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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
16章.歴史となった英雄
280/303

#6.魔王討伐、お話

 2年が経過した。

ギルド『ミリオン』の影響範囲はさらに広まり、中央大陸だけでなく海を渡った先、リリーマレンなどの海洋国家にも支部が建設されるに至り、人々の「利己的な助け合い」の精神は最早この世界においてスタンダードになりつつあった。

当たり前が変わった世界は、当たり前のように人助けが行われ、当たり前のように人々が手を差し伸べ、当たり前のように困った人の困ったことは解決されていく。

教会などの掲げた互助の精神でも成しえなかった偉業が、一人の異世界人の始めた活動がもとで変わってゆく様を、世界中の人々が実感していた。


「――魔王と魔人の討伐ねえ」

「今の世界ならば、人々は手を差し伸べ合える。戦後、我々各国首脳も考えてはいたものの実行に移せなんだ課題を、今こそ行動する機会と思ってのう」

「今回に関しては、エルセリアとラナニアを主軸に、世界中の国々が考えている事でもあるのよ。古代竜の脅威、魔族や魔物の危険は何も大陸に限った話ではないから」


 本日、カオルはサララを伴って、リリーナの王城へと登城していた。

それというのも、国王からのたっての願いという事で、なにやら難しい話の予感がして、呼ばれたカオルだけでなく、サララもついてきたのだが。

玉座の間にはエルセリアのマークス王だけでなく、ラナニアの女王リースミルムも居わし、そして話の内容は、大変難しいものであった。


「確かに、今まで魔人や古代竜が暴れてたのも、魔王復活の前兆みたいなもんだって言われてたもんな。そうか、いよいよ……」

「うむ。そこでじゃな、カオル、そなたのギルドにも、この魔王・魔人討伐計画に加わって欲しいと思い、こうして呼んだのじゃよ」

「『ミリオン』の影響は下手な国の王族よりも大きくなってきてるし、人員も幅広く沢山いるみたいだから、是非参加してほしいのよね」


 勿論報酬はきっちり用意するつもりじゃ、と、のほほんとした顔で玉座にふんぞり返る国王と、反応が気になるのか、カオルではなくその隣のサララににこりと微笑む女王。

どちらも油断ならない相手だとはカオルも解っていたが、それ以上にサララは、ごくり、喉を鳴らし緊張していた。


「……その参加と言うのは、魔王と……その配下の魔人や魔族と、夫が戦う事も入っているのですか?」

「可能ならばそう願いたいが」

「でしたらお断りします。そんなことしなくても、通常の兵力だけでも魔人や魔族は押しつぶせるはずですよね?」

「まあ、そういう反応になるのは想像できてたから強制はしないわよ?」


 やはりというか、サララはカオルの参戦を拒否したいという考えの為、被せ気味にそれを拒絶。

だが王も女王も、「それくらいは予想の上」とばかりに驚く素振りすら見せない。


「今回の事は、あくまで集団で行動をとる上で、ミリオンがそれに賛成するか反対するか、というのも気にしての事じゃよ」

「カオル君が参戦してくれれば英雄の参戦って形ですごく士気が上がるでしょうけど、そうじゃなくてもいいのよ。貴方達がこの計画を反対さえしなければね」


 そしてサララの口ぶりから、その範囲にカオルが含まれなければ、それだけで了承したも同然という事になる。

あくまでサララが大事なのは、ギルドよりも自分の夫。子供たちの父親なのだから。

そも、その為にギルドを立ち上げたのだから、文句など出るはずもなかった。


「……その計画ってさ、カオリちゃんとかはどう考えてるんだい?」


 それまで黙っていたカオルが、ふと気になって挙手。

気にしたのは、かつて関わった勇者カオリ一行である。


「勿論、今回の件については女神様や勇者も関わるところよ。大陸中の魔人や古代竜に関わる問題がある程度解決されたから、最終段階に入ろうって、あちらから提案があったのよね」

