#8.追跡ネクロマンサー
サララの嗅覚を当てに探索する事、三十分ほどが経過した。
兵隊さんを加えた一行は、ジョワジョワと鳴くセミの音を聞きながら、村はずれのちょっとした林へと到達した。
「うーん……この辺り、結構長い事留まってますね」
ぴた、と足を止めたサララ。
三人が見るも、去年の木の葉がまだ深く積もっている林は、見た目上そう違いはなく。
顔を見合わせながら、サララの示す指先を見つめた。
「そういうのも解るのか?」
「ええ。ここだけ特に匂いが強いですから。でも、今は近くにはいないみたい……」
どこにいるんでしょうね、と、また視線を逸らし鼻を突き出すサララ。
それそのものは匂いを嗅ぐ猫と同じ仕草のはずなのだが、サララのような美少女がするからか、キスをねだっているようなポーズにも見えてしまい、カオルにはかなりドキッとさせられるものであった。
「ん、こっちですね」
またすぐに匂いを察知し、歩き出す。
今度の方角は……隊商の馬車の方である。
「そういえばカオル様?」
「うん? どうした?」
やはり村はずれの、馬車の置かれているスペースへと歩きながら。
サララは振り返らず、そのままの姿勢で口を開いた。
「段々とですね……カライワ草の匂いと男の人特有の汗っぽい匂い……それから、女の人かな? 香水みたいな香りがするんですが」
「男の方はガウロのだとして……香水の匂いは、レイチェルのかな?」
香水の匂いなんてしたかな、と、レイチェルと会った時の事を思い出そうとするカオル。
だが、「よく考えたらレイチェルがどんな匂いするかなんて気にした事もなかった」とすぐに思い至り、脱力した。
そんな様子を見てサララは可愛らしく笑う。
「レイチェルさんは普段香水とかは使ってませんから、多分別の女性のものだと思いますよ」
「そうなると、その香水の香りは……もう一人の行方不明の、占い師のものかもしれないのか」
兵隊さんはというと、考えるように顎に手をやり、視線をやや上へと向ける。
サララとは別に、独自に最後にレイチェルが見てもらったのだという占い師を当たろうとしていた兵隊さんであったが、占い師はこの村に来てから使っていたテントには居らず、行方知れずとなっていた。
サララ情報によれば隣の店の人が朝見かけたらしいので、それ以来となる。
なので、一同、ガウロを暫定容疑者として、第二の被害者として占い師が念頭に置かれることとなっていた。
「このまま辿っていけば、ガウロさんと占い師の人の両方を見つけることができるかもしれませんね。もしかしたらレイチェルさんも」
「そうだといいんだけど。でも、このまま進むと、あのでっかい馬車の止まってる方に出るよな?」
「そうだな。行商の人たちは皆馬車の近くにいるし、居れば解りそうなもんだが……」
どういうことなのだろう、と、三人、顔を見合わせるが。
やがて、誰ともなく前を向き、歩き出した。
他に手がかりらしい手がかりなんてないのだ。
ならば、レイチェルの無事を願う以上、現状最短でできるこの方法で行くのが最良。
そう、思わなければならなかった。
「もしその……ガウロという男がネクロマンサーで、レイチェルを誘拐した犯人だとしたら……レイチェルを早く救出しなくては、危険かもしれん」
兵隊さんも連れての探索に向かう際、ポットの父ハスターが、三人にネクロマンサーの危険性について語って聞かせていた。
「ネクロマンサーという奴らは、自らの外見を若く保つため、不老不死の身体への憧れから死体だけじゃなく生者の身体をいじくりまわしたり、薬の実験台にしたり、研究素体として使おうとしたりするらしい。そうして用済みとなった生者は、殺してゾンビとして使役するのだという」
「とんでもない奴がいたもんだなあ……」
「だが、敵に回すと厄介だろうな。黒魔術とやらも警戒しなくてはならない」
「そうですね。場合によっては、複数のゾンビと戦わなくてはならないかもしれません。気を付けないと」
これから相対するかもしれない『ネクロマンサー』という存在に対し、その性質を知ることは、三人にとってとても重要な事であった。
兵隊さんはもちろん予備知識としてある程度は知っていたが、それでも専門家たる墓守の話は、一度は聞いてみるべきと思ったらしい。
「場合によっては、戦闘になるかもしれない。カオルはともかく、サララちゃんはいつでも逃げられるように気を付けてくれ」
剣の柄に左手を当てながら、先導するサララに声を掛ける兵隊さん。
サララはにこりと微笑みながら「ええ、そうですね」と、また鼻先をスンスン鳴らす。
(村からも近いし、サララや兵隊さんもいるから……俺も棒切れをぶん投げるくらいしか役に立てそうにないんだけどな)
口には出さないものの、カオルはこの「カオルなら心配しなくても戦えるだろう」と兵隊さんに思い込まれている現状に若干、歯がゆさを感じてもいた。
実際にはカオル自身はまともに戦う事なんてできなくて、あくまで棒切れの力で賊たちを蹴散らせただけに過ぎないのだが。
だが、兵隊さんはそんな事露ほどにも思っていなくて、恐らく実力だけで倒せたと思っているのだ。
それが、カオルにはもどかしい。
過剰に信頼されるのも困るが、だからと折角得た信頼を裏切るのもどうかという、迷いもあった。
そうして馬車のあるところまで戻って……異変に気が付く。
まだ昼下がり。いつもなら商品の積み下ろしや積み込みが人がたくさんいるはずの馬車周りに、誰一人居なかったのだ。
兵隊さんはもとより、カオルもサララもその違和感には否応なしに気づかされていた。
「……これ、何かありそう。うわ、何この臭い……っ」
ぴた、と足を止め、眉間にしわを寄せながら鼻と口を手で覆うサララ。
視線の先には……大き目のテントが一つ。
何人も入れそうな集団用のテントが、ぐらぐらと揺れ始めていた。
「――サララちゃん、下がりなさいっ」
異常を察知し、サララをかばうように即座に前に出る兵隊さん。
カオルも棒切れに手に、テントの入り口を覆う被せ布を注視する。
『う……うぅ……っ』
テント内のくぐもったうめき声が、どんどん近づいていた。