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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
14章.旅路へ
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#7.アクシデント・スレイブ

 もうほどなくでバークレー側の国境の村、フェンへと到着するかという頃であった。

途中までの朗らかな雰囲気とも違い、御者席のカオルは何か考え込むように黙り込み、時折何かしゃべったかと思えばそれも独り言だったので、客席のカオリらは声をかけられずにいた。

彼が問いかけてきたプリシラという女性らしい名前と、ヘイゲンという見知った人の名前。

そのどちらもがカオリらにとって意外で、特に猫獣人の長老・ヘイゲンの名は聖地にて秘匿されていた事もあり、「なんでこの人が?」と、答えの出そうにない疑問に重苦しい雰囲気を覚えていた。


「……もうすぐフェンか」


 そんな中、ようやく自分たちにも反応できそうな声が聞こえ、カオリはハッと御者席に目を向ける。

声からしてあまり覇気のない、ただなんとなく出ただけの独り言。

けれど、先ほどまでと違って、声をかけても許されそうな独り言だった。


「フェンってさ、どんな村なの?」

「うん? どんなって言っても……俺たちも通り過ぎただけの村だからな。ただ、そうだな……」


 いくらかは気分が晴れたのか、あるいは話しかけられて切り替わっただけなのか。

カオルは先ほどまでよりは重苦しい雰囲気を前面に出さず、視線をわずかばかり上に向ける。

そしてまた、ちら、とカオリ達へと向けるのだ。


「ゼリーパフェ」

「ゼリーパフェ?」

「ああ。なんか、そんなのが美味しいって話を聞いた」

「それって……スイーツ的な?」

「多分スイーツ的なものなんだろうな。俺が食べた訳でもないけど、この国の人が美味しいって話してたから多分な」


 その辺の人ならともかく王族がわざわざ推すのだから間違いはないのだろうとカオルは考えるが、当の勇者殿はといえばスイーツと聞いて目をキラキラさせていた。

横にいたミリシャが「あ」と、小さく声を上げたのは、話の流れからそれに気づいたから。


「勇者様いけませ――」

「食べたい! そのゼリーパフェ、食べたいわ!」


 俄然乗り気であった。

身を乗り出しわざわざ御者席のほうまで顔を出すほどに。

それを見てか、カオルも小さく笑いながら「おう」と、返す。


「なら着いたらゼリーパフェ食べような。旅は手伝ってやれないが、スイーツおごるくらいならしてやるよ」

「わぁ☆ ありがとうカオルさん!! お金なくなってたから助かります!!」

「勇者様なのに金欠だったのか……?」

「いや、それは、その……色々あって」


 わざわざ身を乗り出してまで食べる気になっていたカオリだが、指摘された内容がぐさりと刺さり、頭をなでなでしながら席に戻る。

とても居心地が悪そうだった。


「勇者様は、女神様から預かっていたお財布をバークレーでスられ、一文無しだったのです……なんとか私が路銀を稼ぎ、移動できるようにはなりましたが……」

「あっあっ、ミリシャ、そんなことわざわざ言わないでよぉっ! もう恥ずかしいなあ……」

「勇者様の財布スる奴もすげえな……」

「女神様がすぐに裁きの雷を落として犯人は見つかったのですが、いかんせん黒焦げで……お財布も」

「そういえば賊にも落としてたもんな。運命の女神怖ぇ」


 実に神様らしい神様だった。

カオリ達にとっては日常的とはいえ、神による天罰がナチュラルに存在する世界というのは、異世界人であるカオルにはカルチャーショックだった様子で。

またちら、とだけ客席で眠るアロエを見て、半笑いになっていた。


「悪い奴には割と問答無用で落とすわよね。でも別にそうじゃない人には無害だから気にしなくていいわよ」

「そりゃ助かるわ……機嫌悪いと落とされるとかだったら怖すぎるしな」

「かつてはそういう神様もいたらしいですが……今の世においては神は女神様のみおわすようですから……」


 カオリにしてみても、「神様の気分で雷落とされちゃたまらないわよね」と苦笑いするような案件だったが。

相棒ともいえるアロエの事は、そんな性質の悪い神とは別なんだと思っていた。


「でもまあ、この世界って案外いろんなことで金稼げるよな。俺も畑の収穫の手伝いとか、行商の荷物運びとかやって路銀稼いだことあったけど、それくらいでも割と暮らしていけるんだよな」

「えっ? そうなの? ああいうのってあんまりお金にならないイメージあったんだけど、暮らせるんだ……」

「暮らせますね。あくまで嗜好品とか、そういうものは求めず食べて寝るだけとかですけど……」

「う……それはちょっと厳しいかなあ」


 異世界の女子高生には耐えられそうにない生活だった。

元居た世界でもそうだが、こちらにきてからもやはり、相応の生活レベルを維持していたのだ。

旅の中でも従者付きの生活で、生活面で苦労したことはない。

だからか、カオリには自力でお金を稼いで暮らす、というその日暮らしなイメージが全く浮かばなかった。


「なんていうか……働くのってさ、学校出て、いい感じの会社に就職して、とかのつもりだったから。でもそういうのって、この世界じゃあんまりないんだよね……学校すらないっていうのがほとんどというか」

「高等な教育を受けられる国があんまりないですもの。私も学校がどんなものかは解りますし、会社、というのも商会がより大規模になったものだというのは想像できますが……勇者様の仰るような生活は、この世界の民には難しいと思うのです」