「その最終段階が、魔王の討伐か」

「そういう事よ。基本的に、魔王や魔人の討伐は勇者一行がメインになるから、私達は軍を派遣して魔族や魔物たちの相手をするの」


 女王の説明に、カオルもある程度は納得がいったのか、ふんふんと頷いて見せる。

だが、腹の底は知れないこの二人である。

次の瞬間には何を言い出すのか分からず、話に出さぬ部分にキモ(・・)がある可能性もあり。

頷いて見せてはいたが、「ほんとのところどうなんだろうな」と、内心では苦笑いしていた。


「だけど、魔人も相当強いぜ? カオリちゃん達は強いのかもしれないけど、戦力は足りてるのか?」

「うむ……だからな、人材を選りすぐって、いくらか精鋭を勇者らのPTに入れられたらと思ったのじゃよ。魔人の討伐経験のあるカオルが入れれば一番じゃが、それが無理ならそれに準ずるくらいの腕利きが幾人か、ギルドから出してもらえたらと思うんじゃが」

「各国の軍にも優秀な軍人はいるけれど、大体は優秀な指揮官でもあるから簡単には引き抜けないし、在野で優秀な冒険者でもいたらって、前の首脳会談の時に話しててね」

「腕利きか……確かに、ウチのギルドにも腕に覚えありって奴はいるし、探せないことはないが……」


 これくらいなら譲歩できる範囲。

そう思わせるのがこの二人の策略か、と、カオルはうっすら感じる。

もう、この二人との付き合いも長い。

言葉に出さずとも、腹の内で考えることのいくらかは感じ取れるくらいには、カオルも成長していた。

そして、それはサララにとっては、あまり面白くない事だった。


(結局この人たちは……いいえ、どこの国の指導者たちも、自分たちの軍の精鋭は魔王や魔人相手には出したくないんでしょうね、だから……)


 魔族との戦いだけならば軍団単位で戦えば指揮官層の被害も抑えられるだろうが、古代竜に匹敵する魔人との戦闘は、人の身ではいかに精鋭と言えど命を捨てる覚悟が必要になる。

それこそ、魔人相手で耐えられるほどの精鋭一人を鍛え上げるのにどれだけ莫大な予算と時間が必要かと考えれば、それは国として当たり前の考えではあると理屈の上では納得がいくが。

だが、面白くはなかった。

所詮、民間のギルドの人材など、勝手に集まった市民の集団など、捨て駒にしても構わない人材なのだ。

少なくとも軍人よりは扱いが軽いというのが見え透いていた。


 カオルが出れば、ギルドの精鋭が失われることはないかもしれない。

けれど、カオルが出ないなら、人身御供は用意しなくてはならないのだ。

魔族の軍勢を叩くのに協力するのとは訳が違う。

確実に失われるくらいの覚悟で、その上で勇者との共闘に差し支えないほどの腕利きを差し出さなければならない。

それは当然、ギルドにとっても多大な損失でもある。


 あるいは平和な世の中になれば、戦闘向けの依頼が減るのだから問題は少なくなるのかもしれない。

けれど、今はただ平和なだけで、平和でなくなったらやはりその手の人材は必要になるのだ。

魔王を倒し、倒した後に更なる混沌が待ち構えていたなら。

そう考えれば、おいそれと「魔王討伐の為に協力します」とは即答しがたい。

かと言って全面的にギルドの関与を拒絶すれば、今度は魔王討伐後の世界におけるミリオンの発言権や影響力が失われかねない。

それは、ようやく広めた「利己的な人助け」という概念が立ち消えることにもつながらない。

まだまだ、ギルドは残り続けなくてはならないのだ。

安定させるために。平和にするために。


「……」


 難しいことを考えるのは、カオルには苦手だった。

だが、その難しい状況に直面し、サララは答えの出ない思考に囚われ始めていた。

自分の妻がそんな思考の中で苦しんでいるのを察し、カオルは「ちょっといいかな」と、二人の王に対し声をあげる。

驚き顔をあげるサララ。二人の王も「うん?」と首をかしげる。


「例えばだけどさ、その人材ってのは、魔王や魔人と戦う時に多分、死ぬこと込みで考えてるんだよな?」

「まあ……生き延びられれば大したものじゃが、死ぬことは当然、想定に入っておろうな」

「過去の魔王討伐の話を聞けば、勇者と女神様以外は時間稼ぎ要員で、それすらも全滅しているようだから……あまり悲観的にばかり考えたくないけれど、これに関しては覚悟が必要でしょうね」

