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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
16章.歴史となった英雄
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#4.心に刻む蹉跌


 かつてサララとベラドンナの三人で旅した道を、今度は執事と二人で往く。

一度往復した道は、そう昔に感じるほどでもない程度の時間しか経っていないのに、カオルはどこか、この馬車から見える、流れゆく景色が懐かしくすら思えてしまっていた。

それは旅愁というものか、あるいは、時間の流れに対しての一種の諦観か。

コルコトへの道を進む軍馬車の中、何かを思い出そうとして、カオルは思い出せずにいた。


「エスティアは、前に何度か訪れたことがありましたが、最近は以前にも増して栄えているのだとか」

「クラウンも着たことがあったか」

「ええ、仕事欲しさに。エスティアの貴族や資産家の屋敷は結構人手不足なことが多く、特に人間の男出は貴重らしく需要があるのですよ」

「ははは、俺も城に潜入した時はそうやって入り込んでたな」


 サララを助けるためにエスティアに来た時の話である。

カオルとしては貴重な、プロの料理人の見習いとしての雇用であった。

今は結局ギルドマスターなどやっているが、料理人としての道も、カオルはこの時、確かに見えていたのだ。


「本にも書かれておりましたね。見習いの料理人として、奥様の為に王城に潜入していたとか」

「ああ。それで、城内でラッセル王子と出会ったんだ」

「そういう出会い、とても運命的に感じますね。他国の王族と、中庭で出会い、親交ができる……普通はそうはいきません」

「そうかもな。でも、本当に偶然さ。運がよかっただけだ。上手く王子と話せて、上手く王子と仲良くなれた。だからこそ、上手くいった」


 何もかもが上手くいった。

事実そうだったのだから、本にはそうとだけ記されている。

人が読めば、カオルは特に苦労もなく、とんとん拍子で話を進めたように見えた事だろう。

だが実際には、全てめぐりあわせ、運がよかったからそうなっただけに過ぎない。

たまたまその時何かあってラッセルの機嫌が悪ければ、あるいはカオルの渡したサンドイッチの味を彼が気に入らなければ、それきりで終わるかもしれない出会いだったのだから。

運命とは案外そんなものの連続なのかもしれないと、カオルは思い返す。

クラウンもまた、主の言葉をかみしめるように頷く。


「偶然はとても偉大なものです……ですが旦那様。私は直に目にした訳ではありませんが、それでも旦那様がたは、やれる限りの事をやったのでしょう?」

「勿論さ。やれるだけのことをやった。だからこそ、運もこっちに向いたんだと俺は思ってる」

「素晴らしいことだと思います。すべてやれるだけのことをやらねば、運命の女神も微笑んではくれない、という事でしょうか」

「そう……なのかもな」


 女神アロエの笑顔を思い浮かべながら、「あの女神様はそんな感じだな」と苦笑する。

人類の事が大好きで、だけれど目的のために盲目になってしまう女神様。

今はもう、自分の知る女神様は彼女しかいないのだと思うと、途端に寂しさも感じてしまう。

そう、カオルの一番よく知る女神様は……もういないのだから。


(俺は、それでもあの人の笑顔に癒されてたんだなあ)


