#3.盗賊くらいはたやすく蹴散らす
「ちくしょうっ! なんなんだこいつはっ!?」
「女の子捕まえてこいつはないでしょう――がっ!!」
「ひぃっ! ひぎゃぁぁぁぁぁっぁ!!!」
戦いにすらならない圧倒的な光景がそこにはあった。
相手となる賊は十人以上。
最初こそカオリを前にぎらついた眼を見せ舌なめずりしていたが、わずか一分後には壊滅していた。
今、リーダーらしき男を剣の一振りで一蹴し、これにて賊のせん滅完了、といったところである。
「さて、と」
戦いが終わり、こきりこきりと首を鳴らしながら今しがた斬り伏せた男の首をつかみ、持ち上げる。
さほど力もなさそうな、年若い乙女が、人間一人の体をやすやすと自分の顔の高さまで持ち上げるのだ。
「起きなさい」
「う……あ……?」
斬り付けられ、そのまま意識を奪われたはずなのに、カオリのその一言で賊のリーダーは意識を覚醒させる。
そして、目の前にあるそのカオリの顔を見て、賊は「なんで」と、唇を震わせていた。
「俺……死んだ、はずじゃ……」
「殺してないわよ。全員捕まえて牢に放り込む為に倒したんですもの。傷だってふさがってるはずよ」
派手に血を吹き出しながら絶命したかに見えた賊達だったが、その倒れている全員から吹き出していたはずの血が、綺麗に消え去っていた。
リーダー自身、自身の腹からくる激痛が消え去り、目を白黒させている有様で。
そうして、カオリがにかりと、健康な笑みを見せたのに気づき、ぞわ、と、生きていては感じてはならない怖気を覚えたのだ。
「ひ、ひぃ……」
「これで終わり?」
「へ、え?」
「あんた達はこれで全員なのかって聞いたのよ。ここにいるだけで全部?」
そうとは思えなかった。
だから、カオリは本人たちに直接聞いたのだ。
片手で敵リーダーをつかみ上げ、顔のすぐそばまで突き合わせ。
そうして、目をじろりと見て、静かに問う。
これだけでよかった。
「そ、れは……」
「全部なの?」
「ひぃぃぃぃっ! 別にもっ、馬車の方に、頭の本隊がぁっ!!」
「やっぱりそうだったか! 寝てなさい!」
「ひぎゃんっ!!」
それだけ知ることができれば十分だった。
リーダーを中空に放り投げ、持ったままだった剣の柄をみぞおちへと叩き込んで吹き飛ばすや、そのまま背を向け馬車へと全力で走り出す。
土煙を上げるその俊足は――郵便屋さん並であった。
「みんな、だいじょうぶー……みたい、ね?」
不思議と、不安な気持ちは微塵もなかった。
焦って戻ったのではなく、「必要かもしれないから」で念のため戻っただけ。
実際、賊らしき男たちがそこかしこで転がっていた。
「こんな……ばか、な……『あじさい団』の俺たちが、こんな若造一人、にぃ……」
「わざわざ自分の正体まで明かしてくれてありがとうよ、あじさい団の頭目さん」
「くそぅ……お、俺がダメでも、若頭の奴が必ず……俺たちの仇を……」
頭目らしい隻眼禿げ頭の中年が、ディフェンスに入っていた男の前で苦しげに腹を抑えながらうずくまっていた。
男はといえば、さほどのものでもなかったとばかりに肩をコキリと一鳴らし。
そのままカオリの到着に気づき「よ」と、ニカリと笑っていた。
「あっ、カオリ様! ご無事でよかったですわ!!」
「ただいま。ごめんねー頭目さん。その若頭って人、今しがた倒しちゃったわ。あんたの盗賊団、もう終わりよ?」
「へぇっ!? あ、あいつが……あいつが、負けたってのか!? あんたみたいな嬢ちゃんに!?」
最後の希望を絶たれた頭目は、悔しそうに「ちくしょう」とがなるが。
それ以上賊の戯言を聞くつもりもないのか、男は「もういいよな」と、みぞおちを蹴り、昏倒させた。
「手慣れてるわねえ」
「そんなことはないさ。賊相手なんてトラウマもんの恐怖だよ。チビるかと思ったぜ」
賊相手の場合は油断せず確実に仕留めるか気絶させる。
これは、賊を捕縛したいときの常道であった。
これを怠ったり油断して意識のあるまま捕らえようとすると、隠し持ったナイフなどで縄を切られ、脱走を許したり不意打ちで命まで奪われかねない。
賊には容赦しない。