「その覚悟が必要な人材を、民間から出せってのはちょっと都合がよくないか? 軍からはまるで出さないのか? 少なくとも大国なら、それくらいはしないと示しがつかないんじゃないのか?」


 二人の話はあまりにもご都合的過ぎる。

それはカオルも感じていたのだ。

勿論、協力するのはやぶさかではない。

それこそサララが止めに入らなければ、自分が真っ先に参戦してカオリ達の助けに入ってもいいくらいだった。

だが、今の自分には家族が居る。

今も屋敷を走り回ってメイドや執事たちを困らせているであろうやんちゃな盛りの子供たちの父親なのだ。

不死身ではあっても、容易には離れがたいものがあった。


 ギルドの人員だって、決して安易に死地に送り出せるわけではない。

ベテランの中にはそれこそ友人のように付き合いのあるメンバーもいるし、ギルドマスターとしても、貴重な人材を失わせたくはなかった。

彼らはもしかしたらカオルが「死んで来い」と言えば喜んで突き進んでくれるかもしれないが、カオルはそんなことは望んでいないのだ。


「やるなら、軍からも腕利きを出してくれ。その上でなら……人員を出すことは考えてもいい」

「痛みを分かち合えというのか?」

「そうだとも。あんたらだって自分の軍が傷つくのは辛いだろうが、俺だって自分とこのメンバーが失われるのは辛い。軍人さんが魔族の相手で死なずに済むかもしれんのに、こっちだけ魔人相手で死ぬの確定な場所に放り込まれるのは納得がいかん」

「カオル様……」

「あらあら、予想外なところから痛い反撃が来たわねえ、エルセリア王?」

「全く……ワシらは、シャリエラスティエ姫からなんぞ手痛い反論が飛んでくるものと思ったのだがのう」


 政治的なことはサララの領分。

それはこの二人にも解っていたからこそ、サララ相手の反論はいくらでも用意していた。

だが、実際に反論してきたのはカオルの方で、そしてサララは驚いているばかりだった。


(カオル様……私のフォローなしに、ここまで……)


