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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
14章.旅路へ
250/303

#1.うわさばなし

「あー……やっと抜け出せたわー……ちかれた」


 バークレー王都カレンディアの一角にて。

黒髪の、この世界にしては珍しい制服姿の少女が、ぐったりとした様子で歩いていた。

ふらふらと揺れるようにして歩くその顔は疲労がにじみ、目の下にはクマまでできている。


「大変な歓待だったわねえ。勇者様一人取り囲んで、国中の貴族やら富豪やらに朝まで晩までひっぱりだこで……サービスし過ぎじゃない?」

「パーティーとか……ほんとよくわかんにゃいから……どこで切り上げればいいのか、どうしたらいいのか……」


 少女は、社交界での身の振り方などという知識は持ち合わせていなかった。

周りの人間の話など適当に切り上げ、疲れたらそのまま部屋に引っ込めばいいのに、話しかけられるたびにそれに応じ、取り囲んできた相手の言葉一つ一つを無視できずに返し続けてしまう。

そうしてぴた、と足を止め、隣を歩くリボンだらけの服の金髪少女をジト目で見る。


「あんたは何やってたのよアロエ? そんな時には私を助けてくれずに……」

「美味しそうなスイーツに舌鼓を打ってたわ」

「助けなさいよぉ! 私が困ってたらサポートしてくれるんじゃなかったの!?」

「いやあ、ごめんなさい。美味しそうだったからつい……」


 てへぺろー、と悪気一切皆無な笑顔で返す金髪少女に、黒髪少女は「まったくもう」とぶすったれた顔になってそっぽを向く。

そしてまた、歩き出すのだ。


「急に呼び止められたと思ったら、国の偉い人でさ? それで、ついて行ってみたら夜通しパーティーだし……眠かったの我慢してみたら、パートナーの女神様はいい感じに満喫しててさ……ひどくない? ひどくない?」

「ごめんって。そんなことですねないでよー勇者様ー」

「拗ねてない! 信じた女神さまに裏切られた気分になって辛い気持ちになってるだけ!! バカみたいもう!!」


 軽い感じで謝っていた女神だったが、黒髪少女はそんなことでは許す気もなく。

どんどんと早足で進んでいってしまう。


「しかもミリシャとははぐれちゃうし……どこに行ったのかなあミリシャ」

「清廉な生活を心がけている犬獣人としては、ああいったパーティー会場はちょっとねえ」

「……世俗がどうたらだっけ? 大変よねえこの世界の宗教の人って」

「貴方のいた世界と比べると宗教の意味が全然違ってくるからねえ。神様もいるわけだし」

「神様がとなり歩いてのほほんとした顔してる世界だもんねえ」


 皮肉たっぷりに返してくる相棒に、女神は困ったように眉を下げながら「そんなに根に持たないでよお」と、いそいそとついていく。


「それで、今はどこに向かってるの? エスティア側の街の出口は全く逆側だけど」

「……っ」


 見上げるようにしてためらいがちに問うてくる女神に、少女はまた、ぴた、と足を止める。

ぎくりとした、なんとも気まずそうな顔。


「べ、別に! ミリシャどこかなあって探してただけだし!」

「パーティー終わったらエスティア向かうって伝えてあるし、門の辺り行けば会えるんじゃない?」

「……そ」


 ごまかしにしか聞こえぬそれを看破しながらも敢えて指摘はせず。

勇者少女もまた、余計なことを言ってからかわれたくないので、黙って歩く向きを変えた。



「あっ、ゆうしゃさまー!」


 そうしてたどりいた西門では、茶色い毛色の犬耳少女がわたわたと手を振っていた。

人間しかいない街の中で、ただ一人の犬獣人。

とてもよく目立っていた。


「いればすぐにそれと解るのがミリシャのいいところね」

「ほんとにねー」


 なり(・・)は小柄で群衆に紛れると解りにくくなりそうではあるが、その甲高い声、特徴的な白い修道服、そして何よりきゃわわな犬耳犬尻尾が、その従者の存在感を際立たせる。