 嘘つきな、女神ですらなかった、女神を自称していた人が居た。

不細工で、変なごまかしばかりして、全然信用ならない変な自称女神。

なのに、その笑顔に、彼はどこか……自分の母のように感じてしまっていたのだ。慈しみを、優しさを。

その癒しが、今はなかった。


 けれど、それでも耐えられる今の自分にも気づいていた。

それは、サララという癒し。

屋敷に増えた使用人たち。

今はベラと名乗っている、天使になった自分の仲間もいて、ギルドの部下たちもいて、そして各地には沢山の友達が居た。

大陸の半分くらいは、彼の知る土地となっていた。

残り半分も、残りの人生で知ることになるだろうと思っていた。

腰を落ち着けるにはまだ早い。

まだまだ見知らぬ土地があり、まだまだ知らぬ不幸な人が居て、まだまだ助け甲斐のある何かがあるのだろうから。

彼の活力は、未だ尽きることがない。


「クラウン、俺はな、まだまだやりたい事がある」

「どこまでもお付き合いしますよ、旦那様」

「ああ……頼んだぜ、クラウン」


 今は頼もしい執事と共に在る。

悩むことなど何もない。

少しだけ寂しいかもしれないが……過去の事は過去の事と思えるようになっていた。

自分はきっと、こうやってどんどんと大人びていくのだろうと、トーマスのようになっていくのだろうと思い、少しだけ嬉しくなる。

そう、人は育ち、変わってゆくのだ。

かつてダメだった自分が嫌だった少年は、この世界で青年となり、今、富も名誉も立場も得られた。

ならば、後の人生はもっともっと、やりたいことをやるしかない。

守りになどはいるつもりはなかった。

どんどんと楽しいことを、楽しませられることを、幸せになることをやりたい。


「さあ、エスティアはどんな感じになってるかな」


 ほどなく軍馬車はコルコトへと着くことだろう。

まだ日も高い。最近はエルセリアとエスティア感の友好関係も元に戻り、国境を越えコルコトにもグリフォン輸送便が配置されるようになった。

日が変わるより前に目的地であるセントエレネスにたどり着ける目算である。

だが……カオルはもう、流れゆく景色など見てはいなかった。

彼が見ているのは、この世界の未来。

これから先の、自分たちが歩む歴史である。


 彼は、英雄であった。

この世界に来たばかりの、何もできない彼ではなかった。

女神様に与えられた力など関係なしに、努力と献身によって信頼を得ていた。

女神様に与えられた武器と不死の身体を使いはしたが、行動したのは彼自身。

そうして、そんな彼によって、国は、世界は変わったのだ。

最早彼は、何をしても世界を動かしてしまうようになっていた。

そして彼自身も、それを肌で感じ始めていた。


 このまま、サララが望むようにおとなしくしていてもいいはずだった。

ギルドマスターとして、やりたいことはやりつつも、人々の為になる事を続けてければと思いはした。

けれど、「それではつまらないな」とも思ったのだ。

だから彼は動く。


(どうせ世界を変えちまうのなら、皆が笑って暮らせるように変えてやるさ)


 彼が願うように。

彼が望むように。

世界は、動いてゆく。





「お久しぶりです、カオル様」

「ああ、ほんとに久しぶりだな、アイビス」


 エスティア王都、セントエレネスにて。

新設された『ミリオン』エスティア支部のギルドマスター・アイビスが、街の入り口脇のグリフォン待機所で二人を出迎える。

アイビスの後ろには数名、見覚えのある顔。

表情こそ違うものの、カオルは彼女たちが、かつてバークレーの辺境伯ウォルナッツの屋敷にいた、アイビスの部下として働いていたメイド達だとすぐに気づいた。


「皆も元気そうで何よりだぜ。ギルドの運営にも人手が必要だったし、君らが手伝ってくれてありがたかったよ」


 現在エスティアは、エルセリアとの友好関係の修復にバークレーとの関係強化が重なり、にわかに発展の兆しが見え始めていた。

主要産業となる炭鉱の近代化、観光地としての整備、そして新たに登山家や冒険者などの為の山道の整備など喫緊(きっきん)の課題から人手不足が深刻化し、ギルドの運営の為の人材も集めにくいかと思った矢先、エスティア王家に打診した結果協力してくれることになったのが、彼女たちであった。

元メイドらも、カオルが自分たちを忘れてなかったのが嬉しかったのか、ぱあ、と華のような笑顔を見せてくれる。


(立ち直れてるようだな、よかったぜ)


 絶望の日々から解放され、平穏な日常を迎えたメイド達は、その心も癒えているようで、これにはカオルも安堵していた。

女性故に受ける苦しみは、男のカオルには完全には分からなかったが、それでも想像くらいはつく。

筆舌に尽くしがたい、表現することすら難しいものだろうとは思うが、結局は本人たちが自力で立ち直るしかないのだ。

故に、カオルは「ありがたい」と感じられた。

辛い環境に耐え、自らの為に生きてもいいのに、人々の為に生きる道を選んでくれた彼女たちに、心から感謝していた。


「支部では、他の主だったメンバーも集まっています。どうか、お話を聞かせていただければと」

「ああ、早速向かおう」


 アイビスに促され、カオルは、ゆったりとした心持ちで王都を歩めた。




「現在エスティア支部の置かれている環境は、王室の支援もあり、恵まれていると言えるものではありますが……人材難という面がどうしても解消できずにいます」


 支部に到着後、カオルは求められるままメンバー達に簡単なスピーチをして士気を上げた後、アイビスによる現状の説明を受けていた。


「国中が人手不足だもんな。給料がいいはずの王城も人が足りてなかったくらいだし」

「はい……幸い、お城の人手不足は私たちを雇っていただけたこともあり、また、ラッセル王子の連れてきた方々が優秀だったため、かなり改善されていますが……市井(しせい)はそうもいかず」

「でも、頭数だけじゃなさそうだな? 街中は前に見た時と比べても人手で賑わってたようにみえたぜ?」

「はい……それなの、ですが」


 人手不足に関しては頭数で補うのが最もベターな手段ではある。

ただ、これに関しては特有の問題があるのだろうな、と、カオルはなんとなくに察していた。

その証拠に、アイビスはとても言いにくそうに視線を右往左往させ、言い淀んでしまっている。


「いいぜ。怒らないから言ってみな」

「ではありていに申し上げます……猫獣人の方の、性質の問題、と言いますか……その、とてもマイペースな面がどうしても足を引っ張ってしまっているように思えてなりません」

「まあ、そうだよな」


 ギルドのメンバーを見れば、大半が人間である。

猫獣人もいないわけではないが、アイビスの言葉には思うところあってか、諦観に満ちた顔でため息をついていた。


「その、誤解なきように言わせていただければ、ここにいる彼らは、とても勤勉に働いてくれるのです。猫獣人の方の中にも、彼らのように真面目に、人々の為に働いてくれる方もいますし、私も助けられてはいるのです、ただ……」

