#5.疑われた墓守
「いい加減に本当の事を話して! レイチェルをどこにやったのよ!!」
「黙っててやり過ごせると思わないでよ! あんたがやったってみんなが言ってるんだから!!」
「いくらモテないからって、やっていい事と悪い事があるわ! 白状しなさいよ、レイチェルはどこなの!!」
村の詰め所前にて。
レイチェルがいつまでも戻らない事に業を煮やしたレイチェルの友人の少女らが、『犯人』と疑われている青年・ポットに向け、罵声混じりの尋問を浴びせ続けていた。
ポットはというと、困惑した様子で首を振りながら「違うよ」「僕は何も……」と、小声で答えるのみ。
それが聞こえないほどの小声であるからか、少女らの声がキャイキャイと大きすぎてかき消されてしまっているのかはともかくとして、一方的な状態のまま、ポットは勢いに押され縮こまってしまっていた。
「……うぅ」
「レイチェルはね、あんたみたいなウスノロでも馬鹿にしたりしてなかったわ! 普通に話してくれたでしょ? だから変な勘違いしたんじゃないの? レイチェルなら好きにできると思ったんでしょ、この変態!!」
「早くレイチェルを返しなさいよ! 変な事してないでしょうね!!」
「レスタスのお爺ちゃんだって心配でご飯食べる事できなくなっちゃったんだから!!」
元々、詰め所に駆けこもうとしていたポットだったが、その前にこの少女らに囲まれ、詰め寄られてしまっていたのだ。
元来異性と話すのが苦手だったのもあり、気弱な彼は、年下のはずの少女達に言われるままになっていた。
「き、君達……詰め所の前で騒ぐのは……」
兵隊さんが困った顔で詰め所から出てきて割って入ろうとすると、少女らの厳しい視線は兵隊さんにも向けられていた。
「何よヘータイさん! 村娘一人誘拐されたかもしれないのよ!? その犯人が目の前にいるのに、なんで逮捕しないの!?」
「この場で斬り捨てちゃってくださいよ! こんな人、いなくなったって誰も困りはしないんだから!!」
「早くなんとかしないと、この男、きっとレイチェルにひどい事しますよ!」
今すぐ何とかして、と、非難の眼を兵隊さんに向け騒ぎ立てる始末。
団結した少女の威力に、兵隊さんも一歩押されそうになりながら手を前に「まあまあ」と、なだめようとする。
「とりあえず、ポットには私から話を聞いておくから。君達は、もう戻りなさい」
「で、でも……」
「私達、レイチェルが心配で……」
兵隊さんの説得の所為か、目に見えて勢いは弱まったものの、尚も食い下がろうとする少女達。
友人が失踪したとあればそれもやむなしだが、だからとこの少女らが騒いだところで何も話が進展する訳でもなく。
兵隊さんも「参ったな」と、年頃の少女らの扱いに手を焼いていたところであった。
「――知ってますか皆さん。レイチェルさんを目撃したかもしれないっていう行商の人の噂」
そんな時であった。
空気を読んだかのように、カオルとサララが現れたのだ。
「えっ……?」
「レイチェルを? どこで!?」
サララは目を閉じながらサラサラとのたまうが、少女らはそれに釣られ、視線をサララに向ける。
「行商の人の話らしいですし、広場では?」
「行ってみましょ!」
「ええ!!」
「ありがとうサララちゃん!!」
一様に頷き、走り去る少女たちを、サララは「お気をつけてー」とハンカチを振りながら見送っていた。
「……その、なんだ。助かったよ、サララちゃん」
詰め所にて。
なんとか一息つけた兵隊さんは、ポットと、それからカオルとサララを中に招き、麦茶を振舞っていた。
「まあ、あんだけ家の近くで騒がれればな……」
「朝からキャンキャンうるさすぎですよ。二度寝もできやしない。折角のいい天気なのに」
困った人達だった、と、カオルもサララも苦笑いして麦茶を頂く。
ともかく騒がしくて仕方なかったのだ。事が事だけに仕方ないとはいえ、近所迷惑なのもまた事実。
その迷惑をまともに受けている二人からすれば、先ほどの少女らの行き過ぎた行動は、やはり目に余ったのだ。
