#12.行く末
取り戻したフィーナとメイドらを連れ、一日の旅程で再びフェンへ。
物々しく村へと入ったカオルらの馬車を、村人らは奇異と驚きの目で見つめていたが……驚いていたのは、なにも村人ばかりではなかった。
「姉、様……?」
「君たち、いったい何をしているんだい……?」
城で別れたばかりのフニエル女王とラッセル王子が、ちょうどカオルらの戻ったタイミングで、村に居合わせていた。
あまりのタイミングに、カオルらも「なんだこれ」「なんなんですこのタイミングは」と互いに顔を見合わせ、苦笑いするしかなかった。
「で、殿下……わ、私は……」
「おやウォルナッツ卿、随分変わったいでたちじゃあないか。新しい趣味かい?」
馬車から全員が下車後。
しばらくの間落ち込んでしまっていた領主殿も、ラッセルの顔を見るやわなわなと震え、血の気を取り戻していた。
対してラッセルはといえば、領主のそんな様子にもさほど驚きや戸惑いを見せることもなく、ジョークを飛ばすくらいで。
そして領主のそれを見て、「そういうことか」と、カオルを再び見つめたのだ。
「うちの辺境伯が、何かやらかしたみたいだね?」
「ああ、俺の故郷から駆け落ちしてたカップルが世話になってたんだ。ついでに、辞めたがってるメイドがいたから引き取ったぜ」
「それはまた……いいことをしたねえ?」
「殿下っ!? しかし、こ奴らは……私の屋敷を……」
「何か言いたいことがあるのかよ?」
「ひっ、ひぃっ!?」
事情を説明するカオルに、王子も「やはりそうか」と皮肉げに領主を見やる。
自国の王子にまで見捨てられ、ウォルナッツ卿は震えながらもカオル一行にされた仕打ちを糾弾しようとし……そして、カオルから睨みを聞かせられ、びくりと縮こまってしまう。
カオルをして「ちょっとかわいそうかね」と思うほどの恐れぶりで、肩をすぼめて「どうしたものかな」とラッセルに問うた。
「とりあえず館から出るために捕まえてふん縛ったんだけどさ。さすがにこの人連れたままエルセリアに帰る訳にもいかないし。だからと言って放置したら追跡されそうだろう? 王子様、なんとかできないかい?」
「じゃあ、その人は僕が引き取るよ」
「いいのかい? フニエル女王と一緒にエスティアに戻る途中だったんじゃ?」
婚約者同士仲睦まじいこの二人がこの場にいたのだ。
これはもうきっと二人で帰るのだろうと思っていたカオルだったが、ラッセルは「いやいや」と手を振り振り。
困ったように眉を下げ先ほどのカオルのように肩をすぼめた。
「流石に父上が亡くなってすぐだし、国内も外交も少しは混乱しそうだからね。僕も今しばらくは兄上の手伝いをしなくちゃいけない。でも、せめて見送りくらいはしたいだろう? それでここまでついてきたんだよ」
「なるほどなあ」
「愛されてますねぇフニエル」
「は、はい……ラッセル様に見送っていただけて、私、すごくうれしくて……帰りの馬車も、一緒に乗れましたし」
馬車が幾台も並ぶものものしい状況とは裏腹に、このロイヤルカップルは場を憚らずに惚気はじめる。
だというのに誰一人嫌な気分にならないのは、フニエルがまだ幼さを残す少女だからだろうか。
「ああもう、今からエスティアに行くのが待ち遠しくて仕方ないよ! そのためにも国内の奴隷市場や不良領主は一気に取り締まっていかないと! ウォルナッツ卿、君もその候補の一人だったんだから、覚悟はしておくれよ?」
「うぐ……も、もはや、これまでか……」
「……お父様」
自分の父親が目の前で、国の中枢たる王族にしょっぴかれていく様を目の当たりにしたアイビスは、その瞳に悲しみの色を湛えていたが。
父親へと手を伸ばそうとするアイビスを、フィーナがその肩を抑えて無言で首を振る。
「とはいえ……辺境伯たる君が他の貴族たちを抑えていたからこそ、国内の反エルセリア勢力が暴発しなかった、という点もあるから――」
その場で膝をつく領主を尻目に、しかし、小さな声を上げたアイビスを見て、王子は「ふむ」と顎に手をやり。
間を置いて、口元を歪めた。
「――ま、死、一等は免れるかも? って感じかなあ。この辺りを治められる領主の候補なんて早々見つかるはずもないし、ね」
「えっ……ら、ラッセル殿下……?」
「まあその……君が、領主としておかしくなった経緯はある程度把握してるつもりさ。とにかく、今は僕と一緒に王都に来てもらうよ。そこで兄上や役人らと一緒に吟味してから、今後の事は考えるとしよう」
「……はい。どうか、よろしくお願いいたします」
自分の命が助かる可能性。
事この状況下、最早助かることもあるまいと諦観に支配されていた領主の心は、しかし、一瞬だけ光った光明によってわずかな灯りが照らされていた。
信じられないものを見る様な、そんな気持ちで目を見開き。
そして、メイドらの中にいる愛娘を一瞬だけ見つめ、また王子へと向き直って神妙に頷いた。
「んじゃ、その人の事は頼むぜ……後は、このメイド達だけど」
「辞めたがっていた、というのなら、エスティアの王城で働いてみるのはどうでしょうか……? その、人手不足、みたいですから」