「全体で見れば、まあ、マイペース過ぎて働かないのが多いのは確かだよな」

「……はい」


 我が事のように深刻に考えてしまうアイビスに同情しながらも、カオル自身、猫獣人のマイペースさには苦笑いを浮かべるしかなかった。

そう、エスティアの国家としての最大の難点。

それは、構成する主要人種が猫獣人であること。

最大の特徴がそのまま最大の欠点となってしまっていた。猫獣人、働かない。


 中には真面目な者がいるのはカオルも解っていた。

けれど、例えば王城の中からしてアリエッタのようにぽけぽけとした娘が長年侍女長なんてやっているくらいには適当な人事がまかり通る国である。

当然、市井はもっと適当であった。


「恐らく、この問題を解決しない事には、エスティア自体の人手不足の問題の解消はかなり困難であるものと……」

「まあ、暢気すぎるもんなあ、この国」


 愛妻の故郷である。

悪し様に言うのはカオルも気が引けたが、実際問題エスティア人は適当過ぎた。

決して愚かな訳ではない。

むしろ知恵は人類種族の中ではかなり回る方である。

だが、肝心の意欲があまりない。

多少生活が貧しかろうと平和でのんびり昼寝ができる生活であれば許容できるほどに向上心が乏しいのだ。

それが故にバークレーが関わってきても気にしない民が大半だった程なので、これに関してはもう種族の特徴としか言いようのないのも事実である。

だから、この面での解決は多分無理だろうなあとカオルも諦めが入っていた。


「かといって無理に入植者を増やしても、今度は文化面で衝突が起きかねず……コール殿下の調整が功を奏し、今でこそそのような問題は少ないですが、今後は猫獣人と入植者との間で衝突が起きる事も想定に入れなくてはならないものと……」

「ああ、安易には増やせないもんな。その辺、ちゃんと考えてくれてるだけでありがたいぜ」


 人が足りない、なら増やせばいいとはいかないのがこの問題の難しい面である。

人とは文化とともある生き物。環境が変わったからと、生まれ育った文化文明を容易には捨てられないし、その土地のそれに順応できるかどうかは人次第である。

すぐにエスティア城に順応できたラッセル王子と、順応できずにいつまでもわがまま放題だったブロッケンを見れば、民間人でも同様の事が起きかねないのはカオルにだってわかっていた。

だから、アイビスが慎重になっているのもよくわかる。


「……つまり、エスティア自身が抱えてる問題が、そのまま支部の問題に直結しちゃってる訳か」

「はい。実際依頼の内容の大半が人手不足に関わるものでして……依頼には困らないものの、未達成のまま解決できずにいる案件も増え始めています」

「特に足りてないのは?」

「炭鉱の近代化や街道の整備に関わる技術者が特に……専門的な知識を持った方は、既に国内ではお城に召し抱えられているケースがほとんどで、それ以外の方も、『これ以上忙しいのは嫌だから』と協力を断られてしまって……」

「専門的な知識持った技術者か。本部にいくらか思い当たるのがいるから、とりあえずここに回そう」

「助かります。できれば、その方々に指導していただければ……」

「ああ。そのつもりだ。安心していいぜ。文化の違いも、そんなに問題にはしない連中だ」


 炭鉱技術ならば、隣国のバークレーはこの世界において先進的な技術を持っている。

バークレーの技術の根幹にあるのは、異世界人からの教育の賜物である。

そしてカオルの手元にも、異世界人達が集っていた。

技術者には事欠かない。彼らなら上手くやってくれるだろうと、カオルは胸を張る。


「アイビス、これからエスティアはどんどん発展していくぜ。その中で、ギルドが人々に信頼され、日常の中で当たり前のような存在になれるかは、これからのあんたらにかかってる。よろしく頼むぜ」

「……はい。お任せください」


 カオルは、初めて会った時、アイビスはもうちょっと儚い女性のように思えていた。

それは、自分の父親への負い目、そしてそんな父親が罪なき女性たちにしていた行いについての負い目もあってのもの。

ついには自らの手で父を殺そうとすらしていた彼女の、しかし今のその眼には、意思を感じられる芯の強さが感じられた。


(どこで巡り合えるかなんて、分からないもんだな、人材って)


 自ら人材を集って始めたギルドではあるが、誰もが皆、彼をそれと知り出会った者ばかりではなかった。

このアイビスだって、たまたまバークレー国内でノークと出会えたからこそ巡り合えた人材なのだ。

そう考えれば、人の人生、無駄なことなど一つたりもないとカオルは思えた。


(そうだ……出会いは、別れは、無駄なんかじゃない。一つたりとも欠けていいものなんてなかったんだな、きっと)


 かつて自分が失ってしまった人生。

かつての家族、かつての友達。周りの人々。

カオルは、それらすべて失って今の人生を得た。

けれど、思えば思うほどに気づくのだ。

――なんで俺はそんな大切なものに、ずっと気づけなかったんだろう、と。


 それは蹉跌(さてつ)であり、道でもあった。

諦めてしまった自分が、諦めずにいられる今の自分。

失ったものは、決して無駄ではないのだと、そう自分に思い込ませるように、カオルは自らの心に刻み付ける。


(もう何一つだって、無駄にするものか……!)



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