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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
15章.新たな人生の果てに
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#1.誰もが認める男・カオル


 カルナスに戻ってからのカオルは、とにかく忙しかった。

まずはサララとの結婚のための前準備。

式を挙げることそのものは聖女様と打ち合わせ日取りもつつがなく決まったが、呼ぶ賓客は誰がいいのか、どの程度まで呼べるのかなどはサララを交えその日の日が変わるまで話し合う事となった。

何せ友人の数が多い。

一番世話になったオルレアン村の人々は当然ながら、拠点としているこのカルナスの住民の多くがカオル達の友人知人で、更にはエルセリア王をはじめ、各国の王侯貴族とも関りがあるのだ。

当然、そんな彼らが結婚するとなれば相応に人が集まる。

だが、カルナスの教会はそこまで大きくもない為、聖堂内に入れる賓客の数は限られていた。

これを選定するのが思いのほか大変で、その後の披露宴も含め、中々時間がかかったのだ。



「やっとこ予定が付いたと思ったら、今度は視察とはなあ」

「大変でしょうけど、これもご夫婦での幸せな生活の為ですわ」

「まあ、解ってるんだけどな」


 それが終われば、翌日からは中心部から離れた森の中の新居予定地の視察である。

サララは別の用事があるとのことで外れたが、代わりにリリナが同行する。

あらかじめフィーナ達を届けた際に、サララがリリナに新居予定地の選定と建築回りを進めるように指示したとかで、予定地では既に多くの職人らが大工の指示の元、基礎造りを始めていた。


「おや、旦那ぁ。よく来てくださいやしたね」


 あまり見慣れない家の建つ様。

それを目の当たりにし、カオルは物珍しさに右を見て左を見てしていたが、大工らを従えた大男が一人、カオルらの元へ駆け寄る。


棟梁(とうりょう)。いや、なんかサララから見に来てくれって言われてさ。視察って言っても何を見たらいいのか」

「ははは、早速尻に敷かれてますなあ。いやいや、うちの奴らの仕事っぷりを見てくれれば、それだけでいいんですよ」

「ああ、しっかり目に焼き付けてくよ」


 カオルとしても顔見知りの、この街で一番の大工の棟梁だった。

他の大工らも見覚えのあるのがいくらかいて、カオルがそちらに視線を向けるや、無言のまま会釈する。


「そっちのメイドのねーちゃんから依頼された時は『やけに急な依頼だな』と思ったもんだが、旦那達の為の新居っていうなら、うちらは総力を挙げていい仕事して見せまさぁ!」

「ははは……いや、ほんと急で申し訳ないね。サララが『新居は大き目な家を』ってさ。でも、この街にはあんまりでかい家はないだろうからな」

「なあに、仕事が多いのは職人にとってはめでたい事ってね。まあ、二月も見てくださいや。英雄の拠点にふさわしい、立派な屋敷にして見せますぜ」


 見ててくださいや、と、頑丈そうな歯を見せながら胸を張る棟梁に、カオルも心強さを感じ素直に頷いた。

それからしばらく、リリナと二人で工事中の地内を見て回り、それが済むや棟梁に挨拶して帰ることにした。


「いやあ、建築現場ってのはすごいなあ。あんなでかい穴掘らないといけないのか」

「この国の建築技術はかなり先進的と言いますから、私もじっくりと眺めたのは初めてですが、驚きの連続でしたわ」

「あの穴ってなんで掘ってたんだ? 整地、とかの為かな?」

「あれは基礎工事と言って、地面に杭を打ち込んで、地震や大風などに耐えやすい構造にするためにやっているんだと思いますわ。普通の家屋ではあまり見られない工事ですが」


 博識なリリナの事、カオルの解らないことも説明してくれるが、それでもカオルには「へえ」と感心したように頷くくらいしかできなかった。

何せ、こうした建築工事など、カオルは向こう(・・・)ですらあまり意識して見ていなかったのだ。

興味がなかったというか、意識するまでもない風景のようなものだったんだな、と、カオルは今更のように「もったいないことをした」と後悔した。

なんとなく生きていたから、解らなかった当たり前がそこにあったのだ。

それを今、目の当たりにしているようだった。

そして今の彼は、それを『面白いな』と思えていた。


「耐震構造に関してはサララ様のご指示通り。屋敷の広さに関しても、棟梁と相談して間取りに必要な分と庭、倉庫などを内包できるだけの広さを用意するとなると、このように中心部から外れた場所にしか土地がありませんでしたので……」