女神と勇者は……互いに顔を見合わせ口元を緩めた。


「勇者様勇者様、(わたくし)勇者様がたがパーティーに連れていかれてから、街で情報収集していたのですが」

「あら、そうなの? 相変わらず勤勉ねえ。休んでてもよかったのに」

「そうは参りません! 勤勉清廉美しく生きるのが犬獣人の在り方ですから……あっ、それは置いておいて、今この街に、変わった噂があるようでして」

「変わった噂?」


 何それ気になる、と、勇者は近くのベンチに腰掛けて話を聞く姿勢。

女神と従者もそれに合わせ左右を挟むように座り、ぱっと見ガールズトークにしか見えない会議が始まる。


「あのですね、実はこの街に、私たちとちょっと遅れて、エスティアの女王が来訪したらしいんですけど」

「エスティアの? なんでまたそんな」

「表向きは新たに同盟関係になったバークレー王との会談の為、という話らしいんですが、実際には婚約者である第二王子の父であるバークレー王との顔合わせが目的だったのでは、みたいな感じで」

「それが気になる噂?」


 随分回りくどい話ねえ、と、足を組んで退屈げに視線を彷徨わせる。

楽しくない話を聞くときの勇者のポーズだった。


「あっあっ、違くて……そうではなくて、その女王と一緒に、エルセリアの英雄、という人が来たという話でして」

「エルセリアの英雄……? アロエ?」

「知らないわよそんな人。そんなのいるの?」

「ええ、私も初耳で……でも、そういう人が来ているらしいって」


 女神も知らない大国の英雄。

そんなのが突然このバークレーに現れたと聞けば、この従者でなければ気になるというものだった。


「実際どんな人なの? ミリシャはどこまで聞いた?」

「いえその……街中でその噂が広まってるのは把握したんですけど、具体的な話はまだちょっと……」

「そう、じゃあちょっと聞いて回ろうか」

「そうねー、エスティアに行く意味も薄れたし、とっかかりにはちょうどいいかしら? 本当にそんなすごい人なら味方に引き込みたいし」


 エスティアに向かう予定をちょっと切り替え、横道にそれてゆく勇者PT。

二人の決定に、ミリシャも「それでは」と、噂の中心点となっていたカレンディアの中心部へ誘った。



「街に来た偉い人? 勇者様の事なんじゃないの? 可愛い女の子だって噂だよな」

「いやいや! 俺が聞いたのは勇ましそうな男の勇者様で、お供にえれぇ美人な猫獣人を連れてたって話だぜ?」

「ワシが実際に目にしたのは、中々に強そうながたいのいい男だったのう。あれはかなりの場数を踏んだ勇士だぞい」

「強そうでしたよね……美形、とはちょっと違うけど、あれに喧嘩売ったらちょっと勝てないかなあって思えるような」

「勇者様っていうからどんな人が来るかと思ったけど、あれなら魔人や魔王とも戦えそうだよなあ」


 街の男性に伺ってみた話は大体このような感じで、後は連れている猫獣人の娘の胸やら尻やらの話ばかりで何の参考にもならなさそうなものばかりだった。


「英雄ってあれでしょ? 猫獣人の女の子連れた、黒髪の人で……カオル? とかそんな感じの名前ですよね」

「あの、すみません……あまり話していると主人に怒られてしまいますから……英雄の方ですか? 黒髪の、美しい女性だと聞きましたが……」

「強そうなコックの男をお供にしている黒髪の女の子だって噂よね」

「私は可愛い猫獣人の女の子を連れた女の勇者様だって聞いてたわ。なんでも東の方から来たっていう話でー」


 女性陣の噂話は男性陣のそれ以上にまとまりがなく、ちぐはぐだった。

これには三人もぐんにゃりである。


「……男なの? 女なの?」

「連れているのが猫獣人ですって……?」

「なんか噂がごっちゃになってない?」


 英雄についての噂なのか勇者についての噂なのかもわかりにくく、それが男なのかも女なのかもはっきりせず、挙句に連れているのが猫獣人の女性とあって、犬獣人のミリシャは青筋を立てていた。


