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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
13章.エスティア王国編2-リトルクイーン-
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#18.移動始まる

 その後の流れは実に急で、本来の予定よりかなり早まって、フニエルのバークレー入りの準備が進んでいった。

これには元々混乱していた政務をコール王子がまとめあげ、フニエルの女王としての負担がかなり軽減された事もあったが、何よりサララがこの件以降積極的に女王の意向を利用し始めたことが理由となっていた。


「それでは、この件はよろしくお願いいたしますわ」

「それはわかったけど、いいのかいアリエッタ? 部下に言われるままで」

「私も思うところはあるのですがぁ……あの娘はフニエル様のお気に入りになれたようですから」


 厨房にて。

侍女長アリエッタは、コック長マギーに旅の間の料理人派遣を依頼していたのだが、マギーはというと、腕を組みながらアリエッタに疑問を呈した。


 今回アリエッタが依頼してきた料理人派遣は、元々は計画にない、本来必要ない要素のはずだった。

旅などと言ってもバークレー国境まではグリフォンで移動できるし、その後はバークレー側の軍馬車での移動となるので、瞬く間に目的地であるバークレー王都カレンディアに到着できる。

合間に昼食があるとはいえそれもすでに手配済みだったので、それ以上にコックらの仕事はなかったのだ。

それが、急に必要になった。


「その、サラっていうメイド、本当に大丈夫なのかい? やけに手回しがいいというか……バークレーか何かの人間なんじゃないだろうねえ?」

「人間の方ならそれもあるかもしれないけれどぉ、流石に同族でそれはないと思いますが……とってもいい娘なんですよ?」

「……まあ、あんたは人の善悪の見分けだけはちゃんとしてるだろうから、胡乱な輩という事はないのかもしれないけどねえ」


 それでも心配だわ、と、小さくため息するマギーに、アリエッタも「確かに不安ではあるのですが」と同調しつつも、微笑みを見せる。


「それでも、今回の旅に私も同行できますし、フニエル様から『信頼してます』なんて直に言われたのは久しぶりだから、私は嬉しいですわぁ」

「ほんとにあんたはフニエル様好きだねえ。見習いのころから面倒見てたとはいえ、ちょっと情が深すぎないかい? いざご成婚の際に取り乱したりするんじゃないよ?」

「や、やですわぁ! 流石に私もそんな……そんな……あ……っ」


 そんなことはないです、と、手を振り振り笑っていたアリエッタだったが。

だが,不意にウェディングドレス姿のフニエルを想像してしまい、目の端からほろり、涙がこぼれる。


「……大丈夫ですわ。覚悟は、できてますもの。仮に不要だと言われても、私は……」

「そうならなきゃいいんだけどね。本当は。でもあんたももうすぐ結婚だ。主と同じようなタイミングで結婚するのは、従者としては誉れでもあるんだから、胸は張りなさいよ?」

「はい……そうですわね。私も、結婚しなくてはならないんですものね」


 嫌になりますわ、と、深い深いため息をつきながら。

ぺこり、マギーに頭を下げてそのままとぼとぼと去ってゆく。

表情の変化が激しいのは元々だが、最近はフニエルと自分の結婚周りのことでナイーブになることも多く、マギーも「大丈夫なのかね」と、その背を見送りながら心配になっていた。




