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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
14章.旅路へ
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#11.解放

「フィーナさん……大変だわ。貴方を取り戻そうって人たちが……馬車ごと!」


 見知らぬ男を中心にした一行が領主と周りの衛兵らを制圧したのを見て、メイド長アイビスはいそいそとフィーナの元に戻った。

そんなこと起きるはずないと想っていたアイビスにとって、その光景はあまりにも唐突で、衝撃的だった。

だからか、興奮気味に……そう、それまでにないくらいに早口で、フィーナに伝えたのだ。


「えっ? ノークが……? 馬車でって、大丈夫なの!? その、捕まったりとか……」

「心配ないわ。仲間か傭兵か……解らないけれど、強い人を味方につけたみたい。衛兵隊が木の葉のように吹き飛ばされて、あの方も捕まったわ」

「ええ……衛兵隊が? すごいなあ……それじゃ、ノークは無事なのね? ああ、よかった……」


 恋人の無事が確定し、フィーナも胸を抑え安堵する。

そうして、アイビスはため息交じりに、だが深々とフィーナに頭を下げた。


「アイビス……?」

「貴方は正しかったようだから。私は……私の思い込みで、貴方の心を折ろうとしてしまったわ」

「でも、それはここのメイドの子達と同じで、思いつめ過ぎないようにするために必要だと思ってやってくれたんでしょう?」

「そうだけれど……でも、結果的には貴方のほうが正しかったわ。そう、外の人は……外の男の人は、自分の恋人を取り戻しに来てくれるのね」


 実際にノークが助けに来てくれた。

その事実は、アイビスにとって今まで自分が感じていた……ある種信じていた現実を、完膚なきまでに破壊する、そんな出来事だった。

自分は信じられなかった。けれど、目の前のこの娘は、信じた結果救われたのだから。


「表にいるわ。さあ、行きましょう」

「ええ。ありがとうアイビス。貴方のおかげで、私――」

「私は何も……それに、救えたのは貴方だけだわ」

「あっ……」


 それだけよ、と、満面の笑みでお礼を言おうとしたフィーナから目をそらし、アイビスはベッドの下から何かを取り出しポケットに入れて、その手を引いて部屋の外へ。

フィーナは、驚きながらも「それでも」と続ける。


「そんなことないわ。貴方はきっと、沢山の人を救ってる」


 放っておいたら死んでしまう娘たちが、今もまだ生きていた。

男からの仕打ちは彼女達にとって辛いことばかりだけれど、それでも平静を取り戻し、涙を流さぬよう生きることができていた。

全て、彼女がメイド長となって、メイド達の心を救っていったから。

フィーナはそう思っていた。


「……っ」


 アイビスは……何も言い返せなかった。

違うとも否定できず、そうだとも受け入れきれず。

ただ、自分と違う世界に生きた女性に、自分を肯定され、胸の奥からつん、と、迫るものを感じていたのだ。

手を引きながら、前を歩きながら。

けれど、その肩は小さく震えていて。

フィーナもまた、それ以上は何も言わずについていった。




「フィーナっ」

「ノークっ! ああっ、また会えたっ! また会えたよーっ」


 屋敷の外まで出ようとした二人は、しかし玄関から少しのところで、既に侵入していたカオルらと鉢合わせ。

そうして、恋人たちが再会した。

人質になった領主はすでに縄で縛られぐったりとしており、衛兵らもどうにもできず、恋人らの再会を見守ることしかできない。

それはとても感動的な場面で、実際その場に居合わせたメイドらは「よかったね」と「おめでとう」、口々に祝いの言葉と共に、歓喜の涙を流していたのだから。

笑う事の出来なかったメイドらが、その時ばかりはかつての幸せを思い描いていた自分を思い出し、笑っていたのだから。


(……私には、できなかったことだわ)