一つの問題が解決し、残りの問題はどうしたものかと考えたところで、今度はフニエルからの提案である。
カオルは「ほんとに運がよかったな」と、フニエルの申し出を大変ありがたく感じていた。
「この子達がそれでいいなら俺は別に構わんが。なあサララ?」
「ええ。私は最初、半分くらいに分けて救護院と私達の家で暮らしてもらおうかと思っていたのですが……お城で引き取ってもらえるならこれ以上ないでしょうね。後は皆さん次第ですけど――」
どうかしら、と、サララが視線を向けると、メイドらは少し迷ったような顔をし、互いに顔を見合わせ――そして、戸惑いながらも頷いて見せた。
拒む娘は一人もいないようだった。
「あ、あの……私達、ほとんどが文字も読めませんし、大したことはできないのですが……」
「そうなのですか? では、文字を読んだり、いろんなお仕事ができるように勉強してもらわないと……アリエッタ、出てきてください、アリエッタ」
「はぁい姫様アリエッタはこちらですよぉ。一体何が……あ、あら、シャリエラスティエ様っ!? それに、カオル様も……え、えぇっと?」
「寝てたのか」
「寝てたんですね」
「アリエッタ……」
この騒動の中、今更のように馬車からのっそりと出てくる侍女長アリエッタ。
護衛兵らですら何が起きたのかと自発的に馬車から出てきたのに、自分の主も外にいるのにこの有様である。
猫獣人、怠惰であった。
そんな怠惰なアリエッタが、みんなからの視線を感じ、途端に顔を真っ赤にする。
特に主からの失望したような視線は、主人大好きなアリエッタにとってとても耐えがたく感じていた。
自然、涙目になる。
「あ、あのっ、これは、その……つい、うとうと、してしまったというか……もうしわけ、ございません……っ」
二度目の失態である。
サララは「はぁ」と冷めたような目でため息をつくが、それもアリエッタには恐ろしいのかびくん、と、大きく震えてしまう。
しかし、サララはそれ以上追及することなく、フニエルににっこりと微笑んでいた。
フニエルもその笑顔を見てこくりと頷き、アリエッタに慈愛のこもった面立ちで見つめる。
「アリエッタ。お城のメイド不足、解消できそうですよ?」
「え……ふぇっ?」
「いやあ、あの時のアリエッタの表情ときたら、まるでナツカゲロウが雨に打たれた時みたいな顔だったなあ!」
「うふふ……ほんとに、あれは傑作でしたねぇ」
晴れて問題がすべて解決したカオルらは、エスティア国内・ホッドの救護院に預けたままの衣類などを回収し、不要なものは寄付という形で進呈。
更に「預かり賃代わり」として路銀の大半を渡してシスター・リンネから深く感謝され、ホッドを旅立ち途中でベラドンナと合流。
そうして、半刻ほど前にコルコトの旅籠に到着し、ポチと再会し、今、カルナスへと向かっていた。
「はわわ……軍馬車って早いのね……風景が、すごい速度で変わっていくわ」
「なんか、自分だけ取り残されそうで怖いんだけど……軍人さんはこんなのに乗ったりしてるのか……」
広めの軍馬車だが、来る時と違ってその客車にはカオル達以外にも三人、乗り合わせていた。
まずはオルレアン村に戻るつもりのフィーナとノークのカップル。
そして――
「すごい……あっという間に、過ぎ去っていくわ……」
――エスティア城でブロッケンに虐げられ、救護院に預けられていたメイド・キューカである。
騒動も落ち着き、エスティア城で復帰しようとしていたキューカだったが、ブロッケンから受けた虐待と死の恐怖はすでにトラウマとなっていて、キューカはもう、お城では働けなくなってしまっていた。
だからといって他に働き口もなく……という事で困っていた彼女を、サララが「それなら」と連れていくことにしたのだ。
「本当はアイビスも連れて行きたかったんだけど……」
「アイビスさんは、どこまでもあのメイド達に責任を感じていたみたいですしね。すぐには無理でしょうね」
「うん……でも、いつかはまた会いたいわ。よその国でできたお友達だし!」
アイビスは、メイドらと共にエスティア城で働くことになった。
幸いにも他のメイドらと違い、相応に働けるアイビスは、フニエルにも気に入られ、アリエッタの部下として、そして新たに入ったメイド達のリーダーとして、せわしない日々を送っている。
フィーナは残念そうだが、新しい生活が始まったのだ。
その瞳にはまだ憂いが残っていたが、それもいずれは晴れるだろう、とサララは考え、微笑む。
「さあ、私達も新しい生活を始めますよ。新しいおうちも買わないと!」
「ん……? 家、変えるのか?」
「ええ、そうかからず手狭になるでしょうから。今の家ならリリナさんとキューカさんがいれば十分でしょうが、それだけでは絶対に部屋数足りなくなりますから! わかりましたねカオル様!」
「それってどういう……まあいいや、とりあえず家に帰ってから考えよう」
「なるほど……こうやって尻に敷けばいいのかあ」
「ふぃ、フィーナ……?」
新たな生活の希望の香りが、カオルらの鼻先に漂っていた。