それが解っているだけで、このおどけた男がその辺の気のいい兄貴ではないことは、カオリにもよくわかった。
「でもこの方、すごい無茶ですよ。集団相手に、ナイフや剣で斬られたりしても恐れずに前に進むんですもん。見てるほうが怖かったです」
傍で見ていたミリシャにとっては苦労の尽きない相方だったらしい。
カオリも「それはすごいわね」と苦笑いしながら、男の腕や足を見る。
「でも、怪我は治ってるのね。流石ミリシャ」
「いやあ、犬獣人の子がいてくれて助かったぜ。おかげで斬られてもすぐ治っちゃったよ」
「それはまあ、私がいれば当然ですけど……」
やや臆病なところがあるものの、ミリシャはリーヒ・プルテン最上位の回復能力を持つとされている治癒術師だった。
怪我の治癒などは医師頼りになりがちなこの世界において、治癒の術によって即治が可能な犬獣人が傍にいる状況など、奇跡というほかない。
「ま、俺みたいな戦い方する奴にとってはありがたい存在だよ。おかげで助かった」
「それは何より……」
「だが、まだ賊は残ってるぜ?」
「え……?」
こちらの本隊も倒せたし、賊は壊滅させた。
そう思っていたカオリは、勝手に歩き出す男に釣られついていく。
頭にクエスチョンを浮かべながら。
これはミリシャも同じらしく、二人して不思議そうな顔で男を見ていた。
「なあ御者さん? あんた、どうやってあの罠が賊が仕掛けたものだって見分けたんだ?」
「……へ、へえ」
ずっと馬車の上で手綱を握ったまま固まっていた御者に、男が問いかける。
その疑念の目が男には居心地が悪いのか、視線をそらしてしまう。
……カオリも、なんとなく事情を察した。
「ですから、あれは賊が足止めの為に使う罠って奴でして……同業者の間じゃ有名なんですよぉ!」
「ここらの賊は奴隷商やなんかと関りがあるんだってな。どうやって賊にからまれ足を止める羽目になった馬車が、無事に戻って仲間にそれを教えられるんだい?」
「そ、それは……その、奇跡的に、生き残った奴がいたっていうか……」
次第にしどろもどろになってゆく。
怪しさしか感じない。
男の目配せに、カオリもミリシャもこくりと頷く。
「さっき倒した賊の奴らは見事に囲い込んできたぜ? しかも、逃げ道になりうる道の先には別動隊までいた。仮にここから逃げられたって、逃げた先で捕まっちまう訳だ。それで逃げ切れたって、相当な奇跡だと思うがな?」
「い、いやだなあ旦那! あっしを疑ってらっしゃるので!? 正真正銘、ちゃんとした営業手形も持った正規の御者ですよあっしは!!」
「ああ、俺たちもそれを信じてこれに乗ることに決めたんだ。でも、正規の御者が悪いことやらないなんて保証、どこにもないもんな?」
疑わしいと言えば何もかもが疑わしかった。
いくら足止めの罠を持っているからと、わざわざそんなものを仕掛けて馬車を止める必要などないのだ。
この先少し進めば、陽が落ち足を止めなくてはならなくなる。
フェンまでたどり着くためには、馬を休ませるためにも一晩はどこかで足止めを食う事になるのだ。
地理を知っていれば、どこで馬車が止まるかなど考える必要すらない。
そのポイントに張って、夜分に寝入るのを待てば確実に成功する襲撃が行えるはずだった。
それを、わざわざ逃げられるかもしれない足止め罠などを使って陽の高いうちに襲撃するなど、本来ならばありえない状況と言えよう。
となれば後は、足となる馬車を確実に止められなければならない。
足止め罠以上の、確実に足止めとなる罠を。
「流石に俺たちも馬車が止まったままじゃ逃げられないもんな。御者のあんたが本気なら罠をどけたってよかったし、狭くたって通れる野道を抜けようとしたって良かった。なのにあんたは、馬車を止めてぼんやり様子見だ」
「それは、旦那たちが勝つことを期待していて――し、信じていたんですよぉ!」
「お兄さん、もういいわ……この子が起きたから」
「うーん、眠いわねえ……何よカオリ。まだ夜には早いのに……」
眠そうに目をこする相方に、「いいから」と、手を引っ張って御者の前に突き出す。
「ううん?」