 改めて。

アイビスは自分の無力さを、そして、フィーナの恋人を信じる心の強さを思い知らされ、そんな祝福の声の外側で、一人佇んでいた。

縛り上げられ無力さにうちのめされたような顔をしている自分の父親の姿。

領主を人質に取られたからか、衛兵らも無気力に、ただ茫然とその光景を眺めている様を見て、世界が変わったかのように思えてしまう。

けれど、そんなことは長く続くはずがないとも思えた。

今だけ。今だけのお祭り騒ぎ。

メイド達がちょっとだけでも希望を見られる、けれど、やはり残酷なショーなのだと、アイビスには思えてしまっていた。



 幸福は、絶望をより深くするのだ。

希望を抱けばそれだけ、絶望は耐えがたく苦痛になる。

メイド達だってわかっているはずだった。フィーナは救われたかもしれない。でも、自分たちはどうなるのか、と。

悪徳領主は捕らえられ、今でこそ人質になってはいるが。

だが、その悪徳領主は国にとって要衝ともなる国境付近を支配している大領主なのだから。


「アイビス? どうしたの? そんな、難しそうな顔をして……」

「えっ……いえ。少し、難しいことを考えていただけよ」


 いつの間に自分の前に来たのか、フィーナが顔を近づけて首をかしげていたのに驚き、アイビスは愛想笑顔を見せる。


「その人が匿ってくれたっていう人かい? その……ありがとうございました。おかげでフィーナが無事で」


 そうして、先ほどまで抱きしめ合っていた恋人のノークもまた、アイビスに深々と頭を下げる。

再会を喜んでいる間に自分の事を聞いたのだろうとアイビスは思ったが、それだけではないらしく、フィーナはノークの腕を取ってその顔を見上げた。


「でも、その無事の為に巻き添えになった子も居たって。だから、ね、ノーク」

「……?」

「ああ。その、アイビスさん。よかったら俺たちと一緒に逃げませんか?」

「……逃げ、る?」

「そうよアイビス。私達、これから故郷の村に戻るの。どうにか事情を説明して、アイビスたちも……ここのメイド達も皆で、村にこない?」


 それは、この地獄のような国から逃げられる、最後のチャンスのように思えた。

そんなこと考えたこともなくて目が揺れるが……フィーナもノークも、何の疑いもなく笑顔でアイビスを見つめる。


「貴方達は……それは、確かに帰れるのかもしれないけれど。でも、領主を捕らえ、それを人質に他国に逃げるなんて……私達には無理よ。きっと捕まる」

「まあ、普通の奴ならそうなんだろうけどな。俺達がいるから大丈夫だぜ」

「聞けばこの領主の人にひどい目に遭ってたそうですし、エスティアならきっと入れますから、そこを経由して手形を発行してもらえれば、エルセリアにも入れると思いますよー? 私たちも口利きしますし」


 迷いの根拠を口にするも、さらにダメ押しとばかりにカオルとサララが押し込んでくるのだ。

アイビスは……黙るしかなかった。


「決まりだな?」

「決まりですねー」


 押しが強い二人には勝てず、そのまま押し切られてしまう。

フィーナもノークもぱあ、と明るい笑顔になり、そのままそれを見ていたメイド達に「もうここにいなくてもいいんだよ」と声をかけて回った。

メイドらも、それを素直に受け入れ喜びの涙を流す。

絶望の時間は終わったのだ。外からのごり押しによって。

アイビスも、それは認めざるを得なかった。

この場にはもう、父親の影響は微塵も残っていないのだから。


「んじゃ、とりあえずフェンに戻るから……皆、できるだけ早く支度してきてくれな」

「衛兵や使用人の男の人たちはメイドさん達の邪魔をしてはダメですよー、邪魔したら、カオル様が怖いですからねー?」

「そ、そんな……」

「あんまりだ……」


 メイドがごっそり抜けるというのは、屋敷の維持が難しくなるという事。

使用人らはそれだけは避けようと何か言おうとしていたが、この場の支配者たるカオルとサララにその機先を潰され、バツが悪そうに呻くくらいしかできなかった。

彼らにしてみれば、突然現れた賊のような輩に主人を捕縛され、抵抗すらできぬまま、女たちをさらわれていくようなもの。

今まで男だからというだけでメイド達を好きにしていた男たちにとって、それはあんまりにも酷い出来事だったが。

そんなのは、カオルたちには知ったことではなかった。

メイドらも、カオルに促されてはしゃいだように自分の部屋に戻ってゆく。

ほどなく、支度は終わるだろうと思えた。


「……? アイビスは、準備しなくていいの?」


 そんな中、アイビスだけはぼーっと、立ち尽くしていた。

カオルらに言い包められてそのまま、何も言えずに。

フィーナに声をかけられてはっと気が付き、何かをこたえようとして。


「私、は……」

「あ……アイビス……お前も、なのか……?」


 そうして、父親を見て俯いてしまった。


「お父様……私、は……」

「私を……また、置いていくのか……? お前の母親のように……私を、一人に……」

「……それは」


 メイド達にとっても、これまで被害に遭った女性たちにとっても、そしてフィーナやサララにとっても許しがたい男だった。

だが、アイビスにとっては、唯一の肉親だった。

呆れ果てた、けれど、切り捨てることもできない人だった。

諦めを受け入れていたのは彼女も同じ。

連れてきた娘たちに酷いことをしていく自分の父親を、そうと知りながら受け入れるしかできなかったのだから。


「あんたも自分勝手な父親だよな」

「な、なに……?」

「散々自分の娘の前でいろんな娘に酷いことをしておいて、今さら『置いていかないで』はないだろ?」

「ふ、ふざけるな! 私は何も法に反したことはしていない! ただ、ただ自分の権力を使って、若い娘を手籠めにしただけだろうがっ」

「それが、許されないって言ってんだよ!」


 倫理観の違いは、環境の違い。

この国ではそれが許されていた。

許されてはいけないけれど、許されてしまっていた。

だが、カオルはそうではなかった。


 男も女も平等な、幸せな世界にいた彼にとって、領主の言葉は何一つ響かなかった。

ただただ、バカなことを言ってる変態親父にしか見えていなかったのだ。

カオルだって、この世界に来たばかりの頃とは違って国による文化の違いくらいは分かっていた。

けれど、だからと許せないことはあったのだ。


「綺麗な女を囲いたいってのは、俺も男だからな……まるで分らないではないさ。でもな、女を傷つけてまで手に入れて、好き勝手して、そんなことしたら、女から笑顔奪ったら、何も楽しいことなんてないだろうが!」