「コック長、指示のあったもの完成しましたけど、味見てもらっていいですかね?」


 そのまま去ってゆくアリエッタを見つめていたが、部下から声をかけられまた厨房へと視線を戻す。

立っていたのはカオルである。幾分魚の血の付いたエプロンを見て「それは替えときな」と命じ、テーブルの上を見た。


「思ったより早いねえ。やっぱり大物魚捌くなら人間の男のほうが手際はいいか……サイゴウの冷製スープ、うん、よくできてる」


 魚の煮凝(にこご)りを使った冷たいスープは、味見用の小皿の上でも琥珀色の輝きを見せ、乳白色のスープを彩らせている。

す、と、一口啜ると、口の中に広がる魚の旨味。

それでいて臭みはミルクと香草で打ち消され、ただただ心地よさばかりが感じられる美味。

鍋の中の料理本体を食べつくしてしまいたい衝動に駆られながらも、「いいね」と、短く、だが最大限に称賛した。


「エルセリアでは魚料理はどれくらいやってた?」

「川魚が主でしたけど、ニーニャではヒゴノカミを捌いた事もありましたね。その時はミルク煮にしましたけど」

「ほう、ヒゴノカミか。かなりの大物だねえ。こっちは北方の魚所が近いから海沿いでもそれなりに大物が漁獲されるけど、それでもニーニャで獲れるほどの大物は年に数えるほどしかないんだ。うちの連中も、ヒゴノカミを捌いたっていうのは一人もいないねえ」

「マギーさんも?」

「あたしは見習いの時に挑戦はしたことがあったが無理だった。『やっぱり無理だったろ』って師匠に笑われちまったくらいさ」


 調理台に目を向けたマギーに倣い、カオルも捌いた後のサイゴウのアラ(・・)を見つめる。

それなりの大物。だが、それでもヒゴノカミと比べれば小物と言えるサイズだった。


「あたしらはあれくらいでやっとだからね。ヒゴノカミなんて釣りあげられないし、仮に獲れても捌くことができないんだ。骨で躓く」

「ああ……めっちゃ硬かったもんなあ」

「そうだろう? 人間の男ならそれでもなんとかできるが、あたしらじゃそれができない。魚ってのは繊細な食材さ。捌くのが下手糞だと、味のノリ(・・)も悪くなっちまうからな……いつかは……食材として使ってみたいとは思うがね。よその国では宮廷料理に使われるくらい上等な食材だし」

「いい食材は使ってみたいですよね」


 マギーの気持ちは、料理人となったカオルにとってもよくわかるものだった。

料理をすればするほど、新たな料理を覚えれば覚えるほど、そして未知の調理法を、技巧を身に着ければそれほどに、新たな食材を求める気持ちが強まる。

もっと新しい食材を、自分が見たこともない料理を、たどり着いたことのない境地に、たどり着きたい。

そんな欲求が体の内からふつふつと湧き上がってくるのだ。

カオルの同意にマギーも気を良くしながら「あんたもいっぱしの料理人のようだね」と、その背をぱしり、叩いて見せる。

人間のカオルにとっては微々たる揺れ。だが、マギーにとってはかなり力を入れて叩いたつもりだった。

猫獣人の男性コックなら、きっと「いてっ」と涙目になりながら背中をさするような強さ。

けれど、カオルには何も感じない、あまりにも弱すぎる手だった。


「筋はいい。物覚えの良さもまるで子供に教えるようだ。力も体力も、あたしらの誰よりもある。動きばかりはちょっとばかし鈍いが……」

「ははは、瞬発力だけは猫獣人には勝てないっすね」

「そうさね。でもまあ、その分あたしらはマイペースだからねえ。継続して同じ作業を続けるなら、あんたの方がずっと向いてるさね」


 うらやましいものだよ、と、にやにや笑いながら厨房の奥へと歩いてゆく。

そうかと思えばぴたり、背を見せたままに立ち止まる。


「――今しがたアリエッタの嬢ちゃんが女王付きの料理人を一人寄越せと言ってきやがった。女王付きのメイドの提案らしくてね……だが、あたしらは城内の料理を供給するので手いっぱいだ」

