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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
14章.旅路へ
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#4.憎悪の城

「まず俺の名前だけどな、カオルっていうんだ。あっちで寝てるのはサララ」

「カオル……あっ、もしかして、街中で噂のあったっていう……?」

「噂……? よくわからんが、確かにそんなようなことをサララが言ってたな。微妙に名前間違えられてるとか、女と間違えられてるとか、笑われてたが」

「あー……確かに」


 謎の男――カオルが手綱を取る馬車の中。

彼に視線を向けながら、客席の中のカオリらは話を続ける。

先に彼が言った通り、まずは自己紹介から始まるようで、そしてその中で自分たちと同じ体験をしたらしいことに気づき、カオリらは顔を見合わせ苦笑いした。


「私達、双方の噂が混じっちゃってたのね。ってことは、このサララさんは……猫獣人?」

「種族柄犬獣人とは仲が悪いらしいから、黙ってようと思ってたんだがな……やっぱわかっちゃうか」

「そんな……さっき私のことをやたら見てたのはそのせいだったんですね。これだから猫獣人は……」


 寝入ったままのサララにまでぷりぷりと頬を膨らませ睨みつけるミリシャ。

カオリが「どうどう」と落ち着かせようとするが、アロエの視線はカオルに向いたままだった。


「それで、『エルセリアの英雄様』? 貴方はなんでこんなところに?」

「彼女の実家でひと悶着あって、それを解決してたんだ。エスティアとバークレーで、ちょっとあってな」

「ふーん……実家、ねえ」


 神妙な顔つきになりながらも、客席から見えるカオルの横顔とサララの寝顔、双方を見やり、またぴた、と目を閉じる。

カオリは「どうなの?」と問うも、首を横に振るばかり。


「わからにゃい。嘘ついてるように見えないし、本当なんじゃない?」

「女神様にもわからないことがあるのかい?」

「さっきのアレはね、別にあの男の発言を聞いて嘘かどうか判別してたわけじゃないの」


 小さなため息をつきながら目を開き、足を投げ出す。

表情は一気に少女めいたものになっていた。


「私は運命の女神よ。そういうの(・・・・)は管轄じゃない。でも、主神なりに民の考え、それまでの生きざまを見る機会はある」

「へえ?」

「毎年必ず行われる祝明(しゅくめい)のミサ。これは、私がそれに参加した者たちが、その一年誠実に生きたかどうかを知る機会でもあるの。祝福欲しさに賊や犯罪者ですらやるわ」

「賊とかもやるのか……教会なんてなさそうなのになあ」

「どんなに悪い奴らでも祝福という名の餌には釣られるから、仲間内でやるのよ。とはいえ普段はそういう悪い奴らに搾取される可哀想な人が可哀想なことにならないように祝福を授けてるんだけど……」

「アロエ様の祝福を受けた人は、犯罪など他者の悪意の犠牲になりにくいっていう特典があるのです。運命レベルで人生が書き換えられるので賊や悪人は商売あがったりのはずなのですが……」


 話を聞きながら、カオルは口元を引きつらせていたが。

後ろからではそんな表情解るはずもなく、無言のままだったのでアロエは「ちょっと反応鈍いわね?」と、不思議な気持ちになっていた。


「でもそれって、祝明のミサを受けなければ無理なんだよな?」

「ええ、そうね……気づいたか」

「去年の年末はサララが病気になっててな、俺もサララも参加できなかったんだ。俺の話が本当かどうかわからなかったのはそのせいかな?」

「十中八九そのせいね。ミサに参加してない人の人生は見てないから、私は貴方の話の真偽が把握できない」

「アロエ様は……確かにミサに参加した人は祝福できたんだろうけど。世の中には、ミサどころじゃない人だっているもんな。それこそこの国で奴隷にされた人とか、そもそもそんな行事がある事すら知らない人とか、貧しくて祝う暇すらない人とか、色々な」

「……ええ」


 主神であろうと、民全てが自分に祈りをささげているとは、アロエも思っていなかった。

だからこそ救いきれない命がある。

それは承知の上で、もうどうしようもないことだと思っているのだ。


「私は運命の女神だけど、万民が等しく富を得られるように計らう事ができるわけじゃないから。貧富の差は文明の必然よ。たとえばカオリの住んでいた世界は、全ての民が平等で、そして全ての民が一定の権利を持っている。『民主主義』の名のもとに」