「え、笑顔を……」

「そうだとも! 女はな、笑ってるのが一番綺麗でかわいいんだよ!! 虐めて傷つけて暗い顔させて、そんな事されたらどんな美人だって台無しだぜ! そんなことも分からないおっさんが、偉そうに女を語るんじゃねえよ!!」


 女舐めんな、と、勢いのまま、怒りのままがなりたてるカオルは、無茶苦茶だった。

無茶苦茶だったが、そこにはラナニアで辛い思いをしていた妹分の事もあったし、サララへの想いもあったしで、何もかも根拠がない訳でもなかった。

怒鳴りつけて、暴力で押さえつけて。

今領主自身が受けている状況、これそのものが、領主が先ほどまで若い娘たちにしていた仕打ちと大差ないのだから。


「今の自分の気持ちはどうだよ!? 自分より強い奴にいいようにされて、全てを奪われて! そんなのが幸せなのかよ!? そんなことしたら相手からどういう風に思われるのか、そんなのも解らなかったのかあんたは!!」

「う、うぐ……知ったような口を……私を、私を誰だと思っている!?」

「ああん?」

「この国境沿いの領を維持するのにどれだけの金と兵力が必要だと思っておる!? 私が! 私がいるからこそエルセリアからの侵攻を防げていたというのに!! 私がっ、私がいるからっ、この国はこんなに平和でっ、攻められずにいるのにっ!!」


 抗えなくなったから、苦しくなったから。

結局領主は、矛先をそらすことしかできなかった。

彼にできるのは、そんな程度の事だけだった。

だが、それは誰が見ても無意味な、負け犬の遠吠えに過ぎない。


「私をこんな目に遭わせてっ、ただで済むと思うなよ若造! 仮に、仮に私を手にかければ、必ずや国王派の方々はお前らを――」

「もう……もうやめてください、お父様っ」

「――っ!? アイビス……」


 そんな遠吠えを、止められた人が居た。

娘であるアイビスが、涙を流しながら駆け出す。

そうして更に喚き散らそうとしていた父親の前で膝をついて、抱き締めた。

それだけでもう、領主は何も言えなくなっていた。


「もう、いいんです……私は、私は、お父様の傍にいますから。それ以上……ご自身を貶めるようなことは仰らないで」

「……アイビス? 泣いて、おるのか? 私を、抱きしめて……」

「っ……私は、大丈夫ですから。ですが、もうやめましょうこんなことは。やはり、間違っています。お父様が、若い娘達に酷いことをするのは、辛かったのです」

「あ、ああ……アイビス……そうだったの、か」


 感動などどこにもない。

ただただ負け犬が、娘に哀れまれているだけだった。

けれどそれは、アイビスにとってずっと言えなかった、積年の想いを告げるチャンスでもあり。

そうして、追い詰められ囚われの身になったからこそ父が耳を傾けてくれる、二度とないであろう機会でもあった。

だから、追及していたカオルも黙って成り行きに任せる。

任せようとした。


「もう、終わりにしましょう? 大丈夫です、私は、ずっとお父様の傍にいますから……」

「ほんとう、か? お前は、ケイシーのように私を置いて行ったりしないのか……?」

「置いていきませんよ。だから、どうか……昔のお父様に戻ってください」

「ああ、アイビス……アイビス……っ」


 涙を流しながらに。

けれど、その父親を抱きしめる手を、エプロンのポケットへと伸ばしているのが、カオルには見えてしまった。


「……あっ」

「……」


 アイビスが手に握っていたのは、一振りのナイフ。

これを父親の体に突き立てようとしていたのを、カオルは止める。

驚いたように顔を上げるアイビスの手を掴んだまま、無言で首を振り、やめさせた。


「……はい」


 抵抗はなかった。

どこかで止めてほしいと思ったのかもしれない。

そんな風にカオルは考え、ナイフを取り上げ、適当な場所に投げ捨てる。


「さ、行こうぜ」


 俯いた背をぽん、と叩き、縛り上げた領主に「立ちな」と声をかけ、引っ張っていった。


「アイビス、漏れがないか一緒に確認してね。メイドの子は全員連れて行くから」

「あ……ええ、そう、ね」


 連れていかれた父親を見つめながら、フィーナに声をかけられ、頷くしかできなかった。

自分が何をしようとしたのか、そして、それすらできなかった自分にできること。

フィーナに促され、「まだ私にできることはあるのね」と、現状を受け入れた。




 こうしてカオル一行は、来る時に乗っていた馬車だけでなく、屋敷の中にあった馬車二台を確保し、そのまま屋敷から脱出した。

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