「しかし……レイチェルを見かけたっていう、その、行商人の噂、とは?」
「あれですか? もちろん嘘じゃないですよ。三日前にレイチェルさんを見かけた行商人の人が『あの娘可愛いよなあ』ってデレデレした顔してたってだけの話ですけど」
嘘じゃないでしょ、とにっこり微笑むサララ。
村娘達はこの猫娘のブラフに踊らされたのだ。
これにはカオルも兵隊さんもどういう顔をしていいか困ってしまっていた。
結果的に騒がしかった少女達はいなくなったので、文句も言えない。
「でも困りましたね。誘拐事件なのか失踪事件なのか解らないですけど、いなくなっちゃったとは」
一人ニコニコ顔だったサララだが、ぽつり、話の本題に戻しもする。
そうして、三人の視線が一か所に集まるのだ。
一人縮こまって所在なさそうな顔をしている、ポットへと。
「……僕は、やってないよ」
ぽつり、小さく一言だけ呟いたポットは、視線を落とし、出されたコップを手に取るだけ取って、麦茶に口をつけようともしていなかった。
あれだけ一方的に決めつけられ、言われ続けたのだ。
落ち込みもするだろう、と、カオルもその気持ちを察して、どう声を掛けたらいいか迷ってしまっていたが。
「だらしがない人ですねぇ。あれだけ好き放題言われて、イラッとしないんです?」
サララはその点、容赦がなかった。
「おいサララ、もうちょっと――」
「なんですカオル様。ポットさんが可哀想だって言いたいんですか? 確かに可哀想ですよ、何もやってないのなら、無意味に疑われて暴言吐かれてただけなんですからね。でも、ポットさんは本当になんにもしてないんです? 女の子にそこまで言われるだけの下地、本当にないの?」
その辺り聞きたいです、と、サララは視線をポットへと向けたまま、麦茶を一口。「あまいなあ」と呟きながら、尚も口を開く。
「私が知る限り、ポットさんは村の女の子を遠くから眺めてにやにやしたり、暗ぁい顔で変な独り言ぶつぶつ呟いてたり、橋の下で女の子のスカートの中覗こうとしたり、割とろくでもない事ばかりしてる人、という話を村の女の子から聞いてるんですけどー、そういうのって、全部ただの噂だーって言い切れます?」
「……うぅ、そ、それは、その……」
サララの指摘があまりに的確だったのか、ポットは先ほどとは別の意味で顔が真っ青になり、しどろもどろになってしまっていた。
「……ポットさん」
「ポット、流石にそれはどうかと思うぞ」
一応同情的だったはずのカオルも兵隊さんも、白けた目でポットを見つめていた。
先日の橋の下での一件もそうだが、パンツ覗きが相手となる村娘達にバレバレだったというのも輪をかけてポットの浅ましさを浮き彫りにさせていたのだ。
やがて、その視線に耐えかねたのか、ポットが頭を抱え、うずくまってしまう。
「し、仕方ないじゃないかっ! 僕、女の子にモテたことないし! せめて……せめて遠くから眺めて妄想したり、パンツ覗くくらいしたって、誰も困らないしいいだろ!! 僕に何の罪があるっていうんだよ!! パンツ覗いたからって処刑されるのかい!!」
「開き直らないでください。そういうの、気持ち悪いです」
サララはばっさり斬り捨てていくスタイルだった。
それはポットが、完全にサララの好みとは乖離した対応をしていたからに他ならないのだが。
カオル的にも「うわあ」と思わず声をあげずにはいられない、見事な一撃必殺となっていた。
「うぐ……う、うぅっ、サララちゃんが虐める……」
その証拠に、ポットは胸を押さえ苦しげに呻いている。
サララは、そんなポットを冷めた目で見ながらため息をついていた。
「虐めてませんよ。自覚して欲しいだけです。だってほら、ポットさんが疑われてたのって、つまり日ごろのそういう『変な奴』って言われる様な言動や行動が元じゃないですか。他の人は誰も疑われてないんですから」
なんでそこに気づかないんですかね、と、また麦茶を一口。