「はあ」

「あんたが行きな。元々いない奴がいなくなっても気にはならんからな。まあ……アリランは忙しくなるだろうが」

「ははは……でも、いいんですか? 俺で」


 光栄な話ではあった。

だが、マギーからしてみれば「若干唐突か?」とも思え、どんな顔をしているのか気になって振り向く。

カオルは、笑っていた。それを見てマギーは「お気楽なやつだな」と、口元を緩める。


「あっちは『できれば彼で』って言ってきたからね。あたしとしても他の選択肢がない。指名を無視して適当な奴を送ることもできるが……それをやってもあんまり、ね」

「そんじゃ、まあ……頑張ります」

「気張りすぎるなよぉ? あたしはお前の料理作りの才能は認めてやれるが、それ以外のところは『掴みどころのない奴』としか思ってないからねえ。とはいえ、あほなことやって醜態さらしたら、それこそ縛り首になりかねん。女王陛下のご結婚が関わってる。ミスは許されないからね」

「腹は決まりましたよ」

「……妙に覚悟が早いねえ? まあ、いいが」


 マギーとしては不思議ではあったが、カオルとしてはわかっていた流れであった。

いや、解っていてもマギーが本当に任せてくれるかまでは確定ではなかったので、内心ではどきどきしていたが。

それでも、マギーが自分の料理の腕を認めてくれたのは嬉しかった。

こんな喜びはそうはない。兵隊さんに、英雄として認められた時以来の喜びだった。


「俺、頑張りますよ」

「さっきから頑張る頑張るうるさいねえ。いいから、あっち(・・・)で作る料理の研究を今のうちにしちまいな! 出発は予定より早まるんだから、もう日があんまりないんだよ!」

「あ、はい」

「今日からはもう、日常の業務には携わらなくてもいい。あんたに必要なのはあっちの王様を驚かせるような美味を作り出すことだ! コックの戦争はもう始まってる。バークレーのコックなんかに見劣りするような料理を作ってみな、仮に生きて帰れてもあたしが許さないからね!!」


 言ってることは笑わせに来ているのではないかというほどだったが、マギーの眼は真剣そのものだった。

認められた嬉しさからへらへらと笑いそうになっていたカオルは、その一言で顔を引き締め、「解りました」と、短く、だが真面目な声で応える。

それで満足したのか、マギーは「ならいい」と、今度こそ振り返り、厨房の奥へ。

そうして一連の流れを見守っていた他のコックらに「なに遊んでるんだい」と睨みを利かせ、またあわただしい調理場の雰囲気が戻ってきた。


「……頑張りますよ、俺」


 三度。こればかりは本当だからと引き締めた顔でつぶやきながら、ぎゅ、とこぶしを握る。

料理人としての、この世界に来てからずっと続けたことの総決算。

それがもうすぐ来るのだと、緊張もしていた。

けれど、それを任された。任せるに値すると認められた。

少し前に見習いで入ったばかりの自分に、けれどその力量を信頼してもらえたのだ。

こんなにありがたいことはない。こんなにうれしいことはない。

だから、その心地よい緊張感に、カオルは俄然、やる気になっていた。


 努力だけなら、もうだいぶん得意になっていたから。

これからは、得意だと思えることを、とことんまで極めたいから。

極められるように、頑張りたいと思ったのだ。




「本当に大丈夫なのかサララ? 必要なら、もっと護衛をつけることも……」

「大丈夫ですよ兄様。カオル様もいらっしゃいますし……それに、必要以上に護衛をつけると、身動きがとりにくくなっちゃいますからね」


 フニエルのバークレー訪問、その前日の夜。

コールはカオルらを密かに自室に呼び、最後の話し合いをしていた。


「いざとなったら私が命に代えても……」

「……まあ、ベラドンナもこう言ってますし。命に代えてもらわなくても大丈夫だとは思うけど」

「むう……だが心配だ。私としては、フニエルがバークレーに向かう、という事そのものが不安だったが。その予定が一気に早まり、それが向こうにとって都合がいいというのがな」

「確かにそこは気にかかる部分ではありますね。手際が良すぎるというか、予定が早まったのに混乱した様子がないんですもの。国内も混乱し、世界情勢的にみてもお祝い事の雰囲気ではないのに」