 苦悩の中自分が考えたのは、「人材は出すからせめて最大限の支援と報酬を」と、案件を飲む代わりにそれに見合うなにがしかを得るという方向での妥協だった。

それくらいならこの二人は飲んでくれるはず、それくらいは想定しているはず、と。

だが、カオルが出したこの案は、この二人は飲まないかもしれない。

それは不味い。二人の機嫌を損ねるのは避けたい、と。


 だが、カオルは構わずにそれを伝えたのだ。

場合によっては大国の王二人と不和となるかもしれない選択肢を、彼は選んだのだ。

拒絶でも妥協でもなく、相手にも同じ苦しみを味わわせる為に。

それが自分たちの求めている事なのだと思い知らせる為に。


 カオルの瞳には、力がこもっていた。

それは、父親になった男の目であり、組織の長になった漢の目でもあった。

それ以上の譲歩はないと、これが飲めないなら決裂だとばかりに二人の王にじろりとにらみを利かせ。

そうして王二人は、苦笑いしながら小さく頷く。


「そういう事なら仕方ないのう。城兵隊長をここへ」

「はっ」


 傍に控えていた城兵が、王命と共に扉の外へと出ていき。

そうしてほどなく、城兵隊長ヘイタ=イワゴオリが現れる。

何故か、姫君がその後ろに続く。


「兵隊さん、久しぶりだな……お姫様も」

「ああ、久しぶりだ。陛下、覚悟はできております」

「うむ……ワシとしては、避けたかったのだがのう。トーマスが引退した以上、この国に、お前以上の猛者は居らん。魔人相手に戦えるとなると流石にな……」


 マークス王は、大層苦々しい表情であった。

兵隊さんを前に出す。

それはつまり――


「私は納得いっておりません。お父様! もうすぐ婚姻の準備が始まろうとしていたのですよ! 私を結婚前に未亡人にするおつもりですか!?」

「そうは言っておらん……」

「姫様、ですがこれは国の為でもあります」

「そんなこと知りません! 私と貴方の幸せがかかっています! それはすなわち我が国の国民の幸せでもあるはずですわっ」


 姫君にとっては、兵隊さんの出兵は死活問題だった。

魔族相手ならまだしも、魔人相手なのだ。


「ていうか婚姻の話進んでたんだな、おめでとう?」

「あ、ああ……そういう話にはなっていたのだが、このような状況だからな……辞退しようかと」

「そんなっ!? ヘイタ様!? 私を捨てるのですかっ?」

「いやその……姫様、しかしこれは世界の平和のために重要なことで……」

「納得がいきません!!」


 落ち着いた雰囲気の場だった謁見の間が、今ではあわただしくコメディチックな世界に変貌していた。

恋する乙女の力は絶大であった。


「私、幼い頃からずっと待っていたのです……ヘイタ様が城兵隊長になられてから、今か今かと、ずっと待ち続けて……ようやく実るかと思っておりましたのに、こんな……こんなこと、許せません!!」

「そうかー、兵隊さん出ると結婚の話おしゃかになっちゃうんだよな……それは悪い気もする」

「本当です! カオル様が無理をしろとまでは言いませんが、今やヘイタ様はこの国の未来を背負う、将来の王ともなる方なのですよ!?」

「いや、私ではなく姫が女王になるという話だったような……?」

「どちらにしても! ヘイタ様が魔人と戦うなどとんでもないことです!! 代わりの方を! なにとぞ代わりの方を出してくださいませ!!」


 これは引く気はなさそうだ、と、カオルも困ってしまう。

こちらはこちらでなんとかしなくてはならないはずだが、姫君の剣幕もさしたるもの。

これには一歩引いた立場のリース女王も「これは怖いわね」と苦笑いである。


「――ですが、人の幸せを差し出せと言うのは、先にそちらが言ったことですよね?」


 そんな中、冷静にその場にいる者達に突き刺さる一言を言うものが居た。

サララである。先ほどまでと違い、リース女王同様、一歩引いた場所から流れを見られたのだ。

サララからの一言はステラにも浅からぬ動揺を与え、騒ぎ立てていた口もぴたり、止まる。


「……シャリエラスティエ様。ですが、私は……私は……っ」


 落ち着くと、今度は涙をぽろぽろ流し情に訴えようとする。

いや、これに関しては策略などではなく、本当に嫌なのだ。

それが解るから、サララも「そうですね」と、ステラを(なだ)めるように微笑みかける。


「愛する殿方が戦地に行ってしまうのは、できれば避けたいところですよね。私もそうです。最初にお断りした理由なんて、本当にそれですし」

「でもサララ、誰かしらがいかなきゃいけないんだろう?」

「そうですね……それは間違いないんでしょうね」

「なら、俺が行くのがダメだって言うなら、誰かの幸せは踏みにじることになるよな」

「……そうなんですよね」


 確実に失われるであろう命。

その先には、いくつもの『本来得られたかもしれない幸せ』があった。

それが失われてしまう。その分だけ、関わった人々から笑顔を奪ってしまう。

きれいごとではない。それはそのまま、社会の不安定化につながるのだ。

必要とあらば犠牲を惜しまぬ世界。

それは、戦の世と何が違うというのだろうか。

その『必要』を定義しているのは、同じ国だというのに。


「悩んでも、苦しんでも、結局誰が最適かなんてわからないと思うんですよね。皆不安になっちゃうし」

「……サララちゃん。確かにそうだが、大陸が落ち着いている今だからこそ、という状況もある。時間をかけすぎて、また魔人や魔族、古代竜によって大陸の状況が悪化すれば、それこそチャンスを逃してしまうかもしれない。より悪い状況で、より多くの犠牲が必要になるかもしれないんだ」