「まあそうだよなあ」


 社会レベルが違い過ぎる、隔絶された世界。

剣と魔法のあるファンタジーチックな世界は、カオリの住んでいた科学中心の世界とは何もかもが異なっていた。

人の生活レベルも、文明レベルすらも。

けれど、それでも人々は暮らしていける。

幸せそうに、楽しそうに。


「……もしこの世界が平和になって発展して、私達の世界みたいになったら……それは、幸せなのかな?」

「それは……うーん、どうなんだろうな?」


 異世界人二人にとっては、この世界は今のままでいい様な気もしていたが。

けれど、平和になればそれが呼び水となって世界が進歩するのもまた、事実だった。

戦時中のこの世界と、平和な今の世とでは技術水準が大きく異なるように。

この世界は、平和こそが発展のトリガーとなっているのだから。




「フェンに着いたらとりあえずこの馬車の持ち主についてとか、あっちの衛兵とかに言わなきゃいけないからさ。まずはそっちは宿を探しとくといいよ。ついたらサララ起こすから」

「うん、そうするね。ちゃんとしたベッドならいいなあ」

「待ってください勇者様……何か、村の様子が」


 数刻経ち、村の入り口が見え始めたあたりで、入ってからの話をしていたカオリらだったが。

不意に、耳をぴく、と動かしミリシャがそれを中断させる。


「何かあったの?」

「解りません……ただ、村の入り口が何かあったみたいです。若そうな男の人の声が悲鳴のようで……これは、争っている……?」

「面倒ごとの臭いがしてきたな」


 ため息交じりに、だけれど慣れた様子でカオルは手綱を緩く揺らす。

合わせたように馬が加速し、馬車は村へと足早に進んでいった。



「――離してくれっ! 俺はっ、俺は奴隷なんかじゃっ」

「うるさい! いいから大人しくしろ!! 鉱山から逃げ出した奴隷が、優しく扱ってもらえると思うなよ!!」

「お前の身分はウォルナッツ卿からはっきりと伝えられてるんだ!! 鉱山から逃げ出した奴隷野郎! 死にたくなかったら大人しくしろ!!」

「だからっ、俺は奴隷なんかじゃなく……ああもうっ、いい加減にしてくれよぉっ」


 馬車が村に入り込むや、入り口脇で騒ぎが起きていた。

衛兵二人係で頭を地べたへ押さえつけられている青年が、それでも尚もじたばたと暴れていた。

衛兵らもこの青年には手こずっているようで、強い口調で怒鳴りつけながら、青年を押さえつける力を強める。


「奴隷の癖に生意気なやつだなあ」

「どうやって逃げ出したんだか……確かに力はありそうだがな」

「大方、よその国からきた観光客か何かだったんじゃないか? そんで賊に捕まってそのまま売り飛ばされたとかさ」

「いずれにしても、奴隷になっちまった時点でもうこの国じゃ人権なんてねえのになあ。諦められないってのは不幸だねえ」


 彼らを取り囲む村人らの声は、馬車からでも聞こえるほど大きく。

どちらかというと、わざと青年らに聞こえるように話しているようであった。

それも奴隷扱いされる青年に同情するような声はほとんどなく、呆れたような、どこか小ばかにしたような態度。

馬車から見ていたカオリ達も、どこか嫌なものを見る様な目で一瞥(いちべつ)するのみだった。


「助けないのかい?」

「助けないわ」

「なんで?」

「だって……奴隷がどうのとか、この国の文化なんでしょう? 褒められたものではないだろうけど、そういうのは手を出しちゃダメって、アロエからも言われてるし」


 カオルからの問いかけに、勇者殿はしかし、ため息交じりに冷めた返答。

足を組みながらそっぽを向いて。

露骨につまらない気分になっているのは、従者のミリシャには伝わっていた。


「私達はあくまで魔王討伐の為に旅をしているだけ。悪い奴は……もちろん倒すわよ。でも、文化の破壊者じゃないからね」

「へえ……意外とクレバーなんだね」

「見損なった?」

「いいや? 君の態度を見れば、それはできないらしいのは分かるし」


 仕方ないよな、と、入口近くの厩の前に止め、御者席から降りる。

どうするのかとカオリが見守っていると、「んじゃ」と、手を挙げてすたすた歩いて行ってしまう。

向かう先は――騒動の中心部。


「あっ、ちょ……カオルさん!?」

「ちょっと助けに行ってくるわ。あの兄ちゃん、大変そうだし」


 文化なんて知ったことじゃないぜとばかりに、彼は向かってしまう。

それは、カオリにとっては完全に予想外で。

そして……自分がやりたかったことをやってくれるのが、どこか嬉しくもあった。

だから、止めない。止められなかった。


「勇者様……?」

「……私、寝てるから。終わったら起こして」

「ええっ?」

「寝てるから」


 わたししーらない、と、そっぽを向いてそのまま横になってしまう。

寄りかかっていたアロエがそのせいでずり落ちて「えっ? えっ?」と驚いたように頭を振っていたが、勇者は一切気にしない


「おらぁっ! 一人を寄ってたかって、そんなのが衛兵のすることかよぉっ!!」

「うぉっ、なんだお前っ」

「邪魔するなら容赦――ぐぇっ」


 突如乱入した英雄殿は、衛兵隊を前に遺憾なく大暴れして群衆を沸かせた。

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