「名前までごっちゃとか酷いわよね。しかも微妙に間違えてるし!」

「従者は犬獣人ですのに……何をどうやったらこの耳を猫のものと間違えるんでしょう……納得いきません」

「私なんて存在すらなかったことになってない? 私一応主神よ? 愛され系女神様よ?」


 勇者の噂だとしたらそれはそれで自分の存在がなかったことになるのが女神的には許せなかった。

よりにもよってこの中で一番はぶられているのだ。欠片すら語られていない。


「ねえミリシャ、これ私たちの噂が変な風に広がってるだけなんじゃないの?」

「うぅ……なんとなく、そんな気がしてきました。最初はもうちょっとそれっぽい噂だったはずなんですけど……」

「徒労感感じちゃうわね。もうここは後回しにしてエスティアいこ。もともとその予定だったしー」


 これ以上の情報収集は時間の無駄、という女神の意見に、他の二人も全力で頷いて門へと踵を返した直後。


「――カオル様、そろそろお土産もまとまりましたし、一旦エスティアの拠点に戻りませんか?」

「それもそうだな、そんじゃ、戻るかー」


 若い女性の声が、三人の耳に届いた。


「――!?」

「カオリっ、今っ!」

「解ってる。ミリシャ、今の声の人、どこにいるの!?」

「す、すみません……いろんな人の声が重なっちゃってハウリングが……あぅぅ、探知不能ですぅ」


 すぐさま気づき、探そうとする。

だが、このような時最も力を発揮するはずのミリシャは、耳が良すぎるが故に人込みの中での探知ができなくなっていた。


「ぐうう……耳が良すぎるのも問題ねえ」

「猫獣人なら聞き分けられるらしいんだけどねえ。犬獣人は性能重視に作ったから……」

「すみませんすみません……だけど、門の方から聞こえてきたのは確かみたいですから……追いかけますか?」


 しょんぼりと身を縮ませる従者を責める気にもなれず、勇者はわずかばかり悩むふりをして「んーん」と首を振る。


「いいわよ別に。たまたま名前が似てるだけの人かもしれないし。とりあえずエスティアに行きましょ」

「そうねー。まあ、エスティアも、目当ての古代竜いなくなってるからあんまり行く意味ないんだけどねぇ。でも、猫獣人の王族が大変そうだから、そちらは気になるわ」

「解りました……それにしても、女神様はお優しすぎますわ……自分から辺境暮らしを選んだ猫獣人なんて、放っておけばよろしいですのに……」


 とりあえずの方針を告げるや、「それでは馬車へ」と門へと向かう。

だが、案内しながらもミリシャはぶつぶつと「恩知らずな猫獣人なんて」と、大嫌いな猫獣人について呟き続けていた。

一度スイッチが入ってしまうともうしばらくは止まらないのが解っているので、アロエもカオリも苦笑いしながら歩き。

そうして出発間際の馬車に乗り込んだ一行は、男女のカップルが先に乗り込んでいたのに気づいた。


「あ、ども。お邪魔します」

「こんにちは。ま、二組くらいなら問題なく座れるかな?」

「そうねー。そんなに長くない旅だろうけど、よろしくねー」

「よろしくお願いしますね……犬獣人……?」

「はい? 私が何か……」


 カオリが挨拶するや、気さくに返してくれる男性に対し、恋人らしきフードを被った女性はというと、ミリシャの顔をまじまじを見つめて小さくため息を漏らす。

その対応にはミリシャも気にしたが、フードの女性は「いえ、なんでも」と、すぐに視線を逸らし、恋人の肩に身を預けてしまう。


「悪いな、ちょっと眠いらしくて。そっとしといてくれたら助かる」

「あ、いえ。お気になさらず。それじゃ、静かにしてようね」

「はあ……わかりました」

「私もちょっと寝てようかなあ。ここからフェンまでだと道中で一晩過ごさなきゃだし」


 一人くらいは警戒しなきゃね、と、目の前のカップルのように、カオリの肩へと身体を預ける。


「んん……別にいいけど、なんか甘えてない? いつも床に雑魚寝よね?」

「いいじゃない別に。たまには誰かに寄りかかりたいときもあるのー」

「はあ……もう」


 仕方ない女神(ひと)ねえ、と、ため息を漏らしながらもそのままなるがままにさせておく。

そうかからず馬車は動き出し、フェンまでの道中の、わずかばかりの馬車旅が始まった。







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