「分かりますよ、兵隊さん。だけれど……それでも、大事な人が失われるのは、待つ身には辛いんですよね」


 兵隊さんの言い分は、サララにだって分かっている事だった。

それでもなんとかしなくてはいけないのも含めて、だからこそ悩んでしまうのだから。

時間があるのなら、育成によって精鋭を生み出すこともできるかもしれない。

あるいはより安全な策によって魔人を無力化させ、被害を抑えることもできたかもしれない。

でも、今やらなければならないなら、取れる方策は限られている。それでも、今やらないよりマシなのだ。

なら、やるしかない。やるしかないから、苦しいのだ。


 不安そうなステラ王女を見て、サララは「そういうものなんですよね」と、にへら、と笑うしかできなかった。

そう、笑うしかないのだ。ステラ王女の気持ちもわかるし、今を取り巻く情勢も解る。

大事な人が、知らないところで死ぬところなんて見たくない。

カオルは死なないかもしれないけれど、それでも魔王なんかの相手をするならどうなるかわからないのだから。


「……ステラ様は、軍艦に魔法エネルギーを補給することができましたよね?」

「え……? ええ、もともと第一艦隊は私の旗下でしたし、それは――」

「……ならぬ」

「でしたら、ステラ様、兵隊さんと一緒に戦地に向かえばよろしいのでは?」

「ならぬぞっ、ならぬならぬっ!! それだけはならぬ!!」

「まあ、よろしいのですか!? そんな……そんな方策があっただなんて」

「だからっ、それはいかぬと!!」

「諦めなよ王様。そのうち暗殺されちまうぜ?」


 ほかならぬ自分の娘に。

話の流れが不味い方向に進もうとしているのを察し、国王は途端に冷静さを失いつつあったが。

その流れを断ち切ろうとしていた彼に、カオルは苦笑しながらなだめる側に回る。


「とはいえ、そうなると俺も参加しない訳にはいかなくなるか?」

「いいえ、カオル様には大切な役目があるはずです。あくまで魔人相手には、ギルドから選出した人に向かってもらいましょう」

「ぐぬぬ……そ、そのように大切な役目とはなんなんじゃ? ワシの後継者を差し置いて、戦地に出るのを控える役目とは」

「魔王城までの道のりは、決して楽ではないはずです。円滑に進むことができなければ、いかなる軍勢も、精鋭パーティーも疲弊し、強敵との戦いにおいては不利になってしまうはずです」


 戦いとは何も、最前線で敵軍とぶち当たる事のみを指すものではない。

戦線を維持するための兵站も必要ならば、人員の補充のための募集や鍛錬、編成も欠かせず、必要な部隊をどれだけどこに回せばいいかの情報も重要になってくる。

そしてそれは、場合によっては大陸全土で必要になる事もあるかもしれないのだ。


「全世界の情報を一括でまとめられる組織は、今のところミリオンだけです。その統括ができるのも、カオル様だけなんです。ほかの人たちは、部分的には代役代行ができても、全部を抑えることができません」