「ああ、要領さえ満たしてくれればそれでいいぜ。街外れのほうが、ポチもゆっくり休めるだろうしな」


 カルナスは城塞都市である。

街の周りは高い壁で囲われており、その分だけ他の街や村と違って道幅も建築できる面積も限られていた。

この辺りは元々は代官の屋敷があった地域らしいが、中心部から離れていることもあり、公務に差し支えるという理由から転居し、空き地となっていたのを目ざとく見つけたリリナがサララの許可を以って購入した。

代官の屋敷が収まる程度の広大な土地なので、当然(うまや)も専用のものを建てる予定であった。


「なんか……すごいことになっちゃったな? エスティアに旅立つ前はさ、あの家でも十分な気がして……リリナ一人いれば、家の事も十分回ると思ってたのに」

「はい……私も、これからはキューカと共に、多くの部下を従えるのだと思うと腕が鳴りますわ」

「腕が鳴るのか……驚きはしない? 今までの何倍ものでかい屋敷だぜ? ほんとにこんなところに住んでいいのかなって俺は思うんだが」

「今までのお家もいい家だったとは思いますが、英雄の住まう家としては、確かに手狭だったように思えましたので。旦那様。貴方様が各地でなさった事はこのカルナスでも時々話題になりましたし……その都度、『英雄が住むにはちょっと狭いな』と言われていたのですよ?」

「そうなのか……」


 自分の活躍が人々の話題にあがっていた事そのものは照れ臭いものの嬉しく感じ。

けれど、あの家が、今の自分の立場に相応しくなくなったのだと気づき、恥ずかしくも思う。

自分にとっては終生の拠点でもいいとすら思えた住み慣れた我が家だったが、周りの人はそうは思っていなかったのだから。

結局、どこまで行っても自分は村男のままだったんだな、と、今更のように立場に見合わない自分のスケールの狭さに苦笑いしてしまっていた。


「俺は、むしろこれくらいの屋敷に住むべきだったのか」

「そうですわ。国の英雄が住まうなら、これくらいに広い、大きなお屋敷でないと。代官屋敷にも貴族の屋敷にも劣らぬ立派なお屋敷こそが、貴方様がたにはふさわしいのです」

「……そっか」

「それに、私もこれだけ大きなお屋敷で働けること……とても誇らしく思います。メイド、冥利に尽きますわ」


 ただのハウスキーパーだった少女にとって、その屋敷でメイド長として働けるという実感は、この上なく喜ばしいものだった。

メイドとしての自尊心が満たされる。これからの大変な日々が、目を瞑ればすぐそばまで来ているのだ。

多忙、大変結構。むしろどんとこいとばかりに、リリナは喜びに満ち溢れていた。


「旦那様、ご覚悟を。貴方様はこれから、この街一番の権力者となるのですから」

「屋敷がでかくなるだけでか? それはちょっと逸り過ぎじゃないかな」

「いいえ。そんなことはありません。人は、持つものによって成るのですわ」

「持つものによって……?」

「そうです。人とは資産の程度によって、人に認められ、権威を感じられ、そうして、尊敬されるようにもなりますわ」

「……でも、俺は自分の事、権力者みたいに思ってないし、別に王様から権力をもらったわけでもないんだけどな」


 今一実感がわかなかった。

カオルの中で権力と言うのは、例えばステラ王女が民の前で見せたような生まれ持ってのカリスマ性によって裏付けされたものであったり、あるいは貴族たちのように王から認められ与えられるものであるかのように思えていたのだ。