「……この世界だととんでもない思想みたいに思われてるようだけどな。ラナニアなんかはそれで大変なことになってたし」

「正しく機能すればこの上ない思想なんだけどね。確かにこの世界には早すぎると思うわ。そう……まだ育ち切ってないのよ、この世界の人たちは」


 既にカオルとアロエだけの会話になっていた。

カオリもミリシャもそれに参加せず、ただ両者の話の流れ、その末がどうなるのかハラハラしているばかり。

カオリ視点でも、ミリシャ視点でも、アロエが運命の女神と解って尚対等に、慣れたように(・・・・・・)話すこの男が、どこか異次元の存在のように思えたのだ。

自分が会話に混ざってはいけないような、そんな高次の。


「今は無理でも、1000年も経てばこの世界でも取り入れられるようになると思うの。でもまだダメ。どれだけ急いでも今のこの世界の民には、あの思想は受け入れられない」

「だろうな。でも、1000年待ってる間にどれだけの人が苦しむんだい? どれだけの人が生まれや貧しさで苦しんで、悔しい気持ちとやるせない気持ちに胸を締め上げられながら、生きて死んでいくんだい?」

「それは……」

「なあ女神様。俺もこの世界の住民ではないんだ。俺が生まれた世界は、すごく平和で、ただなんとなく生きてても生きられた世界だった。だけどこの世界は、沢山の人が苦しんで、悲しんで、生きながらに地獄を見たり、生きたいのに死んでしまったりするんだ。なんでなんだ? なんでこの世界は、そんな風になってるんだい?」


 馬車が止まり、振り向いた男の顔は、悲哀と怒りの入り混じった、けれど誰に向けたらいいのかわからない感情でいっぱいになっていた。

それが解ったからこそ、三人は言い返せない。


「ついたぜ。キャンプ地」


 その一言を最後に、カオルは御者席から降りる。

アロエらもハッとし、席を立って夜を過ごす支度を始めた。




 その後は、そんなに難しい話が続くわけでもなく、慣れた様子で野営の準備を構築してゆくカオルの働きもあってか、陽が落ちるころにはもう全ての準備が整い、五人とも焚火を囲んで夕食を楽しんでいた。


「干し肉がいつもより美味しく感じる……」

「一手間かけるだけで結構味は変わるもんだろ? そのまま食ったんじゃ塩辛いばかりだけど、ハーブ一つで意外な変化さ」

「ミリシャの料理より美味しいわね」

「そ、そんなっ、女神様!?」


 事前に買い込んでおいた干し肉と野菜、ハーブを煮込んだ簡易的なスープは、勇者御一行を大いに沸かしたが。

傍らでまだ眠い目をこするサララは、「いつの間に皆さん仲良しに?」と、その光景を不思議そうに眺めていた。




 食事の時間が終わると、後はもうすることもなく眠るだけ。

寝ずの番はカオルとアロエが買う事になったが、昼間ずっと眠っていたサララもカオルの隣に寄り添っていた。


「別に、二人いるなら一人は寝てもいいんじゃないの?」

「サララは非戦闘員ですから」

「ふぅん……まあ、いいけど」


 どちらかというと自分の恋人が他の女と二人きり、というのが嫌なんだろうなあ、とアロエは察したが。

確かにこんなに頼りになる彼氏がいたら、奪われまいと必死になるのも仕方ないかな、という理解もできたため、アロエはそれ以上追及はしないことにした。

ただ、「私女神様なのになあ」と、複雑な気持ちにもなるが。


「それはそうとカオル君……貴方のそれ(・・)なんだけど」

「それ? ああ、棒切れカリバーか」

「そう、その……棒切れカリバー?」


 真面目な話をしようとした矢先に出た糞ダサネーミングに、「何それ舐めてるの」と思わず鼻で笑ってしまいそうになったが、なんとかシリアスな雰囲気を纏い直す。

幸いカオルは何も気づかなかったのか、腰に下げていた棒切れを取り出した。


「貴方のそれ、私の知人が持っていた神器にすごく似てるんだけど……見た目はただの棒切れだけど」

「そうなのかい? 俺も異世界から来たって言ったけどさ、あんたとは違う女神様に(いざな)われてここに来たんだ。この棒切れは、その時に『エクスカリバーです』って言われながら渡されてな」