沸かしてから時間の経った麦茶は、サララの舌には優しいらしく、静かに飲み下されてゆく。
「逆に言えば、そういうところさえ無くせば、馬鹿にする人なんてそんなにいないはずなんですよ。お仕事真面目にしてるっていうのは噂でも聞くし。墓守っていう、誰にでもできる訳じゃないお仕事してる訳じゃないですか。認めてくれる人だっているのに」
ここまできて、ようやくカオルはほっとした。
ただ責めるだけじゃなく、きちんとフォローもしていたのだ。
ただお説教するだけじゃなく、見るべきところはきちんと見て、その上でダメなところはきちんと指摘する。
そんな真摯な対応なのだと気づいてか、ポットも苦しむばかりではなく、きちんと耳を傾け、じ、とサララを見つめていた。
「……サララちゃんは厳しいなあ、可愛いのに」
それに気づいたからか、さきほどまでより幾分、心に余裕ができたらしく、頬をぽりぽり掻きながら軽口をたたくポット。
「可愛いのは当たり前です。でも、厳しい訳でもないと思いますよ? 本当に厳しくいく時はひっぱたきますから。貴方はそこまでするほどのダメ人間でもなさそうですし、皮肉のいくつかも聞かせれば十分だと思ってますよ?」
「……カオル君、君、毎日この子と一緒に暮らしてるよね? 大変じゃない?」
どや顔で胸を張る猫娘。
サララ以外の誰もが冷え切っていたかに思えた空気は、大分温かく、柔らかくなっていた。
ポットも、サララの言いたい事が伝わったのか、苦笑いしながらカオルの方を向く。
「めっちゃ大変だよ。我が侭だし皿並べくらいしかしないし。ポットさんの方が世間の役に立ってるってレベル」
満面の笑みで返すカオル。
サララも笑っていた。先ほどまでとは別の、悪意を感じる笑顔である。
「やぁですねぇカオル様。サララは家にいるだけで殿方が幸せな気持ちになれちゃうレベルの美少女猫獣人ですよ? それが実感できてないというなら、もっと実感できるようなイベント発生させましょうか? 今夜あたりにでも――」
「マジで遠慮してくれ心臓に悪すぎるから」
口元に手をやりながら悪くにやけるサララ。さりげなく尻尾はぶわっと逆立っていた。
カオルは全力で首を横にいやいやと振り拒絶しようとしていたが、軽く手遅れであった。げに乙女の怒りは恐ろしい。
だが、こういったコントめいたやりとりが面白いのか、さっきまで落ち込んだ表情をしていたポットは、今では笑いそうになって口元を押さえているほどであった。
これには、兵隊さんも「ほう」と、感心する。
「実は……親父がそっちに相談したその日の夜に、また結界に干渉があってね。幸い張り直してたから破られてはいなかったんだけど、駆けつけた僕と親父は、ネクロマンサーらしき、怪しい奴を見かけたんだ」
「ネクロマンサー……なるほど、最近カオル様があちらこちら嗅ぎまわってたのはその関係だったんですね」
ハスターが説明した時にはいなかったサララであったが、その後のカオルの行動はそれとなく気付いていたらしく、「どうりで」と納得していた。
「それでポット。その怪しい奴っていうのは、どんな体格だったんだ? 性別とかは解るかい?」
「かなりがたいのいい男だった、と思う。顔は見てないから解らないけど、あんまりネクロマンサーっぽくなかったのが気になるところだね。捕まえようと追いかけたんだけど、すごい速さで駆け出して、すぐに見失っちゃったんだ。村の外の方に逃げていったけど……」
「ふむ……村の男にも大柄なのは多いから、その特徴だけだと探すのが骨だな……」
ポットの答えから犯人像を割りだそうとしていた兵隊さんであったが、お手上げだとばかりに首を振る。
村に幾人もいるがたいのいい男、その中から犯人を捜すというのは、中々楽な物ではないらしかった。
「とはいえ、これで犯人候補は大分減ったことになる。少なくとも女性は疑う必要がなくなったわけだ」
「まあ、そういう事だね」
顔を見合わせながら小さく頷く兵隊さんとポット。
なんとなく、雰囲気が良くなったように感じて、カオルもサララも口元を緩めた。