町長や村長のように、そのコミュニティの中で認められ権力を一時的に得るものもいるだろう。

だが、カオルは自分ではそういったリーダーとも違う、あくまで問題が起きたその場その場に現れるだけの存在だと考えていた。

なのに、リリナは首を横に振る。


「いいえ、貴方様は誰もが認める、この街一番の殿方です。貴方様以上の方は、この街にはいませんわ。例え貴族であっても」

「……そうなのかい?」

「ええ。少なくとも私はそう思っています。だからと偉ぶればよいというものでもありませんが、貫録を、身に着けてもよい時期かと思われますわ」

「貫録を、なあ」


 確かに、と。

リリナに言われて、自分にそれらしいものは微塵もないように思えた。

流石に世間の誰が見ても自分を指して子供だとは思わないだろうが、それでも、英雄なりの大人物かと言えばまだまだそんな風体ではないと言えた。

だから、カオルはリリナの意見に反論はしなかった。

それは、確かに必要なことなのだ。

王族であるサララと結婚するなら。その旦那になるなら。

そして何より、広大な屋敷で暮らすのなら。


「その、でかい屋敷を仕切る予定のメイド長が言うなら、確かにそうなのかもな」

「はい。信じてくださって結構ですわ。貴方様は、私が仕えた今までの中で、一番の旦那様ですから」


 これ以上なんて居りません、と。

満足げに胸を張って返すリリナに、カオルは「それなら頑張らないとな」と、笑って返す。

夏の終わり際の日差しの中、形になってきた主従は、静かにゆったりと、街外れを歩いて行った。




「あーあ、平和だなあ、エスティア」

「思った以上に何もありませんでしたね……古代竜の痕跡はありましたが、それ以外は何事もありませんでしたし」

「まあまあ、世界をちゃんと見て回るのは、勇者として大事なことだからね。それに……エスティアがまともな形でまとまりつつあるのは確認できたし」


 場所は変わってエスティアの王都セント・エレネスの街角にて。

勇者カオリのパーティーは、特に混乱した様子もないこの王都の様子を見て、ぐんにゃりとしていた。

三人ともだらけてしまっていた。街角のベンチに腰掛け、やる気なしである。


「次はどうするの? 古代竜が向かったっぽい東に行く? それとも南?」

「んー……エルセリアはもっと安定してるっぽいから、行くとしたら東かなあ」

「東かー……でもねえアロエ? カオルさん達、気にならない?」

「そりゃ、気になるわよ。カオル君が信じてる女神様の事も気になるし、カオル君自身がどうするつもりなのかも気になるし……」

「私も気になる。結婚式、もうすぐなんでしょ? 顔出してみない?」


 どうせすることもないなら、と、少しでも興味のある方へ誘導してみる。

アロエも「そうねえ」と唇に指をあてながら悩んで見せ……それが決まりそうになったその時だった。

ぴく、と眉が動き、そのまま静止。


「……どったの?」

「いる」

「ふぇ?」

「いる……南西の海、リリーマーレンとの航路。古代竜の気配! アンジーレブラム!!」

「えぇっ!? ほ、本当ですか?」

「えぇぇぇぇっ!? ちょっ、なんでそんなところに――」

「確かに遥か昔に封印されてたけど……なんで今このタイミングで!? あんなところの、封印を解くメリット少ないだろうに!」


 困惑に染まるパーティー。

突然の出来事に、アロエはすくっと立ち上がり、シリアスを取り戻す。


「悪いけどカオリ、カオル君たちの結婚式は後回し。海に行くわよ!」

「海って……確かに夏だし海に行きたいなあとも思ってたけどさー……何も今じゃなくてもぉ」

「ダメっ! 今じゃないと……被害が大きくなる!! 商船の通り道よ!!」

「そ、そんなあ……」


 急いで急いで、と、カオリの手を掴んでそのまま無理に立たせる。

しかし、カオリも涙目になってお願いするように上目遣いでアロエを見つめた。


「ね、ね、エルセリア通過するなら、ちょっとでいいからカオルさん達のところに……ね?」

「無理無理。そっちにはいかないし、リリーナ経由して船を確保しないと」

「勇者様、どうかご覚悟を」

「うわぁぁぁぁぁんっ! 二人の結婚式出たかったのにぃーっ」


 緊張感のない泣き声と共に、勇者一行は次の目的地への旅路についた。


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