#7.猫娘お役立ち!
村の北にある墓場は、まだ閑散としていた。
当然だが、昼間から特別な用もなしに墓地に訪れる者などいるはずもなく。
カオルが警戒の為草陰に隠れて見張って早三時間。誰も来る様子もなく、ただ風ばかりが吹いていたのだ。
「……虚しい」
あまりに誰も来ないので、虚しさばかりが募る。
時折聞こえる草の揺れる音にビクリとするも、大体は動物がひょっこり顔を出す程度で、何も起こらない。
何も起こらないに越したことはないのだが、流石に昼間から墓荒らしが訪れるという事はなさそうであった。
「お疲れ様カオル君。少し遅いが、食事にしないかね?」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
誰も来ないからこそ、それを狙って墓荒らしが来るかもしれない、と警戒していたカオルであったが、ポットの父親・ハスターに声を掛けられ、それまでの緊張を解く。
陽もやや落ちかけており、昼食、というには確かに幾分遅かったらしい。
当初、村の中を軽く見回り怪しい奴がいないか警戒していたカオルであったが、やはりそういった体格のいい男、というのは見当たらず。
がたいのいい男、というだけなら確かに村男にも当てはまるが、この季節、陽のあるうちは麦畑や野菜畑の収穫期というのもあり、外に出ていない男などいないくらいで、村男の中に墓荒らしの犯人はいなさそうであった。
同時にレイチェル失踪関連でも調べようと思ったのだが、やはり村人達の中に明確に怪しい行動を取っていた人間は見当たらず。
少なくとも昼間の間は、打つ手がないかのようにカオルには思えたのだ。
ハスターに招かれて訪れた墓守の家では、開けられた窓から涼やかな風が入り込み、木々に囲われているのもあり、ほどよい日陰となっていた。
さやさやと揺れる木々の音に癒しを感じながら、カオルはあてがわれた席に着く。
すると、ハスターがスープ皿を手に、奥のキッチンから姿を現した。
「黒芋の冷製スープだ。パンに浸して食うと、甘みも感じられていいぞ」
「へえ……黒芋っていうだけあって黒いな」
「ははは、この辺りじゃ夏になると当たり前のように飲むものだが、君は黒芋を見たことがなかったか」
見た目イカスミかブラックカレーかのような黒一色のスープであったが、空腹だったのもあり、カオルは構わずスプーンを手に取り、一口。
冷たさの中によく知る食感。カオルは目を見開いた。
「おお……芋だ。ざらざらしてる」
「この舌触りがたまらんのだ。街中なんかだとちゃんとこしたのが料理として出されるが、私はあれはどうも、サラサラ過ぎて好きになれんよ」
「俺も、こういうのの方が好きかも」
ちょっと濃い目のポタージュスープなんかが好きなカオルは、口にした事のなかった、いくらか変わった味のこのスープが途端に気に入ってしまっていた。
「おかわりはいくらでもあるから、足りなければ言いなさい」
「ああ、ありがたいぜ」
早速パンをひとちぎり、お勧めされた通りに浸して食べると、じんわりほのかな甘みのようなものが薄い塩味のパンに沁み込み、中々にイケる一品となっていた。
連日の暑い陽射しの中、食が進むようにとの田舎の工夫、というものであろうか。
(こういう世界の飯も、結構馬鹿にできねぇよなあ)
その日常への創意工夫に感心しながら、カオルは一欠片、また一欠片、ちぎってはスープに浸し、口に放り込んでいき、黒芋特有のザラリとした食感と甘みとを楽しんだ。
「カオル様ー、色々面白い情報手に入れましたー……って、なに一人でご飯食べてるんですか! ずるい!!」
そうしてまったりとしたひとときを過ごしていたカオルであったが、突然入り口のドアが開き、サララが現れる。
すると、先に食事を取っていたカオルを指さし、サララは「ずるいずるい」と、抗議めいたまなざしで睨み始めた。
「一人じゃないぜ。ハスターさんと一緒だ」
「サララちゃんもどうかね? 黒芋のスープとパンだが」
「そういう意味じゃなくって……あ、いただきます♪」
カオルの返しに「そうじゃないのに」と歯を噛むも、ハスターの誘いには抗いがたいものがあったらしく、カオルの隣に腰かける。
こうして、三人の微妙な空気の中での食事が始まった。
「それで……面白い情報って? 何か進展があったのか?」
しばし静かな食事が続いていたのだが、もぐもぐとスープ味のパンを味わい深く噛んで飲み下し。
カオルはサララに、先ほどの話の続きを促す。
ハスターもその話には興味があるらしく、真剣な眼でサララを見つめていた。
「あ、はい……もぐ、ひょっとまってくらさい」
タイミング悪くサララは口にパンを放り込むところだったので、二人に少し待ってもらいながら飲み下し、また口を開く。