「ぷっ何それ……その見た目でエクスカリバーはないでしょ」

「ほんとにな。俺も思わず吹き出しちまったよ。まあ、そんな感じでいい加減にもらったものだが、結構役に立ってる」


 ほんと強いんだよなこれ、と、頼もしそうにぐ、と力を入れ握りしめるカオル。

彼にとってもうそれは、相棒となっていたのだ。手放すことのできない、大切な武器。

それがとても大事なものなのだとはアロエも察したが、その出所に、何より『別の女神』というワードに目を細めた。


「その、私以外の女神って、なんて人なの?」

「うん? いや……そういや、名前とか聞いたことなかったな。いつも自分の事女神様って言ってるだけで、本当に女神様なのかもわからんし」

「……そう」

「すっごいぶっさいくな人でな。だけど、すごく優しい人なんだ。いつも俺たちのことを気にかけてくれていて、いつも為になるアドバイスをしてくれる」


 その『女神様』のことを語るカオルは、どこか嬉しそうな、楽しそうな、そんな笑顔を見せていた。

まるで自分の母親でも語るかのように、ダメなところ以上にいいところばかりを語り、聞かせてくれる。

それはアロエにも優しさを感じる、その人への敬愛を感じる、そんな口調だったが。

だがアロエは、彼の話を聞きながらその『女神様』の正体にあたり(・・・)をつけてゆく。


「ねえカオル君。貴方が知っているその女神……その人が、その杖をくれたのよね」

「ああ、そうだぜ? これが気になるのか?」

「うん……ちょっと、ね。でも、確信がいまいち持てないのよね。もし私が知る人が本来の持ち主なら、カオル君が持ってるのはありえないから」

「ありえないって?」


 カオルからしてみても『女神様』の正体が解るかもしれない流れだった。

だが、女神アロエは、冷めた目で伝えるのだ。


「だってそれ……今の魔人筆頭の杖だもの」




 大陸極東は、完全に魔族の、魔王の為の地となっていた。

いたるところに巨大な魔物がうろつき、魔族らが徒党を組んで警備・警戒に当たる。

そんな魔族らが時折見据え、満足そうにため息するのが、中央の巨大な城塞。

そう、魔王城であった。


「バゼルバイト様。『計画』は良好に進んでいます。やはり古代竜のデータを直接取れるのはいい。おかげで『魔王の力』の源、断つことができそうですよ」


 玉座の間には、空の玉座の隣に控える魔人筆頭・バゼルバイトと、その正面に不遜に立ったまま謁見する白衣の魔人クロッカス。

主のいない玉座の間という、違和感すら覚える光景であったが……クロッカスは気にすることなく自らの研究の成果を報告していた。


「ではやはり……古代竜の持つ規格外の『概念』を司る力が問題だったか」

「恐らくは。事実、先日ピクシスと共にこちらに降った古代竜ガラガンディーエですが、この『概念力』とでも言いますか? これを一部抽出し、陛下に注いだところ、陛下のお力が一部戻ったようですから」

「つまり、古代竜が限界まで暴れた末に死したる後に残る『宝玉』は、この概念の力を凝縮したもの……魔王とは、やはり概念により成るものだったか」


 皺枯れた醜い声で、しかし玉座の間に静かに響くその声には確かに力が込められていた。


「……主神ココ。あの女はとんでもないものを地上に押し付けてくれたわね」

「バゼルバイト様が仰る通りなら、その女神、とんでもない糞女ですなあ! 解剖する価値もありゃしない」

「それでも、一時はこの世界で最高の力を持った女神だったわ。夫を除いて、な」


 力を持ったろくでもない女が、この世界と愛する男を滅茶苦茶にした。

バゼルバイトの憎しみは消えることがない。

ただただ苦痛と苦悩、屈辱ばかり思い知らされていた日々を思い出し、ぎりり、奥歯を強く噛む。


「でも今は違うのでしょう? バゼルバイト様としては、今の女神に復讐する気もないので?」

「完全に筋違いだ。それに女神アロエは、そのバカ者を追い出した側だからな。少なくとも本人はこの世界において、そしてこの世界の住民にとって、救いになる事しかしていない」