「……不測の事態が起きた際に、また、戦いにおいて重要な情報を各位に伝えるためにも、カオルは戦地に出せぬ、という事か」

「もし出すなら、確実に戦地が限られる状況か、あるいはそうでもしなければどうにもならない状況に限られるでしょうね」


 戦いになれば、情報の担い手は無視できなくなる。

情報を握っている限り、戦力に関してはこちらの方が上なのだから、対応のしようはあるのだ。

だがこれは、あくまでその場今限り、サララが思いついたことに過ぎない。

兵隊さんを、そしてステラ王女を戦地に出すのにカオルを戦地に出さない理由としては、いささか弱すぎるようにも思える。


「後は……いつでもどこでもすっ飛んでいけて魔人に対抗できるようなのが、俺くらいしかいないってとこかな」


 だが、その弱さをカオル自身が補完してくれた。

そう、他の異世界人にはない、カオルだけの特異な面。

それは何もその不死性や女神からの神器だけに限らず、彼がこの世界で手にしているものにも含まれるのだ。

軍馬車という機動性と物資輸送性に優れた移動手段を持ち、各地の王族や領主、貴族や町の顔役などに知れ渡るカオルの名声。

どこが魔人の襲撃を受けても、カオルならば即座に向かい、現地が耐えている間に救援に迎える。

そして彼ならば魔人を撃退することも、撃滅することもできる。

彼一人で辛くとも、現地の軍や住民らと協力することで凌ぐことができる。

彼の唯一無二の強みは、決して偶然賜ったものばかりではなく、彼自身の努力と成果によるものも多い。

故に、向後の守りに彼が付くことは、攻め手に回る討伐軍の強烈な後押しにもなりうる。


 軍勢を派遣するという事は、その軍勢が守護する地域の守りが脆くなるという事。

だが、彼と彼のギルドのメンバーがいれば、かなりの範囲カバーできてしまえるのだ。

それができるのが、今のカオルの最大の強み。

個人戦ならば、不死性はともかくとしてもカオルと遜色なく戦える猛者はどこの国にでも一人二人はいる。

だが、集団を動かす組織の長としての彼と同じことは、たとえ大国の王であってもできなかった。


 彼はもう、この世界を動かすに足る、世界の長となったのだ。情報面で。人事面で。

二人の王は、それに気づき、それを思い知らされ、はっとなった。

目の前にいるこの青年が、かつて自分達を助けてくれた英雄殿が、今では自分達よりもよほど高い場所にいることに、圧倒されていた。


「ほ……ほほほっ、なるほどな。癪ではあるが、反論できん」

「確かに彼以上にそれができる人なんていないでしょうね。でも、それにしても過保護すぎるわねえ」

「民間人だからな、俺たち」

「もしカオル様がエルセリアの騎士や貴族にでもなっていたなら、どれだけ不服でも前線に立つべきだったんでしょうけどね。でも、そこに住んでいるからで戦場に立たせますか? 出て行けと言うなら、今すぐにでも」

「いや、よいよ。ワシも流石にそこまでは言わん。実際、カオルがまとめてくれるならそれでよいのだ。城兵隊長も、おいそれと死ぬような事はないと思いたいしのう」

「まあ、それに関しては……俺も、できれば前に出したくないけどな」


 カオルにしてみれば、結局歴史が繰り返されるようなものだった。

カオルの知る女神様のたどった歴史と同じように。

だが、大分時間が経過し、本来起きるはずだった展開にならぬまま今がある。

この世界はもう、誰にだって予測がつかない展開になっているのではないか。

だからこそ、自分の夢の中にあの女神様が現れなくなっているのだと思い、カオルは深いため息をついた。


「カオル様……?」

「なあ王様、やっぱりこの戦いには、『封印の聖女』も参加するのか?」

「うむ……聖堂協会にも打診したが、無事最後の試練を終え、封印の聖女殿の出陣の準備も整って居るようじゃ」

「という事は、来るのか……アイネさん」

「アイネが……? どういうことだいカオル?」

「ああ、兵隊さんは知らなかったか」


 よく見知った村長の娘が封印の聖女になりました、という情報は、まだ彼には伝わっていなかったらしい。

すぐ隣で首をかしげているステラ王女をよそに、兵隊さんは目を白黒させていた。


「まあその……頑張ってな! 大変なことになると思うけど」

「……うん? まあ……それは頑張るが」

「私がいるから大丈夫ですわ! 王族の魔力なら、多少の攻撃も防げるはずです!!」

「あー、そういうことなのね……これは大変そうねえ」


 機微に聡いリース女王は、一歩下がった場所でニマニマとその後の流れを想像し眺めることにしていた。

サララもカオルの言わんとしていることは察して「あー」と、何とも言えない顔になってしまう。


 そう、行く先には、魔人相手より熾烈な戦いが待っている可能性があるのだ。



「――では、子細(しさい)は後々話し合うとして……目標は極東、旧グラチヌス帝国帝都、アースフィルじゃ」


 エルセリア王の宣言は、カオルをはじめ、その場にいた多くの者を動揺させた。

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