この辺り、サララはマナー最優先である。口にモノを入れながら話すのはあまりしたくないようだった。
「えっとですね。まず、ポットさんとハスターさんが見かけた『がたいのいい男』と思しき男が、行商の乾物屋さんの仲間かもしれない、という事が一つ。ただ、この方――ガウロさんっていう方なんですが、お仲間の人たちの話では三日くらい前から行方知れずらしいんですよ」
「ますます怪しいな」
「実際にその男の姿を見れば墓荒らしと断定することはできそうだが……行方知れずか」
これについてはサララのお手柄なのだが、実際に犯人かも知れないガウロがどこにいるのかが解らない為、ひとまず兵隊さんにも説明し、手分けしてこのガウロを見つける必要があった。
確認しないでは、犯人と特定する事も出来ないからだ。
「それと、こっちはレイチェルさん関係なんですが。レイチェルさん、失踪直前に占い屋さんに占ってもらってたっていうお話なんですよね。それで、占い屋さんにお話を聞こうと思って広場に行ったら、お店を出してなくって」
「そうなのか? いつも昼から出してたじゃん。今日に限っていないのか」
「ええ。近くにいたアクセ商人の人に聞いた限り、朝から姿が見えなかったらしいです。気になりません?」
「レイチェルに続いて、今度は占い師の人が行方知れずになった可能性があるって事か?」
「その可能性もありますね。あるいは……もしレイチェルさんの件がネクロマンサー騒動とつながりがあるとしたら、そのガウロと占い師さん、何か接点があるのかも……?」
「流石に今の段階では強引なこじつけにしか思えんが、何かしら解った事から疑うしかないものな。サララちゃんは、その辺りが怪しいと思う訳か」
「はい、女の勘です♪」
一息話し終え、再びスプーンを動かしスープを啜るサララ。
幸せそうに「芋スープおいしー♪」と、微笑み姿に、カオルもハスターも若干の癒しを感じてはいたが。
すぐにまた、シリアスな雰囲気に戻る。
「あ、それとですねカオル様。さっきその乾物屋さんで、カライワ草が売られてたので買っちゃいました。後でアロマにして部屋に置いときますね」
この匂いがいいんですよ、と、エプロンスカートのポケットに入っていた紙袋を取り出し、テーブルの上にとん、と置く。
「……カライワ草?」
「あれ? ご存知ない? 干すとすっごくいい香りのする草なんです。生のままだと臭いだけなんですけどね。この乾燥したのを菜の花油に浸すと、リラックスできる素敵なアロマに変身するんですよー」
いい買い物でした、と、満足げなサララ。
「ふぅん……匂いとかそんなに気にした事なかったな、そういや。臭かったか?」
「時々信じられないくらいカオル様が汗臭い事はありましたけど、まあ、臭いから買ったとかではないです。リラックスできるからです」
気にしないでくださいな、と、手を振り振り、微笑みを見せるサララに「そういう事なら」と、カオルも納得しておく。
「カライワ草は、独特の匂いがするから、犬を飼ってる家には使っちゃだめだって言われてるね。犬が嫌うんだ」
「そうそう。ついでに犬獣人も嫌ってます。猫獣人は昔から愛用してるから、気にしないんですけどね」
「私もこれの香りは好きだよ。この辺りでは取れないし、結構高いから常用はできんがね」
カオルの知らないことながら、必需品ではないものの愛好品として需要がある品らしく、ハスターも肯定的であった。
思い返してみれば、消臭剤やアロマのような品はカオルの知る世界にも当たり前のようにあったのだから、異世界人がそういったものを愛好している事自体、何ら不思議ではないのだ。
文化や文明、技術力こそ違うものの、こういった面で考えつくことは、やはり人間、同じなのだとカオルは変に感心していた。
「それで、そのガウロっていう人、このカライワ草の仕入れとか担当してたらしいんです。もしかしたら、ある程度匂いから辿る事が出来るかも……?」
「マジか」
「ええ、犬獣人ほどじゃないですけど、猫獣人も結構鼻が利きますからね。その気になれば周囲1~2kmくらいは辿れます」
猫獣人、驚異の身体能力である。
これにはカオルも驚かされるが、同時に「こういう時には役に立つのか」と、サララの正しい使い方を理解しつつもあった。
サララは、平時ではなくこういった場面にこそ役に立つ能力持ちだったのだ。
「よし、それじゃ早速……飯を食ったら、兵隊さんにこの事を伝えて、ガウロ探しに移ろうぜ」
「そうですね。まずはご飯です」
「うむ、どれくらいかかるか解らんから、腹いっぱい食っていきなさい」
ひとまずは、と、息をつき、三人はまた、食事を再開した。