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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
15章.新たな人生の果てに
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#11.魔界は静かに推移する


 カオル達がカルナスで穏やかに暮らす中、世界は少しずつ、変異し始めていた。

勇者カオリは各地で魔族や魔人が引き起こす問題を解決していったが、その多くは先代の魔王の配下だった者達の暴走で、現在の魔王の配下である魔人や魔族らは、相も変わらず極東から離れずにいた。


「あーあ、時間ばかりが経過するけれど……本当にこれでいいのかしら?」


 魔王城の一室にて。

魔人レイアネーテは、他の魔人らとの話し合いの最中、深いため息をついていた。

同じテーブルに掛けるメロウドとベギラスは、そんなレイアネーテに呆れたような視線を向けた。


「意味もなく待機してるならともかく、理由あって攻めるのを止めてるんだから、仕方ないだろう?」

「お前もバゼルバイト様から説明を受けただろうに。一体何に疑問を抱くというのだ?」


 二人して反論してくるが、レイアネーテは肘をつきながら「だって」と、つまらなさそうにぶーたれる。


「こうしている間にも、勇者一行が攻めてくるかもしれないじゃない? 女神様は何がなんでも陛下を倒そうとするだろうし……今までだって、こちらの言い分なんて聞きもせずに攻撃してきたし」


 レイアネーテは愚かではあるが、決して何も考えないわけではない。

考えた結果失敗に至ることが多いのでバカにされがちだが、まるで考えなしな訳でもなかった。

相対する魔人二人は互いに顔を見合わせ、「確かに」と言いそうになったが。

しかし、小さくため息をついて再びレイアネーテに向き直る。


「だとしても、僕らがする事はただ一つだよ」

「メロウドの言うとおりだ。我らはあくまで陛下が為、バゼルバイト様が為この地の守護に努める」

「それは分かるんだけどね。でも、攻め込まれるより前に攻めたほうがいいと思うんだけどなあ」


 今現在の世界は、かなり安定していると言えた。

人類国家はいずれも団結し、少なくとも表向き不和を見せることなく連携できている。

古代竜レトムエーエムの爪痕が残っていたラナニアも復興が始まってからはハイスピードでその傷が癒えているし、そうかからず元に戻ると思えた。

エルセリア艦隊もアンジーレブラムによって主力艦隊が壊滅したが、こちらもかなりの急ピッチで戦力の補強がなされており、元の戦力を取り戻すまでにそう時間を要さないものと思えた。


 逆に言えば、今ならば大陸の大半を支配する大国二つが万全とはいい難い状況のはずで、逆に自軍の戦力が充実しつつある現状、格好の攻めるタイミングであるのもまた、事実だった。

レイアネーテは、それが歯がゆくてならない。

ただ、それだけならレイアネーテもある程度は我慢できるのだ。

我慢ならないのは、別の理由から。


「それとね、二人は何も思わないの? 最近、陛下はクロッカスばかりお傍においているわ。研究の為っていう話で……必要なことなのは分かるんだけど」

「一番重要な理由ではないか。陛下が魔王として覚醒しきるのを抑える、その方法を研究しているのだろう?」

「だからこそ、万一の為に僕たちが揃ってお城の守りを固めなきゃって、ここにいるわけだしね」


 今、魔王城はとても大事なフェイズに突入していた。

魔王アルムスルトを、呪いじみた魔王としての力から解放する為の手段。

これを見つけ出し、自分たちの主を開放する為、厳重な警備体制が敷かれていた。

レイアネーテもそれは分かっていたが、「でもね」と食い下がる。


「じゃあ、陛下のお力の源ともいえる魔王としての力を失ったら、果たして陛下は生きられるのかしら? 女神様は、そんな陛下でも容赦なく殺しに来て……そして、二度と復活できなくなった陛下は、そのまま――」

「レイアネーテ、それ以上はダメだ」

「縁起でもないことを言うな! 我らがついていてそんなこと、させるものかよ」


 二人から怖い目線を向けられ、レイアネーテも「わかったけど」と不満げに唇を尖らせる。


「でも、不安にならない? 私だけじゃなく、皆今の陛下を尊敬していてここにいるんでしょうけど……でも、陛下が二度と復活できなくなるのは、間違いなく怖いことだと思うのよ」

「それは……」

「もうこんな話やめようよ。レイアネーテ、不安に思うのは分かるけど、こんな話、僕たちがしていていい話じゃない」


 少し高めの椅子から、足をぶらぶらとさせていたメロウドは、椅子から威勢よく飛び降り、そのまますたすたと部屋から出てこうとする。

一方的な話題の中断。けれどレイアネーテも仕方ないと感じ、ベギラスもまた、メロウドを咎めようとはしなかった。

――そんな矢先である。




「――君たちの気持ちは確かに分かるけど、問題はあらかた解決しようとしてるんだよ?」

「うわっ……クロッカス」


 扉に手をかけようとしたタイミングで扉が開かれ、白衣の眼鏡男が目の前にいることに気づき、メロウドは先ほどまでより高いトーンで驚きを口にする。

普段抑揚の乏しいトーンで話している少年魔人としては珍しいシーンだった。


「立ち聞きとは趣味が悪いわね。どこから聞いてたのよ?」

「今しがたきたばかりだが、陛下が魔王の力から解放されようとすることに、不安を感じているらしいのは分かったよ」

「それは……レイアネーテの話で」

「そういうなよぉベギラス。君だってそうなんだろう? 別にバカにしたりしないし、だからと君の忠義を陛下やバゼルバイト様が疑う訳でもない」


 気にするなよ、と、けたけた笑いながらメロウドの横をすり抜け、掛けていた椅子へと腰掛ける。

そして偉そうにふんぞり返った。


「メロウドも、席に座りなよ。陛下が今どんな状況なのか、説明する必要がある」


 ふんぞり返りながら、ドアの前から自分を見つめていた少年魔人にも声をかけた。


「……いいけどさ」


 クロッカスの態度には慣れていたものの、立ち聞きされていた事、自分も明確に巻き込まれたというのが不愉快なのか、ぶっきらぼうにテーブルまで戻り、今度は空いていたレイアネーテの隣に掛ける。

