ。
「あ、あの……そんなに迫られると、困るというか……」
「ふむ。権限とかそういうのはあんたにはないのか」
「うん……ないの。私はただの下っ端だから……」
「記憶とか弄れるめっちゃ強い魔人なのに?」
「私、頭あんまりよくないから……強いは強いけど」
そこだけが取り柄だと自分では思っていた。
自分が魔王軍に居て貢献できるのは力。パワー。それのみ。
だからこそもっといろいろできる自分になりたいと思ってオーガ軍の指揮をとろうとしたし、人間世界に攻め入ろうとも画策したけれど、実際にはどれも失敗である。
だが、冒険者としてならこれ以上ないくらいに上手くいっていた。
「ギルメンとしては大したもんだし、別に話せない訳じゃないし、そこまでダメなもんでもないと思うがな」
ダメなところも知っているカオルとしても、彼女は決して無能などではないと思えた。
これは恐らく、適材適所の問題なのだろう、と。
「あんたは多分、魔王様の下にいるより俺の下に居たほうが上手くいくんだろうな」
「そんなことっ――でも……」
「まあ、その話はおいおいとして……誰ならいいんだ?」
「えっ?」
「誰に話をすれば魔王軍側の偉い人と会える? そいつ説得するから連れて来いよ」
「いやっ、流石にそれはっ」
「利用しようとしてたんだろ? なら利用されてやるから、俺にも都合よく利用させろよ」
ギブ&テイクが基本だろ、と、さも当たり前のようにのたまうカオルに、レイアネーテはたじたじであった。
そんな交渉してくる相手など、今までいなかったのだ。
カオルとの対話は、何もかもが初めて尽くしだった。
(どうして……? 私魔人なのよ? なんでこんな物怖じ一つせずに話を進めちゃうの? 魔人と組むとか大変なことになるのに)
そんなスキャンダラスなことが公になれば、彼は間違いなく「裏切者」「人類の敵」と騒がれその地位から追い落とされるはずだった。
そんなことレイアネーテですら想像できるのに、彼はそれを恐れもしないでぐいぐいとくる。
本当に怖い男だった。恐れを知らないにもほどがある。
「大丈夫だ俺に任せろ。あんたにとっても悪くない話だぜ?」
「で、でも――」
「世界を変えたいんだろ?」
「……っ」
彼の言う事は間違いがなかった。
彼女は世界を変えたかった。けれど、変えられなかった。
絶大な力を持つ勇者であっても、彼女の世界は変わらなかったし、救えなかったのだ。
だから、せめて異世界位救いたいと願った。
魔人として、魔王の部下として認められて尚、満たされない欲求があった。
彼女にとって幼少から抱いていたその気持ちは、今も尚消えることなく根付いていた。
それが満たされるなら、それはどれだけ素晴らしい事なのだろう。幸せなことなのだろう。
その疼きは、レイアネーテにはもう、抑えられなかったのだ。
「――という事で、連れてきちゃった」
「な、なっ……」
「どうも、カオルです、初めまして」
「どういうつもりだレイアネーテェェェェェッ!!!!!」
ある日の事である。
極寒の地に、一人の英雄が現れ。
魔人ヘグル・ベギラスの絶叫がこだました。