 つまり、それだけの強権が発生しているか、そうでなければ国内の混乱を度外視してでも推し進まなければならない何かがある、という事。


「バークレー王が病で臥せっているというお話。もしかしたら、魔人が関わっていたとしても、もうバークレー王は長くないのかもしれませんね」

「だとしたら連中、なりふり構っていられない、という事か? 危険だな」

「危険ではあるけど、チャンスでもあるんだよな?」


 政局に疎いカオルでも解る、明確な隙がそこにはあった。

相手は焦っている。とにかく目的を果たしたい。

それが解っているからこそ、サララのしようとしていることもよく理解できた。

すぐ隣に座るサララの顔を見つめれば、らんらんと輝いた眼で「はい」と頷いて見せるのだ。


「今なら……いいえ、今じゃないと駄目な気がするんです。相手の体制が落ち着いたり、バークレー王が崩御してからでは、恐らく()は上手く進みません。今回に関してはラッセル王子は頼りにならないものと考えるべきですから」


 むしろ助けるくらいのつもりで、と、指を立てながら三人を見つめる。


「いいですか? 恐らく相手はいかに早くフニエルを登城させるか、そしていかに王と面会させ、王の前でラッセル王子に服従させるかを考えているはずです。私は、フニエルを登城はさせたいけれど、服従などさせたくないんです。兄様も同じですよね?」

「まあな……フニエルの幸せのためだ、結婚の前提となる王との面会はやむなしとしても……服従など」

「ですから、それは私が阻止します。幸い私はあの娘の信頼を勝ち取って面会の場まで行ける様になりましたので」


 それに関してはお任せください、と胸を張る。

頼もしい女王の姉がそこにはいた。


「ですが、阻止することで王が、あるいはその側近が乱心して、私やフニエルに危機が迫るかもしれませんので……その時はカオル様とベラドンナさん、守ってくださいね」

「ああ、任せろ」

「カオル様はお料理を担当するようですし、到着なされるまでは私がなんとか……」

「……そうならないことを祈るが。最悪はバークレーとは決裂、戦争状態に突入することもありえる、か」

 

 フニエルの為何事もなく終わってくれるのが望ましいとはいえ、リスキーすぎる作戦でもあった。

バークレー王が崩御するのを待った方がはるかにマシなのではないかとも思えたが、そうなった場合の国王派のフニエルに対しての感情が最悪なものになってしまう。

これしか方法がない以上、せめてこの方法で上手くこなすしかなかったのだ。

コールは小さくため息しながら、かけていた椅子の背もたれにゆっくり、身を預ける。


「せめてエルセリアとの関係を保てていれば、今少し方法もあったのだが」

「あの王様なら何か企んでそうな気もしますがね」

「それでも今はバークレーと事を構える気はないって言っていましたから……平和的な解決ができるのを望むばかりですよ」


 エルセリアを頼ることはできないのは最初から分かっていたはずだった。

それを承知で、それでもフニエルを助けたいと思ったからこのエスティアへと戻ってきたのだから。

カオルもサララも、そこばかりはどうしようもない部分だと割り切るしかなかった。


「コール兄様、いざという時はこの国……」

「いざという時などないに越したことはないが……私が残る以上、後のことは気にしなくてもいい。お前たちは、やるべきことをやるのだ。それだけに専念してほしい」

「ありがとうコール様。それだけでもだいぶんマシだぜ」

「ええ、本当に……背後を気にせずにいられるだけ、全然違いますから」


 引き込んでよかったと素直に安堵しながら、カオルもサララもコールに笑いかける。

恋人同士、本当に気が合うのだというのが解るような、そんな並んだ笑顔。

不安に感じていたコールは、自分と同じように不安なはずなのに、それでもなんとかしようとしているこの二人に心強さを感じ。

素直に「頑張れよ」と、微笑み返すことができた。



 こうして翌日、女王フニエルがバークレーへと移動を開始した。



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