そして三人の視線が集まると、クロッカスは満足そうに「ふふん」と鼻で笑いながら眼鏡をくい、と直し、話を始めた。


「君たちはさ、古代竜が持つ概念の力、これが魔王覚醒のキーであり、魔王が持つ死からの再生能力や圧倒的な力の源泉だ、っていうのは知ってると思うんだけど」

「この間貴方が説明したことでしょ? それは分かるわよ」

「それなら結構」


 恐らくその辺り一番理解しにくいであろうレイアネーテが解っているらしいので、残り二人が何か言うのを待つつもりもなく、クロッカスは話を続ける。


「僕はその辺りの原理に気づいて、これを解明して陛下を魔王の力から解放しようと考えていたわけだが……ここ最近になって、あることに気づいたんだ」

「あること……? それはなんなんだ?」

「焦らすのは時間の無駄だから手短にお願いできないかな……」

「まあそう急くなよメロウド! だがそうだな、確かに迂遠うえん)だったかな」


 だんだん面倒くさくなってきたメロウドに、クロッカスは楽しげに指を向け口元を歪める。

その様、まさにマッドサイエンティストである。

当のメロウドは「面倒くさいなあ」と内心で鬱陶しがったが、あくまで無表情だった。


「陛下から魔王としての力を削ぐためには、その身体に入り込む古代竜の魂……概念の力を喪失させる必要がある訳だ」

「概念の力の喪失……でも、そんなの簡単にいくの? 概念そのものを消すのなんて、途方もない労力よ?」

「そうだろうねえそうだろうねえ。本来、概念の力は我々創造物にはどうにもできないレベルのもので、文字通り次元が違うから、消そうと思って消せるわけじゃアない」


 概念とは、世界に普遍に広がる在り方であり、知識であり、方向性でもある。

一つの概念を打ち消すためにはそれを知る者、理解する者、受け入れた者すべての記憶からそれらが消されなければならない。

故に、原理が知れていようといまいと、創造物の手によってこれを対処するのは途方もない手間がかかる。

だが、クロッカスは「だけどね」と、口元を歪め、三人の表情を確かめるように見回したのだ。


「僕は思ったんだよ。『消すことはできなくとも、形を歪ませ、意味を変えてしまう事が出来るんじゃ』ってね」

「形を歪める……? それって」

「気づいたかいメロウド。そう、概念というのはまた、とても移ろい易いものなんだ。沢山の人間にとって、時として重要とも、常識とも言えるものだけれど、同時に変わっていくものでもある。そう、変えられるんだよ!」


 それこそが重要なのだと言わんばかりに、クロッカスはふんぞり返りながら空に指を向け、ゆらゆらと揺らす。


「勿論それとて楽なものではないけどね。だけど、人間世界には、それができてしまえる奴が居た」

「……個人が? どういうことだ?」

「簡単な話さ。古来、この世界は異世界人によって文化や文明に大きな下駄が履かされてきた。そう、異世界人こそが世界を変えてきたんだ。そして、今現在で一番有名な異世界人の力を使えば……?」

「労せずして、陛下の魔王としての力を削ぐことができる……?」

「そう言う事さ! 無論、だからと直接会って協力を仰ぐわけにもいかないし、やるならばかなり遠回しになるだろうけど……概念そのものをちょっとずつ方向性をずらしていき、従来のものと全く違う形に変えることで、源泉を絞っていくことは可能なはずだ」


 ここまで話し、クロッカスは三人の様子を見て、神妙な面持ちになっているのを理解し、満足し「くくく」と小さくうなる様に笑う。


「では、肝心な要件を伝えようか。レイアネーテ、メロウド。君たちには、人間世界に出向き、この『最も影響力の強い異世界人』の動向を監視してきてほしい」

「えっ、人間世界に行っていいの?」

「……僕はともかく、レイアネーテが行く必要、あるの?」

「ここで燻っていられてある日突然暴走されても困るだろう? 失われたオーガの軍勢は戻らないが、今いる他の戦力を勝手に動かされても困る訳だしぃ?」

「やれやれ、僕は子守か」


 嫌になっちゃうね、と、メロウドはため息をつきながら隣に座るレイアネーテを見上げた。

レイアネーテもまた「あによ」と、不機嫌そうに睨みつける。

けれど、メロウドは「別に」とだけ返し、席を下りた。


「じゃ、そういう事なら行こうか。場所の目星はついてるんでしょ? クロッカス」

「場所はエルセリアの城塞都市カルナス。町はずれの大きなお屋敷に住む異世界人だ、名前は――」




 こうして、魔人たちの目に、カオルという異世界人が明確に触れるようになった。

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