 どれだけ憎んでも足りぬほどの仇。しかしその娘には、何の罪もなかった。

空の玉座を見据えながら、深い紫色のため息をつく。

腐臭のような臭いが玉座の間に広がったが、クロッカスは微動だにしない。


「でも、そのアロエ様が勇者を呼び寄せたから、問題が複雑化したんですよね? 結果として記憶を失っていた陛下と恋仲になった女勇者まで現れて、その女勇者のせいで、魔王としての力がばらまかれた。後に残ったのは、誰が魔王になるかわからないとんでも世界だ」

「……言うな。それに関しては私にとっても想定外だったことだ。ただ勇者に殺されるだけならまだしも、陛下への懸想の末に暴走するなど誰が思うものか……女神とて、決して騙して戦わせたわけでもあるまいに」

「女心ってのは本当に理解しがたいですからなあ。同じ女性でも解らないものですかね?」

「女はな、それぞれがまったく別個の生き物なのだ。女というくくりで考えるべきではないのだ」


 女の考えなど女にだってわかるはずがない。

そう暗に含めながら、バゼルバイトは視線をクロッカスへと向ける。

そう、「元の話に戻せ」とでも言わんばかりに。

だから、クロッカスもへらへらと笑うのはやめ、頬を引き締めた。


「話は戻しますがね。古代竜は生き続ける限り、この『概念力』を貯め込み続ける。封印されることである程度力を抑えることができますが、覚醒すると同時に際限なく貯め続けるのです。そして驚異的なことに……仮に殺されても、概念の力によって無理やり再生されてしまう」

「まあ……殺された程度で終わるなら猫獣人が世に生まれた時点でこの流れは終わっていたはずだからな。再生されるからこそ、終わりのない戦いが続く。とはいえ、今のこの世で魔王が魔王としての力を取り戻すことはそうそうないはずだが……」

「この概念力の仕様が問題ですねえ。こないだラナニアで採取した古代竜『レトムエーエム』の感情を操る力。これが明らかにそれだと思うんですけど、人間が生きてる限り無限に得られるっぽいんですよねえ。人類の存在と概念そのものが紐づけされてるんです」


 これが厄介ですねえ、と、眼鏡をくいくい指先で直しながら楽しげに語る。

この男、自分の研究成果を話すときは相手の顔などいちいち見ない男であった。


「女神ココは、本気で人類を滅ぼそうとしていたんでしょうね。だから人類が存続する限り永遠に繰り返される悲劇を生み出すシステムを作った。人類が、やがて戦いの中で疲弊したときにスムーズに滅びるように」

「解っていたことだ……あの女には、元より夫と娘以外への愛など欠片もないからな」

「ただ思いついたことをそのまま実行に移してしまう、というのを女神さまがやるとこんなにも迷惑なものになるなんてねえ。いやあ、怖いですなあ神様は!」


 困った困った、と、さほど困った様子もなく語りながらも、眼鏡の中のクロッカスの目は笑っていなかった。


「……そんな糞女のせいで我が主がひどい目に遭うなんて、ほんと、許せませんなあ」

「そうだ。決して許すことなどできぬ。陛下の魔王化を抑える方法は把握できたが、だからとて絶対とは言い切れぬ。何より問題なのは……我ら以外にも『魔人』がいることだ。奴らが、先代の魔王を復活させようなどと企み動けば……」

「場合によっては、古代竜が復活、大暴れ、なんてこともあり得るわけですか。いや、厄介ですなあ」

「いくらかは勇者と相対して滅ぼされたようだがな。一番の首魁がまだ無傷のままうろついている。奴は……危険だわ」


 視線を上向け、虚空を見つめる。

自分と同じ魔人筆頭。

そして、自らの主が死ぬきっかけを作った謀反人。

忠義ゆえに動くならまだしも、裏切りによって魔王の死を演出したその男を、バゼルバイトは強く警戒していた。


「今後も注意深く警戒せねばなるまい……クロッカス。引き続き概念の力を抑える研究を続けるのだ」

「承知いたしました。我らが主、アルムスルト様の為に」


――共に代えがたき主の為に。


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