「御者のおじさん。この子の前で、『私は女神に誓って嘘をついていません』って言ってみて」
「へ? な、なんだって……」
「女神の信徒として、嘘をついてないなら言えるわよね? 言えないの? 言えないなら――」
「ひっ、い、言うよっ、言う! わ、私は、女神に誓って嘘をついてません! こ、これでいいだろう?」
剣を手に、半ば脅迫まがいに謎のフレーズを言わせる。
そんなカオリに「一体何を」と、今度は男のほうが不思議そうに首をかしげたが。
カオリの相棒である――アロエは、神妙な顔をしていた。
「嘘ね」
「へっ?」
「嘘をついている。この男は嘘ばかりついているわ。持っている手形も嘘ね。ああ、急いで乗ったから確認してなかったけど、賊の仲間だったみたいねこの人」
「なっ……何を言って!?」
「女神に誓って、と言ったわね?」
「そ、それは……」
ばっさりと嘘を看破され、御者は興奮気味にアロエの前に降り立つが。
アロエは、その表情を崩すことなく御者を睨みつける。
整った顔立ちの、しかしそれ以上に恐ろしい、威厳のようなものがそこにはあった。
御者もそれに呑まれ、勢いが削がれてしまう。
「何の女神に誓ったの? なんていう女神様?」
「なんてって……そんなの、運命の女神アロエ様に決まって――」
「その女神を前に嘘をつくとは何事か!! 恥を知りなさい愚か者!!」
ぴしゃり、雷が落ちた。
それは御者の体を貫通し――御者は「ぴぎっ」と、豚のような小さな悲鳴を上げ、絶命した。
「ふん……女神信徒にあるまじきバカ者だったわ。死ねばいいのに」
「もう死んでるわよ……ミリシャ」
「あっ、はい……せめて次の明日は清廉な日々を過ごしなさい……むにゃむにゃ」
天罰を下して尚イライラが収まらない様子のアロエと、何事もなかったかのように事後の処理を済ませるカオリとミリシャ。
そして……それを見ていた男は、「ははは」と、大きな声で笑い始めた。
「えっ、何……? どうしちゃったのお兄さん」
「いやなに、異世界がどうとか話してたし、ただものじゃなさそうだなあって思ってたけど、まさか女神様が目の前にいるとは思わなかったからさ」
「あー……そうね。うん、そう」
まいっちゃうぜ、と楽しげに笑う男だったが、カオリ視点ではかなり新鮮な反応だった。
大体はアロエの正体を知った者は神妙な顔をするか、信じられない顔をするのだ。
「この子……こんな格好してるけど、この世界の神様なんだよねえ」
「神様よー。まあ、無理に敬わなくてもいいけど」
「敬う敬う。俺まで雷落とされたらかなわねえし」
「落とさないわよ。愚かなことをしなければね。今の賊は、今死すべき運命にあったから死んだのです」
殺したのが女神様であろうと、それはその者の運命だったのだから仕方ない。
運命とは理不尽なものである。いつ終わるのか、運命の女神様ですらわからないのだから。
「それで、ついでに言うとこの子は勇者よ。今は魔王討伐の前段階……魔人や古代竜を討伐する旅をしてる最中なの」
「なるほどな。女神様が女神様と知れたから、隠すこともない、と」
「でも、そういう貴方も普通じゃなさそう……なんか、そんな感じがするわ。何者?」
「何者って聞かれると返しに困るんだけど……うーん」
アロエからの問いに、しかし、男は少し困ったようにポリポリと頬を掻き、近くの樹上へと視線を向ける。
そこに何がいるのかとカオリは視線を向けたが……小鳥が一羽、枝にとまっているだけだった。
それも、視線を向けられたからか飛び去ってしまったが。
だが、男は「とりあえず罠をどけようか」と、進路上のクマばさみへと近づき、腰に下げた棒きれを取り出す。
「離れててな――ふんっ!!」
罠に向け投擲。
そんなことをしても罠をどうこうできるわけがないのに、それは確信めいて行われ。
そして――罠は、爆散した。
「貴方……その杖……」
「アロエ……?」
「んじゃ、道すがら話そうか。ここにいても休むこともできないしな」
罠を破壊された街道は、それまであった道よりいくばくかへこんでいたが。
それでもなんとか馬車が通れないでこぼこでもなく、男が馬の手綱を握るや、あっさりと抜けていった。